第3話「最強商人と心付け」
「こ……これは……」
目の前で、絶句しているのは、世界最大の商会、アラバント商会のレイクレル支店責任者、アッガイ・アラバントだ。
まだ若いが、商人としての目利きはこの大陸でもトップクラスだろう。
そのアッガイが我を忘れる商品が、テーブルの上にあった。
「さっき伝えた条件を守ってもらえるならば、アッガイさんに売ろうと思っている。どうだ?」
返答は無い。
ただ、震える手で、その輝く商品をそっと手に取っていた。
たっぷり十分は商品を確認したあと、アッガイがこちらを向いて口を開いた。
◆
——時は戻る。
「それじゃあ、世話になったな」
「それはこちらのセリフだ。兄弟よ、いつでもこの森を訪れてくれ」
「ああ。チェリナの故郷とレイクレルのシフトルームも出来るだろうし、時々来させてもらうよ」
「楽しみに待っている」
エルフの住む森、緑園之庭の中心部。世界樹が優しく光を発するその広大な土地に、沢山のエルフが集まっていた。
結婚式の翌日、俺たちは予定通り旅立つ事になった。
「どのみち、商売関係の話もあるからな、遠く無いうちにまた来る事になると思う」
「商売の件は、全てお前たちに任せてしまうことになって、申し訳無いと思っている」
「なに、適材適所だろ。それにこっちでやってもらうことも多いからな」
「わかっている」
ファーダーンとレイドック、それにダーラントが引き起こした惨劇から、ひと月ほどが過ぎていた。
エルフたちは、俺の提案を受け入れ、このひと月ずっと協力してくれていたのだ。
そして、俺たちの旅立ちに合わせて、盛大な婚礼を開いてくれた。
それは、お祝いと、彼らの決意という二つの意味があった。
グーグロウが代表として、俺と話しているが、長老を含めた多数のエルフが、出発メンバーと挨拶を交わしていた。
「このままだといつまで経っても出発できねぇな。名残惜しいが、そろそろ行くよ」
「そうだな。よし! みんな! その辺にしておけ!」
グーグロウの号令で、皆が一歩後退する。
それに合わせて、出発メンバーが、割り当てられた馬車に乗り込んでいく。
隊列はなかなか壮観だった。
まず、エルフが製作してくれた立派な馬車が2台。
どちらも4頭引きの高級品だ。
それにもう一台。
キャンピングカーに4頭の馬がつながれていた。
べこべこだったキャンピングカーの外見も、かなり修理されている。
無理矢理設置した御者台が、なんとなくおかしいくらいだ。
さらに周りには、騎乗したエルフの戦士たちが12人。
これは護衛の部隊である。リーダーはザザーザンだ。
キャンピングカーに乗り込んだのはチェリナ、ラライラ、ファフ、それにルルイルとヤラライだ。
運転席にハッグが乗り込み、御者台にエルフが座る。
残りの2台には、エルフの戦士が3人ずつと物資が載っている。
ほとんど商隊だった。
いや、実際にキャラバンな訳だが。
「それでは出発しましょう」
「先導は頼む」
「任せてください」
胸を張って答えるザザーザン。
普通に考えたら、これ以上心強い護衛はいない。
周りのエルフ戦士たちも、任せろという表情だった。
「また来いよー!」
「待ってますからー!」
「沢山作っておくからねー!」
「幸せになー!」
「もっと酒を置いてけ−!」
エルフたちの見送りを背に、キャラバンはゆっくりと、そしてだんだんと速度を上げて、エルフの村を出立した。
「俺もいくぜ」
「ああ。ただ、一つだけ覚えておいてくれ」
グーグロウが俺の手を取った。
「いいか、確かに復讐心が消えたわけでは無いが、そんなものより、お前たちが大事だ。いざという時は、全てを捨てて戻ってこい」
その言葉に胸が熱くなってくる。
「わかった。必ず」
「よし。行ってこい」
俺はもう一度グーグロウの手を強く握り返した後、側に控えるグリフォンに声を掛けた。
「行くぜ、クックル」
「くえー!」
練習の末、どうにか乗れるようになったクックルにまたがり、ゆっくりと浮上する。
手を振ると、一層の歓声が上がった。
後ろ髪を引かれつつも、俺は先行するキャラバンを追って、飛び立った。
◆
「随分早く到着したな」
俺はクックルを歩かせて、ザザーザンと併走する。
視界の先にはレイクレルの立派な市壁が見えていた。
現在俺たちは、入国待ちの列に並んでいた。
「私たちの育てた馬でも、とびきりのヤツを集めましたからね。それに野盗もこのメンツを見て襲ってこようとは思わないでしょう」
「そりゃそうだ。10人以上の武装エルフに突っ込む度胸のある奴はいないだろうよ」
実際、キャンピングカーでやって来た倍の日数で到着したのだ。その進行速度は驚異的だったろう。
「入国してからの予定は変わりありませんか?」
「ああ。ザザーザンたちは宿を探してくれ。俺はアッガイ・アラバントに会ってくる」
「そのキャンピングカーを売って、資金を得るんでしたね」
「ああ」
「しかし、外見はハッグさんが直しましたが、売れるでしょうか?」
「ダメならダメで、なんとかする」
「まぁ、商売の神の使徒であるアキラさんなら、問題無いと思うのですが、人間の商人はがめついですからね、少々不安です」
「上手くやるさ」
とにかく今は金が尽きているので、まず資金集めだ。
もっともそこは余り心配していない。チェリナを筆頭に色々と相談した結果、売り物はいくらでもあるからだ。
「最悪の場合でも、村から分けてもらったワインを売れば、最低限にはなるさ」
「たしかに」
馬車には樽で大量のエルフワインが積んである。
これだけでも一財産だ。
エルフのワインでも一級品で、貴族が喜んで買うとチェリナが断言していた。
本来あまり外貨を必要としないエルフたちだ、これだけ大量の一級エルフワインが市場に流れることは無い。
家族の為だと、全面協力してくれたエルフたちには頭が上がらない。
一時間ほどで入国となった。
「こ……これは凄いな」
「そうでしょう。これほどの一品はなかなか無いと思いますよ?」
俺は、入国審査の兵士に答える。
馬車の中を検査していた兵士たちが嘆息するほどのワインの量に、責任者があきれ返る。
「入国税はこのくらいになるが」
「現物でお願いします」
「了解した。おい! ワイン樽を10樽降ろせ!」
「……多くありませんか?」
「そこのアーティファクト馬車の贅沢税込みだ。高級品過ぎて、細部までチェック出来ないからな。どうせどこかに宝石類でも仕込んでいるのだろう?」
「そんなことはありませんが、わかりました。10樽お渡しします」
「うむ」
物が大量に詰め込める、アイテムバックは全て調べられたが、実際キャンピングカーの中は余り細かく調べられなかった。
優雅に座るチェリナを貴族と勘違いでもしたのだろう。
「それにしても、エルフの護衛とは豪気だな」
「実は、エルフを嫁にもらいまして」
「それは馬車の……いや、羨ましい。それではあの紅い髪の美しい女性は?」
「あれも妻です」
「おう……まったく世界は不公平だな」
「幸運が続きましたので」
「私も商人に転職したくなってきたよ。ああ、商会の名前を教えてくれ」
「ヴェリエーロ商会と申します」
「ほう? あそこはもっぱら塩と魚がメインだったが。良い跡取りを見つけたな」
「そうなるように努力しますよ」
「よし、通過して良いぞ」
「ありがとうございます」
そっと小瓶に分けた、エルフワインを滑るように隊長へ渡した。
「これからもよろしくお願いします」
「覚えておこう」
賄賂にならない程度の心付けに、気を良くする隊長だった。
「これだから人間の商人は」
小さく零したザザーザンの呟きが耳に入った。
まさに耳が痛いね。