第1話「荒野の神さま転移」
夜のニュース番組はもうもうと燃え上がるビジネスホテルを映し出していた。
ヘリで上空から撮影しているのであろう夜の街の一角が燃え上がる風景は不謹慎ながら一種の美しさを纏っていた。
キャスターが原因について色々語っている。情報筋からの情報によるとこのビジネスホテルは数年前から消防局の立ち入り検査で消防設備がどうのこうの。
まぁそれ以前の問題な気はするけどな。
うん。それよりももっと碌でもない問題がある。
「その、状況はおわかりいただけましたでしょうか?」
目の前のソレがまた喋った。
ソレの横には空間を切り出した様に浮かぶニュース映像がいくつか。残念ながら液晶やらプラズマやらのテレビが並んでるようには見えない。
空中に16:9の映像が切り貼りされたかのようにいくつも浮かび、主要チャンネルを映し出しているのだ。
不思議な事はまだある、そもそもここはどこだ?
真っ暗で漆黒で暗闇。
100歩譲って画面が浮いているのは良いとしても、ニュース画面に明かりに反射する物体が無いのも謎だ。床も壁も無いということになる。
さらに俺の姿勢も謎だ。立ってるのか座ってるのか寝てるのかもわからない。感覚が麻痺してるようだ。
このなにもない暗闇で気がついた時、最初はソレだけが浮いていた。
神さま。
うん。ぶん殴りたくなった。自分を。
小学生作自称神さま。最悪だ。黒歴史にすれば良かった。どうせ自分以外誰も知らないんだからと続けてしまった罰だろうか?
「そんな! 罰なんかじゃありませんよ! アキラさまにどれほど感謝しているか!」
……これだよ。
まったく空気を読まない自称神さまが懸命に自己主張する。すればするほど俺が辛いってわからないんだろうか?
わからないんだろうな……。
「まぁ……いいや。とにかく俺が死んだってのはわかった。まさか死んだら閻魔でも天使でも仏さまでもなく人造神さまが出てくるとは思わなかったがな。それで俺はどうなる? 地獄行きか? 生まれ変わりか? 正直宗教とかわかんねーぞ」
投げやりに答えてやった。
「確かにアキラさまはガス爆発事故に巻き込まれて死亡してしまいました」
早口言葉かよ。バスに乗ってたら完璧だったな。
「でも! 安心してください! 私が! アキラさまを生き返らせてみせます!」
「……は?」
生き返らせる? 何それ反魂の法とかそんなん?
ゾンビになるとかなら勘弁だな。
それ以前にどう考えても消し炭も残って無さそうなんだがな。
映像を見ると延焼が広がってホテルの上層階まで火だるまだった。たしか13階建てくらいだったか。
俺が泊まったのが4階(これもなんだか含みのある階だよな総務部よ……)なので丸々10階分は巻き込まれた事になるな。ご愁傷さまだぜ。
いやそれより生き返らせるってなんなのよ? 聖者の灰として生き続けてくださいとか勘弁だぞ?
「違いますよ! 正確には死んでないんです! アキラさまの身体は爆発の数瞬前の段階で時間凍結して保管しております……ってああああああああ!」
今度はなんだよ……。
「じ、時間が! こんなに悠長に喋ってる時間は無いんでした!」
おいおい……。
「と、とにかく概要だけお話しますので聞いてくださいね!」
突っ込みどころはありまくりなのだが……この状況じゃ聞くしかないな。続けてくれ。
「ありがとうございます! えっと、まず私なのですが、アキラさまが長年信仰してくれたお陰で、このたび神格を得ました。ですので世界の理に干渉する術が使えるようになったのですが、この世界のトップ3柱が強すぎて、奇跡とかほとんど起こせないんです」
何がトップなのかは聞かないことにしよう。
「それで私でも干渉可能な世界を探しました。この世界と具現干渉率が高く、アキラさまが暮らしていくのにも不自由が少ない世界です! その世界でアキラさまを復活させますね!」
え? なにそれ? 別の世界に飛ばされるって事か? 冗談だよな?
「で、でもそれしか方法が無いんです……それとも具現干渉率が低い植物だけの世界とかにしますか?」
ろくでもないわ!
「それなら我慢してください! じゃないと本当に死んじゃいますから!」
最悪の2択だな。
「と、とにかく時間が無いので続けます! その世界にアキラさまを送りつけるにあたって一つだけ問題があります」
選択肢がない上に問題発生。俺の人生ほんとクソゲーだな……。
「ううう……、その世界に住む力ある三柱である、ヘオリス様、テルミアス様、アイガス様の神殿に私のシンボルを奉納してください」
ん? 移動先の世界にトップ3柱がいるのか?
「この世界とはかなり印象が違いますが……もともと多神教なのでお互い認め合っている関係です。ですので私のような新興の神も受け入れてもらえます。ただしばらくは仮免的な扱いなので、神殿にシンボルを奉納することでその世界の神として認められる事になりました」
ふーん? まあ死ぬよりはいいか。
別段生きることにそんなに意味を見出してはいないけどよ。
じゃあ死にますか? って言われて死を選択が出来るほど達観してねぇしな。
「ありがとうございます。それ自体は急ぎではありませんのでアキラさまの寿命が尽きる前に終えていただけたらと思います」
随分呑気な猶予期間だな。
「仮免中は世界の理に干渉する力が凄く弱いのです。アキラさまが神格を上げていただけたら干渉力は少しずつ強くなりますが」
神格? よくわからんがそれはどうやってあげるんだ?
「アキラさまは私が何の神さまとおっしゃられたか覚えていますか?」
……。
「あの時アキラさまは……」
「商売の神って言ったな。うん。間違いない」
俺は神さまの言葉に割って入った。
「そう……ですね。商売の神ともおっしゃいましたね。ですのでアキラさまがあちらの世界で商売に関係する事をすれば神格は上がりますよ」
なんか商売型のRPGみたいだな。
「そうですね……それはいいかもしれません」
ん? どういうことだ?
「すみません……もう時間のようです。ここが限界です」
おおう、そうなのか。
「はい……色々言いたい事、考えたい事はあると思いますが……即決してください。あのまま映像の運命を受け入れますか? それとも未知の世界で新たに生きていきますか?」
シンボルは明滅しながら聞いてきた。
それは答えるまでもないだろう。
「わかりました。それでは、向こうの世界に送りますね。……最後に1分も無いですがなにか質問はありますか?」
いきなり言われてもな。ありすぎて困るわ。
「特に何もねーよ……いや……」
「はい?」
「別に質問でも何でもないんだけどよ」
「はい」
「お前って女だったんだな」
シンボルが光り輝いた。