第4話「最強商人と商売の聖印」
「レイクレルか、長居しなかったから、あまり戻って来たという感じはしないな」
湖の国で知られるレイクレルの市壁を潜ると、久しぶりの活気ある街並みに飲み込まれた。
「そうですね。アキラ様は教会から逃げ回っていた印象しかありませんし」
「そう言うな。やることはやったろ?」
「今思い出しても教皇様との面会は心臓に悪かったですわ」
「苦労した分、シフトルームの設置許可がすぐ出たじゃないか」
「国王陛下との面接も、充分に心臓に悪かったですよ」
「元ピラタス国王陛下にはよく会っていただろ?」
「格というものが違いすぎますでしょうに」
「……それもそうか」
俺は元ピラタス豚陛下の事を思い出し、苦笑した。
チェリナを傷つけた事は許せないし、同情の余地も無いのだが、それでも時間が経つと、殺すのはどうかと思ってしまう。
「そういえば、その陛下はもう?」
「いえ、処刑はまだのはずです。住民の生活がいきなり良くなったりはしませんから、ある程度不満が溜まってきたところで、ガス抜きの意味合いも込めて執行予定です」
「聞いてはいたが、ブロウ・ソーアはえげつない事を考えるよな」
「どのみち元陛下に死以外の選択肢は無いのです、せめて有効活用させてもらわなければ」
この世界の人間がしたたかなのか、チェリナやブロウが現実主義なのか、いまいちわからんのだよな。ラライラはかなり甘いというか優しいところがあるからな。
「ピラタスか……」
正確には元ピラタス。現テッサの事を思い出す。
居心地の良い宿と、無愛想な店主。その娘の事を思い出してしまう。
「感傷、ですか?」
「どうだろうな? 色々あったからな。印象深いのは確かだ」
チェリナが優しい笑みを向けてくると、背中がムズムズしたので視線を逸らすと、ラライラのむすっとした顔が入ってきた。
自分の知らない話をされても面白くは無いよな。
「ま、そんな話はどうでもいいさ。それよりアラバント商会に……」
「アキラ!」
通りの向かいから、俺の名を叫びながら、全力で駆け寄ってくる若者がいた。
「商会に行くまでもありませんでしたわね」
「あいつは暇なのか?」
言うまでもなく、走ってきたのはアッガイ・アラバント、これから会いに行くつもりだった青年だ。
「アキラ! ようやく戻って来たな!」
「やあアッガイさん。お久しぶりです」
「何を似合わない口調で挨拶しているんだい。初めて会った時のふてぶてしい態度でかまわないよ」
「あー……」
初めて会った時は、アッガイがキャンピングカーを売ってくれと、唐突に迫ってきたから、いつも通りの態度で対応しちまったんだよな。
「そんなことより、売ってくれ! アレを!」
「まぁその話になるよな」
「ああ! あの聖印を!!!」
「……あ?」
あれ? 聖印? キャンピングカーでなくて?
「聖印って、これだよな?」
「そう! それだ! 頼む! 寄付が必要ならいくらでも出す! 布教が必要ならアラバント商会レイクレル支部が全力で……!!」
「ちょっと落ち着けアッガイ! 意味も不明だし、こんなところで話す事でもないだろ?」
「あ、ああ、そうだった。よし、うちの商会に……いや、我が家で話そう」
「それはかまわないんだが、ツレが一緒でもいいよな?」
「もちろんだ。チェリナ嬢だったね? 喜んでお招きするよ」
「ありがとうございます」
「そちらの可愛らしいエルフのお嬢さんと、この辺りではちょっと見かけない角の種族のお嬢さんも、ツレなのかな?」
「ああ、エルフがラライラ・ヴェリエーロで、褐色角娘がファルナ・マルズだ」
ラライラは婚姻する事で、ヴェリエーロ性を追加することにしたのだ。
ちなみにユーティスがいないのは、何かやることがあるとかで、別行動をしているからだ。
ヤラライやハッグは、商隊の護衛だ。もっともエルフの戦士がいるので、商談から逃げたのだろう。
スポーンのおっさんは冒険ギルドに行っている。
緑園之庭滞在中、森の中を走り回って、恐竜の情報を集めていたのだ。死体を見に行って、見事なイラストをかきあげていたりもした。
恐竜の情報を冒険ギルドに持って行くのだそうだ。国を通して近隣に恐竜の情報が広がるので、エルフたちも必要だと協力してくれた。
「ククク……、ファフと呼んでくれればいいぞ」
「わかりました、ファフ嬢。それとラライラ……ヴェリエーロというのは?」
「あー。俺がチェリナに婿入りして、ラライラも娶った」
「ほう! 会った時はまだなどと言っていたのにな! それはめでたい! おめでとう! 大商会の娘と、美しいエルフを娶るなど、やはりアキラはただ者では無いな」
「運が良かっただけさ」
「それでファフ嬢も嫁なのかい?」
「ククク、そうじゃ。魂の嫁じゃ」
「適当言ってんじゃねーよ。なんだその魂の嫁って。こいつは普通にツレだ」
「ふむ。なかなか複雑そうな関係だね。興味が無いわけでは無いが、個人の事情に首を突っ込むほど野暮じゃないさ。積もる話もあるだろう、さあ我が家へ行こう」
「そうだな」
雑談交じりに進んだ先に、アッガイの邸宅が現れたのだが、想像以上の豪邸だった。
規模だけで言えば、ハンション町長がセビテスに所持していた屋敷に近いのだが、造りもセンスも大違いだった。
ドドル・メッサーラの屋敷は外見はまだしも、内装の趣味が恐ろしく悪かったからな。
それに比べ、アッガイの屋敷は、小さな庭園から、噴水。門構え、全てが上品に収まっているのだ。
「これは見事ですね」
「ありがとうございます、チェリナ婦人」
婦人と言われて、妙に嬉しそうに微笑み返すチェリナだった。
応接間には3人の美人メイドがかしずき、俺たちにお茶を煎れたりと甲斐甲斐しく世話をしてくれる。
チェリナは慣れた様子だが、ラライラは自分でやりますとか恐縮しまくっている。ファフ、お前はフルーツのお代わりを何度頼めば気が済むんだ。
全員が着席して、一息ついた辺りで、切り出すことにした。
「さてアッガイさん、先ほど聖印が欲しいとかなんとか言ってたけど、どういうことだ?」
「その様子では知らないのだね」
「? 何をだ?」
アッガイは優雅な所作で茶を一口啜った後、この世の秘密を明かすような表情で言った。
「大地母神アイガス教が、新たな神の誕生を発表したのだ。その名をメルヘス。商売神メルヘスとね」
「そうだったのか」
「ここ数十年以上、新神の誕生は無かったからね、かなりの騒ぎになってる。もう一つ理由もあるけれど」
「もう一つ? 支障が無ければ教えてくれ」
「そうだな……。君とは懇意にしたい。隠し事は極力減らしたいところだ。ではまず、事実のみを先に教えよう。今回の新神発表を、アイガス教単独で行ったのだよ」
回りくどい言い方だな。つまり、この事実の部分になにか問題や違和感があるという事だ。
アイガス教の総本山にしか訪れていないのだから、別段不思議では無いと思うが。
「私はよく知らないのだけれど、過去の事例から、新神の発表は三柱が同時に行うのが恒例だったらしい」
「そういう事か」
「ああ、そういう事だ」
「だが、そこまで変な事でもないだろう? 新神の情報を知ったのが、たまたまアイガス教が早かっただけかもしれない」
「そうだな、そうなら良いんだがな」
含みのある言い方だな。
「俺は余り宗教関連に詳しくないんだが、三柱は仲が良いんだろう?」
「表向きはな」
「裏があるのか?」
「……いや、基本的にお互いを認め合っている。だからこそ、単体での発表というのが引っかかってな」
「なるほど」
もしかしたら、何か確証の無い情報でも持っているのかもしれないな。
「それよりも! 聖印だ!」
「おおう」
突然叫ばれると驚くぞ。
「アイガス教が、総本山で新神よりお預かりした聖遺物を展示したのだ!」
「ん?」
おいおい、なんか嫌な予感がするぞ。
「商売の神とは縁起がいいだろ!? もちろん私もその聖遺物を見学に行ったのだ! そしたら!」
ああ、その先は聞きたく無いぞ。
「アキラにもらったこの! 商売のお守りと同じ物だったのだよ!」
ですよねー。
俺は己の迂闊さに頭を抱えるしか無かった。
来週はコミカライズ4話公開です!
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