第29話「最強商人と元最強商人」
「遠いところ、すまなかったな」
「いえいえ。シフトルームが完成しましたから、大したことはありませんよ」
大陸の西の果て、灼熱の経済自由都市国家テッサからのキャラバンにどうこうしてやってきたのは、もとピラタスの大臣、ブロウ・ソーアである。
一時は俺の命を狙った事もあったが、その有能さから、ピラタスがなくなり、テッサとなった今も、重職に任じられている。
瞬間移動装置であるシフトルームが完成したことで、恐ろしいほど忙しくなったテッサから、政治の中心人物を呼び出したのには当然訳がある。
「呼んでおいてなんだが、向こうは大丈夫なのか?」
「全然大丈夫ではありませんよ。ですがアキラ殿の頼みですからね。仕事は全てマイル・バッハールに押しつけてきました。今回は休養と思って来させていただいてますよ」
「あー」
商人から成り上がり、大臣にまでなりあがった超有能なブロウの仕事を押しつけられ、悲鳴を上げている色黒のマイル・バッハールを想像して、思わず苦笑してしまった。
バッハールは漁業ギルド長だが、人手不足で政治の世界にひっぱりだされているのだ。あの無骨な海の男が書類に埋まっている姿を想像すると、少し面白い。
「それで、色々言付かって来ていますよ。私は伝書鳩ではないんですが……、まずはこちらを」
ブロウが差し出してきたのは何種類かの和紙だった。
今までのものより白い和紙や、きめの細かい紙などだった。
「これは?」
「ヴェリエーロ商会のダウロという職人に頼まれまして。極秘なので私から渡してほしいと頼まれました。なんでもエルフの技術者が来てくれたおかげで、紙の品質を大幅に上げることができるそうなので、こちらに切り替えるか、並行して作るか、今のままか決めて欲しいそうです」
「へぇ……こりゃ凄いな。今までの紙は、河が濁っているせいか、少し茶色だったからな。わかった。ブロウが帰るまでには決めておく」
「わかりました。それで、私はなぜここに呼ばれたのでしょう?」
「手紙にも書いたが、簡単に言えば、先生だな」
ブロウは無言で、片眉を持ち上げただけだった。
◆
俺たちが移動したのは、ベデルデール商会が用意してくれた広い部屋だった。
そこにはベデルデールの重要人物だけでなく、彼らが招待した商会の人間も数多くいた。
最近何度も開催している、勉強会であった。
最初は俺が、SHOPから経済関係の本を購入し、読みあさってなんとか説明していたのだが、次第に専門的になっていった事と、この世界での商売に合わせた解説が必要になってきて、手に余っていたのだ。
そこで目を付けたのが、ブロウ・ソーアである。
彼には昔、経済関係の本をプレゼントしたことがある。テッサを発展させて欲しかったからだ。
どうやら今のテッサは非常に好景気らしい。それもブロウの手腕あってのことである。
俺の渡した経済書と現地の事情に精通したブロウは、この世界でもトップクラスの経済学者と言えるだろう。
ならば、ブロウに丸投げするのが良いと思ったのだ。
講義が始まると、俺が理解していなかった部分や、商会制度との兼ね合いなど、非常に細かく繊細な説明をしてくれる。
前ベデルデール商会長は何度も頷きながら話に聞き入る。
うん……。やっぱ実質高卒の俺には荷が重かった。
俺も懸命にメモしながら、なんとか最低限の知識を学んでいく。
「——と、だいたいこのような状況を確立できれば、経済の多様化と活性化が実現可能でしょう。現在のテッサでは商業ギルドを撤廃し、上手くいっています」
ざわつく参加者たち。
実例を交えて解説されたことで、商業ギルドのメリットとデメリットを明確に理解出来たようだ。
俺も勉強になる。
「ふむ。すでに我らはギルドを抜けてしまったが、なかなか賛同者が集まらん、ブロウ殿、なにか解決策はないだろうか?」
「テッサでは法律に組み込んだのでうまく言っていますが、アトランディア現状を考えると、確かに、ただ商業ギルドを抜ければ良いというわけにはいきませんね」
「うむ。我らはギルドを抜けたことで、収入が増えているが、ギルドから抜ける商会が増えねば、その恩恵も少ない。そして中小の商会はさまざまな面から、今のギルドを抜けるのは難しいようだ。まったく、その方が儲かると何度も伝えたのだが」
ベデルデール商会の人間が鼻息を荒く、腕を組む。
対照的にブロウが静かに考え込んだ。
「なるほど、問題点がわかりました」
え? もう!?
「なんだと!? ブロウ殿! それは!?」
「そうですね……まず、商業ギルドの利点から考えていきましょう」
「なに?」
即座に答えを言わないブロウだったが、何か考えがあるのだろう。参加者たちが先ほどの講義内容も踏まえ、ギルドの利点を挙げていく。
「まず、商売に関するノウハウが外部に漏れない事か?」
「それは少し曖昧だろう。この街で商売する為の書類や仕組みを教われると言った方がいいのではないか?」
「なるほど」
「他には商会どおしのやり取りを仲介して、初めてでも比較的スムーズにやり取り出来ることか」
「その手数料はお高めだがな」
「あまり役に立たないが、警備の巡回ルートに商会を入れてもらえる」
「ふん。あの程度の警備が定時に巡回したところで、意味は無いがな」
「それは私たちのような商会の話だろう。小さな所では、あるとないでは話が違う」
「ま、どちらかといえば、こそ泥を束ねる闇ギルドに、内通していることの方がデカイだろうな」
「たいした牽制にはなっていないがな」
次々と出てくる意見に耳を傾けていると、おやと思うことがある。
気になるが、俺は黙って彼らの話合いを聞いた。
「仕入れに関しての口利きはどうだ?」
「今の我らには意味がないが、確かに小さい商会にはありがたいだろう」
「原材料の調達などもそうだな」
「直接取引する商会が多ければ、必要ないのだがな」
「金の貸し付けというのもあるぞ」
「ああ、たしかに。金貸しから借りるよりは利息は安い。もっともそれを盾に無茶な要求も増えるがな」
「出資して無茶を言っている我らのセリフではないが、利点は利点だろう」
その後も、ギルドの利点は数多く出てきた。
それらを聞いていると、ギルドという組織も、まるで不要な組織ではないと考え直す。
まるで俺がそう思うのを待っていたように、ブロウが口を開いた。
「今までの話をまとめると、ギルドの利点のほとんどは知識やノウハウのない中小の商会に対するものになります。大商会の利点は、それらの小さな商会を押さえつけ発展させずに金を吸い上げるという一点に絞れますね」
そうか、俺がさっきから感じていたのは、利点のほとんどは中小商会にしか意味がない事だったのか。
だが、そのメリットを得るためのデメリットがでかすぎるとも感じる。
「商業ギルドの存在意義を考え直してはどうでしょう?」
「……どいうことだ?」
ブロウは一拍置く。
「現在の商業ギルドは、実質的には権力を持った商会の為の組織です。その商会が中小の商会をおさえるのは、コントロール出来るようにするためだと断言できます」
「……」
この勉強会にさんかしているのは、どちらかといえば、コントロールしている側の商会ばかりなのだ。全員が黙り込む。
「技術の漏洩を防ぐ? 自分たちが囲い込みたいだけではありませんか。金貸しより安い金利で金を貸す? 借金で逆らえないようにしているだけではないですか。原材料の調達? 生産調整といざとなったらいつでも調達を止められるという脅しではないですか」
ブロウがその鋭い目を参加者たちに向ける。
どこか怒りを含んでいるようにも見える。
もしかしたら、商人時代に商業ギルドへ思っていた増悪そのものなのかもしれない。
「闇ギルドと繋がりがあるなど、ギルドに逆らったらけしかけるというぞという、脅しそのものではありませんか。小さな商会は、実質仕入れを制限され、取引先を制限され、借金を背負わされ、利息の返済とギルドへの上納金で搾り取られ体力は常にギリギリです」
「待て、そのような苦労があって、のし上がる商会もあるぞ」
「ええ、それは否定しません。ですがそれだけの才をもった商会というのはどれほどありますか? そしてそれらの才を見せた商会に対して、あなたたちギルドのトップはどんな事をしてきましたか?」
「……」
あまりにもあからさまな批判に、ベデルデールの人間が苦笑する。
「そもそも、圧倒的な商才がなければ、まともな金儲けが出来ないこの状況で、自由経済など片腹が痛い。私がテッサでどれほどの苦労の末、商業ギルドを潰したと思っているのですか」
どうやらブロウは本物の天才のようだ。
「……」
沈黙に包まれる会議室。
このままいつまでも続くと思われたそれは、ブロウ本人の言葉で終わりを告げた。
「それらを踏まえた上で、私は新しい商業ギルドの設立を提案します」
勉強会の参加者全員が目を剥いた。
はるばるやってきました、本物の天才商人。
コミカライズでその鋭い目つきをご確認くださいw
そのコミカライズですが、comicブーストにて最新話公開中です!
あのキャラとかあのキャラとか出てきますよ!
さて、感想欄で何度もご指摘いただいている、アッガイが和紙に2度驚いている件ですが、完全にこちらのミスです。
ただ、手直しする時間がまるでないことから、放置になってしまいそうです……すみません。
とりあえず、気にしないで読み進めていただけると助かります。
よろしくお願いします!