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第27話「自由人と偽りの邂逅」


 生き残った恐竜たちが、一目散に森へと逃げていく。

 同じ種族ならまだわかるが、バラバラの種族の恐竜どもが、一斉に同じ方向へと移動しているのだ、もはや自然現象などという考えは無かった。

 ヤラライもハッグもわかっているのだろう、その視線は何か一つも見落とさないという決意に満ちた瞳をしていた。

 森の入り口まで辿り着くと、車から飛び降り、コンテナに放り込む。

 三人が全力で恐竜どもを追う。

 自らに傷を負うことすら構う様子も無く、生い茂る森を突っ走っていく恐竜たち。

 ハッグに鍛えられた波動を纏えば、追いつくことは難しいことではなかった。


「こいつらどこまで……」

「あそこ! だ!」


 ヤラライがその場で片膝姿勢になり、スナイパーライフルを構えた。


「援護する! ヤツを! 捕らえろ!」


 スナイパーライフルが示す、射線の先にいたのは、巨大なトリケラトプスの上に騎乗していた、ローブの男だった。

 ローブで表情はハッキリしなかったが、随分と痩せた男のようだった。


「私の……可愛い怪獣たちを……」


 まだ距離は離れていたが、限界まで練り上げた波動のおかげで強化された五感が、ぼそりとこぼした恨み言を捕らえていた。

 逆恨みも甚だしい。

 そんなに可愛いなら、金庫にしまって首にさげときやがれ!


「アキラ! 恐竜とやらはワシとヤラライが引き受ける! お主はあのひょろいヤツを捕らえるんじゃ!」

「わかった!」


 俺とハッグが突っ込むと、回れ右した恐竜どもがその(あぎと)を開いて襲いかかってきた。


「どっせい!」


 俺の正面に回ろうとしていたティラノサウルスに一撃を加えて、道を切り開いてくれる。


「ゆけい! アキラ!」

「おうよ!」


 今まで通過してきた村で、無残な死体の数々が脳裏に蘇る。

 アドレナリンが体内で燃え上がるのを感じた。

 踏み出す足が地面を抉る。


「4号」


 ひょろいローブ男が呟くと、恐竜たちの中では一番小型である、スピノサウルスがくるりと身を翻して、俺に襲いかかってきた。ティラノサウルスなどより、素早くよっぽど厄介な相手ではあるのだが……。


「遅えよ!」


 いい加減動きの癖は理解していた。

 機敏に巨体を揺らしていたスピノサウルスに、高速回転させたドリルを横薙ぎ一閃。木っ端微塵に上半身が吹っ飛んだ。


「なっ!?」


 枯れ枝の様なローブ男が驚愕の声を上げる。

 俺はそいつの騎乗するトリケラトプスを駆け上がり、ドリルの先端を突きつけた。

 ちょうどそのタイミングで、夜が明け、朝日が差し込んできた。

 高速回転するドリルが陽光を反射して、男に圧力を掛けた。


「ば……化け物か? レイドックにも比肩する槍……だと?」

「何をごちゃごちゃ言ってやがる! 取りあえず両手を上に上げろ!」

「……そうか、あのエルフがグーグロウなのだな」

「何?」


 ローブ男から出てきたのは、エルフの戦士団長の名前だった。ヤラライのことをそう勘違いしたらしい。


「ふっ……まさか私の可愛い怪獣たちが全滅するとは思わなかったが……最低限の役割は果たせたようだな」

「人の話を聞け! お前は何者で、何の目的でこんなことをしでかしたのか! きっちりと聞かせてもらうぞ!」


 何の目的も無く、こんな手の込んだことをするとは思えない、実際こいつの言動がそれを証明している。

 男は鼻に触れるほど突きつけられたドリルに対して、ひるみもせずに、陰鬱な笑みを浮かべた。


「良かろう、私の名はダーラント。”腐肉”と呼ばれている」

「腐肉のダーラント……ね」


 腐肉とは言い得て妙だった。

 ダーラントはゆっくりと、フードを外して、顔を見せつけてきた。

 その顔は昔に火傷でも負ったのか、薬品でも被ったのか、大きくただれていた。


 だが、俺はそれほど驚かなかった。

 怪我人を笑うのはアホのする事だ。だが、この男からは腐臭が漂ってきそうだった。

 本人のでは無い、ダーラントが生み出してきたであろう屍の腐臭だ。


 だから俺は容赦なく、侮蔑を込めた視線を叩き込んでやった。


「ふん。お似合いのあだ名だな」

「ふっ……」


 何が面白いのか鼻で笑われた。感情が揺れる。


「それで? 腐肉さんはどうしてエルフの村を襲ったんだ?」


 感情を抑えるのが精一杯だ。あの黒い感情が爆発するのだけは押さえ込まなけりゃならない。


「教えると思うのか?」

「頼むから非人道的な手段を取らせないでくれよ?」

「野蛮人が……同じ穴の(むじな)か」

「なるほど、野蛮人の自覚はあるんだな」

「もちろんだ」

「……」


 くそ。

 こっちのペースに持ってけねぇ。


 背後で銃声と恐竜の雄叫びが止んだ。

 ヤラライとハッグが俺の背後に立つのが気配でわかった。

 どちらも殺気を隠そうともしていなかった。


「ふっ……。良かろう。役目は充分果たしたからな」

(役目?)

「なぜドワーフや人の戦士までいるのかはわからんが、エルフ最強の戦士、グーグロウ率いる最高戦力の誘導足止め……お前たちはもう間に合わない」


 心臓が一際高く鳴り響いた。

 ダーラントは囮?

 じゃあ目的は?

 グーグロウが守っていたのはどこだ?


 紅い髪と、青い髪の二人、燃えるような意志と優しさを併せ持つ二人の姿が頭をよぎった。


「!?」

「ふっ……。馬鹿でも気付いたか。ふふははは……こんな私でも役にたったのですね」


 ふらりと、ダーラントの身体が揺れる。

 何かしらの攻撃かと、俺たちは反射的に身構えた。

 だが、それは最悪の選択肢だった。


「ファーダーン様……」


 それまでピクリとも動かなかった、俺とダーラントが上に立っていたトリケラトプスが、わずかにその身を動かした。

 俺たちが体勢を立て直すのに使った時間は、1秒も無かった。

 だが、そのわずかの時間で、ダーラントは滑るようにトリケラトプスから落下。

 そして、その先にあったのは、瀕死で低く唸っていたティラノサウルスの頭だった。


「何!?」


 俺はダーラントに手を伸ばしたが、硬貨一つ分届かなかった。

 落下していくダーラントと目が合った。

 ヤツはわずかに不敵な笑みを浮かべながら、大きく開くティラノサウルスの(あぎと)に吸い込まれ……、真っ赤な花となって散った。


 俺も、ハッグも、ヤラライも、呆然と潰れた肉塊を見下ろすしか無かった。

 急にトリケラトプスが落ち着かなくなったので飛び降りると、それまでの大人しい態度から一変し、その巨体でのたのたと歩き出した。

 まるで自分がどこにいるのかわからないかのように。


「アキラ、ダーラントの、言っていた、意味、わかる、か?」


 ヤラライは馬鹿では無い、答えがわからないのではない。答えが間違っている事をわずかに期待して、俺に尋ねたのだ。


「……ダーラントは囮だった。しかもエルフの森最強の戦士グーグロウを引っ張り出すための。ヤツはどこを守っていた?」


 それは巨大で山脈のような大樹。

 巨大な森と見間違う、広大な枝葉。

 枝や葉から、優しい光が生み出され、光の精霊と合わさる事で生まれる幻想風景。

 俺の……俺のチェリナと、俺のラライラが待つ場所。


「世界樹だ。世界樹の村が狙われてやがる!」


 俺たちはありったけの呪詛をまき散らしながら、キャンピングカーへと戻った。

 エンジンが掛かるわずかな時間すら惜しい!


 躊躇無くアクセルを踏み抜く勢いで押し込んだ。

 エンジンが咳き込み、散々酷使されてきた事に対して文句を吐くが知ったことか。

 重い車体が蹴っ飛ばされたように走り出す。

 森の小道を、狂気じみた速度で疾走。

 この村に来るまで、全力で走っていたと思っていた。だが、安全マージンを一切捨てた自殺紛いの速度を出し、来た時の倍の速さで世界樹の村へと戻る。


 ヤラライが、危険な近道を指さし、躊躇無くそこに車体を滑らせる。

 枝が、下生えが、岩が、激しく車にぶつかるが、そんな事はどうでもいい。

 フロントガラスはとっくに割れ、車体はぼろぼろ、恐らくキャビンも無事では無いだろう。


 途中何度も大木にぶつかったが、その度にハッグが蹴りの一発で、めり込んだ車体を引っぺがした。

 もちろん何度かパンクもした。

 俺がSHOPから購入したタイヤを、ハッグに投げつけながら、俺とヤラライで車体を持ち上げる。その隙にハッグが神速でタイヤを交換。古いタイヤはその場にうち捨てられたまま、ズタボロのキャンピングカーは再び走り出す。

 1分掛かっているかどうかだ。


 エンジンが止まらなかったのが奇蹟だった。

 ほぼ、1日で、俺たちは村へと戻ってきた。


 村は、燃えていた。



神さまSHOPでチートの香り3巻の発売まで後4日!

皆さまよろしくお願いします!


また、発売に合わせて、PV第2弾が公開されました!

イケボイスのアキラをぜひご堪能下さい!


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