第24話「荒野の金髪エルフ」
「なんとかなったな」
俺は倉庫の横で座り込んでタバコを取り出した。
胸いっぱいにニコチンを吸い込むとギスギスとした疲労が煙と一緒に吐き出されて、ようやく一息つけた。
「はい。ありがとうございました」
一方チェリナは疲労困憊でその場に座り込んでいる。
当たり前といえば当たり前だろう。重さ10kgの袋の移動をひたすらに手伝っていたのだ。
からくりは簡単である。SHOPでジャガイモを購入しただけの事だ。豚王との最初の会話のとき、こっそりジャガイモをリストに追加しておいたのだ。
【ジャガイモ(1キロ)=300円】
【ジャガイモ(10キロ袋入)=3000円】
ジャガイモ1キロが出たので、袋入10キロで頼んでみたら、あっさりと承認されてリストに載ったのだ。
袋代が足されていないのはありがたかった。大量購入で値引き分が袋になってるのかもしれない。
粗い麻袋でこの世界でもよく使われるものだったのもありがたかった。
倉庫で事情を説明した後チェリナに金を持ってこさせて、ひたすら購入して並べていったのだ。
ちなみにチェリナが金を取りに行っている間に、手持ちの金でひたすら購入していたのだが、戻ってきた時のチェリナの表情はなかなか面白かった。
18トンで540万円。
1800袋はシャレにならない量だった。
最初チェリナは店員に手伝わせようとしたがダメ出しをした。
俺の能力がバレるし、なによりどこに国王の手先が紛れ込んでいるかわかったもんじゃない。
俺とチェリナは汗だくでジャガイモ袋を出しては積んでを繰り返した。
時間は掛けられない。全力だった。
ちなみにチェリナはすごかった。
鎖を置いたかと思うと、俺よりも早く多くの袋をどんどんと積んでいく。俺は購入に専念することが出来た。
もし俺の手から直接商品が出せなかったら1800袋ものジャガイモを積み上げることは不可能だったろう。
やり方としては、芋の入った袋を出す、チェリナがずれを直す。そしたらまた出す。を繰り返していくだけだ。これがもし出した袋を山の上まで運ばなければならなかったら、間に合わなかっただろう。
チェリナは頑張った。凄い頑張った。
彼女のオーラが絶対にあの豚王には屈しないと物語っていた。
豚王の前に出る前に清掃の空理具で服だけは綺麗にしておいた。
ちなみにしっかりとイメージしてみたら、服を着たままでも綺麗にすることが出来た。
チェリナがジャガイモの質を見た時にこんな高品質な芋を見たことがないというので、予防策を張っておくことにした。
豚王の体格を見ればヤツが食い意地の張っている豚だとわかるので、必殺の美味いもの作戦だ。
といっても手間はかけられないので簡単に作れる物にする。
じゃがバターが存在するか聞いてみたところ無いとの事だったのでそれにした。幸い蒸し器も承認された。
【ステンレス製ガラス蓋付2段蒸し器=5600円】
さっそく水と蒸し器を購入した。
残金136万9280円。
芋の代金はチェリナに出させたので差し引きゼロだ。なぜか神格は上がらなかった。
豚王に献上する分はチェリナに出させ、使った方は俺のコンテナに収納しておくことにした。
今度肉まんでも作ろう。
商会の人間に作り方を説明して兵士に振る舞うように指示を出す。作り方も教えて構わないが蒸し器の事は濁しておくように言い聞かせておく。
考えすぎかと思ったがこの予防線は機能することになった。
18トンのジャガイモを見せてもなかなか引かない豚にじゃがバターを食べるよう誘導すると、あっさりと引っかかり芋と一緒に撤退していった。
それでようやく一服するに至るという訳だ。
「ま、これは貸しにしとくぜ」
紫煙と一緒に吐き出す。
「はい、必ずお返しいたしますわ」
「それにしても疲れた」
「わたくしもです」
そりゃそうだろうな。
「まあゆっくり休め、俺は帰るわ」
「それでは明日」
「……なんだって?」
俺がゆっくりと振り返ると、満面の笑みでこう返してきやがった。
「あら、本日より相談役に就任してくださったではありませんか、明日からやることはてんこ盛りですわよ」
このアマ……。
「おい、あの時は……」
「きっと陛下は諦めないでしょう、むしろ手段を選ばなくなる恐れがあります。陛下を恐れず機転を利かせられるアキラ様にしか頼めないのです。お願い致します」
深く頭を下げられた。
言いたいことはわからないでもない、だがなぜそこで俺なのだ。優秀な人間はいくらでもいるだろう。
「アキラ様の能力は特殊です。そしてそれを知っているのは私と影のみ。能力を十全に、そして極秘裏に活かせるのはわたくししかいないと自負しております。お互いに損はないと思いますが」
ハッグも知ってるんだぜ、とは言いづらい雰囲気だな。これは一種の脅しなのだろうか?
「まあ、確かにお前さんを通せば商売はやりやすいけどな」
「はい。存分にわたくしをご利用ください」
お互いに利用価値があるって事か、相談役なら始終一緒にいても怪しまれない。
なるほど、この女やっぱり油断ならねぇな。
「貸しにしとく」
「2つともお返しするまで離れられませんね」
やっぱり女は悪魔だ!
怖ええよこの女!
くっそ!
俺の人生クソゲー過ぎる!
俺は2本目のタバコに火をつけた。
――――
宿のクジラ亭前が騒がしかった。
野次馬のせいで何が起こっているのかまではよくわからなかったが、近づいてみると聞き覚えのある声の怒声が響いた。
「ええい! またクソエルフと同じ宿とはどういうことじゃ!」
「それは俺のセリフ。どうしてお前、いつも俺のいる場所にいる」
やや片言の声はバリトンなのに爽やかさを失わない不思議な音色だった。
「ワシが先に泊まっておったんじゃ! 後から来たのはお主じゃわい! とっとと別の宿にいけい!」
「断る! 鉄臭いドワーフの言うこと、など聞かん! それにもう金、払った。一月分お前が、払うなら、別の場所行ってもいい」
「なんでワシが払わにゃならんのだ!」
「お前が無茶、言うから、だ」
「エルフ臭い宿になど泊まれるか!」
「ならば、お前が、出て行け」
「なんでワシが虫臭いエルフの言うことに従わなきゃならんのじゃ!」
「理不尽は、お前だ。自覚が、必要」
「なんじゃとぅ! ワシの鉄槌で潰されたいらしいな!」
「……お前、俺の黒針で、串刺し希望。叶える」
俺が人垣をかき分けて抜けた先に、二人が剣呑な雰囲気で対峙していた。
一人はお馴染みドワーフのおっさん。命の恩人で気さくで良い奴である。名前はハッグ。
もう一人は見覚えがない。
ハッグはエルフって言ってたな。
エルフってあの有名な妖精の事かね。
しかし見た目はもう完全にネイティブ・アメリカンだった。
薄い皮のジャケットに鳥の羽を使った飾りや、動物の牙か爪っぽい首飾り、せっかくの美しい金髪なのに細かいドレッドにまとめられている。
いやドレッドを貶しているわけじゃないんだが、やっぱりなんかもったいない気がするね。
目は切れ長だが大きめで、よくある物語通り大変な美形である。ヒゲ一つない。
だが、それよりもなにより特徴的なのは……。
「なんでエルフが細マッチョドレッドなんだよ!」
思わず突っ込んでしまった。
これが<黒針>ヤラライとの出会いであった。ってそれはどうでもいい!
それより誰だって突っ込むだろう。
俺より身長が高いその体はまさに肉体派。やや褐色気味なのは元からなのか、裸にジャケットを羽織っているだけだから焼けたのか判断がつかない。
シックスパックでムッキムキだが、ボディービルダーのようにごん太の印象はない。プロレスラーよりはボクサーに近い。手足が長いので筋肉質でもスマートに見えるのだろう。
「……誰、だ?」
「アキラでなないか」
二人共拍子抜けしてこちらを見ていた。
「筋肉質、悪いか」
「うむ。エルフはムカツク奴らじゃが、こいつの筋肉だけはまぁ認めてやらんでもないの」
おいハッグ……。
「喧嘩してたんじゃねぇのかよ……」
一気に脱力しちまったわ。
「ぬ、そうじゃ、こいつの頭をかち割るところじゃった。アキラも見届けるがよい」
「嫌だよ! 俺は平和な国にいたんだ! 死体とか見たくもない!」
「男よ、倒れるのドワーフ。安心しろ」
「出来ねーよ! 殺る気満々じゃねーか!」
野次馬から「見事なツッコミだ」とか「これは寸劇か?」などと聞こえて倒れそうになる。
「そんで二人はなんで喧嘩してたんだよ。理由は?」
「うむ。この樹液臭いエルフがワシ等と同じ宿に泊まりおった」
「汗臭いドワーフ、俺に出て行けと、理不尽を言う」
「え、それだけ?」
「そうじゃ! こいつの頭をかち割るには十分な理由じゃろ!」
ドヤ顔のハッグ。
俺は身震いをさせて、息を溜めた。
「お前が全部悪いんじゃねぇえかああああああ!」
俺は思いっきりハッグの頭をはたいてやった。