第24話「最強商人と貴族たち」
その日、俺は一人で歩いていた。
大きな商談を終え、帰宅途中なのだ。
商談は基本的にヴェリエーロ商会の建物でおこなうのだが、大口の取引に関しては仕方なく呼び出されることもある。
その大半は貴族か豪商だ。
そういうやつらは自分の屋敷に相手が来るのを当然と思っている連中だ。無視してやってもよいのだが、希望ロット数が多い場合に限り、俺が直接伺うことにしている。
別の狙いもあるのだが、そちらはあまり期待していない。
今日の取引相手は貴族だった。
普段は自分の領地にいる領主が、わざわざ皇都まで来たという事情もあり、俺が直接商談に来たのだ。
大半の貴族は皇都に別宅を構えている。
実は今、貴族との商談が増えている。理由は簡単で、彼らは商業ギルドに加盟していないからだ。
貴族の大半はお抱え商人がいるので、必要な物があれば、その商人に頼むのが通例だと、チェリナとアッガイに教わった。
貴族が購入するのはもっぱら「和紙」と「服」である。
今回ご所望だったのは和紙の方だ。
貴族だから必ずしも偉そうと言うことはない。幸い今日の取引相手はなかなか話のわかる奴だった。
四十歳くらいの若い貴族で、考え方が柔軟だったのかもしれない。
「ふむ。やはりこの和紙は素晴らしいな」
「はい。エルフの協力を得た、我がヴェリエーロ商会にのみ作成出来る、特殊な紙ですからね」
「しかし10万枚という取引でも、値引きをしないというのか?」
「いえ、単純に値引き額を名言しているだけで、1万枚以上の単価は大変お安くなっておりますよ」
「むう……」
貴族が先ほどからにらめっこしているのは、てにしているA3サイズの和紙だ。
エルフの技術も入り、より薄く丈夫になっていた。
おかげで、プリンターで印刷が可能になり、チラシを大量印刷出来るようになったというわけだ。
A3和紙(このチラシと同じ材質、大きさです)
100~299枚 =単価500円
300~499枚 =単価400円
500~999枚 =単価300円
1000~9999枚 =単価200円
1万枚以上 =単価170円
貴族が何度も何度も読み直しているのはこの部分。
小ロットの単価500円が170円になっているのだ。充分過ぎるほどの値引きだろう。
実際テッサの和紙工房で作られる和紙の単価が70円〜100円くらいなのだ。これ以上の値引きはあり得ない。
テッサに新設された和紙工房では、エルフの技術指導と、和紙作製全書の知識から、大幅な生産能力の向上が図られていた。
それだけでなく、大量の職人を雇い入れ、現在テッサのヴェリエーロ商会では全勢力を和紙作りに傾けていると言っても良かった。
チェリナの母フリエナさんのおかげで、シフトルームを経た物流の構築も順調で、大量の和紙が毎日アトランディアに運び込まれていた。
仕入れても仕入れても和紙が足りないのだ。
もちろんSHOPでいくらでも大量購入が可能だが、物流を確保する意味でも、テッサの経済を回す意味でも、可能な限り生産品した品物を販売することにこだわった。
ただ、SHOPの使用を自重しないとも決めているので、今回のような貴族相手の場合には遠慮無く使うことにしている。
「これ以上のお値引きは無理ですが……そうですね。折角の大量取引です。入荷日を優遇させていただくということでどうでしょう?」
「なに?」
「現在、和紙の引き渡しには10日前後お日にちをいただいておりますが、特別に明日にでも引き渡せるように手続きいたしましょう」
「明日? それは本当なのか?」
「はい。本当に特別ですが。この条件がお飲みいただけないのであれば……お取引そのものをご辞退させていただきます」
「それはまずい! それでは商人どもに……ごほん! なんでもない!」
貴族が口を滑らしかけたのが、全てなのだ。
つまり、商業ギルドに所属している商会や商人たちは、表立ってヴェリエーロ商会と取引することが出来ない。
こちらとしては来るもの拒まずなのだが、アラバント商会のアルベルトに睨まれる事になる。
そこで彼らは取引相手の貴族に目を付けたのだ。
貴族に買い付けしてもらった商品をこっそり買い取って、アルベルトの目が届かない国外へと運び出して商売するのだ。
別の国であれば、アトランディアの商業ギルドに気を遣うことは無い。
貴族からしても、右から左に物を流すだけで金になるし、商人からしても、商業ギルドに文句を言われないのでWin−Winなのだ。
特に和紙に関しては輸出だけでなく、それぞれの商会がかなり大量に欲しているのだ。
理由は簡単で、それまで木板を使っていた台帳を全て和紙に書き写したいのだ。
羊皮紙も存在するが、単価が高すぎて台帳に使える物ではとてもない。
大きな羊皮紙一枚に、動物一匹必要になるのだから当たり前の話だろう。
それに比べても、和紙は魅力的だった。薄く、軽く、しなやかで丈夫。
火には弱いが、それは木板も同じだ。台帳置き場が火気厳禁なのは元からなのだ。
「わかった。それで良い。しかし……」
貴族が再びチラシの価格表に目を向ける。
「値段を包み隠さず公表するというのは、悩ましい物だな」
「それは慣れの問題ですよ。無駄な値引き交渉もなければ、他の商人と比べて損をしているかもしれないと悩む日々も無くなります」
「それにしても、まさか本当に一切の値引きをしないと思っていなかったぞ」
「繰り返しますが、お値引きは目一杯しておりますよ」
「ああ、そうだな。そうだった」
こうしてその日の商談は、揉めることも無くまとまった。
貴族にしては話のわかる奴だったので、ペットボトル入りのエルフワインをひとつお土産として置いてきたら、かなり喜んでいた。
偉そうな貴族や豪商だったときには、渡していない。
もっともそういう相手とは商談自体が不成立する事もあるのだが。
ただ、そういう相手も、のちのちこっそり人を雇ってヴェリエーロ商会に買いに来ているらしい。詳しく調査しているわけでも無いが、アッガイの耳に入ってくる話だとそんな感じらしい。
交渉しようがしまいが、値段は変わらないのだ。こちらとしては、相手が誰であれ、取引はいくらでもする。
逆にそのレベルまで、俺たちの商品がこの国に食い込んでいる証拠だろう。
良い傾向だ。
そんな感じで商談を終えた俺は、一人で帰宅中というわけだった。
貴族の別邸と言うこともあり、街の中心部からはかなり離れていた。
ちょうど太陽が沈んだところで、街のあちこちからお祈りの声が聞こえる。
最近慣れてきたのだが、太陽神ヘオリスを崇める住人達は、日の出に祈り、お昼に祈り、日暮れで祈るのだ。流石国教だけのことはある。
日暮れのお祈りが終わると、街は一気に静けさを取り戻していく。
この街は、太陽と共に生きている街なのだ。
もちろん、夜の店もあるのだが、他の国ほど賑やかでは無い。
静かになった路地を歩いていると、数十人の男達が滑るように俺の進路を塞いだ。
全員が濃い色のローブを羽織り、目つきが鋭い。
今の俺ならば理解出来る、全員がかなりの波動使いだ。
雰囲気が尋常では無い。
これでただの物盗りだったら、がっかりというものだ。
男たちは、何の警告も無く、襲いかかってきた。
訓練された動きで、連携して動いている。
あまり期待はしていなかったが、狙いが当たったか?
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書籍情報は活動報告を参照お願いします!
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