第31話「自由人と漆黒の魂」
全身から汗がびっしょりと流れ落ちる。
別に戦士になったつもりは無いが、俺の危険信号が絶叫していた。
あの金ぴか女はやばい。
死の気配とか、そういうレベルの話では無い。生物として、恐竜に対峙した時よりも恐怖を感じたのだ。
あれは間違い無く、人間という生物の枠外にいる生きもんだ。
「あ、アキラ様……」
慌てて振り返ると、チェリナも壁に寄り掛かり、へたり込んでいた。
「大丈夫だったか?」
「はい。それよりも、何が起こったのでしょうか?」
「わからん。だが、サリーの言葉を信じるなら、アトランディアってところが関与しているはずだ」
「真輝皇国アトランディアがですか?」
「世界最大の国家なんだったか?」
「ええ。太陽神ヘオリス教を国教とした、質実剛健な気質と聞いています」
「宗教国家か……」
名前は何度も出てきたし、ヘオリス神の本拠地でもあるから、行く予定の場所でもある。
「あの、アキラ様。先ほどの……その、サリーという少女の事なのですが」
「ああ」
そりゃ、いきなり養子にするとか言い出せば、頭がおかしいと思われてもしょうがない。
「助けてあげましょう」
「……え?」
驚いて顔を向けると、優しい笑みを浮かべていた。
「アキラ様がご両親と確執を……言葉に出来ないほどの感情を持っていることは知っております。あの少女に同じ物を感じたのではありませんか?」
「あ、ああ」
「ふふふ。鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をしていますよ」
「い、いや。素直に驚いてな」
「アキラ様の優しさを理解しているからこそです」
自分が優しいと思った事なんぞ、一度も無いんだがな。
「とにかく、外を見てくる。撤退すると言っていたが、まだヤラライやハッグが戦っているかもしれん。ラライラも心配だ。その前に」
俺は気絶しているルルイルをベッドに横たえた。
「怪我は……無いよな?」
「おそらく大丈夫でしょう」
「よし」
「わたくしも行きますわ」
「無理は……」
「そもそもここのエルフの方々が、少々大げさなだけで、普通に運動くらい出来ますよ」
「そうか。わかった。ただ、絶対に無理はするなよ?」
「もちろんです」
ふふふと笑いながら自らのお腹を撫でるチェリナ。
なんか、こう、顔が熱くなるな、おい。
「アキラさん、今……」
「ラライラも見たか」
「うん。ごめんなさい。あの姿を見たら動けなくなっちゃって……」
「幸い被害は無い。撤退すると言っていた」
「良かった」
ラライラが心底ホッとする。気持ちはわかる。正直あいつと戦うのはゴメンだ。
「ユーティスは?」
「怪我人の治療をしてるよ……あ、あそこ」
戦闘が終わったのに気付いたのか、近くの建物から包帯を巻かれたエルフとユーティスが、顔を覗かせていた。
「アキラさん!」
「無事で良かった」
「はい。エルフの方々に助けられました」
「いやいや、アンタが治療に回ってくれて助かったのはこっちだ。おかげで死者はたぶんいない」
どうやらユーティスが応急手当をして回っていたらしい。針子ってのは、傷を縫うのも得意なのかね?
「この辺りに敵は残っていなそうだな。俺はヤラライやハッグ、グーグロウの様子を見てくる。スポーンのおっさんと、ザザーザンも気になるしな」
「わかった。と、チェリナさん! 無事だったんだな! 良かった!」
エルフの戦士が嬉しそうに大声を上げると、周りにへたり込んでいた他のエルフたちも笑みを浮かべた。
「みんなのおかげで助かった。礼を言う」
「なに。女子供を守るのは戦士の役目。守り切れたことを誇りに思うよ」
「ああ。本当にエルフの戦士は凄いな」
彼らは誇らしげに胸を張ったように見えた。
俺はラライラを背負って、ヤラライが足止めしている場に向かった。
奴の事だ、負ける事は無いだろうが、苦戦は必至だろう。あの蒼槍野郎、撤退しててくれれば良いんだが。
「私も行きますね」
「ユーティス」
「他に怪我をしている人がいたら、お手伝いくらいは出来ますから」
「そうだな。スポーンのおっさんとかも怪我をしていたようだから、一緒に行こう」
「はい」
そのまま四人で少し進むと、剣撃の音が響いてきた。
「まだ闘ってる!?」
慌ててその場に出ると、想定外の事が起こっていた。
「金ぴか女!? サリーも!」
「あ……」
ヤラライとレイドックが対峙し、少し離れた場所に金ぴか女とサリーが立っていた。
恐らく今来たばかりだろう。
敵陣を歩いていたと考えると腹が立つが、それが出来るだけの実力があるという事だ。
「何を遊んでいる、蒼槍」
「ちっ。ファーダーンのババアか。なんで戻って来た?」
「撤退だ」
「はぁ!? 冗談だろ!? お楽しみはこれからだってのに!」
「人形が全滅した。引き所だ」
「おうおう……エルフどももやるもんだなぁ」
クソッ!
俺たちはまるで無視かよ!
ヤラライがファーダーンと呼ばれた金ぴか女をチラリと見て、目を見開いた。
ヤツの緊張がこっちにまで伝わってきそうだぜ。
「せめてこいつを殺させろ!」
「……なら、早くしろ」
「「「なっ!?」」」
誰が叫んだのか。
金ぴか女が一瞬でヤラライの横に立っていた。
「くぅ!!」
「遅い」
黒針の高速突きを、手にした黄金の大剣で軽く弾くと、その両腕に巨大な大剣を1本ずつ手にした。
流れるような挙動で、両側から大剣を叩きつける。
辛うじてヤラライが防御する。
どすっ。
「……え?」
「と……父さん!?」
「ヤラライさん!」
ヤラライの、腹から、投擲槍が、生えていた。
どぶどぶと真っ赤な血が流れ落ちる。
「けっ。つまんねー結末になっちまったな」
「行くぞ」
「へいへい」
「あ……」
何の感慨も無く、すたすたと歩き出すファーダーン。つまらなそうに後に続くレイドック。
そして、一度こちらに振り返った後、意を決するように二人についていくサリー。
崩れ落ちる、ヤラライ。
「あ……あああああああああああああああ!!!!!!」
全力でヤラライに駆け寄る。
血が止まらない。止まるわけが無い。
「おい! アキラ! こっちの様子は……なんじゃこれわぁあああああ!!!」
木人形を全滅させたのか、ハッグがこっちに走り寄ってきて、惨状に気付いた。
「がふ……がっ……!」
「喋るなヤラライ! 治療を……ユーティス治療だ!」
「そんな……これでは……」
誰がどう見たって致命傷だ。だが、俺は怒鳴った。
「ヤラライが簡単に死ぬか! 早くしろ!」
「ああ……」
ユーティスがヤラライの横に座り込むが、背中から腹に抜けた槍を見て、狼狽えるだけだった。
「アキラ……これは……」
ハッグが顔に皺を作る。
「父さん! お父さん!」
「そんな……ヤラライ様……」
ふつふつと。
身体の芯から、どす黒い何かが湧き上がってくる。
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
知っている感覚だ。
感情が黒く染まっていくこの感覚。
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
竜槍を手に、俺は立ち上がった。
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『神格が上がりました』
『新たに、司る領域を得ました』
「おい……お前ら」
レイドックとファーダーンを睨み付ける。
レイドックとサリーが振り返った。
「二人とも……ぶち殺してやる」
黒い感情が弾けた。
「ククク……くはははははははは! 来た! とうとう来たぞ! この時を待っておったのじゃ!」
唐突に、横から笑い声。
それは額に小さな角を二つ持つ、謎の美少女ファフ……ファルナ・マルズだった。




