第30話「自由人と過去の幻影」
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力加減を間違った。
手にした空理具をコンテナに仕舞いながら後悔する。
これ以上の連発は、確実に身体に響く。魔力とか便利なものがあれば別だったのだろうが、理術を使えば単純に疲労する。
それが空理具経由だとしてもだ。
「とんでもない威力の理術だったが……流石に品切れのようだな」
レイドックがニタリと頬を歪めた。ムカつく表情だぜ。
だが、あの攻撃を躱しきったのだ、その強さは本物だ。油断出来る相手じゃあない。
「アキラ、進め」
「なんだって?」
「おいおいおい、二人がかりで互角なのに、一人で相手をしようってのか?」
「……。精霊よ、深き森をなぎ倒し踊る、猛き風の精霊よ、その身を躍らせその存在を知らしめろ」
「うん?」
それは珍しくエルフ語だった。だからレイドックにはわからなかったのだろう。
「へえ? もしかして精霊理術って奴か? なるほど少しは楽しめそうだ」
蛇を思わせる粘ついた笑みだった。
普段だったら、何も言わずに進むところだが。
「一緒にぶちのめしてから進んだ方が早くないか?」
「ラライラたち、心配。嫌な、予感が、する」
ヤラライの横顔を伺うと、その表情は厳しかった。レイドックとサシで勝負する厳しさは理解しているらしい。
負けるとは思わないが、苦戦するのは必至だろう。
もし、こんな状況で無ければ、むしろヤラライは喜んで勝負していたかもしれない。
「わかった。頼む」
「任せろ」
力強い返事を背に、俺は走り出した。
レイドックの野郎が追ってこないところを見ると、やはり誰か抜けている。
油断は出来ない。
正直レイドックと同じ実力の奴が待ち構えていたら、勝つ自信が無い。
……いや。
負けられない。最悪でも、全員を逃がさなけりゃだめだ。
世界樹を中心に発達するこの村は広い。
だが、自然を大切にするエルフらしく、極力木々をそのままに構成しているので、高低差もあり、複雑な作りになっている。
先ほどハッグが残った場所も、そんな複雑な地形が生んだ道だ。
おかげで、エルフの得意なゲリラ的戦術が使えたのだろう。かなりの人形が壊れて散らばっていた。
奥に行くほどその数は少ない。
恐らくだが、抜けた数はかなり少ないと予想出来る。
もうすぐヤラライの家に到着するという距離で、奥から喧騒が聞こえてきた。
間違い無く争いの音だ。
「だめぇえええええ!!」
その叫びは……。
「ラライラ!」
ちょうどザザーザンと模擬戦をした広場に出ると、その視界の奥に、しゃがみ込んだラライラを確認した。
ヤラライの家の前にエルフの戦士たちが、血を流して倒れている。
幸い、死んでいる人間はいないようだが、激戦がうかがえた。
「アキラさん!」
「無事か!?」
額から軽く血を流しているが、おそらく理術の使いすぎによる疲労だろう。それ以外に外傷は無さそうだった。
「チェリナさんが……チェリナさんが危ないんだ!」
「何!?」
「急いで!」
俺は返事をせずに、家に飛び込んだ。
「きゃあ!?」
この声はラライラの母親、ルルイル!
チェリナが世話になっている部屋に飛び込むと、倒れたルルイルと、それを押さえつける人形。ただしその人形は今までの木人形と一線を画していて、ゴスロリチックな服装を着せられた、少女型の人形だった。
さらに同じ様なゴスロリ人形が一体。
そして。
ゴスロリ服を着た少女が、チェリナを鬼のような形相で見つめていた。
「チェリナ!」
「アキラ様!」
俺の声に少女が振り返る。
「何よあんた。また邪魔?」
「子供?」
「どうでもいいわ。アウラ! こいつを倒して!」
少女の言葉に、棒立ちしていたゴスロリ人形が襲いかかって来た。
狭い室内で竜槍を振るうのは難しい。ヤラライと開発した、トルネードマーシャルアーツで迎え撃つ。
ばしゃん!
いつの間にか、アウラと呼ばれた人形の両腕が鋭い刃物に変わっていた。
「何!?」
無言で刃物を振り回す人形を必死で避ける。
「あんた、お母さんになるんだってね」
「……ええ」
クソ狭い空間だが、アウラに邪魔されて、少女に手を伸ばすことも出来ない。
まるで少女とチェリナだけが別の空間にいるようだった。
「ダメだよ……絶対ダメ……子供は全員不幸になるんだからぁあああああ!!!!」
少女が、短剣を振り上げたのを視界に捕らえた。
「クソがぁあああああ!!!!」
俺は渾身の螺旋を両足に込めた。
大地に根を張るような螺旋波動が、おれの掌底に人外の力を与える。
突き出した掌底はアウラと呼ばれた人形を、壁に吹き飛ばしてめり込ませた。
「させません!」
チェリナは紅鎖を振るい、少女の短剣を弾き飛ばした。
「あ……」
「この子は、なにがあっても、どんな事があっても守り抜きます!」
「うそだうそだうそだぁ!」
「我が子を守る為ならば、鬼にもなってみせましょう!」
チェリナの鎖が向かう先は、少女の額だった。
どうして、そんな行動を取ったのか、自分でもわからなかった。
気がついた時には、少女を抱え込んでいた。
後頭部に激しい痛みが走る。
チェリナの紅鎖が当たったのだろう。波動が無ければ即死だった。
「アキラ様!?」
「え……?」
二人の言葉を無視して、ただ俺は少女を強く抱きしめた。
「事情はわからねぇ……でも感じた。お前、両親がろくでもなかったんだな」
「……え?」
ぽかんと、少女が顔を上げた。
この一瞬のやり取りで、何が理解出来たわけでも無い。
それでも、俺は何故か感じたのだ。
親というモノに対する、尋常では無い怒りを、恐怖を、怨みを。
だから、この少女は、親という単語に反応して、恐怖ごと消し去ろうとしたのだ。
それが正解かはわからないが、俺の奥底で、少女の悲鳴が聞こえたような気がしたのだ。
「俺の親も、クソだった。何度も殺したいと思った」
「う……うるさい! いきなりなんなんだよ! あんたに何がわかるんだよ!」
「何もわからねぇよ。でも、チェリナを殺すのはやめてくれ」
「だめだだめだだめだ! 親なんていらないんだから!」
わかる。
こいつが何に飢えているのか。
「わかった。俺が代わりにお前を愛してやる。親になってやる。だからもうこんなことはするな」
「「なっ!?」」
チェリナと少女の声が重なっていた。
突然現れて、何を言っているんだと思ったのだろう。自分でもそう思う。
だけれど、この一瞬で、この少女を救ってやりたいと思ってしまったのだからしょうがない。
俺はチェリナやラライラ、ハッグやヤラライに救われた。
ならば、誰かを救っても問題ないだろう?
「な! 何意味わかんないこと言ってんだよ! お前! 敵だろう!?」
「いいや。今から味方だ。お前の家族だ」
「アキラ様!?」
「ふざけるな! 離せよ! この馬鹿!」
必死で俺の腕の中から逃げようとするが、その力は年相応の力だった。
逆に強く抱きしめてやると、少しずつ抵抗が弱くなっていった。
「なんなんだよ! 突然現れて、意味不明な事いって! ロリコンかよこいつ!」
「親に向かってロリコンとはなんだ」
「誰が親だよ! 通りすがりだろう!?」
「ああ。だが決めたからな」
「本当に意味わかんねぇよ!」
安心しろ。自分でも意味不明だ。
だが、少女から殺意が消えていたのは確かだ。
「なんで……いきなりそんな……」
「お前が心から叫んでいるような気がしてな。それとその女の子供は、俺の子供でもある」
「!?」
「だから、お前の兄弟だな」
「なっ! 何言ってんだよこいつ! 本当に意味わかんねぇ!」
「ああ、そうだ、自己紹介がまだだったな。俺はアキラ・ヴェリエーロ。お前は?」
「ああ!? なんで……」
「名前くらい良いだろう」
腕の中で少女の力が抜けていくのがわかる。
「……サリー。名字は無い」
「そうか。じゃあ今日からサリー・ヴェリエーロだな」
「っ! 誰が! お前の! 娘になるなんて言ったんだよ!?」
「妹の方が良かったか?」
「そういう問題じゃないだろ!?」
「そうか」
「こいつ! ほんとに訳わかんねぇ!」
俺だってなんでこんなことやってるか、理解してねぇんだよ。
ただただ、昔の俺を見てしまった気がして、反射的に行動しちまっただけだ。
「だいたい親なんていらないんだよ! 親なんて……親なんて!」
「ああ。俺の親もゴミ以下だったよ」
「だから! いらない!」
「約束する。俺はクソ親にはならない」
「っ!?」
「アキラ……様」
少女の表情が途端に崩れていく。泣きそうなツラだった。
ああ、わかるよ。信じられないんだよな。今まで欲しかった言葉をもらって。
「自分でもいきなりなんでこんな事言ってんのか、わかってねぇんだけどよ。安心しろ、お前の親になる」
「あ……」
強く、優しく、抱きしめる。
サリーから完全に力が抜けた。
ぞわり。
その瞬間だった。
「何を、しているのですか? サリー」
「!?」
心臓を、氷の手で掴まれたようだった。
全身にサブイボが立つ。
直感が全力で危険信号を発していた。
声の方向に頭を向ける。
それは部屋の入り口だった。
美しい。
最初に思ったのはそれだ。そして恐怖。
「……撤退します。来なさい」
金髪で、黄金の鎧、黄金の兜、黄金の二本の大剣。
普通に考えたら派手すぎて嫌味にしかならないその装束も、女の美しさに比べれば霞む。
左手に兜を抱え、右手は空。
普通に考えたら、攻めるべきだろう。
だが、俺は1mmも動けなかった。
「サリー」
「っ!」
どん、とサリーに突き放されて、尻餅をついてしまう。
金髪の女について、サリーが部屋を出て行こうとする。
「まっ! 待て! お前たちは……お前たちはなんなんだ!?」
サリーがピタリと動きを止めた。
金髪の女は先に行ってしまったようだ。
「……私たちは、アトランディアの特殊部隊」
「なに!?」
「……アウラ! フラウ!」
サリーの叫びに、二体のゴスロリ人形が反応して、守るように立った。
「……じゃあね」
「待て!」
制止の叫びは、虚しく廊下に響いただけだった。
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