第22話「最強商人と伸びる腕」
サリーを含めた例の特殊部隊に関する情報はまだ入ってきていなかった。
時々いらつく俺を、ラライラが慰めてくれなければ、一人で王城に乗り込んでいたかも知れない。
「もし、アキラさんが乗り込むなら、一緒に行くからね?」
「ボクも、心配だよ」
「いつでも、ボクに相談して!」
ラライラはアタマが良い。
にも関わらず「焦ってもうまくいかない」とか「やれることをやろう」とか「まずは情報収拾だ」などと、正論を俺に語ったことは一度も無かった。
それどころか、俺が焦りから家を飛び出して王城に向かったとき、彼女はただ無言で後ろをついてきてくれたのだ。
気付いて振り返ったとき、彼女の決意に満ちた表情を見て、俺は冷静になることが出来たのだ。
それ以来、焦りを完全に消すことは出来てはいないが、様々の手を打ちつつ、商売に邁進する日々を過ごしている。
俺は彼女を軽く抱きしめた後、気持ちを切り替えて仕事に戻った。
◆
「よう、アッガイ。今日も従業員用の部屋で寝てたのか?」
「ああ、一室占領して悪いとは思っているのだが……ベッドといい、えあこんといい、トイレといい。あんなもの一度体感したら、二度と戻れないぞ」
「お前がそれでいいなら良いんだが、前も言ったとおり、永遠にあるものじゃないからな?」
「わかっている。たまたま使わせてもらっているアーティファクトだからな」
流石は一目でキャンピングカーの価値を見抜いた男だ。価値もそうだが、俺との接し方も良く心得ている。
「アキラ、報告がある」
「なんだ?」
「ペットボトルと和紙だが、とうとう商業ギルドに加盟している商会が、秘密裏に購入を始めた」
「ほう?」
「いくつかのペーパー商会を通しているが、バレバレだな」
「ま、ウチが販売してるもんだからな」
どこかのアタマの良い商人が、ペーパーカンパニーと同じ様な、形だけの商会を設立し、ウチの商品を右から左に流しているようなのだ。狙っていた以上に商品は動いている。
「どの程度普及している?」
「和紙もペットボトルも、すでにこの皇都に無くてはならないレベルにまでなっている。ペットボトルは一般市民にも行き渡り、和紙はいまだ商会で取り合いだ」
「ペットボトルは予想をある程度上回る程度だが、和紙の売れ行きが凄まじいな」
「ああ、特に皇国とヴェリエーロ商会が正式に取引を始めてから、たがが外れた」
そう。現在は真輝皇国アトランディアと直接取引が始まっているのだ。
軍事用にペットボトル。文官用に和紙。
アッガイの情報によると、最初皇国はペットボトルの取引に関してはかなり慎重だったらしい。理由は簡単だ。エルフを悪者にしたてようというこの時期に、エルフの特産物を購入して良いのか? というものだ。
だが、すでに街にはエルフ特製ペットボトルが溢れかえっているだけでなく、後述するがヤラライとザザーザンの頑張りもあり、住民が抱いていたエルフへの敵意はほとんど消え去り、今では好意に変わっている。
これらの事から、皇国はペットボトルの購入を決断したらしい。
軍隊用に購入しているので、取引のロット数は桁違いだった。
エルフへの敵意を減らし、国から金をふんだくるという作戦は、見事に上手くいっている。
ヤラライやザザーザン達は、住人たちと険悪であったが、チェリナのアイディアで解決した。
「自警団を作りましょう。この街は平和なようで、トラブルが絶えません。これは大きい街の宿命でしょう。エルフの皆様の力であれば、街の平穏を維持することは可能なのでは無いですか?」
「可能だ」
「もちろんやれますよ!」
ヤラライとザザーザンは、敵意を向けてくる住人にも、決して悪意を返すこと無く、街の隅々まで毎日毎夜見廻りを続けたのだ。
もともと能力の高いエルフの戦士団だ。この国の兵隊と違い、二人ひと組で戦力は充分。主に喧嘩の仲裁や、暴力系の組織などを片っ端から仲裁または潰していった。
始めエルフたちに近づこうともしなかった住民たちだったが、今では困ったことがあると向こうから相談に来るほどになっていた。
特に、太陽神ヘオリス教からエルフたちに感謝状が出されると、住民たちの態度は一変した。流石この国で最も信じられている宗教だけのことはある。
正直、あからさまに俺たち……いや、商売神メルヘスに対する配慮だったが、渡りに船だったので、素直に受け取ることにしたのだ。
住人たちがエルフに対する感情が切り替わったタイミングで、俺は緑園之庭からさらにエルフに来てもらうことにした。
アッガイの助力もあって、短期間で新たなエルフ一行がやってきた。
「久しぶりだねぇ! チェリナちゃん!」
「子供は順調かい?」
「顔色は良さそうだね!」
「はい。おかげさまで元気にやっております」
「ほら! 身体に良い薬草を沢山持ってきたからね!」
「こっちも滋養強壮に抜群の食材があるんだよ!」
主にこちらに来ていた戦士の身内なのだが、彼女達は野郎エルフには目もくれず、真っ先にチェリナの元に向かうのだった。
取り残されたエルフの旦那が苦笑した。
「ま、身内が懐妊しているときはこんなもんだ」
俺が出来たのはそのエルフの背中を軽く叩くことだけだった。
さて、どうしてエルフの主婦連に来てもらったかというと、身内と一緒にいてもらいたいというだけでなく、もちろん目的があったからだ。
「それじゃあ、皆さんの作業場はこちらです」
「ああ、任しておきな!」
彼女達の前に並ぶのは、足踏みミシンだった。
俺たちの結婚式の際、ミシンを扱ったことのある彼女たちに頼んだのは、洋服作りとその指導なのだが、腕を捲って快諾してくれた。
本来であれば、独立都市セビテスの服飾ギルド長フェリシアを通して職人を手配してもらうのが筋なのだが、打診した結果、あまりの忙しさに断られてしまったのだ。
どうやらTシャツもYシャツも、尋常じゃ無い売れ行きらしい。
アデール商会のロットンに頼んでいた洋服類がまるで届かなかった理由もそれらしい。
念のためロットンとフェリシアに許可を取った上で、こちらで製作することになったのだ。
セビテスの事情を知っているクードにストッドにその辺の事を聞いてみたのだが、ミシン関連の産業は殺気を伴うレベルで忙しいらしい。
商売がうまくいっているならなによりだ。
アッガイに頼んで新たに用意した縫製工場は、ヴェリエーロ商会の隣だ。
元々何かの店だったらしいのだが、ウチが儲かりすぎた影響で移転したらしい。なんかすまん。
とにかくその物件を押さえ、ハッグに補強と改修を依頼。
一階正面はガラス張りとなり、彼女たちがミシンを使って縫製する様子がまるわかりになるようになっていた。
これはミシンその物の販売を意識しているのと、エルフの平和アピールをかねている。
「それでアキラ、私達は何を作れば良いんだい?」
「なんでもいいですよ。仕立ての依頼があれば優先で、それ以外は好きな物を作って、飾っていってください」
「いやー! 腕が鳴るねぇ! とりあえず旦那達と同じ服でも作ろうか!」
「あ、いや、全く同じのは避けてください。あれは制服みたいなものなので」
「そうかい? じゃあドレス! あの、うぇでぃんぐドレスでも作ろうかね!」
「お任せしますよ」
「言われたとおり、エルフ産の布を山盛り持ってきてあるからね!」
「ありがとうございます」
こうしてエルフ縫製工場が立ち上がったのだが、こちらは金持ちの貴族や商人が争うほどの人気店になってしまった。
超が三つくらいつく、上質な布で、しかも俺がエルフに渡したファッション雑誌からインスパイアされた最先端の洋服の数々に、貴族や豪商達が飛びつくのは必然であった。
もちろん、エルフの布とミシンを購入したいという問い合わせも殺到し、俺はそれらの対応に忙殺された。
流石にアラバント商会のアルベルトといえど、個人購入の服にまで規制はかけられない。
こうしてますますアルベルトは商業ギルドのトップという地位にありながら、ギルドから孤立していくのであった。
今月24日!
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