第36話「最強商人と望まれた命」
三大神と空間神と商売神のトップ5が目の前に揃ってるなう。
「あの……今ちょっと忙しいんですが……」
要人に対する言葉遣いではないのかもしれないが、テンパってる俺にはこの一言が精一杯。
すると、ユーティスが前に出る。
「あの、アキラ様。皆様方は、これから生まれるお子に、チェリナさんに祝福を送りたいそうなのです」
「祝福?」
「はい」
一瞬、そんなのはいらんと言いそうになったが、実際に神さまのいるこの世界だ。気休めではなく、なんらかの神秘的な効果があるかもしれないと思い直す。
「お願いして良いんですか?」
「はい。皆様のお気持ちですから」
「わかりました。よろしくお願いします」
恐れ多いことなのかもしれんが、チェリナと子供がより安全になるなら、それこそ神さまにだってすがるとも。
「では」
五人がチェリナを半円状に囲み、厳かに凜とした声を紡ぎ出す。
チェリナはやや引きつり気味だ。
「「「「「我らが神に願いたもう。我ら新しき同胞に、あなた方の祝福を」」」」」
ふわっと。
わずかにチェリナの身体が発光する。
ざわりと教皇たちに驚きの色が走った。
……祝福したら光るんじゃないの?
いぶかしんで五人の顔色を窺うが、彼らはすぐに表情を引き締めた。
「祝福は終わりました。元気なお子が生まれるでしょう」
教皇は定型らしき言葉を述べると、迷惑になるでしょうからと、すぐに帰って行ってくれた。
どうやら本当に祝福しにだけ来てくれたみたいだ。ありがてぇ。
お礼は後日するとして、今はチェリナだ。
俺がラライラに視線をやると、彼女が大きく頷く。
「それじゃあチェリナさんを部屋に運んで!」
「ほら! 男たちは出て行った!」
エルフ唯一の太っちょおかんが、テキパキと指示を出す。
頼りになりすぎる。
ラライラとおっかさん、それにルルイルをはじめ、女エルフたちが部屋に入っていく。
「それでは私たちは部屋の外から、精霊の結界を張りましょう」
ヤラライのライバルエルフ、ザザーザンが精霊理術の得意な男たちに指示を出し、部屋の外から、結界のようなものを持続させていく。
宇宙で一番安全な出産環境なのではなかろうか?
俺がザザーザンたちの周りをうろちょろしてたら、ヤラライに肩を叩かれた。
「落ち着け」
「あ? 俺は落ち着いてる……いや、ないな」
「うむ。座って、いろ」
「ああ」
俺は廊下に椅子を運び、そこに座り込む。
……。
…………。
………………。
「なあ、ヤラライ。遅すぎないか?」
「……まだ、5分も、経ってない」
「え?」
「気持ちは、わかる。俺も、そうだった」
「ヤラライもか?」
ヤラライがゆっくりと頷く。
そうか。こいつほどの戦士でも、当事者になれば、落ち着かないもんなのか。
それを聞いたからか、少しだけ肩から力が抜ける。
「アキラ様、これをどうぞ」
いつの間に用意してくれたのか、ナルニアが紅茶を持ってきてくれた。
「ああ。ありがとうな」
「はい! チェリナ様なら大丈夫ですよ!」
「そうだな」
少女にまで心配かけてどうする。
俺は背を深く沈めた。
どどどどどど。
階下から、凄い足音が響いてくる。
「おうアキラ! もう生まれたか!?」
「ドワーフ! 静かに、しろ!」
「お、おう。すまんかった。ワシも気になっての」
「気持ちは、わかる。だが、うるさい」
「そうじゃな。謝罪するわい」
「うむ」
もちろんやってきたのはドワーフのハッグだ。
「会場の片付けはもういいのか?」
「アッガイがやっておるし、なにより公式会場の片付けは、国の人間がやっておるからな。ワシらの持ち込んだ、カガク系のもんだけ撤収したら、ワシがやることはもうないわい」
「なるほど」
設営の時も、国から派遣された人が神経を尖らせてたしな。
出産は長い戦いと聞く。
俺は何時間でも待つ覚悟で、じっと部屋の扉を眺める。
が。
防音の強い扉の向こうから、かすかに、だが、確かに聞こえてきた。
『おぎゃあああああ!』
……え?
部屋に入って、まだ10分くらいだよね?
空耳かと思って、扉に耳を当てると、間違いなく、赤ん坊の泣き声と、女エルフたちの歓声が聞こえてきた。
「あれ? えっと……もう?」
俺が混乱しながらドアを開けようとして、すぐさまヤラライに止められる。
「中から、呼ばれるまで、待て」
「お、おう」
俺はそわそわと、扉の前をひたすらに往復してしまう。
背後でヤラライとザザーザンが肩をすくめていたようだが、どうでもいい。
まつ。
待つ。
マツ。
ガチャリと。
扉が開き、ラライラが満面の笑みで顔を出した。
同時に、鳴き声も耳に飛び込んでくる。
「アキラさん! 男の子だよ! とっても元気な!」
そのままラライラに手を引かれ、部屋に踏み入った。
女エルフたちが笑顔で左右に分かれ、ベッドの上で、上半身を起こすチェリナが目に入る。
彼女はゆっくりとこちらに顔を上げ、優しく微笑んだ。
その腕には、すでに産湯で清められただろう、赤ん坊。
俺の。
子供。
よろめくように、彼女の横に立つ。
生まれたてだというのに、生意気にも、髪の毛がありやがる。
チェリナより、濃く強い赤毛。
しわくちゃな顔。
「は、早かったな」
「ええ、波動や祝福。皆様の理術のおかげでしょう。拍子抜けするくらいの安産でしたよ」
「そ、そうか」
母子ともに、無事ならなんでもいい。
俺はようやく、肩から力が抜けていった。
良かった。本当に良かった。
「アキラ様、抱っこしてあげてくださいな」
「お、おう」
「まだ首が据わってないので、ゆっくりお願いしますね」
「お、おう」
そっと差し出された息子を、間違っても落とさないよう、全身に波動を行き渡らせて、優しく受け取る。
ほぎゃあほぎゃあと、小さな身体で、目一杯の声で、自分が生まれたことを教えてくれた。
俺は、自分の子供を、抱きしめている。
ぐわっと、涙があふれ出てきた。
「ああ……、ありがとう……無事に生まれてくれて、ありがとう……」
抱きしめよう。毎日抱きしめよう。
少年になっても、青年になっても。ずっとずっと抱きしめよう。
俺は泣きながら、そう決意した。
――。
子供をチェリナに渡し、俺は部屋を出る。
するとナルニアが満面の笑みで待っていた。
「おめでとうございます! 旦那様!」
「ああ……。ナルニアもありがとうな」
「はい! 今、大急ぎでお祝いの準備をしていますので、もう少し待っててね!」
「お祝い?」
「はい! 出産のパーティーです!」
それは当日にやるもんなのか?
「ふん。嬢ちゃんは波動の使い手じゃぞ。少し休めばすぐに動けるわい」
「そんなもんか?」
「実際、超安産だったじゃろが」
「確かに」
「わかった。じゃあ俺も手伝うよ」
「それよりアキラ様。商会の従業員たちも、お祝いに参加したいそうですがどうしますか?」
従業員って、かなりの人数いるだろ。
「参加を認めるなら、倉庫に準備しますし、身内だけでやるなら、下の会議室を使おうと思います」
ハキハキ話すナルニアは、メイドとして良く育っているようだ。
「そうだな……せっかくだ。希望者はみんな呼んでくれ。ただ、食材とかは足りるのか?」
「大丈夫です! アキラ商業ギルドの食品関係の商会から、いくらでも用意できると連絡を受けています!」
「いつの間に……。まぁ、準備できるなら、頼む」
「はい!」
ナルニアは、エルフの奥様方を引き連れて、キッチンへと向かっていった。
頼もしく育ったもんだ。
見送ったところで、ラライラが近くにやってくる。
彼女も号泣していたらしく、涙のあとがあった。
「ふふふ。チェリナさんの赤ちゃん、とっても可愛いですよね! あの、私の息子でもあるんだよね?」
どこか不安げにこちらを見上げてくる。
「当たり前だ。みんな家族だろう?」
「うん! はぁあああ。面倒見るの、楽しみだよ!」
デレデレに蕩ける笑みを浮かべているのを見れば、むしろ俺が子育てに参加できるか不安になるレベルだ。
二人で話していると、部屋からチェリナがため息をつきながら出てくる。
赤ん坊は抱いていない。
「どうした?」
「いえ、エルフの方々が、取り合いをしているので、任せてきました」
「ちょ。良いのかよ?」
「乳母に任せるのと変わりませんよ。商人や貴族の家では普通です」
「お、おう」
な、なるほど。そういうものか。
「むしろ、過保護になりすぎないか、目を光らせなければならないレベルですよ」
はぁと、もう一度、ため息を吐く。
「いや、赤ん坊なんだから、目が行き届くのは良いことだろ?」
「それはそうなんですけれどね。ヴェリエーロの跡取りとしての教育がおろそかになってはいけませんから」
「進路は自分で選ばせてやりたいんだが……」
「なにを言っているのですか。このまま行ったらヴェリエーロは世界有数の商会になるのですよ? 血縁者以外から跡取りを取るなど、世界経済に混乱をまき散らすつもりですか」
「それは少し大げさな……」
子供の行く道くらい、自由にさせてやりたいと思うのは、この世界じゃ甘えなのだろうか?
「それを気にするなら、たくさん子を作ればいいのですよ。跡取りとしての教育はしますが、その中から選ぶとき、本人の意思を確認すればいいのでは?」
「なるほど」
たくさんか。
チェリナを改めて見つめる。
俺にはもったいないほど、美しく聡明な女性だ。
うん。
なんていうか、なにも考えなくても、子供はたくさん生まれそうだからな。
「わかった。でも、苦しめるような教育はやめような」
「当たり前ですよ」
「大丈夫だよ! ボクも協力するから!」
ラライラママなら、優しく教えてくれそうだ。スパルタのチェリナママと一緒ならバランスが取れそうだ。
「それよりも、名前を考えなければいけませんね」
「あ」
最近の殺人的な忙しさで、すっかり忘れていた。
やばい!
俺の灰色の脳みそよ!
頼むから燃え上がってくれ!
名前考えてなかった()