第2話「最強商人と月明かりのダンス」
純白の天使が舞い降りた。
二羽の白鳥が、俺の両腕に絡まり、大きな一羽の白き鷹と化す。
エルフの音楽は荘厳な曲調に変わり、沢山のエルフが、花弁をまき散らして祝福の言葉を投げかけてくれた。
地球であれば、バージンロードとでも言うのだろう、花弁が撒かれた、世界樹に続く道の上を、俺たちはゆっくりと歩む。
左にチェリナ、右にラライラ。
エルフ流にアレンジされた、純白のウエディングドレスは、初雪のごとく白く輝き、草原の風をそのまま布にしたような、薄い生地がフワリと踊る。
頭に添えられたヴェールが、二人の美貌をよりひきたてていた。
居並ぶエルフの女性たちから、嘆息のため息が漏れていた。
エルフの中でも、トップクラスに可愛らしいラライラはもちろん。紅い髪をなびかせたチェリナも、エルフたちの美貌に全く負けていなかった。
まさに両手に花だ。
「はうぅ……幸せだよぅ」
ぐにゃりと腕にしがみついてくるラライラとは対照的に、柔らかい笑みでエルフたちに手を振り返すチェリナ。
少しお腹が大きくなり始めていたが、ドレスのデザインが素晴らしいのか、まったく目立っていなかった。
エルフたちは気にしないどころか、むしろ祝福してくれるとの話だったが、流石にチェリナが目立たないようにデザインして欲しいと頼んだようだ。
フラワーロードの先、世界樹の幹の下に、新郎新婦用のテーブルが用意されていた。
予定通り、そこに着席すると、長老がやってきた。
「世界樹の子らよ、この良き日に、若き枝葉が導かれ合った奇蹟に、私たちは祝福を送ろう」
くるりとエルフたちに振り向いた長老が、両手を挙げて「祝福を!」と叫ぶと、大地を揺るがすような叫びが辺りを多い、大量の花弁が舞い散った。
それは中国に伝わる桃源郷という花咲き乱れる理想郷そのものだった。
皆はそれを合図に、老若男女問わず、腕を組み合い、踊り出した。
ワインがなみなみと注がれた、小樽のビアカップが、そこら中でぶつかり合い、小気味良いリズムを生み出した。
音楽も軽快で楽しげな音楽に変わり、笑顔が弾けた。
わっと、エルフたちが長老を押しのけてテーブル前に集まって、口々にお祝いをしてくれる。
ラライラの涙腺はとっくに崩壊しており、笑顔でだばだばと涙を流して、皆に答えていた。
チェリナは慣れた様子で、皆にお礼を言い返してる。
途中、たった一人だけ、お祝いの言葉とは裏腹に、もの凄い不満な視線を投げてきたヤツがいたが、その上司に押しのけられていたので、ザマァとしか思わなかった。
悪いが、誰にも渡さねぇよ。
「俺のいた世界だと、結婚式とか言えば、誓いの言葉とか、こっぱずかしいイベントがあったんだが、正直そういうのが無くて助かった」
「ふぐ……ふぐ……エルフの結婚式は、ひたすら、ふぐ、お祝いだよ」
「ハンカチを使え」
「ふぐ……うん」
「地域によって差はあるのでしょうが、わたくしの故郷で式をしたら、そういったお約束もありましたよ」
「うん。ここで式を挙げられて良かったぜ」
「貴方らしいですね」
クスリと笑うチェリナと、うれし泣きで顔面洪水と化しているラライラの二人が対照的で、俺も久々に笑みがこぼれていた。
頼むから撮影しないでくれファフ……。
「アキラ、祝杯、だ」
「ヤラライ」
ちょっと気になってたんだが、お父さんとか言わないとまずいのか?
「今まで、通りで、いい」
「そうか」
内心ホッとする。流石にそれは、辛い。
ドンと目の前に置かれた、ワイン樽にカップを突っ込むと、ヤラライが差し出して来た。
「受けて立つぜ」
「うむ」
カップをぶつけ合い、一気にあおる。
ワインに関しては、本当に美味い。間違い無く地球のどのワインよりも種類が豊富で、かつ、どれも完成度が高すぎる。
仮に地球に持ち込めたのなら、間違い無くオークションで取り合いになるだろう。
「なんじゃなんじゃ。飲み比べならワシも混ぜんかい!」
「しこたま飲んでるじゃねーか」
「ふん。祝い酒はいくら飲んでもええじゃろ。しかしチェリナ嬢ちゃんとアキラがこうなるんは予想しておったが、ラライラの嬢ちゃんも一緒になるとは思わんかったわい」
「節操が無くて悪かったな」
「いや、ワシが言うのもなんじゃが、良い選択だったと思うぞ」
「へえ? 理由を聞いても?」
「そこな死にかけエルフはどうでもいいが、ラライラの嬢ちゃんは良い娘じゃからな。それにアキラを好いておったのは見え見えじゃったからのぅ」
「う……」
まぁ、ラライラからの好意は気付いていたけどよ。
「誰が、死にかけ、だ」
「ふん。その腹筋に残った傷跡が全てを物語っておるじゃろ。まったく戦士のくせに後ろから刺されるとはのぅ」
「よし、殺す」
「やってみい!」
ヤラライとハッグの二人は武器を手に取り、空き地で仲良く喧嘩をおっ始める。
酔っ払った観客たちがさんざんにあおり立て、盛り上がっていた。
「ほどほどにしとけよー。って聞いてないか」
「ほっとけば良いと思うんだ」
「だな」
ラライラはようやく落ち着いてきたのか、いつもの笑みを見せていた。鼻の頭は赤いままだが。
チラリとチェリナとラライラを盗み見る。
俺は、幸せになっても良いのだろうか?
そこに答えは無いが、答えがハッキリしている事もある。
それは。
二人を幸せにする事。
「二人とも」
無意識に口が開いていた。
「ずっと、一緒にいてくれ」
チェリナは目をぱちくりと、ラライラは目を丸くして。
「当たり前です。末永くよろしくお願いしますわ」
「ふぐう! うん! 約束するよぅ!」
「ああ。頼む」
チェリナが俺の肩にそっと頭を添えて、ラライラは腕にしがみついてきた。
そしてザザーザンが舌打ちし、グーグロウがニカリと唇を歪めた。
あとファフ、頼むから撮らないでくれ……!
「めでたい! 本当にめでたい! 我らの娘であり妹であり家族であるラライラの家族は、我らの家族! そして短い時間であったが、今日まで共に暮らしてきた仲間だ! みな! 騒げ! 祝え! 踊れ! 声かれるまで歌い! 新たな家族の誕生をその身に刻みつけるのだ!」
うおおおおお! とエルフたちが答え、さらに祭りは熱くなっていった。
美味い飯、美味い酒、美人の嫁さん。
ああ、最高だな。
「あ、アキラさん、その」
「なんだ?」
「一緒に、踊ろう?」
見れば、そこら中でエルフたちが手を取り、軽快な音楽に乗り、足を上げ、回り、手を広げていた。
このひと月前の惨劇を吹っ切るように。
「いいぞ。ただ、踊りなんて知らんぞ?」
「リズムに合わせて適当で良いんだよ」
「わかった」
実は上司に付き合わされて、社交ダンスくらいなら出来るんだが、それをベースにすれば良いだろうか?
ラテンやリズム系ならいけそうだな。
俺はラライラの腰に手をやり、グッと引き寄せる。
「はわわ!」
「照れるな、取りあえず動きを合わせれば良い」
「え? 今、踊りなんて知らないって」
「さあな。いくぞ」
「ひあっ!」
胸を張り、身振り手振りを大きく鋭く。
ラライラをくるりと回し、観衆にアピール。
最初は戸惑っていたラライラだったが、俺の身振り腰つきを見て、次第にコツを掴んでいく。日本人と違い、照れが無いから、すぐにマネを出来るのだ。
「あはは! 楽しいね! アキラさん!」
「ああ。パートナーが良いからな」
「えへへ」
上司と踊っても、嬉しくも何ともなかったからな。
まわりのエルフたちも、俺たちの動きが気に入ったのか、元の踊りにこちらの動きを取り込んでいく。
流石に運動神経が良い。
音楽も、こちらのキレに合わせて、曲調を変えていった。
そこはさしずめボールルームと化していた。
「わたしも〜」
そう言って飛び込んできたのはラライラの母親ルルイルだった。
「お相手しますよ」
「うんー」
しばらく一緒に踊っていると、勝負に飽きたのか、ヤラライが戻って来た。
「ほう、楽し、そうだ」
「代わってくれ、ヤラライ」
「うむ。こう、か?」
「そうそうー。いいわよー。お父さんー」
夫婦仲良く踊り出す。
ヤラライ、ほとんど踊りを見てなかったはずなんだが、回りの動きをさらっと盗んでやがる。流石だな。
「アキラ様。わたくしとも踊ってくださいな」
「ああ、もちろん」
チェリナがゆっくりと歩いてくると、こちらが頼む前に、音楽が緩やかなものへと変調していく。
それを見て、チェリナがクスリと笑った。
「それではお嬢様、お相手をさせていただきます」
「はい。お願いしますわ」
そっと、その手を取り、緩やかに動き出す。
とんとんとんたん、とんとんとんたん。
緩やかで優しいステップだ。
難しいことは何も無い。子供でも1分で覚えられるだろう。
「ふふふ……こんな日が来るとは思いませんでしたわ」
「俺もだ」
そのまま無言でステップを踏む。
永遠に、このまま踊っていたい。
そう思える時間だった。
もちろん、ラライラとも、交代したぞ?
ちなみに、チェリナとラライラがペアになって踊っていた時間、観衆からため息が漏れ出ていた。
うん。わかる。
こうして、エルフ流の結婚式は夜遅くまで過ぎていった。




