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第28話「荒野のアンテナショップ」

(長めです)


「本当に何もないな……」


 この国で採れるものや作れる物の一覧を見せてもらったのだが、木版一枚で収まる範囲だった。


「はい……この国の主な収入源は塩なのです。内陸に需要があるので馬車で大量に運びますが……最近は塩商人が激減して国からお金が出て行く一方です。そこで余計に税金をかけて悪循環となっているのです」


「負のスパイラルだな」


 それにしても渡される資料の殆どが木の板ってかさばるだろ。


「なあ、木の板に書き残すって普通なのか?」


 質問の意味がわからなかったのかチェリナはキョトンとした表情を浮かべる。


「普通だと思います。羊皮紙か木版以外に何かありますか?」

「紙ってないの?」

「紙ですか?」


 通じないらしい。謎翻訳さんでも通じないなら存在しないか彼女が知らないのだろう。


「たしか木材は沢山あるんだよな」

「はい。上流の森から大量に輸入しております……ただ」

「なにか問題でも」

「水を吸った木材は1年ほど乾かして使わなければいけないのですが、この国の気候ではほとんどの木が割れます。割れても建材として使える程度は確保出来るのですが無駄が多いですね。無駄の分は薪として利用されていますので庶民にはありがたいようですが」


 ふむ、なら端材は結構ありそうだな。


「ちょっと待ってくれ」


 俺は目を瞑って和紙作成機器一式と念じてみる。しかし神格不足であった。次に念じたのはこの世界、いやこの国で作成可能な和紙制作一式の設計図をこの国の言葉で書かれた物だ。少し都合が良すぎるだろうか?


【協議中…………】


 ……。

 …………。


 長いな。

 ダメか?


【承認いたしました。SHOPの商品が増えました】


 おっ! いけたよ!


【和紙作成全書=29万6千円】


 高いっ! 想像以上に高い!

 さてどうしよう。


「アキラ様? いかがいたしましたか?」

「もうちょい待て」

「はい。わかりました」


 ここは考えどころだな、モノになるかわからんシロモノにチェリナが投資するかどうか。何故か俺のことを信用しているみたいだから二つ返事で頷きそうではあるのだが……。


 まてよ……これは自分で買っても良いんじゃないか?

 ヴェリエーロ商会で使えなかったとしても、面白そうな本だし別の場所で使えるだろうからな。

 よし、男は度胸。


 残金108万2915円。


 取り出した本は想像以上だった。

 まず豪勢である。

 えらい分厚いカバーで金属で補強され、鍵までついていた。

 さらに中が凄い。

 フルカラーで徹底的にわかりやすく図解されている。

 前半なら小学生でも読めるレベルで、後半には薬剤による漂白やローラーでの大量生産の指南までとにかく信じられない密度である。

 特に後半の設計図や説明などは本当にこの世界で生産可能なのかかなり疑問になるレベルだった。

 俺でもチンプンカンプンだ。


 本が重かったのでテーブルの上に乗せて斜め読みしていたのだが、正面から覗き込んでいたチェリナがページが進むごとに鼻息を荒くしている。

 たぶん本人は気がついていない。指摘しないのが優しさだろう。


「……後で改めて見せるが、この最初の設計図って制作出来そうか?」


 俺は第二章の図面を見せながら聞いてみる。第一章は紙の基礎知識なんかが中心だった。実践編が第二章からなのだ。


「可能です」

「即答だな」

「これほどわかりやすい設計図は見たことがありません、細部に至るまでわかりやすく、しかもまるで実物がこの中に閉じ込められているのかと見間違う様な色付きの絵だけでなく、無駄を省いた概略図も多分に併用されています。ウチの職人でこれが作れないと言ったら即首ですわ」

「それは頼もしいな。その第一章までの材料や下準備は出来そうか?」

「わが商会に不可能はありません。ただ、完成品の紙というのがイマイチ想像できませんね、これならば羊皮紙でも良い気がします」

「紙は便利だぞ、本当に便利だ、俺が保証する。原料は木材でなんとかなると思うし、何より大量に生産できる。」


 今ならコピー用紙くらい承認されそうだが、せっかくならこの国で生産出来たほうがいいだろう。永久にこの国にいるわけじゃないしな。


「アキラ様が言うのであれば便利なのでしょう。すぐに作らせます。この本をお預かりしてもよろしいのですか?」

「……うーん、職人にこのページ以降絶対に見られないようにできるか?」


 いきなり全情報を開示する気にもならない。

「わかりました。職員を常に貼り付けましょう。この第一章以降は一時的に革紐で縛っておきます」

「あ、紙ってそれだわ、その1ページずつが紙だ」


 わかりやすい見本があるじゃねーか。


「これが紙ですか? 凄く薄いですね、てっきり神の御業かと」

「さすがに最初はそこまで薄くは作れないはずだぞ、職人のレベルが上がれば薄くなっては行くはずだぜ。紙っていうのはそうやって文字なんかを纏めておくのに非常に有用なものだ」

「これが作れる……これは凄いことかもしれません」


 少しは通じたようだ。


「それでこの技術の対価はいかほどでしょうか?」

「ん?」


 対価……?

 ああ、空理具(くうりぐ)の時と同じようにアイディアを買ってくれるっていうのか。


「顧問としてアイディアを出しただけだ。気にするな」


 本代くらいは回収したいところだけどな。


「……わかりました。顧問料につけておきます」


 なら安心だ。特に顧問料の話もしていないが、チェリナなら誤魔化すこともないだろう。

 俺が頷くと、彼女は廊下に顔を向ける。


「メルヴィン!」

「はい」


 扉の外で耳での立てていたのか、チェリナが呼んですぐに側近さんが入ってきた。

 メルヴィンさんっていうのね。


「すぐに技術部門の幹部を集めなさい。10分以内です」

「は? 10分ですか? 技術部門の誰を呼びますか?」

「全員です。遅刻は厳禁です」

「全員?! いったい何を始めるのですか?!」


 チェリナは冷たい視線をメルヴィンさんに向ける。


「2度、言わせるのですか?」

「し、失礼しました! すぐに!」


 側近は飛び出して部下に次々に指示を出す、気になってロビーの方に出て見てみたら丁稚の少年たちが全力で外に散らばっていった。

 頑張ってな。


――――


 場所を会議室っぽい広い部屋に移した。チェリナは一番奥の席で俺はその横に立つ。


「アキラ様、こちらにお座りください」


 チェリナは椅子をずらして横にスペースを作る。

 いやまて、このいかにも一番偉そうな人間が座る位置に座れとか拷問以外の何物でもない。


「勘弁してくれ。俺はただの相談役だぞ、横に立つだけでどれほどの恨みを買うことか……」

「あら、それならば良いではありませんか、横に立つだけで恨まれるのなら、横に座っても同じですわ」


 ゼンゼンオナジジャナイデス。

 何言ってんだこのお嬢様は。


「ふざけた事言ってんな、ほら、人が来たみたいだぞ」


 俺はいかにも引いていた椅子を戻すようにチェリナが座っている椅子の位置を直して背後の斜め後ろに立つ。

 本来ならこの部屋にすらいたくないのだが一応本を見張っておきたいというのもある。

 別に渡しちゃってもいいんだが、さすがに後半はレベルが高すぎるだろう。


 全力で走ってきたのか飛び込んでくる職人たちは全身汗びっしょりで息を荒らげる。チェリナに対する挨拶も息も絶え絶えだ。


 20分くらいしてようやく全員が揃う。

 最後に入ってきたのは少々太り気味のおっさんだった。

 チェリナは終始不機嫌さを隠さず、職人たちは全員緊張で言葉一つ発せず、凍えるような沈黙が会議室を覆っていた。

 チェリナは最後に入ってきた小太りの職人を一瞥してから発した。


「これから話すこと見せるものは他言無用、極秘事項になります。もし誰かに漏れた場合首程度ではすまないと自覚してください」


 初っ端がこれだ。全員が震えながらツバを飲み込んだ。怖いわこの女。


「もし少しでも信の無いものはすぐにこの会議室から出てゆきなさい。そして二度と私の前に、いえ、この国に現れないように」


 これ脅迫だろ!

 しばし沈黙。


「……それではこれからある物を見せます。覚悟なさいませ」


 俺は背に隠し持っていた【和紙作成全書】を取り出す。

 どうでもいいけど和紙ってなってるくせに、後半は完全に普通のパルプ紙の作り方だった。本当にこの世界の技術で作れるのかそれ。


 机の上に置いて一章を開くと職人たちが輪になって集まり、数ページめくって驚愕の表情を浮かべる。

 いや何人かは顔が真っ青になり、何人かは恐怖で、何人かは興奮していた。


「お嬢……こりゃいったい何の冗談でさあ?」


 最後に遅れてやってきた小太りの男が鋭い視線をチェリナに向ける。


「詳しくは言えませんが、木材から紙を作る方法が記された技術書です。紙とはこれ……この1枚のようになるそうです」


 おっさんは他人を押しのけて何度も第一章を読み返す、それだけで1時間位かかった。

 ちなみに第二章までで、三章以降はめくらないように俺とチェリナで厳しく見張っていた。

 他の職人も人を押しのけるように真剣に覗いている。力関係はこのおっさんが一番強いらしい。

 ようやくおっさんが本を閉じて、深く深く息を吐き出した。


「お嬢……こりゃ技術書なんてレベルじゃねえですよ。理術書……いや魔術書って言われたって納得しちまう。それが自分みたいにかろうじて字が読めるだけの学のない人間が理解できるように丁寧親切に書いてある。まるで他人にこの技術を伝えたいかのようにでさ」


 そりゃそうだろ、他人に伝わらない技術書とか最低だ。


「詮索は無用です。ダウロに問います。予算は問いません、極秘裏に和紙の試作品が出来るまで何日かかりますか?」

「図だけ羊皮紙に写させていただけるんでしたら、3日もありゃやれますよ。もちろんこいつら全員使っていいんですよね?」


 マジか! すげえな職人。


「もちろんです。むしろ幹部以外の職人には何を作成しているかも漏らしてはいけません。幹部はここにいる全員ですからあなた達で作成しなさい」

「了解しやした。すぐに写しちまいやすね」


 ダウロはカバンから羊皮紙やインク、羽ペンを取り出してさらさらと図面を書き写し始めた。よく見ると彼以外着の身着のままでやってきたのか全員が手ぶらだった。

 なるほど、遅くなるだけの理由がちゃんとあったわけだな。

 俺の会社だったら理不尽な時間でも間に合わなかったら減給だし、その上伝えられてもいない資料を持ってこなかったと怒られるのだ。本当に碌でもない会社だったな……。


「ではお嬢。楽しみにしておいてください。久々に腕がなりまさあ」

「はい。期待していますわ」


 ダウロ以下職人達が頭を下げた。彼らはこのまま会議室で会議らしい。

 俺とお嬢と側近のメルヴィンだけが廊下に出た。


「私がいる意味があったのですか?」

「もちろんです」


 断言するチェリナだが、メルヴィンさんの目は非常に厳しい。帰りたい。


「お嬢様、レッテル男爵の馬車が到着したようです」


 お嬢は眉間にシワを寄せるが、俺は早めに帰れそうだと内心喜ぶ。


「もうですか? まだ陽はまだだいぶ高いではないですか」

「ですが早過ぎると言うほどでもありません、ちょうど会議も終わったことですしこのまま向かわれるのがよろしいかと」


 はぁと大きくため息。


「わかりました。服を用意してください」

「こちらです」


 チェリナがメルヴィンさんに着いていこうとしたので、俺は片手を上げた。


「それではまた明日に」

「何を言っているのですか、ロビーでお待ちください」


 は? なんで?


「一緒に晩餐に行くからに決まっていますわ」


 何いってんのこいつ?


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