第25話「荒野の合体を見慣れた幼女」
ドワーフのハッグと金髪ドレッドエルフはその後もなんやかやと揉めたが、俺は飯を奢るからとトカゲの尻尾亭に二人を連れてきていた。
「酒代は出さないぞ」
「なんじゃつまらん」
「高いもんばっかり頼んでいうセリフか!」
「まあええ、しかしこのバッファロー焼きは美味いな」
ハッグが齧りついてる塩焼き肉を俺も食べてみた。ただ油で焼いて塩と香草をまぶしただけの料理だが、悪くない味だった。
さすが3000円もするだけの事はある。
「おそらく、俺の狩ったバッファロー。先日はぐれ倒した」
「へえ、この辺ってバッファローがいるんだな」
「まだ、時期では、無い。ハグレ。倒して売った」
「へえ、バッファロー一人で狩ったのか、すげえな」
細マッチョネイティブ・アメリカンエルフが担いでいたのは、彼の身長より長い黒光りするエストックだった。
だがそれはエストックという表現を超え、ただ無骨な凶器でしか無かった。超高層ビルに使用するほど太い鉄筋の先を削って鍔をつけただけという作りが、かえって狂気感……いや凶器感を増していた。
あれで軽く殴られただけで簡単に死ねる。バールのようなものなど足元にも及ばないだろう。
「もしかしてそれで倒したのか」
「そうだ」
「ふーん。俺の国にはエルフっていなかったんだけど、物語にはたびたび出ててな、その中だと精霊魔法とか、弓とか使うイメージだ」
「そいうのも、いる」
ああ、そうなのね。
「ふん、こやつはひ弱なエルフの中では変わりもんじゃよ、エルフの戦士もおるが大抵は細っこいレイピアなんかを好むからの」
安い酒をぐびりぐびりとあおりながら解説してくれる。
喧嘩しないっていう約束で奢ってるので嫌そうにはしていたが、喧嘩を売ったりはしていない。
「俺、戦士、修行中」
なんかイメージと違うなぁ。
エルフのイメージといえば特徴的な耳を思い出すと思うが、このエルフの耳はしっかり笹穂型で長く尖っている。それ以外は大抵イメージをぶっ壊す感じだった。
ドレッドエルフ(しかも男)とか需要あんのかよ。
「この国にはなんで来たんだ?」
「たまたま。しばらく旅費稼ぐ。商業ギルドの依頼、やる」
「商業ギルドの依頼ってなんだ?」
「奴らは常時金になる生き物や植物の収集依頼を出しておるんじゃよ。それを受けずに狩りをすると捕まるからの。野生動物も領主や国の物じゃと人間は決めつけておるからな。狩猟権とかいうんがあるらしい」
「ああ、なるほどね」
ジュブナイル的感覚だとそういうのは冒険者ギルドがまとめてやっているイメージだな。
「冒険ギルドじゃと? あんな奇天烈な所でなにができる?」
「あ、存在はするんだな」
「うむ。だがあそこは変わりもんの集団じゃ、この国にはないしの」
「まぁどっちにしろ関り合いにならないからどうでもいいけどな」
冒険者ギルドで大活躍するなんてどこぞのラノベの主人公になるつもりはない。
「それがよかろう」
だが、狩りでも金が稼げるって話は面白い。俺には無理そうだが光剣ってのを使えばなんとかならんかね?
ならんな、うん。兎も倒せる気がしない。やめとこう。
「ああそうだ、忘れてた俺はアキラ、あんたは?」
「ヤラライ。<黒針>ヤラライ、言われている」
二つ名かよ、痛いな。
だがしっかりと握手する。
そんなこんなで割りと楽しい夜を過ごした。安酒はどこか懐かしい味がした。
残金135万7280円。
寝る前のお祈りは「また面倒事が起こりそうだぜ、どうなってるんだ?」って愚痴っておいた。
――――
「おっ客さ~ん! あっさだよ~」
腹に衝撃。
どうなってるんだこの宿は、俺の朝の睡眠を妨害するのが仕事だとでもいうのか?
「ナルニア……」
俺は恨めしい目を12才の看板娘に向ける。
「はい、あ~ん」
俺の腹の上にまたがっているナルニアが大きく口を開けていた。
「……なんのつもりだ?」
「え? はい、掃除の空理具を持ってきたから飴頂戴!」
ああ、なるほど。だがなナルニアよ。世の中はそんなに甘くないのだ。
「残念だったな、空理具ならもう手に入った。あと清掃が正式名称らしいぞ」
ナルニアを抱えてベッド脇にどかす。
「ええー! そんな! もう買ったの?! お金無いって言ってたじゃん!」
「稼いでくるって言ったろ」
「だからって一日で買えないでしょ~?!」
幼女は愕然とした表情で固まっていた。そんなに稼いだのが不思議かよ。
「どうでもいいけど仕事しろ……いやまて、それより昨日も気になってたんだがどうやって部屋に入った。ちゃんと鍵は掛けたぞ」
「宿なんだからマスターキーがあるに決まってるじゃん」
腰に手を当てて「どやっ!」とポーズを取る。褒めてねーよ!
「職権乱用じゃねーか! プライバシー侵害にもほどがある!」
「……ぷらいばしーって何?」
おおう、この世界に個人の犯されない時間というのは存在しないらしい。
「あー気にするな。だが、勝手に入ってくるんじゃない」
「大丈夫だよ、別に女の人と合体してても見慣れてるから」
最悪だ!
「ガキが何言ってんだ!」
「ええー。同い年ならもうお嫁に行ってる人も多いよー」
マジか、異世界早熟だな。
「たまに合体しながら用事を言いつける人もいるし」
「ロクでもないな……」
日本なら即逮捕だ。
「だからチェリナさんと宿に戻ってきても気にしないよー」
なん……だと?
「おい、なんでチェリナなんだ?」
「え? もう町中で話題だよ? チェリナさんが異邦人と恋仲だって」
マジか!
芸能ニュース番組でもあんのか?!
……テレビはおろかラジオがあるとも思えないんだが。
「水汲み場は情報のたまり場だよ」
口コミ半端ねぇ!
まさに井戸端会議だな!
「でもチェリナさんと恋仲って……本当だったんだねー」
「なんでそうなる、ただの仕事相手だ」
「だってー。あのチェリナさんを呼び捨てとかー」
しまった。つい流れで。
「まだ寝ぼけてただけだ、本人の前でそんな風に呼ぶか」
呼んでたけどな。
「うーんそれもそうか、あのチェリナさんだもんねー」
「有名なのか?」
「この国でチェリナさんを知らないとかありえないよ。ヴェリエーロ商会がなかったらこの国とっくに無くなってるもん」
「そうなのか、だがどうして?」
「ヴェリエーロ商会があちこちから食品を輸入してくれてるから、食べ物がなくならないんだもん。昔は行商人さんもいっぱいいたんだけど、馬車税がどんどん高くなってほとんど来なくなっちゃったし」
「それは良くないな」
この国はどうやっても食品を輸入に頼るしかないだろう。なら食品は特別減税をするなどしないとあっという間に商人は離れていく。当たり前の事だろう。
どうもあの豚王は見た目通り政治能力が皆無らしい。
「まあいい、行ってくる」
「はーい、いってらっ……んん~!」
挨拶で口を開いたところに飴玉を放り込んでやった。
そのまま外に出たので確認していないが今頃頬を押さえてコロコロしていることだろう。存分に味わうがよい。