第33話「自由人と明かされる謎」
『ククク、とりあえず、姿を変えるかの。折角の力が目減りするからのぅ』
ぎゅるりと、巨大なドラゴンが、雑巾を絞るように捻れたかと思うと、いつものファフが立っていた。
そりゃ爬虫類っぽい瞳になるわけだ。
「ククク、さて、何から説明したものかのう」
「まず、これからだ」
俺が指したのはもちろん聖印。チェリナの胸の上に立つように輝いている神さま野郎だ。
「あ、初めまして−。私、商売の領域を司るメルヘスで〜す♪」
「軽いですわね」
強大な敵が去り、ヤラライが復帰したことで余裕を取り戻したのか、チェリナが自らの上に乗る、木彫りの神さまに、なんとも言えない視線を向けた。
それにしても、お立ち台みたいになってるな。胸が……。
「そして! 新たな領域を得た瞬間に! そこのドラゴンに力を奪われた! 可哀相な神さまなんです〜! よよよ」
「よよよとか口で言うな」
「可愛くないですか?」
「全くこれっぽっちも。で、なんでこいつがべらべら喋ってるんだ?」
「ククク、そりゃ一時的に奪った領域の力をちょっとだけ貸してやったからの」
「また聞きたい事が増えたな……領域って、いやそれよりも、本当にこれが神なのか?」
「そうですよ〜」
軽い口調で返すメルヘスに、みんなの冷たい目が集まる。
なんか全員で胸をガン見してるみたいで落ち着かねぇぞ!
「あの……先ほどはお力をお貸しいただき、本当にありがとうございました。神のお言葉を承るだけでも、身に余る光栄だというのに、その偉大なるお力の一旦まで……」
ユーティスが地面に額を擦りつけて、頭を下げるのだが、状況的にチェリナに五体投地しているのと変わらんぞこりゃ。
「いいですよー。ヤラライさん死んじゃうとアキラ様が悲しみますからー」
「そこは礼を言う。本当に、ありがとう」
「きゃーん! アキラ様にお礼言われちゃったー! えへへー」
こいつ、こんなキャラだったか?
初めて会った時は、もうちょっとマシだった気がするんだが。
「ククク、簡単に言うと、ワレは破壊の能力は大量にあるが、癒やしの能力がないのじゃ。そこで”神”という概念を利用したのじゃ」
「どういうことだ?」
「神に対する印象では、救いや癒やしという概念が真っ先にくるじゃろ?」
「まぁ、そうだな」
「じゃから、神というだけで、基本的に癒やしの術はもっておるのじゃよ。そして概念が高ければ、具現干渉率が大幅に上がる」
「ぐげん……?」
「簡単に言えば、イメージした現象が起きやすいってことじゃ」
「まぁ、神さまなんだから、なんでもありか」
「ククク、神といえど制約はある。まず発動するためには高い具現干渉率が求められる。さらにそれに対して詳細なイメージを抱ける才能が必要じゃ。そこな神官の様なの」
「私ですか?」
「うむ。まず空想理術を覚えたじゃろ?」
「はい。確かに」
「空想理術と名付けたエルフの娘の師匠とやらは、よほど優れておったんじゃろうな。かなり本質に近づいておるのじゃ」
「え? 師匠が?」
「ククク、誇って良いぞ。この世の魔法で最も大事なのは、イメージと認知力という、根底に手が届いていた師匠を持ったことを」
「えへへ、あの世で師匠も喜ぶと思います」
「続きじゃ。そうして概念を具現する能力を覚えた状態でじゃな、神がその力を横取りする訳よ」
「……え?」
ユーティスがキョトンと音がするような表情を浮かべた。
「ククク、強大な能力を奪われ、それなりの能力を神の御名において与えられる……まったく良く考えた事よ」
「そ……それは、空想理術と神威法術が同時に使えないからであって……」
「そんな訳なかろ。この世の魔法は全て同じもんじゃからの」
それは衝撃の発表だったのだろう。
ラライラとユーティスの表情がそれを物語っていた。驚愕の表情なんてレベルでは無い。
「そ、そんな……精霊理術と波動理術はどうやっても同じ人間が使うことは」
「ありゃ、内向きの力と、外向きの力、それに抱くイメージが極端に離れすぎていて、大抵どちらかを理解したら、もう片方を理解出来んだけなのじゃ」
「まさか……」
「それが証拠に、波動使いが空理具を使えるでは無いか。精霊使いも神威法術を使う神官も、空理具が使えないなんて話はなかろ?」
「空理具は、道具だからでは」
「本来イメージを具現化する過程を、無理矢理に理力石へ放り込んでいるが、発動しているのは間違い無く空想理術じゃろ」
「そ、それじゃあ! 全ての理術は、やっぱり同じ力なの!?」
「ククク、お主の師匠は真理に近づいておったな」
そう言えば、それまでバラバラの呼び名だった各々の力を、理術という言葉に統一したのが、ラライラの師匠だと言っていたな。
つまり、根底は同じ物だという事に、ほぼ気付いていた訳だ。
なるほど、ラライラが尊敬するだけの人物だな。すでに亡くなっているらしいが。
「話が逸れたの。本質はそこではない。概念を具現化する能力を得た、そこの神官に、必要なエネルギーを注ぎ込んだのよ。そのとき注がれるエネルギーは、より近い概念を持つことが望ましいからの」
「えねる?」
「昔、アキラ様がその言葉を使っていた気がしますわ」
「あー、まあ、力とかの一種と思ってくれ」
「わかりました」
「これ……理術論が一気に進んじゃうよ」
「ククク、発表したければしていいぞ」
「え!?」
「証明が恐ろしく難しいからの。むしろ出来るならやってみるがええ」
「あ……」
ラライラの表情は、それが困難きわまりないことを物語っていた。
「でじゃ、癒やしの概念を持つ”神”においで願ったわけじゃな」
「はーい! 神さまで〜す!」
「威厳もへったくれもねぇなおい」
「そこのロリドラゴンに力を奪われなければ、このまま人化してアキラ様のヒロインの座を奪う予定だったのにぃ!」
おい、今、無視できないこと言わなかったか?
「ククク、ヌシがどうして神などと言う物を生み出せたかじゃがな、その純粋なまでに真っ黒な心が生み出したのよ」
「腹黒いってか」
「茶化すんじゃないのじゃ、お主がずっと抱いていた、禁忌を願う純粋な思い。それこそがお主が神すら生み出した元凶なのじゃ」
「禁忌……思い」
背中に、冷たい汗が流れる。
「アキラ様、あの時……小学校で、私を何の神とおっしゃいましたか?」
あの時。
小学校の工作で、何も考えずに彫り込んだ木の彫刻。
何かテーマがあったわけでも、何かに似せたわけでも無い。
無心に出来上がったがゆえに、子供心にそれが悪い事だと思ってしまったのだ。
教師からすれば、別段咎めたわけでも無い。ただの疑問を聞いただけだったのだろう。
<これは何を作ったのかな?>
その一言で、これは何かでないといけないと思い込んでしまったのだ。
頭が真っ白になって、咄嗟に答えたのが<神さま>だったのだ。
教師は興味を持ったのか、続けてこう聞いてきた。
<へえ? 何の神さまなのかな?>
頭が、心が、叫びを上げたのだ。
だから……。
「商売の神……」
「最初に、私が生まれるきっかけとなった、あの、魂から絞り出された、言葉を、思い出せませんか?」
「……」
思い出せるとも。
明確に。
教師の問いかけも、その答えも。
目を瞑り、その時のことを思い出す。
<これは何を作ったのかな?>
<あ……えっと、か、神さまです>
<へえ? 何の神さまなのかな?>
<神さま……なら……ふくしゅう>
<え?>
<あ! えっと! お金の! お店の! えっと、商売の神さまです!>
<ああ、なるほどね。商売の神さまなんだ。じゃあ大事にしないとね>
<は、はい>
俺が、メルヘスに、復讐の神。と答えると、沈黙が周囲に降りた。
いや、ファフだけがクツクツと低く声を漏らしていた。
「そうなんです! 本当は復讐と商売の神さまになる予定だったのです! でもアキラ様は復讐の方を無視しちゃいましたから」
「黒歴史掘り返されて、誰が喜ぶか!」
「でも、ちょうど良いので、三大神には商売の領域をいただくという事で、話を通せましたから」
「三大神とは大地母神アイガス様も含まれますか!?」
「うんうんー。世間一般で認識されている三大神ですよー」
なぜかユーティスがホッとしたように感じた。
「それでこっそり! こっそりと! そっちの力を溜めていたのですよ! アキラ様なかなか本心を見せてくれなくてですねー」
「お前、人に黙って何やってんだよ」
「ああ! 誤解しないでくださいよー! あの心の暴走は私の仕業じゃないんですからー!」
「そう、なのか?」
答えを知っていそうなファフに視線をやると「ま、そうじゃな」と答えてくれた。
「とにかく! ようやく”復讐”という領域を得たってところで! このロリドラゴンに全部奪われたんですよぉ!」
「ククク、アキラがこの感情は嫌いだからという言霊をもらっていたからの。奪うのは簡単じゃった」
「あー! もう! これだからドラゴンは嫌いなんですよ! ほんと常識知らず!」
「神も大概じゃろ」
「神は大量の概念が無いと存在できませーん! ドラゴンみたいに単体で概念を具現化できる化け物と一緒にしないでくださーい!」
そのままファフとメルヘスがキャーキャーと言い争いを始めた。
チェリナが猛烈に迷惑そうだった。
「あの、先ほどアキラ様の行動がおかしかったのも、この力と関係があるのですか?」
不意に、そんなことをチェリナが零した。
本日コミカライズ3話は来週更新です!
(あとがき修正前では、本日とお伝えしましたが、デンシバーズの告知ミスだったようです)