第27話「最強商人と野望の行商人」
文章増量でお届けしますw
<side:シャイロック>
私の名前はシャイロック。苗字は無い。
アトランディアの田舎にある小さな雑貨店に、三男として生まれた。
もちろん店は兄が継いだ。
父と兄から、独立の祝いとして馬車を送ってもらった。
色々思うところはあるが、ありがたく受け取ることにする。
この馬車を使って、私は行商人になることを決めた。
本来行商は、独自のルートを師匠や親から受け継ぐものだが、私は一から構築することになる。
だが、やはりいつかは自分の店を持ちたい。出来ればアトランディアの首都で!
その思いを実現するため、アトランディアの首都で一旗あげるべく、狼や害獣に怯えながらも、長く苦しい行商生活を過ごしてきたのだ。
ある程度資産を溜めたことで、村の近隣を往復するルートを拡大することにする。
そう、憧れの首都アトラントをルートに組み入れる決意をした。
他の行商人から、なんとか安全なルートの情報をかき集め、無事に首都へと到着することが出来た。
首都アトラントは世界最大の国家に相応しい、巨大で荘厳で、かつ猥雑とした、この世の喜怒哀楽をすべてごった煮にしたような都市だった。
いくつもの城壁と市壁が入り組んでエリア分けされ、それぞれのエリアがまるで別の国のように感じられる。
アトラントに到着して三日も歩き回ったが、この都市の全容どころか、表層すら実感できていないだろう。
ようやく、商人が多く住むエリアを見つけ、酒場で情報収集。
そこで、変わった噂を聞いた。
曰く、商業ギルドに加盟しない、大商会が出来た。
曰く、ギルドに加盟、非加盟問わず、誰とでも商売をする。
曰く、商品が余りにも魅力的。
曰く、店員がエルフ。
そんな馬鹿なと思うのだが、天下のアトランディアで活躍する商人たちだ。本来なら一蹴されるべき、荒唐無稽な噂話に明け暮れているのだ、もしかしたら、実在するのかも知れない。
アトラントで商売をするのであれば、この都市の商業ギルドに加盟するのは義務だ。
ただし、店舗を持つことになればの話だが。
俺たちの様な木っ端行商人にその義務は無い。
ただ、まともに商売をしようと思ったら、商業ギルドに所属している商会と取引するのが普通だった。
大まかな情報を仕入れたので、今日はいよいよ田舎で仕入れてきた毛皮を売るべく、商会が並ぶエリアに馬車を歩かせた。
「あそこが良さそうだな」
私が目をつけた酒場は、間違い無く、商人たちがたむろしているだろう。こういう空気感は行商を繰り返してきたおかげで身についていた。
今日は行商人とも取引をしてくれそうな商会の情報を手に入れようと、酒場に足を入れる。
中はごった返していた。
相変わらずアトランディアは景気がいい。問題は新参のよそ者がすぐに信用してもらえるかどうかだ。
まずはカウンターに座り、弱い酒を注文。
少し様子を見てから、相談に乗ってくれそうな商人を探すのだ。
だが、私が席につくと、すぐに身なりの良い商人が隣に座り、声を掛けてくる。
「失礼するよ。外にある毛皮を積んだ馬車は君のかね?」
「ああ、私のですよ」
「そうか。毛皮を売りに来たんだろう? 行きつけの商会はあるのかね?」
「いえ、この街にはきたばかりでしばらくは観光をしていました。ようやく地理が頭に入ったので、これからどこか良い商会が無いか、これから探そうと思っていたところです」
「そうか……ならうちの商会と取引しないかね?」
「うち?」
正直、向こうから話を持ちかけてくる時は、あまり信用出来ない事が多い。
予定していたとおり、酒場で情報収集し、商業ギルドで確認するべきだと、断りの文句を口にしようとしたが、男の言葉に私は止まってしまった。
「私はベデルデール商会の人間なんだが、聞いたことはあるかね?」
絶句。
このアトランディアで商売をしている人間で、ベデルデール商会を知らない人間などいない。
騙るにしては、名前がでかすぎる。
世界で1、2を争う大商会だぞ!?
「そりゃ、もちろんですが……」
「実は今、事業を拡大中でね。今まで取引のなかった行商人との取引を増やしている所なんだ」
その言葉だけを聞けば、大変魅力的だ。
だが……。
「えー、そのお気持ちは嬉しいのですが、私のような木っ端行商人が、あのベデルデール商会と取引出来るとはとても……」
「ああ、偽物だと警戒しているんだね」
「それは……」
「商人としてその心構えはむしろ好感を持てる。どうやら私は良い人間に声をかけたようだ」
「……ありがとうございます」
なぜだろう。
今まで俺に詐欺を持ちかけてきたどの人物よりも、信用してしまいたくなる。
「……お兄さん。その人は本当にベデルデールのバイヤーだよ」
「え?」
ぼそっと教えてくれたのは、酒場の親父だった。
この手の酒場の店主は、まず嘘をつかない。特に商人が出入りするような酒場なら絶対だ。
特にこのアトランディアで店舗を持つ酒場の人間ならなおさらだろう。
「もちろん契約時には、商業ギルドで公式の取引証明を出してもらうよ」
「え!? す、すみません。私にはとても手数料を払う余裕は……」
「ははは。こちらから話を持ちかけたんだ。手数料はこちら持ちだよ」
信じられない。
商業ギルドで取引証明をだしてもらおうと思ったら、かなりの手数料がとられる。どう考えても毛皮取引に使うようなもんじゃない。
「もちろん、私も商人だからね。しっかり利益がある別の話がセットになるんだが」
「……その内容を聞いても?」
私の理性の部分は「この話は怪しい! 断るべきだ!」と悲鳴を上げていたが、感情が、好奇心が抑えられないのだ。
もし本当に、ベデルデール商会の人間だったら?
商業ギルドで取引証明を出すなら、嘘は不可能だ。詐欺の手口としては、その書類を作る前に、俺から金をもぎ取るだろうから、それを注意すれば、問題無いはずだ。
理性の悲鳴を無視して、俺は男に向き直る。
「結構。なに、大した話じゃないんだ。ちょっと人気の商品を仕入れてきてほしいって話なんだ」
「人気の? 地方の毛皮……ではないですよね?」
「ああ。最近ある商会が売り出している、ワシという変わった羊皮紙なんだ」
「それは、もしかして噂になっている、エルフが店員とか言う商会の事では?」
「知っているのなら話が早い。そこの人気商品なんだ」
「それはベデルデール商会が普通に仕入れれば良いのではないですか?」
「そうしたいのはやまやまだ。だが、その商会、商業ギルドに所属していないのだよ」
「……は!?」
たしかに、噂では聞いていた。だが、そんな事は不可能だと、聞き流していたのだ。
「ベデルデール商会が直接仕入れるというのは……あとは言わなくてもわかるだろう?」
「そ、それは」
わかりすぎるほど理解出来る。
逆に言えば、そんなギリギリの手段を使ってでも入手したい商品なのだろう。
「あまりの人気で、三日は徹夜で並ばなくてはならないこともあって、頼める行商人を探すのが案外手間なんだよ。少々きついが頼めるだろうか?」
「手数料にもよりますが、そのくらいの徹夜なら可能です」
「それは良かった。なら細かい話を詰めていこうじゃ無いか」
「……わかりました。ただ、最終的に商業ギルドに確認させてもらっても?」
「もちろんだ」
こうして私は、世界最高商会の一つと取引することになったのだ。
◆
「これで毛皮取引は終了だ」
「ありがとうございます。しかし、本当にこんな高値で買い取ってもらって良かったんですか?」
「ははは、手数料込みと、信頼してもらう投資だと考えてくれ」
「それならば、ありがたく受け取ります」
私はその日、予定していた倍以上の金額で毛皮を買い取ってもらった。
疑心はずっとつきまとっていたが、手にした金貨で、その思いもすっ飛んでいる。
俺は本当にベデルデール商会と取引をしたんだ!
「さて、既に説明したが、シャイロックさんにはヴェリエーロ商会から、ワシを購入してきて欲しい。今、ワシは人気過ぎて、引換証を渡されるのだが、それを私に渡してくれればいい」
「はい。大丈夫です」
「それでは金貨300枚で購入できるだけのワシを」
「は、はい」
金貨三〇〇枚を積まれ、私は思わずツバを飲み込んだ。
「そうだ、君はまたすぐに旅立つのだろう? それならワシでは無く、ペットボトルを購入するといい」
「先ほど実物を見せてもらいました。確かに良い物ですが、理由があるのですか?」
「ああ、ワシの方が儲かるのだが、下手したら半年近くこの街に滞在しなければならないだろう? ペットボトルならすぐに出してもらえる」
「なるほど」
「もっともそろそろペットボトルも売り切れるんではないかと見ている。先行投資としても悪く無い」
「どっちも凄い売れ行きと、噂で聞きました」
「ああ。それとペットボトルは軽いからね。馬車に積みやすいだろう?」
「ご忠告感謝します」
「それを売り歩きながら故郷に帰り、また毛皮を仕入れて戻ってきてほしい」
「必ず」
こうして私は、噂のヴェリエーロ商会へと向かったのだ。
そこは、想像を絶する建物だった。
広い中央通りに面した最高の立地で、なんと向かいには世界最大と言われるアラバント商会の本店がある場所だ。
いったい土地の価格がいくらするのか、想像を絶するものがある。
「それにしても……」
なんとヴェリエーロ商会は巨大なガラスを、これでもかとふんだんに使った建物だった。
通りに面した一階は、店舗の中を見せつけるような作りで、人の動きが良くわかる。
普通、商会といえば、他人に見えないような商談スペースをいくつも用意する物なのにだ。
驚いたのは建物の作りだけではない。
「はーい! 購入はこちらの列! 商品説明はこちらの列です! 現在三日ほどお並びいただくことになります! そこ! 横入りしないでくださーい!」
従業員が声を涸らせながら、列を作っていた。
それ自体は珍しい物では無いが、想像していた以上に列が整然としているのだ。
理由はすぐにわかった。
「お前、そこ、もう少し、壁に寄って、くれ」
「ああヤラライさん、すいません」
「気をつけて、くれれば、いい」
列が膨らみかけると、すぐに揃いの変わった服を着たエルフが、丁寧に列を整えるのだ。素人の私から見ても強そうなエルフたちに注意されれば、馬鹿なことをする人間も出ないのだろう。
「すいませんヤラライさん、ちょっとトイレに行きたいのですが……」
「わかった、場所、おぼえとく、トイレ、あそこだ」
「ありがとうございます」
なんと、列に並んでいた商人がトイレで席を離れても、しっかり順番を保証してくれているのだ。
普通ならあっと言う間に列を詰められてしまうところだ。
ベデルデール商会のバイヤーに、保存食だけ持っておけばいいと言われた理由がようやくわかった。
それにしても、トイレまで貸し出してるのか。
私も列に並ぶと、先ほどの従業員が走り寄ってきた。
「これをどうぞ!」
小僧が一人一人に、ワシを配っていく。サンプルだろうか?
何気なくワシを受け取って、私は再び驚愕することになる。
「なっ……!? これは仕入れ価格表!?」
思わず声に出るほど驚いてしまった。
当たり前だ。仕入れ価格は商人同士で共有する最大限の秘密なのだから。
「あんた、もしかしてここで取引するのは初めてか?」
私がワシを手に絶句していると、前に並んでいた商人が振り向いてきた。
「ええ。人気商品があるとのことで、仕入れに来ました」
「なるほど、そりゃあ驚くよな」
「あなたは常連ですか?」
「ああ。並ぶ度に資金が増えるんだ。並ばないバカはいないだろ?」
「それは確かに」
どうやら本当に、凄い商品らしい。
実際手にしたワシは、木板になれた私も大量にほしくなる。
「これは参考価格ってことですよね? もちろん最終的には商談するんですよね?」
商人はニヤリと笑う。
「この商会での仕入れ価格はこの表の通りだ。一切嘘がない。嘘だと思うのであれば、この「購入列」の先で「商談」を始めて見ればいい。問答無用で「商談列」の最後尾に並ばせられるからな。もっとも商談といっても、金額の相談じゃなく、商品説明や使い方相談。他に和紙の使用例なんかを教えてくれるだけなんだが」
私は目を丸くする。
実際、行商人の並ぶ「購入列」の先では、いくつも並ぶカウンターから従業員の声が明るく響いてくるのだ。
列は建物を二週していて、ちょうど店の中をうかがうことが出来たのが幸いだった。
「はい! 和紙一万枚とペットボトル三〇〇個承りました! それでは182万円になります! こちら引換証です! ペットボトルは今すぐ出せますが、和紙は説明したとおり、四ヶ月待ちとなっております。引換証を無くさないようにお願いしますね!」
信じられないことに、店員は客の購入個数も金額も、当たり前のように口にする。
あまりにも堂々としているため、それが普通だと勘違いしそうになる。
「しかし和紙は人気過ぎるな。購入制限が無いのはありがたいが、俺程度の資金しか無い人間には、つらいところだ」
その商人が、別の商人を交えて雑談を続ける。
「ペットボトルも、信じられないほど便利だからなぁ。ちょっと地方に持って行けば、飛ぶように売れるぞ」
「軽いから馬車に負担がかからないのもありがたい」
「車輪の修理費用もバカにならんからなぁ」
「そう考えると、和紙は重いからな」
「なに、和紙はこの街でいくらでも捌ける」
「それもそうだな」
「そういえば、和紙の末端価格を知ってるか?」
「いくらなんだ?」
「一枚二〇〇〇円らしいぞ」
私はそれを聞いて絶句した。
慌てて手の仕入れ表から単価を計算しようとしたが、それより早く目の前の商人が答えを出した。
「マジかよ……一万枚以上まとめ買いなら、一枚の仕入れ価格は一七〇円だろ? どんだけボロ儲けなんだ?」
「流石にその価格は小売りの価格だっての。商会同士のやりとりだとその半分くらいらしい」
「それでも一〇〇〇円かよ。購入制限もないのに、凄い値上がりのしかただな」
仕入れが価格が500円としても、木板より安いのだ。そりゃあ売れる。
「なんでも、太陽神ヘオリス教が大量購入しているらしい」
「なぜだ?」
「これは噂だが、このあいだ新しい神が生まれたって発表があったろ?」
「ああ、商売の神だろ? 縁起がいいよな。教会が出来たら一度いってみようと思ってるが、いつになるのかね?」
「新神ですか?」
思わず質問してしまう。
「ああ。なんでも商売の神さまらしい」
「商売の? それは凄いですね。教会は金儲けを嫌っているように思っていましたが」
「金儲けは嫌いでも、金が好きなのが教会だろう? ……おっと、この国で口にすることじゃなかったな」
慌てて口を塞ぐ商人。
「ヘオリス教なんだがな。どうやら、聖典の写本を和紙で作ってるらしい」
「なんだって?」
「知ってると思うが、聖典の写しなんてのは今まで羊皮紙を使っていたろ。山羊や羊なんかの動物の皮を使った羊皮紙は、当然一匹の生き物を潰して作る。和紙と同じ「えーさん」サイズで考えて、一匹から一〇枚も取れれば良い方だろう。動物一匹を育てる労力と、羊皮紙として加工する手間。和紙の値段が末端の二〇〇〇円だとしても、羊皮紙に比べたら尋常じゃなく安い」
「ああ、だから、これほど値上がりしても、買い手が尽きないんだろ」
当たり前だ。羊皮紙どころか木板より安いのだ。
誰だってワシがほしくなるだろう。
「そうだ。そして聖典は書き示す項目が多い。必然的に聖典の写しは超が付くほど高額になる」
「当たり前の話だな」
「そこでだ、どうやらその新神である、商売の神の教徒が、ヘオリス教会に大量の和紙を奉納したらしいんだ」
「この国の国教であるヘオリス教に奉納するのは、不思議な事じゃ無いだろ?」
「良く考えろ、商売の神がどっから大量の和紙を持ってきたんだって話だろ」
「あ」
「そういう事だ。商売の神とここヴェリエーロ商会にはなんらかの繋がりがある。間違い無くな」
「なるほど」
「そして、今まで金額的に普及が難しかった聖典の写しを、大量に作れるようになったヘオリス教がやることは?」
ヘオリス教の大規模普及。
「しかし、そうなると、その新神もヘオリス教が認める事になるわけだよな」
「すでに公式に認めているらしいぞ」
「……もしかして、三大神が四大神になるのか?」
商売の神ともなれば、商人が飛びつく可能性がある。まんざらありえない話でもないだろう。
「そこまではわからんが……面白い話だと思わないか?」
「まったく面白過ぎる。どうだ。あとで一緒に飲まないか?」
「奢りならいいぜ」
「好きな物を頼んでくれ」
「そんじゃあとっときの情報を一つ」
「ほう?」
「どうやら、近いうちにここアトランディアに、商売の神の教会が出来るらしいぞ」
「……マジか?」
この話を聞いていた商人たちは全員が内心で決意していた。
必ずお参りに行こうと。
私は無事、和紙とペットボトルの購入がすんだ日に、太陽神ヘオリス教へとお参りにでかけたのだが、そこでとんでもないポスターを目にすることになった。
商人連中にはお馴染みとなった「えーさん」サイズの和紙が、教会の壁に貼られていたのだが、その内容がとんでもない。
「近日中に、ヘオリス教の本神殿にて、大地母神アイガス教の教皇と、月の女神テルミアスの教皇を招いた大規模な式典を予定しているだって!? 歴史的大事件じゃないか!」
世界三大宗教の教皇が揃うなど、前代未聞だ。
「こりゃ大変だ! みんなに知らせないと!」
私はお祈りをすませると、いつもより多めの寄付を置いて、慌てて仲良くなった商人にこの話をするべく、たまり場になっている酒場へと走るのであった。
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