第5話「最強商人と最強の商品」
「つまりアキラ! 君は商売神メルヘス教徒なのだろう!? ぜひ、私にも紹介してくれたまへ!」
「なんだそりゃ、入信したいって事か?」
「実は今まで、特定の神を信じると言うことは無くてな。もちろんどの教会にもお布施は充分しているが、どちらかというと、商人の義務と言ったところか」
「なんとなく苦労が見えるな」
「なに、宗教組織を敵に回すことはない。それよりも! この聖印をもらってからというもの! やたらと商売が順調なのだよ!」
「そうなのか?」
そんな力は無いと思うのだが……。
「ははは、私がこの聖印を持っている事が、あっと言う間に国中の商人に知れてな。アイガス教会では触れられなかったこの聖印に、触れてみたいと有力商会がわさわさやってきたのだよ」
「ああ、そういう事か」
驚いたぜ、本当に商売に関して、何らかの力が働いているのかと思った。
「商人がわざわざやってくるんだ、手土産無しって訳にはいかんよな」
「そいういうことだ」
つまり、商談という名目にかこつけて、噂で聖印を持っていると聞いたのですがと、話を振るわけだ。
そりゃ繁盛するだろう。
「入信の方は……ちとまってくれ。即答できない」
そもそも宗教として立ち上げてもいないっつーの。
頭ごなしに断るのは簡単だが、これからの商談の事を考えると、無下な対応は控えた方が良いだろう。
「ふむ、わかった。もし可能なら、神官様の話を聞いてみたいからな、ぜひ教えてくれ」
「あ、ああ」
神官も何も、俺しかいねぇよ。
なーんか、そのうちクエストで、宗教を立ち上げろとかきそうだな。
【クエストが追加されました】
……。
…………。
………………。
やべぇ、あの出来損ない彫刻、ヤスリで徹底的に削りたくなってきた。
取りあえず、放置!
「話が少し逸れたね。アイガス教会に飾ってあるのは神木製の本物なのだろうが、こっちは布教用のものだろう? 三柱であれば、信者で無くとも、聖印はお守りとして購入できるだろ。布教用のこれでかまわないから、ぜひ売って欲しいのだよ。懇意の商会たちが、やたら欲しがっていたね」
すまん。それ、アイガス教会に飾ってあるのと同等品だ。
と、言う訳にもいかないな。
アイガス教会のメンツも潰してしまうし、騒ぎが大きくなるだけだろう。セビテスの元スラムでばら撒いたことは忘れよう。うん。
「聖印は後で用意するよ。100もあればいいか?」
「おお! それはありがたい! お布施の相場など教えてもらえるとありがたいのだが」
「それよりも」
俺は一つ咳払いをする。
「俺も、アッガイさんと商売の話がしたくて、商会にお邪魔しようとしていたところだったんだよ」
「ほう?」
そこで、アッガイの目つきが変わる。鋭く、暗い、商人の目つきだった。これが本性なのだろう。
最初の印象が悪すぎて、世界最大の商会の商人であることを忘れそうになるがな。
「アキラさんからその言葉が出るとは。もちろん我がアラバント商会はいつでも商売のお話をさせていただきますよ」
「そうか。俺はアッガイさんと。アラバント商会とは懇意にしたいと思ってる。搦め手無しでズバッといくぜ」
「良いですね。最近そういうストレートなお話が少なかったので、わくわくしますよ」
「そうか。売りたい物は、アンタが欲しがっていた馬無しの馬車――」
「ほう! あれほど売り渋っていたのに!」
身を乗り出してくるアッガイ。
「だったのだが、今は馬無し馬車とは言えないな」
「ふむ?」
「実はな、俺たちは恐竜と呼ぶことにした新種の害獣に襲われてな、ぶっ壊れた」
「なんという……」
手のひらで顔を覆う仕草が様になっていた。イケメンめ。
「そこで、これから言う条件を飲んでもらえるのなら、売ろうと思っている」
「条件はこれから聞くとして、現物は確認させてもらえるのかい?」
「もちろんだ。今は宿を探しているので、後でになるが」
「了解した。それで、条件とは?」
「まず、今も言ったが、かなり壊れている。ほとんどのガラスは割れているし、外観もかなりぼこぼこだ。こちらに関しては腕の良いドワーフが、見た目だけでもと、かなり修復はしたんだがな」
それでも元通りには程遠い。
「ふむ。それだけかな?」
「いや。前にアッガイさんが見抜いたとおり、特殊な油で走る馬車だったのだが、その中枢部はそっくり外してある」
「なぜだね?」
「単純に壊れたから。というだけで無く、あの機構を世に出したくなかったからだ」
「ふむ」
考え込んでいるアッガイには悪いが、エンジンやバッテリーなどは、あらかじめ全部外してある。
単純に軽量化の為というのもあるが、この世界に出すには早すぎるという判断だ。
もっともそんな簡単に真似できる物とは思えないが。
「もう一つ、もし購入するのであれば、真輝皇国アトランディアに持って行くのを禁止する」
「アトランディアに? あそこにはアラバント商会の本店もあるのだが」
「これらが飲めないのなら、売るつもりは無い。その代わり、値段の方はできる限り勉強させてもらう」
エンジンが無いと言っても、ゴムのタイヤや、金属のサスペンション。電気が無いから動かないが、冷蔵庫やシンクなど、想像を刺激する物はいくらでもあるだろう。そこに価値を見いだしてもらえるかどうかだろうな。
「少し、考えさせてもらえるか?」
「もちろんだ。現物を見てもないうちに返答も出来ないだろうしな」
「ん? ああ、そうだな」
そういう事ではないのか?
アッガイは間違い無く遣り手の商人だ。この態度自体がブラフの可能性もあるのだが、どうもそういう感じでは無いな。
「現物を見なければ、確実とは言わないが、条件自体は飲もう」
「それはつまり」
「ああ、破損度合いにもよるが、購入させてもらうつもりだ」
「それはありがたいが、良いのか?」
「もともとこちらが望んでいた商談だからね」
「アッガイさんが欲しかった、馬無しの馬車じゃなくなったんだ。価値は激減しているだろ」
「ははは。アキラは商人なのに正直だな。そこは”壊れてもその価値はなんら損なっていません”と言うところだよ」
どこか楽しげに語るアッガイ。
「はは、それこそまさかだな。アッガイさんがあの馬車のどこに高値を付けたのかわからないようなら、それこそ商人失格だろう?」
「なるほど、やはりアキラは油断出来ない商人だな」
なんでそこでチェリナとラライラが誇らしげになってんだよ。
あとファフ、ひたすらバナナっぽいものを頬張るのをやめろ。
「それじゃあ、キャンピ……馬車の方はあとで確認してからということで」
「ああ。それで? 本題はそれじゃあないんだろ?」
俺は片眉をひょいと持ち上げた。
まさか見抜かれているとはな。
「ああ、もう一つ、売りたい物がある」
「それは、あの馬車よりも魅力的な物ということだよね?」
「間違い無く。ただし、同じくアトランディアへの持ち込みは禁止だ」
「それがどんな商品でも?」
「どんな商品でもだ」
「……」
しばらく無言で瞑目する。
「わかった。購入するかどうかは別として、約束するよ」
「了解だ。売り物は、これだ」
ゴトリと、テーブルに置いた商品を見て、絶句するアッガイだった。
それはそうだろう。
そこで輝いているのは、ゴルフボール大の、この世界で理力石と呼ばれる、水晶の塊だったのだから。
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