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第29話「荒野のアラビアンナイト」


 どちらかと言えば砂漠に建つ豪邸、アラビアンナイト的、中東的な印象が強い豪邸である。


 基本は日干しレンガなのだろうが白い塗料を塗りこんでいるらしく白の継ぎ目のない壁がベースになっていた。

 場所は意外にも街中で王城の脇である。

 王城の西に貴族街というか高級な一帯がある。それをさらに西に抜けると南北に伸びるクジラ亭前の大通りにぶつかる立地だった。


 玄関前には噴水があり、そのまわりは植木が並んでいる。

 なんだ、水の管理をちゃんとすれば植木くらい育つんじゃんか。

 農業研究したら、この土地に合う食べ物も見つかりそうだけどな。

 豚王が来た時に宰相が漏らした言葉からジャガイモすらまともに育てられていないようだったが……。

 もうちょっと国民のために身を削れ豚が。今頃じゃがバターの風呂にでも浸かってんだろうな。気持ち悪い。


「……すげぇ豪邸だな」

「レッテル男爵は爵位こそ男爵ではありますが大変な資産家ですからね。この国では手に入れることが出来ないさまざまな品物を取り寄せていますわ。王城を除けば噴水がある家はこの国ではレッテル男爵のお館だけでしょう」


 うーん。現代でも砂漠の国で金持ちのステータスはプールとか水槽って聞いたことがあるな。そういう発想ってのはどこも変わらんね。

 しかし男爵ってそんな地位が上だったっけ?

 馬車を降りていきなりこれだ、中に入るのが怖すぎる。

 しかし未だに納得いかないことがある。


「どうして俺まで来にゃあかんのですかね……」


 周りの使用人(揃いの民族衣装でたぶんメイド)に聞かれないよう小声で愚痴をこぼした。

 チェリナはいつもの鎖装束ではなく紅いドレスだ。


「相談役なんですから当然です。何度も言わせないでください」

「商談じゃねーんだろ? だったら関係ねーじゃねーか」

「人材構築も仕事の内です。仕事であればアキラ様は断れませんわよね?」


 なんという屁理屈大王、いや王女、いや魔女だな。うん。


「いい加減に諦めて……」


 なんて会話をしている間に建物の中に通されて、どんどん奥に連れて行かれる。俺の場違い感半端ねぇ。背広暑いし。

 突き当りのひと際デカイ縦長の扉。天井がアホほど高いのでこんな形になっているのだろう。使用人二人が全力で引き開ける。


 ……そんな不便な扉をわざわざ作らなくてもいいと思うんだがな。


 中は基本石造りの部屋であるが、細かい彫刻が施され蝋燭と……光る鉄柱が実に巧みに計算された陰影を生み出し、威厳と荘厳を演出していた。

 もしかして照明の空理具(くうりぐ)で灯された明かりがあの鉄柱なんじゃなかろーか。蛍光色に似て青白い光だ。

 連れてこられたのは業腹だが珍しいものが見れたのは悪く無い。


 これで今すぐ帰れたら最高なんだけどな……。

 もちろんそんな俺の小さな願望は叶うわけも無く、縦長の豪奢な部屋へと案内された。


「おおお! お待ちしていましたお! お相変わらずお美しいお!」


 え?

 両手を広げて椅子を立ったのは、えらいキモい顔をしたデブであった。どうキモいかと言えば成人向け漫画で誇張されたキモオタク顔と言えば、なんとなく通じるであろうか? 生理的に受け付けないレベルでキモい。


(おいっ! あのキモデブの言葉遣いおかしくねぇか! 気持ち悪いんだけど!)

(聞こえてしまいますわ、ちょっと独特なだけですよ……気持ち悪いですが)


 だよな!

 もしかしなくても、アレが男爵さんなんだろうか……。


 キモデブはそんなに年を取ってる感じはしないのでまだ20代だろう。だが全体的にデブい。豚王に比べればはるかにマシではあるのだが、なんというか生理的嫌悪感がハンパねぇ!

 まず顔中がニキビに覆われているうえで脂ぎり、肌は荒れ放題、頬や顎に泥の様にへばりつく脂肪。肌の色も斑になっていて、下手くそな木工細工にも見えた。

 よく考えたら豚王は顔自体はそんなに悪くなかったな。身体と性格が豚過ぎてスルーしていたが。


「お久しぶりですわレッテル男爵閣下」


 チェリナが紅い髪を軽く揺らして如才ない挨拶を交わす。

 やっぱり男爵だったらしい。


「よいおよいお。来てくれたんだお、だから満足だお。おご馳走を用意してあるお、ゆっくりしていくといいお」


 やばい、目眩がしそう。

 俺が生きてきた中でもトップクラスにキモいわこいつ。ちなみにナンバーワンではない。俺の上司シリーズの中にはとんでもないヤツがいたからな。アイツこそガス爆発してしまへ!


 キモ閣下はチェリナをテーブルへ連れるため手を取ろうと近寄ってきて、そして横に立つ俺にようやく気がついた。


「なんじゃ下郎、もう帰って良いお」

「それでは」


 俺はその言葉に甘えて踵を返すがすかさず首元を後ろから掴まれ引っ張られた。

 首が折れるわ! このクソ女!


「紹介いたしますわ、彼はわたくし直属の相談役のアキラです。大変に有能な方なのですよ」

「ふーん。お相談役かお……」


 喋り方が変すぎて営業スマイルが歪みそうだわ。誰か助けて。


「アキラですお見知り置きを」


 定型文を吐き出すのが精一杯だ。それより帰らせて。


「ボクはこれから、お彼女と食事だお、相談役はいらないお」


 ですよね。


「彼とは睡眠時以外ずっと一緒にいる契約なのですわ」


 おい。初耳だぞ。


「おねむ以外ずっとかお?!」

「はい。彼はわたくしの護衛も兼ねていますので」


 兼ねてねーよ!

 初っ端に会った強盗とか速攻身ぐるみ剥がされるとこだったわ!


「ふーん。そうなんだお」


 その疑問に満ちた目はよくわかるよ、そこらの岩に適当な目鼻口を描き入れたおっさん!

 この世界の人間は大抵筋肉あるから俺なんてどこから見てもインドア派に見えますよね!

 これでも仕事ではタクシー代ケチられて歩くこと多かったんだがなあ……。ああ思い出したくもない。

 さすがに正面切って否定するわけにもいかず、ひたすらに営業スマイルで誤魔化した。


「まあいいお、お前はそこに立ってるお。ちぇ……ちぇり……ちぇちぇ……ヴェリエーロお嬢はこっちに座るお」


 いきなり噛みまくりかよ。

 しかしこれで確定だな。

 豚王といいキモ男爵といい、モテモテだなチェリナ。


「……」


 チェリナに思いっきり睨まれた。

 あれ、声に出してないよな?


「男爵閣下、食事は二人で食べても美味しくありませんわ、アキラもご一緒にお願いします」

「この下郎と一緒にかお?」

「あら、わたくしとしたことが失礼いたしました。急に一人分食事を増やせなど難しいですわよね、さすがの男爵さまといえども」


 このアマ本当に……。


「だ、大丈夫だお! 10人増えたってお料理くらいすぐ出せるお! 誰か! お晩餐をお一人分追加だお!」


 むしろ用意出来ないで欲しかったわ……。

 そうして宴が始まった。


――――


 料理はなかなか豪勢だった。


 味はかなり好みが別れるスパイシーな物が多かった。この国ではスパイスは貴重品で郷土料理ではないらしい。もう少し南の料理をベースにしているらしい。

 会話のほとんどは男爵のチェリナに対する自己アピール自慢が中心だったが、彼女の耳はそれをスルーしていて、むしろ俺のほうが楽しく聞いていた。

 喋り方は気持ち悪いが案外話の面白いヤツだったので、おべんちゃら込みで相づちを打ちまくっていたら、いつの間にか最初の突き放す態度から、フレンドリーな態度に変わっていった。


「それでは河を渡った遥か南にはかなり独特な文化があるのですね」

「そうだお。お難所ミダル山脈を超えるとあるんだお」

「ミダル山脈というのは?」

「このお大陸を真っ二つに分ける山脈だお。超えられる場所は限られるんだお」

「そんなところからわざわざ……お話を聞くとお料理が2倍美味しく感じますね」

「そうだおそうだお」


 満足そうに笑う男爵。

 チェリナは妙に無表情だった。


「それに今日はお陛下から凄いおジャガイモが下賜(かし)されたんだお。凄い美味しいお」


 それ知ってる。凄い知ってる。

 しかしあの強欲そうな豚王に芋とはいえ下賜されるとか実は結構お大物なんじゃねぇか?

 男爵って爵位の中では下の方だった気がするんだが……。


 出された料理はジャガイモとベーコンを香辛料と油で炒めたものだが、その味は今日最大のヒットだった。


「これは美味しいですね! どの料理も美味しいのですがひと際です。ああ、ワインを飲み過ぎてしまいそうです」


 ブドウが採れる土地でもないのにぶどう酒はあるんだな。輸入品なんだろう。アルコール類なら腐りにくいだろうし。


「お主なかなかおもしろいお、たまに遊びに来るのを許すお」

「ありがたき幸せ」


 見た目と喋り方のキモさで最初は嫌悪感最大だったが、話してみるとなかなかいい奴だ。上司と比べてすまん。

 チェリナに対する態度も恋する乙女と思えばわかる話だなしな。

 いつの間にか俺と男爵のおっさんと二人で談笑するお食事会になってしまった。

 チェリナは相変わらず無表情だった。もしかしたら会話に混ざりたかったのかもしれない。


 最後のデザート(ねっとりとしたフルーツだった)をいただくと、もうかなりの時間である。


「男爵閣下、楽しい時間ほどはやく過ぎてしまうものです。せっかく閣下と友好を育めたと喜んでいたのですが、もう日が落ちてだいぶ経ちます。そろそろお暇させていただこうかと」

「そうかお、もうそんな時間かお……わかったお、馬車を用意させるから乗って帰るお」

「重ね重ねのご配慮痛み入ります。それでは」


 俺は立ち上がり、主人であるチェリナの椅子を引く。


「んお? どうしてヴェリエーロお嬢を立たせるお?」


 は? 何言ってんのこいつ。


「お暇させていただくためですが?」

「ヴェリエーロお嬢は泊まっていくお」


 え? そうなの? そういう関係なの?

 だったら先に言ってくれよ。俺はそういう空気読むの苦手なんだよ。

 俺は引いた椅子を元に戻そうとしたが、凄い力でチェリナは立ち上がった。


「男爵閣下、わたくしもこれで失礼させてもらいますわ。こちらに宿泊する予定はありません。さあアキラ参りましょう」


 えー、どういうことさ。


「きょ……今日もお泊りしてくれないのかお……」


 雨の日の子犬みたいな声出してんじゃねーよ。


「当商会は現在岐路に立たされています。のんびりする時間が無いのですよ。まるで狙い撃ちされているように次々と問題が起こりますわ」


 その表情でこの晩餐も問題の一つですわと語っていた。キモ閣下は気が付かなかったみたいだがな。


「商会が落ち着いたらまたお会いしましょう、それでは」


 彼女は迷いなく馬車に向かってしまったので、俺も閣下に一礼してから後を追った。

 馬車が走りだしてからも声が掛けづらくて終始無言だった。

 結局商会までずっと会話をせずに過ぎてしまった。

 馬車を降りて彼女はポツリと漏らす。


「アキラ様は男爵とも仲良く出来てしまうのですね……」


 その真意を問うのははばかられて、俺はそのまま宿に戻った。

 そしたら……。

 ハッグがブチギレてたよ☆


――――


 ハッグはカツサンドがないと一日が終わらないらしい。

 すぐにカツサンドを渡したのだがそれだけでは彼の怒りは収まらず、結局この日も夕食を酒場で奢ることになってしまった。

 納得いかない。


 残金106万4309円。


 おい神さん、ちょいと恨むぞ。


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