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幕間「彼らは雲上で思考する」

第5章ですが、その前に、一つ幕間を挟みました。


<side:神域>


 そこは人々の概念が生んだ、幻の空間。

 天上の神々というイメージが形となり、雲の上に広がっている。そんな見た目をしていた。

 雲の上に草原が広がり、太陽が燦々と照らす。そんな場所だ。

 神々はその地を神域と呼んでいた。


「このあいだ献上された聖杯(エネルギー)に、面白い情報が含まれていたぞ」

「あら、太陽神が人間の情報に興味を持つとは珍しいですね」


 神域には三柱の神が、雲を切り取ったソファーに寝そべっていた。

 先のセリフを吐いたのが、筋肉質の体つきで白髪と白髭を蓄えた偉丈夫で、太陽神ヘオリスである。

 もっとも信者数が多い上に、力があるものほど信仰することが多いので、三柱の中で最も力を持っていた。


 次に答えたのが、全体的にふくよかな体型で慈愛溢れる笑みを湛えた女性で、大地母神アイガスである。


「異世界の情報は、この世界の理や認識と齟齬があり過ぎて、理解出来ないって言ってなかった?」


 投げ槍気味に質問の言葉を投げたのは、どう見ても少女だった。この少女こそが月の女神テルミアスである。

 どういうわけか、彼女だけが、世界で流通する女神像と大きく見た目が違っていた。


「うむ。その通りだ。特に商売などという下劣な領域を欲しがるような神に仕える使徒(・・)の知識だからな、理解出来なくて当然だ」

「それにしても商売に概念なんてあるんでしょうか? 漠然としてますよねえ」

「それを言ったら、私の月のイメージとか、なぜか女性の印象がくっついてたりするんだよー? 漠然としてても問題無いんじゃ無い?」

「まぁそれもそうですね」

「今まで誰も手を付けてない、どうでもいい領域だ。新神にはちょうどよかろ。それよりも、使徒が持っていた情報で我らの理解と結び付けられそうなところがあった」

「勿体ぶらないで教えてよー」

「うむ。使徒がいた世界に害獣はいないようなのだが、はるか太古に存在していた、害獣に似た生き物がいたらしい。イメージのみだが、逆に使いやすいとも言える」

「へえ。じゃあ新しい生命が久々に誕生?」

「そのつもりだ。ミダル山のどこか、まだ人類が足を踏み入れていない場所に生み出し、その場所を教皇に伝えよう」

「教皇ですか……」


 大地母神アイガスの表情が曇る。


「あー。使徒は羨ましいよねー」

「ふん。信心が足りんのは奴らのせいだろう」

「それにしても、今のやり方では力ある者の命が代償になってしまいますから」

「儀式法術とはそういうものだ」

「それにしても月に一度の連絡はやり過ぎでは?」

「信者が多いから、神官も多い。お前たちと一緒にするな」

「大事な神官を使い捨てる行為にも見えますけれどね」

「おぬしとて、使う時は使うだろう?」

「私は聖杯(エネルギー)を使って、伝えますよ」

「使徒でもない信者に、非効率な……」

「聖杯の使い道はそれぞれですよ」

「それは確かだな。好きにすればいい」


 正統な使徒を持たない彼らは、現在信者たちが行う儀式法術で、最低限の意思疎通を図っていた。

 この神と繋がる儀式法術は、大変危険で、死者が出ることも多かった。

 それを月一で信者に強要する太陽神ヘオリスの事を、大地母神アイガスは余り好きでは無かった。


「まぁいい。まずは太古の害獣の創生……、イメージのみを利用して、類似の害獣に似た生態とする。……この生物が増え、認識されていけば、私への聖杯(エネルギー)供給が増えるというものだ」

「効率は微妙ですけどね。最初に聖杯(エネルギー)を使いますから」

「たまには良かろう」

「生物の多様性は大切ですからね」

「うむ」

「増えたらペットにしたいなー」

「好きにすればいい。だがしばらくは増えるに任せろ。そもそも環境に適用するかもまだわからん」

「はーい」


 こうして会合は解散となる。

 太陽神ヘオリスは、のちに恐竜と呼ばれることになる、新たな害獣を製作しに。月の女神テルミアスはそのまま、だらーっとソファーに寝転ぶ。

 自らの領域に戻った大地母神アイガスは、数ある祈りという聖杯(エネルギー)に耳を傾ける。


 その中でも特に注目している信者、レイティアという神官に焦点を合わせた。

 彼女は大変敬虔な信者で、上がってくるエネルギー量も、他人に比べて大変多かった。

 そして、彼女には、新たなる使徒を追うように指示していた。


 だけれど、使徒は予想外の移動手段で、大きくレイティアを引き離してしまった。

 最近使徒の近辺に、己の信者が同行しているので、役割を移そうとも思ったが、仮にも神の力を宿している使徒の間近に、間者を置く気にはならなかった。

 もっとも、ただの情報収集なので、ばれたところで大した問題になるとは思わなかったが、わざわざ機嫌を損ねる事も無いだろう。

 

 スパイの役割を、ユーティスと言う女に移そうかと考えていたが、日々、レイティアから上がってくる報告で、その気を無くした。

 まず、最低限ではあるが、使徒としての才能をわずかばかりに持っている彼女の祈りは、他の信者と違って、少しではあるが、ちゃんと意味のある言葉として伝わってくる。

 これが他の信者であれば、エネルギーとしては上がってくるが、まともな意味を持つ情報にはならない。

 もちろん、レイティアからの祈りという報告も、理解出来るのはほんの一部分なのだが、毎朝毎晩何回でも、祈りと共に報告してくるおかげで、断片を拾い続け、大まかな完成図が見えるようになっていた。


 これは使徒という、意味のやり取りが出来る特別な人間を持たなくても、信者と意思疎通が可能になる可能性が含まれていた。

 現状でアイガスは他の神にこの事実を教える気は無かった。

 情報が一方通行であることもそうだが、特に太陽神ヘリオスより有利になれそうな情報を流す気になれなかったのだ。


 最近の太陽神ヘオリスは増長しているように見える。

 特に信者を使い潰しての儀式法術の強制は、同じ神として、禁止させるべきだろうか?

 しかし、自分でも仕方ない時は連絡手段として使う事もある。

 またテルミアスも同じだ。


 空間神カズムスに、使徒が存在するらしいのだが、変わり者のカズムスに確認するわけにもいかず、真偽は不明だ。

 秘密主義のカズムスに、ヘオリスはかなり不満を抱いている。

 神同士が争うことはないだろうが、信者になんらかの処分を命じていないかが、気になるところだった。


 例えば、カズムスの信者を大幅に減らし、カズムスの力を大きく削ぐといった……。

 アイガスは頭を横に振った。

 疑いは、大地母神に求められた能力ではない。感情はあっても、それにひっぱられては、人間と変わらないではないか。


 今は、神としてやるべきをやろうと、今日も健気に報告の祈りを捧げるレイティアに耳を傾ける。


 これまでに集めた、アキラという使徒の情報は異常ともいえた。

 新たな神によってこの世界に飛ばされた。これ事態もかなり特殊な事例だと言える。少なくともアイガスが知る限り同じ状況は存在しなかった。

 もっとも、漠然とした情報として他の世界があることはわかっていた。

 神といいうものが、情報というエネルギー体であるのだから、当然とも言える。

 それにしても、世界線を越えるというのはよほどの事だろう。


 実際、アキラという使徒の魂をこちらの世界に引き込み、こちらの世界で肉体を再構成した事で、神はその力のほとんどを使い果たしたようだ。

 使える能力も、アキラという人間が持つ知識を、元の世界に共鳴させて情報のやり取りをするという、特殊なものだった。

 ただ、向こうの世界は、よほど商売というものが発達していたのか、こちらが考えていたよりも大量の情報が行き交っているように感じる。


 神として受け取れた情報でそれだ。

 レイティアから上がってくる報告も異常だった。


 使徒であることを隠しているにもかかわらず、地域最大の商会に、数日で取り入り、大きな商談を立て続けに成功させている。

 不思議なのは、商売という、ヘオリス神の言い分ではないが下劣……いや、あまり好ましく思われないだろう領域の使徒だというのに、その能力で金をかき集めるような行動を起こさないことだ。

 ヘオリスにしても私にしても、商売に付随してイメージする、意地汚い商人像とは随分とかけ離れた人物らしい。


 その後、商売を通じて、仲間を増やし、信頼する者を得て、しまいには国の改革にまで巻き込まれていく。

 そして、その混乱を救うように、とうとう商売の領域エネルギーを大幅に使った商売を始める。

 トウモロコシとキャッサバという芋の取引だった。

 私の知る商人であれば、住民の弱みにつけ込んだ高値で売りつけるものを、適正価格で大量販売。

 それによって、食糧を買い溜めしていた商人たちも、適正価格で在庫を流し始めた。


 私は間違っていたのかも知れないと、大地母神アイガスはその豊満な胸を歪めながら腕を組んだ。

 本物の商人とは、この世界を救う、大きな力になるのでは無いかと。


 実際、その後の使徒は大変な活躍を見せた。

 武力による解決も多かったが、この世界であれば普通の事。


 それよりも注目に値するのは、全ての神が頭を抱える貧困問題を、大きく解決していったことだ。

 神々にしても、貧困層というのは、知識が無く、信仰が無く、力が無い。

 そしてそれらを利用する輩の大半も、信仰が無いのだ。


 太陽神ヘオリスは、それに対して武を以ての解決を模索していた。

 月の女神テルミアスは、結婚の祝福を以ての解決しようとしていた。これに関しては大失敗して、力を大きく減らし、今の姿になってしまったのだけれど。

 大地母神アイガスは、農業の力を以て解決を模索していた。

 だが、どれも劇的な効果というのは出ていない。


 それが、たった一ヶ月かそこらで、この使徒はその大きな糸口を見せたのだ。

 アイガスの背に、氷を押しつけたような寒気が走ったのはその時だった。


 さらに、ヘオリスとテルミアスは気付いていないようだったが、商売の領域、想像していたよりも深く広い。

 もしかしたら、人の三大欲求に匹敵するような、恐ろしいほど巨大ななにか(・・・)の可能性があった。

 そう、すでに商売神メルヘスは、三神に匹敵する力を持っていてもおかしく無い。

 少なくとも、空間神カズムスに並んでいる可能性が高い。


「そう言えば、カズムスの信者が、珍しく活発に動いているような……」


 アイガスはかすかに首を傾げる。


「いえ、きっと気のせいよね。変わり者のカズムスが他の神と接触したがるなんて……」


 アイガスは、エネルギーの結晶である聖杯をあおった。

 人々の願いや願望が形作った、彼らの源を喉に流し込むと、わずかな快楽と共に、落ち着くことに成功した。


 神は聖杯に逆らえない。


「まぁ、しばらく様子をみましょう」


 アイガスはそう結論づけた。


 それから遠く無い未来に、神々の勢力が激変するとも知らずに……。



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[一言] まさか、神がクズなパターンとは‥‥ 意外だった。 最初から黒幕パターンと、全員くそ神パターンはあったけど、人間みたいなクズがいるパターンは超珍しい
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