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第28話「最強商人と父の決意」

長いです


 俺がそっとチェリナの腹に耳を当てると、ビックリするほどの勢いで、どんと衝撃が走った。


「なんだ!?」

「ふふふ。赤ちゃんが蹴ってるだけですよ。とても元気ですね」


 俺の驚きとは対照的に、チェリナは優しい笑みで、自らのお腹をさする。

 紅い瞳は慈愛で満ちていた。

 すでに臨月となり、そのお腹は驚くほど大きくなっている。


 え。

 本当に大丈夫なのか!?

 こんなに大きくなるもんなの!?


「落ち着いてくださいな。ごくごく普通ですよ」

「さっき腹の中で『どん』って! どんって! なんともないのか!? チェリナ!」

「元気な証拠じゃないですか」

「それにしてはかなり衝撃があったような……」

「もう、心配しすぎですよ。ルルイルお母様がつきっきりで見てくれてますから、心配しないでください」

「そりゃそうなんだが……」


 ラライラの母親であるルルイルが、こまめにチェリナの様子を見てくれるおかげで、俺たちはなんの心配も無く商売に勤しむことができているのだ。

 もちろんルルイルだけでなく、エルフ戦士の奥さんや家族が、常に誰か近くにいてくれる。

 だから、そういう点では心配してないのだが……。


 日に日に大きくなるチェリナのお腹を見て、何かよくわからない不安がわき上がっているのだ。

 ただ、その焦りの正体がわからない。


「ふふ。アキラ様、名前の候補は考えてくれているのですか?」

「それなんだが、むしろ俺以外の奴らが張り切っててなぁ」

「目に浮かびますね」


 ほとんど毎晩、ラライラを中心に名付け会議が招集され、ヤラライやルルイルは当然だが、ハッグやら店の従業員やら、エルフ達が喧々囂々するのだ。まとまるものもまとまらん。

 最初は俺も真面目に参加していたが、最近はサボタージュ気味だ。


 チェリナがお腹の子に話し掛ける。


「もうすぐお父さんと会えますからね」


 衝撃が走った。

 ファフに全力でぶっ飛ばされるよりも、激しい衝撃だった。

 何気なくチェリナが口にしたその言葉で、俺の中にあった、謎の感情の正体に気付いてしまったのだ。


「さあ、アキラ様。そろそろこの子のおむつ代を稼いできてくださいな!」


 それは軽口だったのだろう。

 仕事に戻っていいよという意味合い程度だったのだろう。

 だが、それが追い打ちとなって、俺の心を激しく揺さぶる。


「……アキラ様? 顔が真っ青ですよ!?」

「あ……ああ、なんでもない」

「なんでもないという顔ですか! すみません! どなたかすぐにラライラさんを!」

「だ、大丈夫だ」

「どこが大丈夫だというのですか!?」

「ちょっと立ちくらみしただけだ。はは……いや、ちゃんとラライラには診てもらうから安心してくれ」

「……約束ですよ?」

「ああ。寝不足かな?」

「それは間違い無いでしょう。まったくあなたはいつ寝ているのですか」

「毎日きちんと4時間は寝てるぞ」

「それはきちんととは言いません! まったく!」

「わ、わかったわかった。昔からずっとそんなもんでくせになってるだけだ。気をつけるよ」

「……少しだけ顔色は戻りましたか? 本当に無理してませんね?」

「ああ、大丈夫だ!」


 俺はチェリナに心配させないように勢いよく立ち上がると、どんと胸を叩いた。

 あまり成功しているとは思えないが、必要な行動だろう。


「さて、ラライラに診てもらうかな」

「体調が悪いと判断されたら、ユーティスさんの所に行くのですよ」

「わかった」


 俺は無理矢理笑みを形作ると、約束通りラライラの元へと向かう。

 ラライラは事務所でパソコンと格闘していた。

 凄い勢いで表計算ソフトの項目が埋まっていく。なんかOLみたいだな。


「あ、チェリナさんどうだった?」

「元気だった」

「……アキラさん?」

「あー、ちょっと貧血みたいでな、診てくれないか?」

「え! 大変! すぐにユーティスさんを……!」

「いやいや! そんな大袈裟なもんじゃないんだ。ぱっと診てくれ」

「うーん。わかったよ! でも異常があったら……」

「その時はラライラに従うさ」

「うん。じゃあ舌を出して」


 しばらく軽い診断を受ける。


「本当にちょっとした貧血か、たちくらみっぽいね」

「だろ?」

「……でもその原因って精神的な……」


 そこでラライラが言葉を切る。


「あのね、アキラさん。全てを抱え込まないでいいんだよ? ボクを……みんなを頼って良いんだからね?」


 真剣な瞳で俺を覗き込んでくる。


「ああ。大丈夫だ。ちゃんと頼ってる。一人でやってるつもりも、背負い込んでるつもりもないさ」

「……何かあったらボクに。ううん。誰でもいいから相談して。みんな家族なんだからね?」

「そうだな。考えとく。それよりそろそろ始業時間だ。倉庫に移動しよう」

「……うん」


 ここアトランディアのヴェリエーロ商会では毎朝軽い朝礼を行っている。

 朝礼というと、日本時代のクソ企業のクソ朝礼を思い出すが、ここで行っているのは、出勤確認と連絡事項をかねた、ごく軽いものだ。

 間違っても、毎朝モニター越しに、CEOが成績不振部門を吊し上げる愚痴を垂れ流すような場所にはしていない。


 大量に増えた従業員が倉庫に立っていた。

 最初はラライラがいた事務所で朝礼をしていたのだが、日に日に増える従業員が入りきらなくなったため、今では倉庫で朝礼をしている。


「——という訳で、今行列の最後尾は三日待ちという状況だ。新人の研修が終わったら、受付の数を増やせるから、それまでは踏ん張って欲しい。並んでいる方には飲み物と軽食を忘れずに配ってくれ」

「アキラさん、ちょっといいですか?」


 従業員の一人が手をあげる。


「なんだ?」

「第三倉庫の警備に不安があるのですが……」

「あー、広さ優先で探した倉庫か。ちょっと治安が悪い場所なんだっけ」

「はい。倉庫そのものはエルフさんたちがいてくれるので、問題無いんですが。出入りする荷車からなんとなかならないか相談されました」

「わかった。ザザーザンなんとかなるか?」

「大丈夫だ。警備体勢を見直そう」

「頼む。他になにかあるか?」


 誰も手をあげないので、問題無いようだ。

 ただ、ラライラだけ、俺に不安そうな視線を向けてくる。


 ……そうだな。聞くだけ聞いてみるか。


「あー、大変恐縮なんだが、みんなが良ければ、今日一日休みをもらいたいと考えている。一人でも反対するものがいれば、いつもどおり仕事をする」


 そう口にすると、従業員全員が呆れた顔で、口をあんぐりと開けたのだ。

 当たり前だ。今この商会は空前の好景気、絶好調なのだ。

 従業員たちにはローテーションで休みを与えているが、責任者である俺が休もうなど、誰が納得する話か。


「すまん、今のは忘れて……」

「「「「ぜひ休んでください!!!!」」」」


 まるで打ち合わせでもしていたように、従業員が全員口を揃えたのだ。


「お……おお?」

「いやー、いったいいつ休んでくれるか、ずっと不安だったんだよ」

「全くだ。アキラさんが倒れたら商会はどうなるってんだ」

「少しは俺たちを信用してください!」

「一日とい言わず三日くらい休んでください!」

「おっと! いつもみたいに休みの日に教会と交渉したり、戦闘訓練するのはやめてくださいよ!?」

「そうそう! いい加減、休みに仕事するのはやめてくださいよ!」

「商会長なんて、ふんぞり返っててくれればいいんすよ!」

「お前何言ってんだ。アキラさんが指示してくれないと、まともに交渉もできなかったくせに」

「ぐっ……い、今は出来る! 大丈夫だ! だからアキラさん! ゆっくり休んでくださいよ!」


 急に弛緩した空気になり、口々に俺を心配する言が飛び交う。

 ……そうか。そうだったのだ。


「わかった。今日はのんびりさせてもらうよ。上にいるから、何かあったら呼んでくれ」


 上とは、俺たちの居住スペースの事だ。


「おいお前ら! アキラさんを呼び出すようなヘマしたら許さねぇぞ!」

「お前が言える口かよ! 任せておいてくれ! このお調子者の手綱もしっかり見ときますから!」

「うぐ……」


 従業員同士がやる気に満ち満ちていた。

 俺は、世界で一番幸せな商会長だろう。


「わかった。頼む。だがいざというとは遠慮するなよ」

「「「「はい!!!!」」」」


 俺が上に上がろうと、階段に向かうと、ラライラ、ヤラライ、ハッグ、ファフが寄ってきた。


「アキラさん。ゆっくり休んで大丈夫だからね。商会は任せて!」

「敵、寄せ付けない、アキラ、安心、しろ」

「頼まれていた道具も、そろそろ一気に仕上げる予定じゃわい。全く、休むのも仕事じゃぞ」

「ははは。わかった。任せるよ」


 三人に声を掛けると、めずらしく朝礼にいたファフがニヤリと見上げてきた。


「ククク……、従業員に心配されるなど、三流なのじゃぞ」

「耳が痛いぜ。今日は休ませてもらう」

「なら、てれびげーむに付き合ってやろう!」

「ノーサンキューだ」

「つれないのう」

「悪いな、そういう気分でも無いんだ」

「ククク。まぁたまにはゆっくり考える時間も必要じゃろ」

「……」


 相変わらず、このドラゴン娘には見透かされている気がする。


「そうさせてもらう。頼む」

「任せて!」

「うむ」

「職人どもにカツを入れといてやるわい!」


 俺は頼もしい家族に任せて、屋上へと上がった。

 久しぶりに煙草を取り出す。

 一階以外の建物内は、チェリナの事を考え禁煙にしているのだ。吸うなら一階か屋上しかない。

 だが今頃一階は商談で戦場になっている。そんな中にいたら、間違い無く仕事を始めてしまうだろう。


「ふー」


 紫煙を吹き出すと、グリフォンのクックルが小屋から出てきて俺の横に来る。頭を撫でろと要求しているのだ。

 俺は乞われるまま、クックルの頭をぐしゃぐしゃと撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。


 最初の頃はチェリナにしか懐いていなかったクックルも、最近では俺にもこんな風に接してくる。

 毎晩のようにファフに鍛えられているせいか、随分と精悍な体つきになっている。

 冒険ギルドの連中に言わせると、戦闘用に育てられたグリフォンを軽く捻るだろうとの事だ。

 だが、どこか抜けた印象を持つのは、子供のせいだからだろうか。


 考えるのをやめ、ただただ、ぼんやりと流れる雲を見送り続けた。


 ◆


「アキラくーん。夕飯ですよ〜」

「ん? ああ……そんな時間か」


 気がつけば、紅く染まった雲。

 屋上に上がってきたのは、義母ルルイルだった。


「少しは休めたかしら~」

「ええ。たっぷりと」


 実際、一日ぼーっとしてたからな。何も考えない時間というのは、貴重なものだろう。


「んー。あんまりそんな風には見えないかしら?」

「え? そうか?」

「悩み事なら、どーんとこのお義母さんに相談していいのよ~」

「特に悩み事なんて……」

「子供の事でしょ~?」

「っ!?」


 自分で思っていた以上に、ぎくりと反応してしまった。

 にこにこと笑顔のルルイルが、俺の隣に並ぶ。


「良い天気ね~」

「あ……ああ」

「不安なんだ~」

「……」

「良いのよ~。不安で良いのよ~」

「いや……不安なんて……」

「全部吐き出しちゃっていいのよ~。だって私、アキラくんのお義母さんだもの~」


 ちくりと。

 胸に痛みが走る。

 血のつながった母親を思い出したからだ。

 父親とセットで、ゲス中のゲス。

 子供に暴力を振るい、働かせ、金を奪い、複数の男に貢ぎ、貢がれる。


 俺はいつの間にか視線を逸らしていたルルイルに、もう一度視線を戻す。

 エルフという種族の特性か、俺より年下に見えてしまう。大学生と言って普通に通じるだろう。

 優しい笑みで、俺の言葉を待つ、義母。


 母親?

 俺は、その言葉だけで、心の奥底に濁った何かが湧き出してくるのをハッキリと感じられる。

 おい、ファフ。俺のどす黒い感情をエネルギーにしたんじゃなかったのかよ。


 ……ふん。感情が消えるわけじゃないってのは理解してる。

 もう一度、ルルイルの顔に視線を向ける。

 優しい、いつもの笑みだ。


 ラライラの母親で、チェリナの事を娘だと、面倒見てくれて、俺たちや従業員に飯まで作ってくれる。

 思い出せ。

 この人は、俺のクソみたいな親とは違う!


「……はは。お見通しですか」

「あたりまえよー。母親ですものー」


 再び胸に痛みが走る。

 母親。親。

 それを意識する度に走る、この痛み。もうハッキリしていた。


「……怖いんですよ。親になるのが」

「うんうん~。やっぱりねー。お父さんも同じだったわ~」

「……え? ヤラライが?」

「そうよー」


 どうにもエルフって人種は、子供に対して無条件の喜びを持っていると思っていたのだが。


「もちろん。喜んでたわ~。それと別に、戦士の事しか知らない自分が、子供を育てられるのか~。ちゃんと愛してあげられるのか~ってね」

「そうだったのか……」


 そうか、あのヤラライですら、不安はあったのか。

 だが、俺とは根底が違う気がするな。


「アキラくんは、子供を愛せるか不安なのね~?」


 少し考える。

 不安……。

 それは俺もクズ親と同じに成りはてないか、同じ事をしてしまわないか。漠然とそんな事を考えていた。

 なんせ、俺が知っている親は、そのクズしかいないのだから。


 だが、ルルイルの言葉を聞いて、結局はそこに集約されているのではないだろうかという気になってきた。

 しかし、子供を愛する自身がないなど、言ってはならない……。


 あれ?

 さっきのヤラライの話……。


「アキラくんー。今から少し長い話をするけど、聞いてくれる?」

「はい」


 ルルイルは、少し考える様子を見せると、いつもの優しい笑みのまま語り出した。


「えっとねー。まず子供を愛せるかどうか、これは父親なら誰でも抱く感情なのよー」

「え?」

「正確には、母親も抱くんだけどー、これは自然に解消されちゃうのー」


 誰でも抱く?

 そんな馬鹿な。


「もちろん、その感情の強弱には個人差があるから~、表面化しないし~、アキラくんみたいにその感情を抱くことが間違ってると思ってー、誰にも言わないことが多いだけなのよー」

「誰でも……抱く?」

「そう思っていいのよー」


 そんな事があるのだろうか?


「愛と好きの違いってわかるー?」

「え?」


 それはラブとライクの違いってことか?


「わかりません」

「好きっていうのはねー。対象が欲しい、対象を触りたい、対象を楽しみたい、対象を集めたい……そういう感情なのー」


 なんかオタクみたいだな……。ああ、人だけでなく、物にも適用されるのか。


「でも愛も同じじゃないんですか?」

「愛はね~、対象が何を考えているかが気になって、対象が何を考えているのか常に考えちゃう事なのよー」

「え?」


 ずいぶんと、予想外の答えに、俺はいささか戸惑った。


「それを考え続けられることが、愛情の大きさなのよー?」

「え? え?」


 相手が……俺の場合、チェリナとラライラが、何を考えているのか常に考えている……?

 常に……かどうかわからないが、気になっているのは確かだ。


「今アキラくんが考えてる人が、何を考えてるのか想像したこと、ある?」

「そりゃあ……もちろん」


 二人が何を考えているのかを想像する。そんなのは……しょっちゅうだ。

 楽しかったのだろうとか、つまらなかったのだろうとか、不安なのだろうとか。


「うんうんー。ならアキラくんは大丈夫だよー」

「え?」

「どうして母親は、不安を解消できちゃうかっていうとねー。自分のお腹の中に長く子供がいるからよー?」


 今の話と、お腹の子供がつながらない。


「お腹が大きくなるとねー、母親は色々考えるのー。この子は大きくなったらどんな子になるんだろー、男の子かなー、女の子かなーって」

「……」

「そんな中で、当然、今何を考えてるかも想像しちゃうのよー。例えば、元気にお腹を蹴ったら、早く外に出たいんだねーとかねー」

「ああ……」


 ようやく話がつながった。

 そうか、お腹に子供がいれば、24時間つきっきりで一緒なのだ。嫌でも子供の事を想像してしまうだろう。


 そこで、稲妻のように、現代日本を想像してしまう。

 父親は仕事で帰るのが遅い。収入も少ない。

 母親も仕事が出来ず、金銭的に将来が不安。

 子供がお腹にいるにも関わらず、いつも考えてしまうのは、将来の不安、金銭の不安、夫に対する不満……。


「もしかして、子供が生まれてからも?」

「もちろんよー。赤ちゃんが泣いたら、なんで泣くのか一生懸命考えるでしょー? おむつなのかお腹空いたのかなーって」

「ああ……」

「もちろん笑ったら、子供が何を考えて楽しかったか、想像するでしょー?」

「そうか……そうつながるのか……」


 現代日本で考えてみて、母親が不安を抱かず、しっかり子供の面倒を見ていたとする。

 では父親は?

 大抵、仕事で子供と接する時間など少ないだろう。

 逆に、子育てを手伝う父は?


 なんとなくだけれど、理解出来てきた。


「養子ってあるでしょー?」

「はい」

「じゃあ養子って愛を持てないと思うー?」

「いえ、むしろ養子の方が上手く行くなんて話も聞きます」

「でしょー。それも同じに説明できるのー。むしろお互いに不安があるって明確だからー、最初からお互いを知ろうと努力するわけー」

「あ! そうか! 自分も不安、養子も不安。だから相手がどう不安なのか常に考えてる。つまり、対象が何を考えてるか、常に想像している!」

「そうそうー。だから、それがしっかり出来れば、続けられれば、それは愛なのよー」


 盲点というか……目から鱗だな。


「ただねー。人間だからー。相手が何を考えてるかなんて、わからないしー。自分の希望が強く出ちゃう事もあるのー」


 どういうことだ?


「そうねー、親が子供を戦士に育てたいときー、子供も当然そう思ってるとー、思い込んじゃってたりー」

「あー……」

「剣の練習でー、子供は当然強くなりたいと思っているってー、親は想像してるのにー、子供はただ辛いって考えてるだけだったりー」

「ありそうな話ですね」

「だからー、愛情はしっかりあってもー、すれ違っちゃうときはあるのー」

「それは……なるほど」


 そりゃ、子供の感情をつねに正確に感じ取れるなら、親子の喧嘩やすれ違いなんて起きるわけがないものな。

 そして、すれ違うからといって、愛情が無いわけじゃない……か。


「逆に子供はねー、親が何を考えてるのかー、常に想像してるのー」

「あ」


 それはそうだ。親が怒っているのか、常に考えていた。

 子供にとって、世界の大半は親が占める。

 親の反応を見て育つのだ。


「だからー、子供は親に愛情を抱くのはー、ほとんど確定なのー」

「……」


 俺が、あの親を?


「ただー、大きくなってー、いろんな情報や経験でー、愛情がひっくりかえったりしちゃうこともあるわー。憎悪はー、愛情の深さと同じだけ深くなっちゃうからー」


 俺は親のことを、殺したいと思うほど恨んでいた。

 それは、子供の頃、それだけ親を愛していたと言うことだろうか?

 ……それは、あまり考えたくないな。


「俺も……、子供が何を考えてるか、常に想像する……それが愛情になるんですね」

「大事なことよー。でもねー。アキラくん。男親はねー。子供が生まれるまでは、それはむずかしいのー。だから、今は不安でも、いいのよー」

「……」


 俺は、親は無条件で子供を愛していなければならないと、どこかで思い込んでいたんじゃないだろうか。

 そしてそれが出来ない俺を、人間失格だと……。


 それでも、俺は本当に子供を愛することができるのだろうか?


「うふふー。今アキラくんが抱いてるー、不安を簡単に解決する方法をー、教えてあげる~」

「え!?」


 見透かされたことに対する驚きでは無く、簡単に解決する方法がある!?


「子供をねー。抱きしめてあげるのー。沢山、たくさんだよー」

「……それだけ?」

「そうだよー」


 そういえば、俺は親に抱きしめられた記憶があっただろうか?

 殴られ、蹴られた記憶しか思い出せない。


 さらに洋画なんかを思い出した。

 海外ものの映画やドラマなんかでは、30歳になろうが、40歳になろうが、親と当たり前にハグしている光景だ。

 日本人の感性からすると、いい大人がなにやってんだと思っていたが、なるほど、そういう映画などでは、家族のつながりが強い気がする。


 もしかして、日本人に足りないのはハグなのか?


「……大人になってからも抱きしめてやります」

「うんうんー」


 ルルイルは満足げにうなずいてから、そっと俺を抱きしめてくれた。

 暖かかった。


 俺は、はじめて(・・・・)母親の胸で泣いたのだ。


 ◆


 その夜、俺はチェリナの所にいった。

 お腹を触らせてもらう為だ。


「アキラ様?」

「……」


 そっと、お腹をなで、耳を寄せる。

 ああ……生きている。この子は元気にこの世に生まれ、わんぱくに生きたいと思っている。

 男か……女か。どっちでもいい。でも、きっと、楽しむために生まれてきたのだ。


「俺はクソ親のようにはならない。約束する。お前が嫌って言うほど抱きしめてやるからな」


 それは宣言であり、決意であった。


「ふふ。サリーにも約束しましたからね」


 そこで再び衝撃。

 そうだ。俺はサリーにも約束していたじゃないか!


「は……ははは! そうだった、そうだったな! 俺は、親に……父親になるぞ!」

「はい」


 お腹の子供と一緒に、チェリナをそっと抱きしめた。


 たぶん、その瞬間、俺は本当の意味で、父親になったのだった。



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……今回のこの話、ずっと書きたかったんですよね。

ようやく書けたと安堵しております。

読者様には少し退屈な話になってしまったかもですが。


そして前話(27話)とこの話の内容で、1話の予定だった自分の迂闊さをぶん殴りたい(´Д`)

合わせて1万5千文字越えてるがな(´Д`)


まあとにかく、楽しんでいただけたら幸いです(´ω`)

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[良い点] すごく考えさせられる話でした。感謝。
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