第27話「荒野の巨大帆船」
「兄さん」
港に止まっているもっとも巨大な帆船に登るとチェリナの兄がやってきた。
妹と比べてぱっとしないのは何故だろう。
「やあ、あれ? 新人さん?」
タレ目で身長のひょろ長い兄が俺に視線をよこす。
「無理を言って相談役になっていただいたアキラ様です。くれぐれもご無礼の無いようにお願いしますわ」
「アキラです。よろしくお願いします」
ここは営業スマイルで片手を差し出したが彼は首を横に振った。
「船乗りの手は汚れているんだ、所々でタールを使うからね。お気持ちだけで十分だよ。僕はパロス・ヴェリエーロ。しかし妹が相談役とはね。嵐でもくるんじゃないかな?」
「そうしたら真水が手に入るのでありがたいですね、それよりも船の調子はどうですか?」
結構酷いツッコミをされたと思うのだがチェリナは軽く流していた。この兄妹はこんな感じなのかもしれない。
「ようやく水漏れ箇所が判明したよ。完全に修理したから排水の手間が大分減るね」
「時間が掛かりましたね」
「亀裂が喫水線より上だったんだよ、さすがにびっくりしたね、あんな場所から船低に水が貯まるとは想像すらしなかったよ」
「そんな事がありうるのですか?」
「航海長に聞いたらありえるらしいよ。滅多にないらしいけど、まあ喫水線より上だから場所さえわかれば修理は簡単だったけどね」
「それは良かったですわ」
「無理して造船したからね、問題はどこかででるよ」
パロスが巨大船を見上げる。その目はどこか保護者の様だった。
「すでに3年運航しているんです、いい加減に安定して欲しいですね」
「問題は出揃ったから、金があるなら二隻目の建造を始めていいよ」
「現状ではまったく無理ですね」
「そうかぁ……わかったよ、とりあえず報告はそんなもんだね」
「わかりました。では輸出品についての話しです」
チェリナの側近が木の板を手渡す。いい加減名前くらい聞きたい。
「資料はこちらです」
「……仕入れ値がどれも2倍以上ではありませんか」
「馬車税と物品税と船舶税、さらに輸出税などが重複しておりまして、それ以上安く仕入れたら取引先が潰れます」
「……兄さん、これらは向こうでどのくらいで売れるの?」
「これじゃあ仕入れ値とたいして変わらないね」
「ならば却下です経費を考えたら赤字ですわ」
「それでは取引先は潰れますが」
「……仕方ありません、危険とまったく釣り合いません。別の商品を探しなさい」
「わかりました。しかしこの国の産業など塩と魚、それと雨期後のバッファロー関連程度ですからね……探してみますが期待しないでください」
「わかっております」
側近さんは近くの人間を呼び、今の指示を飛ばすと呼ばれた奴はケツに火が点いたロケットよろしく走り去っていった。
「なあ、もともと輸出するのは何だったんだ?」
「土です。正確には粘土ですね」
「粘土」
「はい、このあたりの土は陶器の材料に最適ですから。素焼きの壺に粘土を詰めて送るのです。もともと粘土はある程度寝かしておく必要があるので喜ばれるのですよ」
「なるほど」
しかし他に産業はないんかい。
「塩と魚は?」
「運ぶ先が港ですからね……」
これは兄のパロスが答えてくれた。まだいたのか。(俺も酷いな)
「これは……根本的に産業から考えなおさないとダメなんじゃないのか?」
「そのとおりだと思いますわ。しかしここは西の小国群の中でも厳しい土地の一つです。まともな産業はありません……」
「ああ……しかし港は立派なんだからハブ港として活用できりゃいいんだがな」
「ハブ……なんですか?」
改めて問われると説明しづらいぞ。
「うーん、なんていうかな、この場合だと、どこかに行くとき必ず寄る中継点としての港って意味になるかな」
正確には拠点って意味になるんだろうが、一般的な意味の方で使った。
「町の方も商人に大分税金が掛かっているらしいが、それも取っ払っちまうんだ。そうするととにかく人が集まる。物も集まる。一度この国を経てから海運やら陸路やらで別の町や国に運びさ出されていく形が作れれば最高なんだけどな。経済自由都市って感じか。経済特区とかも作れればなぁ」
「経済自由都市」
チェリナが繰り返す。
「まあ最初は税金が集まらないから苦労するし、異文化が流入する危険もある。難民が集まる可能性だってある。だが、うまく事が運べば宿や雑貨食料を売る店が増え、品揃えが増え、在庫が増え、物流が増える。それは結果的に金の流動を産み必ず税収にも繋がる……はずだ」
実際にそんなに上手く行くとは思えない。やれるとしてもかなり優秀な官僚が必要だろう。しかしこの国のやり方を見ていると試していただきたい方法ではある。
「ま、国なんてそんな簡単に変わるもんじゃないんだけどな」
「……そうですね」
「それより輸出できそうなもん考えようぜ」
俺は巨大船に浮かれていて油断していた。
話しながら甲板のロープ巻取り機やら船首像やらマストやらに気がそぞろになっていた。
「……君、言葉遣いはいいのかい?」
「……ああ! す、すいません、あまりに立派な帆船に感動しておりまして我を忘れておりました!」
失敗した!
また失敗した!
「ははは、構わないよ。チェリナはむしろその方が表情が柔らかくなるみたいだしね。ぜひ仲良くやってくれ。もちろん僕とも同じようにしてくれると嬉しいな。うん、ぜひ友達になろう」
タレ目をさらに緩ませて屈託なく笑っていた。
「すまん……これが地で油断すると出ちまうんだ」
「海の男に礼儀は不要だよ」
「そう言ってもらえるとありがたい。これからもよろしく頼む」
「こちらこそ。……チェリナはこれからどうするんだい?」
「アキラ様と一緒に昼食を取りながら輸出品を考えて見ますわ。良い物がなければ出港を少し伸ばすことも考えないといけませんね」
「乗組員が納得するかなぁ……」
「最悪は粘土を運びましょう。どの道輸入はしなくてはいけないのですから」
「そうだね。でも早めに頼むよ」
「わかりました。それではアキラ様行きましょう」
「ああ」
こうして3人で商会に戻っていった。もちろん側近の方も一緒ですよ。