第26話「荒野の100円ライター」
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今日も港が見える高台で食事をしていた。
灯台につながる道の途中で、ほどよい高さで眺めが良いのですっかりお気に入りだ。この場所にベンチなど置けばカップルなどで賑わいそうだ。
朝食を作るのは面倒なのでサンドイッチとコーヒーだ。
購入したのはトマトサンドとカツサンド、熱湯。あとタバコだ。
インスタントコーヒーの豆はまだまだ余っている。
残金135万2015円。
「おはようございますアキラ様」
食後のコーヒーとヤニを摂取していたら真っ紅なチェリナが現れた。
相変わらず身体にチェーンを巻いている。外せばいいのに……。
「おはようございますチェリナさん」
タバコを踏み消して、営業スマイルで迎えた。
「……二人の時は楽になさってくださいな」
どこか落胆気味で応える。
「そうか? じゃあそうさせてもらうわ」
俺はもう一本タバコを取り出して火をつける。
「それは?」
「ん? タバコだよ。こっちじゃキセル型が多いらしいな。これは紙タバコだ」
「いえ、今火を点けた物の事です。火の空理具ですか?」
「ただのライターだよ」
いじわるで放り投げてやったのだが、軽くキャッチされた。案外運動神経はいいのかもしれない。芋の積み下ろしも凄かったしな。
「空理具ではないのですね。これもペットボトルのように透明ですね。色がついてはいますが」
「中に入ってる……油に火を点けるんだよ。こうやるんだ」
俺はライターを受け取る。回転ヤスリを親指でこすり落とし、そのままガススイッチを押し下げる。先端のガス噴出口から緩やかなオレンジの灯火が揺れる。
「……! これは……凄いものですわ」
「そうなのか? これ使い捨てだぞ」
「使い捨てですか?!」
「安いしな。ガス……いや、油注入式とか、オイルライターとか繰り返し使えるのもあるけどそっちは高いな」
オイルライターと油注入式って同じ意味になってるが、ガス注入式って通じるか微妙な感じなんだよなぁ。
「どのくらい使えるのでしょうか」
「うーん、何かで500回以上って見た覚えはあるが……確実じゃないな。やるからお前が試してみたらどうだ? ああ、長時間点けっぱなしにするなよ。壊れるぞ」
「ありがとうございます。あとで部下に調べさせましょう」
後でライター買わないとな。
「空理具ってのは回数制限があるのか?」
「聞いたことがありませんね。無理して使うと壊れるとは聞きますが」
「無理ってどんな?」
「能力以上ということです。火の空理具で火炎の嵐などを起こそうとしたら壊れると聞きました」
「へえ。覚えておこう」
清掃の無茶ってどんな感じかね。エッフェル塔を一瞬で綺麗にしたいとかそんな感じだろうか。
「そうだ、このライター……ライターって名前なんだが、いくらなら買いたい?」
「そうですね……500回ほどでしたら……」
彼女は先程から着火しようと苦労しているようだ。最近のライターなのでチャイルドロックが入っているから固いのだ。
電子式だったらもう少し楽だったのだろうが残念ながら俺がたまたま持っていたのは回転ヤスリ式。頑張ってくれたまえ。
「2000円……では安すぎますか?」
俺は咥えていたタバコを落としそうになった。買値の20倍かよ。ぼり過ぎもいいところだ、今は余裕もあるしそこまで切羽詰まってない。
「いや、その半分で十分だ」
「1000円ですか……?! 銀貨1枚で仕入れて銀貨3……いえ4枚で売れば……」
後半は彼女の独り言だったが距離が近いので聞こえてしまった。
仕入れ値の4倍で売れるなら彼女も十分利益だろう。
「おいくつくらい用意できますか?」
「何個でも構わないぜ。ただ俺は一月ほどでいなくなるって事を忘れるなよ」
「わかっていますわ」
だったらかまわない。どうせ彼女には能力の事はバレてるしな、せいぜい稼がせてもらおう。
「しかし火の空理具とかあるんだから、金のある奴はそっちを買うんじゃないか?」
「おそらくそれはありません」
「へえ、断言する理由は?」
「まず単純に価格差があります。たしかに回数制限のない空理具の方が最終的には得なのでしょうがそれをしっかり理解できる人間は少ないでしょう。一般人は目先の得に飛びつきます」
なるほど。効率とか最終的な得って思考はある程度の教養がいるのかもしれないな。
そうするとこの世界の教育レベルは低そうだ。
「次に携帯の火口セットの価格自体が銀貨3~4枚します。同じ価格で売れるのなら絶対に負けません」
「火口セットって火打ち石とかそんなのだろ? ハッグが使っているのを見たぜ。回数制限のない火口セットの方が得だろ」
「いいえ。ライターはたった一動作で火が点くのです。こんなに楽なものはありません。火口では燃えやすい木クズやよく乾いた木の皮を砕いたものなどが必要ですし、案外火が点くまで時間がかかります。ライターなら……このとおりです」
チェリナはシュボっと着火してみせた。慣れたらしい。
「点けっぱなしにすると火傷するぞ」
「注意します。しかしライターなら最初から火なのですから、ただ移すだけですね。間違いなく売れます」
「なるほど。なら1万個くらい一気に卸してやろうか」
「! それは……良いかもしれませんね」
いいんかい。
「しばらくは検証したいですね。良ければ30個ほど購入したいですわ。ペットボトルの検証もありますし。何か別にお売りいただけそうなものはありますか?」
「……パッとは思いつかないな。正直この国の事もまだろくに知らない、誰が何を求めているのか想像しにくいんだ。ライターはすぐに渡せる」
「それもそうですね。ライターは商会の中でお願いします」
「わかった」
朝の安息の一服がなぜか商談になってしまった。前の会社の昼休みを思い出すな……ちくしょう。
――――
まずライターを31個購入した。
そして30個の代金として3万円受け取る。コンテナが増えたからかなり楽になった。大量取引になったらセットを作れば良いだろう。
残金137万8915円。
このやりとりは商会の個室で行われたのだが、出入りするときの人の目が大変に痛い。
古株の人間からは「なんだこの新参はこのワシを差し置いて!」と顔にガッツリ書いてあるし、丁稚や雇われ肉体労働組からは「なぜお嬢様はこんな胡散臭い異邦人を信用なさるのだ。これは私が代わりに目を光らせておかなければ!」と心からの決意が見て取れる。
いやー完全にアウェイだわ。いつものことだが。
むしろ生きててホームだった事がない。
プリーズ心のマイホーム!
ま、冗談だけどな。あまりにもこの手の視線には慣れているのでまるで心に届かなかったりする。
当たり前といえば当たり前なのだ。本来いくら重要な商談でも、いや重要な商談ほど信頼できる重鎮をそばに置くだろうし、相談もする。それが急に怪しげな異国の男と密会染みた商談を連続して行うようになったのだ、愉快なわけがない。
俺の秘密を漏らしていないのはありがたいがこのままだとこのお嬢さんにも良くないだろう。
取引はライターとペットボトルくらいにしておいて、後はできるだけ距離を置いたほうがよいかもしれない。
問題はそれをチェリナが納得するかだが……。
「今日の予定を」
チェリナが近くの側近に尋ねる。
「まずは帆船の視察です。そのまま次の輸出品の確認をお願いします。最後がレッテル男爵との晩餐です」
最後のレッテル男爵と聞いてチェリナの眉にシワが寄った。
「男爵ですか? 晩餐はお断りしておいたはずですが」
「すでに3度もお断りしております。これ以上貴族からのお誘いを断ることは不可能です。必ずご出席ください。夕暮れ前には迎えの馬車を寄越してくださるそうですので必ずですよ」
大事な事らしいので「必ず」と2回も念押されていた。
「はあ……わかりました。お伺いいたしますが……」
「わかっております、お心のままに」
会話の最後がさっぱりわからなかったが、俺には関係ないだろう。晩餐など勝手に行ってくれ。
「それではまず帆船に」
「わかりました。アキラ様行きましょう」
側近さん、そんな睨まないで。