第31話「最強商人と疲れた商人」
その日、真輝皇国アトランディアの公式式典会場で、久しぶりに行事が催されてる事になった。
大陸最大の国家であるアトランディアの公式会場はいくつかあるが、そのなかでも最大のもので、国家レベルの行事でもなければ使われることはない。
ないのだが……。
「これ、本当に大丈夫なのか?」
俺は護衛として張り付いているハッグに顔を向ける。
「ヒューマンは堅苦しい行事が好きじゃのう。酒と飯を食う祭りではいかんのか?」
「もともと予定していた結成式は、そんな感じだったんだけどな」
ヴェリエーロ商会とベデルデール商会が中心となって立ち上げる、新商業ギルドだが、ブロウ・ソーアの説得でかなりの商会が参入を決めてくれる。
ただ、それでも今のアラバント商会を中心としたギルドの規模には遠く及ばず、結成式も少し派手なパーティー程度の予定をしていた。
アラバント商会の三男で、兄のアルベルトを打ち倒すべく協力してくれているアッガイの協力を得て、この街のほぼすべての商会に紹介状は出したが、来てくれる商会はわずかだろうと高をくくっていたのが間違いだった。
まさかの皇帝陛下が参加という、前代未聞の情報が商人たちの間に駆け巡ったことにより、招待状を送ったすべてが参列するという事態に発展。
「のう、アキラよ。おぬし、ここまで見越しておったんか?」
「まさか」
式に参加したからといって、アキラ商業ギルドに加入しなくてはならないのではない。
大半の商会は様子見、またはアラバント側である、アトランディア商業ギルドを抜けないだろう。
本来、それらの商会がこの結成式に参加する意味はない。
当然、俺たちはそれらの日和見商会のほとんどは参加しないと判断していた。
だからこそ、招待したすべての個人、団体が参列という事態を全く想定していなかったのだ。
会場の設営は進む。
幸か不幸か、アトランディアの公式会場なので、準備の大半は国のスタッフが進めてくれる。
商人に式典会場を荒らされると思っているのか、俺たちに触らせないよう、奮戦してくれていた。
基本的に国家行事レベルでないと使用されない式典会場なので、国のスタッフたちも神経質になっているのだろう。
ま、この世界の人間は、物の扱いとか荒いからな。気持ちはわかる。
ヴェリエーロ商会では、徹底的に物を丁寧に扱うことを教えているが、それでも、日本人の目からすると「うーん」と言いたいレベルなのだ。
もっともそれでも、この世界の基準からすると圧倒的に従業員の質が高いらしく、取引する商人たちからの評価は高い。
そんなわけで、設営は国のスタッフに任せ、俺は席や料理、進行に関して指示や確認に走り回っている。
ハッグは俺の護衛だ。
ちなみにヤラライはエルフの黒服たちと一緒に、チェリナとラライラの護衛だ。
特にチェリナは身重ということもあり、エルフさんたち全員がピリピリしているのだが、絶対に参列するという彼女の意思を尊重し、会場のすみに特別席を用意してもらった。
国のスタッフからも、主催者の正妻であれば、特別扱いにはあたらないと、良い席を確保してくれたのだが、そこを囲うのが黒服スーツエルフなのがなんか面白い。
俺の視線に気づいたチェリナとラライラが微笑み返してくれた。
うん。嫁二人の前だ。がんばろう。
「さて……これでだいたい準備は終わったか?」
「ワシは進行の度合いまではわからんぞぃ」
「ならわかるやつに聞こう」
俺はこの式典のアキラ商業ギルド側で奮闘している、アッガイを探す。
アッガイが実家であるアラバント商会を乗っ取りたいのか、潰したいのかまではわからないが、今回の新ギルド立ち上げに並々ならぬ情熱をみせ、いつ寝ているかもわからない勢いで式典を仕切ってくれているのだ。
大丈夫だアッガイ。人間一日三時間も寝れば生きられる。
久しぶりに日本のブラック時代を思い出し、つい苦笑してしまう。
そういやあの上司連中は元気にやってるんかね?
参列者席を確認していたアッガイを発見し近づくと、そこにはもう一人のアラバントが立っていた。
「アルベルト・アラバントか」
つい、誰に聞かせるわけでもなく、アッガイの正面で怖い顔をしているアルベルトの名を零してしまった。
「……貴様、何を考えているんだ?」
俺の呟きに気づいていたのか、気配を感じただけか、アルベルトがこちらに顔を向けたのだが、その表情は酷いものだった。
顔色は土のように濁り、張りがなくなって、目は落ちくぼみ充血。その下には巨大なクマ。どこかドクロを思わせる。
それでも服装と髪型はがっちがちに固めてあるので、目の前に立たなければ、アルベルトがこれほど不健康な顔をしていることは気づかないだろう。
「お、おい。もしかして病気か? なら無理して参加しなくても……」
俺は、明らかに体調を崩しているアルベルトに強制参加でないことを説明するが、鬼のような形相になった彼に一括される。
「馬鹿か!? 貴様は馬鹿なのか!? 皇帝陛下の参列する式典に招待され、辞退できると本当に思ってるのか!?」
「招待先はうちなんだから問題ないだろ。陛下が招待してるならまだしも」
「問題ないわけあるか! 貴様は……貴様は!」
わなわなと身体を震わせ、こちらを睨みつけてくる。
そうか。陛下の招待じゃなくても、参加しないとまずいのか……。
こんなところで、全参加の理由を知ってしまったぜ。
「しかも、陛下だけでなく、太陽神ヘオリス教教皇、月の女神テルミアス教教皇、大地母神アイガス教教皇、大地母神アイガス教大司教。が参列するんだぞ!? それだけでない! めったに人前に出ないという、空間神カズムス教教主まで参列とは、アキラ! 貴様いったいどんな魔法をつかったというのだ!?」
あ、こういう文言の時は、空理具じゃなくて、魔法っていうのな。
「お前!? ちゃんと話を聞いているのか!」
あんま聞いてなかった。
ちなみに、宗教関係者に招待状は送ってなかったんだよ。
だけど近日発表される、商売神メルヘス教の公認をするってことで、宗教のお偉いさんが集まる事になったんだが、ついでにこの結成式に参加したいとかわがまま言いやがってな。
幸い席やら護衛やらの手配は、全部国がやってくれたんで、こっちはそこまで大変ではなかったんだが、参列者の方が大変だったようだ。
式典の格式がガンガン積み上がっていくため、各お偉いさんとウチのギルドへの贈り物が、招待者たちが考えていたレベルでは全く不足になるため、慌ててよりグレードの高い贈り物を得るため、東奔西走していたらしい。
もちろん、各宗教関係者にも贈り物をしなければならず、高グレードのお土産が大量に必要になってしまったのだ。
流石にそれは参加者に負担だから、主催者は俺たちなのだから、陛下や教皇たちには贈り物を受け取らないよう手続きを取ろうと、アッガイに相談したら。
「あほう! 確かに金銭的な負担はでかいが、陛下や教皇に直接贈り物をできるチャンスをお前は潰すつもりか!?」
このように、めちゃくちゃ怒られた。
そうか。権力者に贈り物をするのはステータスなのか。
なら止める事はないかと結論づけた。
そんな事をぼんやりと思い出していたら、スカルフェイスとなったアルベルトが俺の肩を揺する。
「おい! 本当に聞いているのか!? アキラ!」
「すまん。聞いてなかった!」
「きっ……き! 貴様はぁ!」
怒りが頂点に達してしまったのか、なんとアルベルトが俺に殴りかかってきやがった。
ちらりと護衛のハッグに目をやると、同じくアイコンタクトで「ワシが出る幕じゃないわ」と返してきやがった。
なので「護衛の仕事をしろよ」と投げ返してやると「ふん。相手が敵なら護衛もするが、羽虫を払うつもりはないわい」とさらに返してきやがった。
おいアルベルト。ハッグに羽虫扱いされてるぞ。もうちょっと頑張れ。
なお、ここまで0.2秒。
アルベルトの拳はまだ振り下ろし始めたばっかりだ。
波動をまとい、ハッグとヤラライの特訓を受け、最近じゃファフの動きも追ってるのだ。正直全く敵ではない。
俺は小さくため息を吐き出しつつ、できるだけ自然に見えるよう、アルベルトのパンチを左脇に誘導し、右腕で奴の背中を軽く叩く。
端からみたら、ハグしているようにしか見えないだろう。
「くっ!?」
「アルベルトさん。陛下も参列する式典だ。大事にしたくない。殴りかかってきたのは不問にするから、このままおとなしくしてくれないか?」
「……ぐっ……ぐぐ!」
鬼のような形相を、無理矢理笑みに変形させたアルベルトの顔は、鬼気迫る、破裂しそうな笑顔であった。
迫力満点だが、どうやら理性がわずかに勝ったらしく、強引に笑みを作ったのだろう。
「きょ……今日はよろ……よろ……よろしく頼むよ……」
呂律が回ってないが大丈夫か?
怒りを抑え込んでの笑顔だ。あまり長時間みていたいものでもない。
「ああ。よろしく頼む」
俺はそう答え、その場をあとにした。
◆
アルベルト・アラバント。
アキラに完敗した瞬間である。
……。
少なくとも、周囲はそう思っていた。
事情を少しでも知る商会連中が、哀れみを込めて、アルベルトに視線を送っていたが、彼らはまだ知らない。
これが完敗の始まりであったことを。
ごめんなさい……orz
湿気と気圧で倒れていて、コミカライズ更新日にアップできませんでした……。
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