第34話「最強商人と新しき道」
アキラ商業ギルドは、言ってしまえば総合商社だ。
つまり、流通トレード。
日本でいえば、工場と小売店をつなぎ、マッチングする。
この世界で言えば、工房と各ギルドの橋渡し役だ。
中小の工房や職人を守ることが最大の目的ではあるが、結成式に参加している人間には、現状であまり関係ない。そもそも職人や工房は参加してないしな。
この時点で気がついてる奴がいるかわからんが、実質的に金融も扱うことになる。
まさに、巨大総合商社だ。
俺は聞き心地の良い言葉をマイクに流す。
「アキラ商業ギルドに加盟すれば、色んな圧力に抑えられ、技術を自由に振るう事も、磨いた技術が安売りされることもなくなります。自分の責任において、好きな商品を、好きな場所に卸せばいいのです。今まで禁止されていた、他の工房……鍛冶工房と木工工房が手を取ることすら自由です。なんせ、我がギルドには、異業種間の交流を縛る規則がないんですから」
これはどちらかというと、工房に向けたプレゼンなので、この場にいる商会にはあまり意味がないが、これだけ何度も繰り返せば、すぐに噂は広がるだろう。
おのおの商会は工房を抱えている。そしてその工房に自由をさせない。
アキラ商業ギルドは、他の商会に所属していても参加できるが、それを許すかどうか。
商会そのものが、うちの商業ギルドに参加してくれれば一番穏便に済ませられるのだが。
さすがに難しいか。
俺はそのあとも、商業ギルドの説明をして、解説を終える。
そして予定されていた、最後のイベント。
「それでは、最後に皇帝陛下より、お言葉を賜ります」
自分で賜るとか言っちゃうのもなんだが、司会をしてるのが俺なので、こればっかりはしょうがない。
護衛騎士に守られながら、皇帝がゆっくりと壇上へと上がる。
ざわめいていた参加者たちが、水を打ったように静まりかえるのを見て、やはり、封建社会なのだと改めて思い知らされた。
皇帝とはすでに何度か顔を合わせていたが、このような場になると、その威厳に圧倒される。
俺は護衛騎士に指示され、片膝をつき、頭を垂れた。
「アキラ・ヴェリエーロよ、此度の商会設立、大義であった。今までの商人の理と、大きく違う理念、感服致した。新しき商会を率い、真輝皇国アトランディアのために働くが良い」
別に、皇国のために働く気はないが、住民と商人のためになれば、結果的にお国の役に立つだろう。
何より、権力者の覚えが良くなるのはありがたい。
「尽力することをお約束いたします」
「うむ。期待している」
皇帝陛下のその言葉に、参加者たちがざわめいた。
彼らは「陛下直々の期待だと?」とか、「それほどあの男が買われているのか!」とか。「アキラめ、呪われろ!」とか、微妙に知った声もしたが、概ね驚きの声が上がっている。
え? 頑張れとか、期待してるって、定型文じゃねーの?
若干冷や汗を流しつつ、皇帝の退席を待とうとしたところ、予定外の声が上がった。
「少々よろしいか」
静かに声を上げたのは、太陽神ヘオリス教・教皇アファ・ヴォフォル・マルファス。
おいおいおい、もはや公式行事になってしまってるのに、予定外の行動はやめてくれよ。
俺は皇帝が退去するまで伏せていなければならず、困り果てていると、何事もなかったかのように、皇帝が振り向く。
「教皇よ、いかがした?」
「せっかく、貴族のお歴々が集まっているのです、少々、神々に関する連絡を行わせていただきたいのです」
教皇が慇懃無礼に頭を下げる。
「ふむ。神を崇める我が皇国に置いて、神々のお言葉は最優先。お願いいたす」
「ありがとうございます」
外に向かっていた皇帝が、元の席へと戻り、入れ替わりに教皇が壇上に上がろうとするが、俺は頭を下げたまま動けないので焦っていた。
「アキラよ、奥方の横に行くが良かろう」
「……はっ! ありがとうございます!」
皇帝に声をかけられ、これ幸いと、チェリナの特別席へと移動する。
いつ生まれるかわからないほどお腹が大きくなっているチェリナのため、広めのスペースと、大きな椅子を用意してあるのだ。
そして、妊婦に過保護なエルフのご婦人たちがそのまわりを囲んでいる。
「ふふ、皇帝陛下から、ご期待のお言葉を賜るとは、大変な名誉でしたね」
チェリナが嬉しそうに微笑む。
「社交辞令ってやつじゃねーの?」
「まさか。この大陸最大の国家の元首ですよ? お褒めの言葉一つに重みがありますから」
「やっぱアキラさんは凄いよ!」
チェリナだけでなく、ラライラも興奮している。やっぱ封建社会なんだな。
ルルイルが椅子を用意してくれる。
「さあ、旦那様はこちらに座ってー」
いつも通り、ニコニコとした笑顔を向けてくれる。
心の底から、この人の息子になれて良かったと思う。
俺は襟を正して、壇上に向き直ると、ちょうど教皇が話し始めるところだった。
「このようなめでたき日に、参列させていただき嬉しく思っています。さて、皇国の重要人物が集まるこの日、私たち教会から、大切なお知らせをさせていただこうと思います」
予定にないことだが、もしかして。
「本日参加しておられる、月の女神テルミアス教、大地母神アイガス教、空間神カズムス教、全ての教会からの連絡となります」
この国の国教である、太陽神ヘオリス教以外の総意というところで、わずかにざわめきが起こる。
言葉を遮ることさえ不敬なのだが、それだけ大きな衝撃と言うことだろう。
「まことに喜ばしきことに、新たな神が誕生いたしました」
ざわり!
今度こそ、大きな衝撃が走る。
そこかしこから「やはり」とか「まさか」などという言葉が飛び交う。
教皇は怒るでも、諫めるでもなく、静かにたたずみ、自然に騒ぎが収まるのを待った。
「新たにこの地に降りたってくださった神の名は、商売神メルヘス」
再び、先ほどよりも大きなざわめきが起こる。
その中で、一際大きな怒声が耳に入った。
「ばっ! ばかな! このタイミングで商売の神だと!? そ、それではアキラ商業ギルドが神に祝福されているかのようではないか!」
アルベルト・アラバントは思わず立ち上がり叫んでいたが、慌てて口を押さえて腰を下ろす。
皇帝陛下の時だったら、不敬罪で捕まっていたかもしれない。幸い、教皇は先ほどと同じように、ただ静かにたたずむだけ。
遠目に見ても、顔面中から汗を拭きだしていたアルベルトだが、お咎めはないようだ。
そして教皇が静かに語り出す。
「近々、この国において、新たなる一柱、商売神メルヘスを奉る神殿のお披露目があります。ここにいる方々は全て招待する予定ですので、ご都合が合えばぜひご参列ください」
ひそひそ声が飛び交う。「新たな神のお披露目だぞ!」「なんて名誉だ!」「商売の神だと!? もう商人だからと蔑まされなくて良いのか!?」「限界までお布施するぞ! 商会の金庫を開けなければ!」などなど。
今まで、権力と金のあるがゆえに、下に見られていた商人たちがにわかに活気だつ。
その騒ぎの中、皇帝の文官が一人こちらに寄ってきた。
「アキラよ、皇帝陛下を最初に、協会関係者を順に退出させなさい」
「わかりました」
俺はマイクを手に取り、言われたとおり、順に退出していってもらった。
お偉いさん方が会場から出て行くと、途端に大勢が俺の所へと押し寄せる。
「アキラ殿! 商売の神とは、あなた方が広めていた新しい宗教のことか!?」
「ええい! 貴様どけ! うちの商会はギルドに参加するぞ! 他の商業ギルドと掛け持ちで構わぬのだろう!?」
「誰だ! 私を踏み台にした馬鹿者は! アキラよ、我が子爵家の専属にならんか!?」
俺が個々に返事をする隙を与えないほど、殺気だった権力者がすり寄ってくる。
うぉおおい!
さすがに捌ききれねぇよ!
さて、どう収拾をつけようかと頭を回し始めたところで、近くの席、つまりチェリナからうめき声が聞こえた。
「チェリナ?」
「う……お、お腹が……」
「な!?」
すぐにチェリナを取り囲んでいた、エルフ奥様たちが声を張り上げる。
「皆様! すぐに退出を!」
いきなりの出来事に戸惑う連中を、ヤラライが怒濤の勢いで外へと追い出した。
え、え?
頭で状況は理解しているが、思考が全く回らない。
「アキラさん! チェリナさんを運びますから、一緒に来て!」
ラライラに身体を揺すられ、俺は呆けた返事をする。
「あ、ああ」
「ドワーフ、この場、任せた」
「ワシが出来るのは力仕事だけじゃい! このクソエルフ!」
「この場は私が受け持つ! アキラよ、奥方とすぐに退出しろ!」
アッガイ・アラバントが叫ぶ。彼に任せておけばいい。
「た、頼む」
「今は他のことを考えなくて良い、とにかく奥方と一緒にいてやれ! ラライラさんも行きなさい」
「え、でも」
「大丈夫だ。任せておいてくれ」
「わかりました。お願いしますアッガイさん」
「ああ、急げ」
すでにスーツ姿の男エルフたちが、椅子ごとチェリナを運ぶところだ。
俺はラライラに手を引かれて移動を始める。
正直、頭の中が真っ白になっていた。
超絶久々の更新です。
コミカライズ版の神さまSHOPが完結いたしました。
1月に最終巻が出る予定です。
よろしくお願いします。