第22話「荒野の国王陛下」
ヴェリエーロ商会の前には白く立派な馬車が3台に50人近い武装した男たちが整列していた。
革鎧がベースらしいが飾りが多くどことなくエキゾチックな印象がある。
全員同じ鎧に槍で揃っているので兵士なのだろう。随分と物々しい雰囲気だ。
「大変お待たせしましたピラタスⅡ世国王陛下。父は現在他の国へと仕入れに行っておりまして私が代行いたしております」
チェリナはヴェリエーロ商会に走って戻ると、奥のVIPルームに飛び込んで頭を下げた。その先のソファーにふんぞり返っていたド太りの中年が大仰に手を振った。
「うむ。許す。前触れなく訪れたのは余であるからな」
「ありがとうございます」
「ところで……」
「はい」
体型が凄く豚っぽい男……国王らしいが、そのブタ男が俺に視線をやる。
「その男は誰ぞ? まさかフィアンセではあるまい?」
「え?」
チェリナは俺の顔を見て、繋いでいる手を見て、目をまんまるにして驚愕した。
気づいてなかったんかい!
「こ、……これはその、そう! 今日から雇った相談役ですわ! そうですよね、アキラ様!」
チェリナは笑顔を崩さずに、有無を言わせぬ眼光で俺を睨みつけた。器用だな。
俺は内心のため息を隠して笑顔で返答する。
「はじめまして国王陛下、本日よりチェリナ・ヴェリエーロさまの相談役としてお勤めさせていただいておりますアキラと申します。お見知り置きを」
「ほう……」
豚王の視線は俺達の握られた手に絡みついていた。チェリナは慌ててそれを離して笑みで取り繕った。
正直かなり痛かったので開放されてほっとする。
「それで陛下、このような場所にどのような要件でしょうか? 御用がおありならすぐにお伺いいたしますのに」
それは不思議に思っていた。正直この豚みたいな奴が国王なら、用事があれば城に呼び出すのが普通だろう。
それとも見かけによらずアクティブな性格なのだろうか。
「いやいや、少々確認したいこともあったゆえな」
国王陛下がお茶をずずずとすする。それはマナー違反なのではないだろうか?
「確認、でございますか?」
「うむ。昨日納品されたジャガイモに問題があったようでな、余が直々に確認に参った」
「問題、でございますか? 中身は全て確認しております。もしかしたら一つか二つは悪いものが混じっていたかもしれませんが、なにぶん食品ですので」
「いや品質には問題が無かった」
「それでは?」
まったく意味がわからない。彼女も同じらしく眉間にシワを寄せている。美人が台無しだな。
「数が足りん」
「……足りませんでしたか」
疑問形ではなく、落胆した声だった。
「うむ。足りんな」
「……わかりました、足りない分はすぐにでもご用意いたします。いかほどお持ちすればよろしいですか?」
豚陛下がにちゃりと笑うと彼の横で直立していた年かさの男性に声を掛ける。
「おい! あれを!」
男性は手早く一枚の紙……ではなくあれは羊皮紙ってやつかな。分厚いA3くらいの用紙を取り出した。豚王はそれをひったくると机の上に投げ出した。
俺はそれをチラリと覗く。相談役って名目だから構わないだろう。
「これはそなたらとの契約書だ。それによると20トンのジャガイモを取引と書かれている。にも拘わらず納品されたのは2トン……16トンも足りんわ!!」
ドヤ顔で威張り散らした豚王の耳元に年かさの男性が小声で囁く。豚王は顔を真赤にした。
「そ、……それで残りの18トンのジャガイモはいつ納品してくれる?」
ドヤ顔は歪んでいた。
うん。恥ずかしいね。
しかしチェリナはそれどころではなかったらしく顔が真っ青だった。
「そ、そんな……確かにお約束は2トンと……それにお受け取りした金額もその分しか」
「ここに書いてあるではないか、それは手付金だと。残りは次月払いだとな」
ドヤ顔で書類を指で叩くが、その場所にはそんな事は書いてない。まさか文字も読めないのかこのおっさんは……。
チェリナはきつく歯を食いしばる。その音が横に立つ俺にも聞こえたほどだ。
あんまり強く噛みしめると歯が砕けるらしいぞ、適度にしとけー。
「で、残りはいつ納品してくれる? ああもちろん待てるのは月末まで……おお! 今月は今日で終わりではないか! これはうっかりしていた!」
なにがうっかりだよ八兵衛。完全にやらせじゃねーか。書類も偽造だろうしな。
だが国のトップである国王に偽造されたらどうしようもない。
「なに、安心するがよい、すぐに受け取れるように兵士たちを用意してきた、ここで引き渡してもらえば余の精鋭たちが運びだそうではないか。大変な名誉であろ?」
「は……はい……」
ギリギリと奥歯が鳴る。
「そうだそうだ。万が一だがな、事故などで残りを失ってしまったというのであれば……うむ、その時は余がなんとかしてやらんこともない」
豚がチェリナを舐め回すように視姦して舌なめずりをする。下心が外まで聞こえそうだ。
この辺でいいだろう。
「国王陛下、そちらの書類の写しをいただきたいのですがよろしいですか?」
「……なんだと?」
楽しみを邪魔されて不機嫌を隠さない泥豚。
「おそらくですが、こちらの控えに記入ミスがあったのかもしれません、そちらの正式な書面を写していただきたいのです」
昨日チェリナ嬢と契約を交わした時は、自分の分と相手の分とで同じ書面を2通記入し、割印まで押したので写しを作るのはこの世界でも確定だろう。
「……なんじゃそれは?」
あれ? この書類は違うの?
「書類の写しならばこちらですぐにご用意できます」
陛下の横に立っている男性が即答して、書類を作ってくれた。俺は注意深くその2枚を確認して間違いがないことを確認する。
「確かに。それでは少々倉庫へ確認に行ってまいります。もしかしたら部下が指示を間違ったのかもしれませんので」
「ぬ……それならば」
豚王が何かを言いかけるがそれをインターセプトする。
「偉大なる陛下にここまで足を運んでいただけただけで光栄でございます。今すぐに高貴なお方の為のお茶を用意させますのでしばしお待ちください」
全力で営業スマイル。書類を作ってくれた男が一瞬何かを言いかけるが、国王がそうかそうかと改めてふんぞり返ったのを見て苦笑するに留めた。
(チェリナ、頼む)
俺はチェリナに耳を寄せた。
「は、はい、南より取り寄せました大変めずらしく貴重な花のお茶をお出ししましょう」
チェリナが手を叩くとすぐに準備が始まった。
「では偉大なる国王陛下。すぐに戻りますのでお寛ぎください」
今度は俺がチェリナの袖を引っ張る形で部屋から退場した。
とにかく部屋から離れて他人に話を聞かれない場所まで進む。
「おい、大丈夫か?」
「は……はい、しかし」
チェリナの顔は相変わらず真っ青だ。当たり前だろう、時間稼ぎしただけで何一つ解決していない。
「よしチェリナ、誰もいない倉庫とかはあるか?」
「え? そうですね……あります。そんなに広くは無いですが」
「ジャガイモ18トンは入る大きさか?」
「……袋に詰めて積めばおそらく」
「よし、案内しろ、鍵を忘れるな」
チェリナは言われるがまま事務所から鍵を持ってやってくる。倉庫に移動しているあいだ兵士が6人もついてきた。
「兵士様、わたくし共はこれから在庫を確認してまいります、皆さまには申し訳ないのですが外でお待ちしていただきたいのです」
今からやる事を見られるわけにはいかない。
「貴様ら、もし逃げたら大変な事になると、わかっているな?」
「そんなことはまったく考えておりません。国王陛下をお待たせしておりますので失礼致します」
俺はチェリナから鍵を引ったくると大扉ではなく人用の出入扉から身を滑らせて中に入りチェリナも引っ張り込むとすぐに鍵を閉めた。
「ふう生きた心地がしねぇ」
「あ、あの……アキラ様」
「言葉遣いは勘弁しろ、これが地なんだ。時間がないんだ、丁寧にやってるヒマはない」
「は、はい、それは問題ありませんが……、それよりもこれからいったいどうするのですか? 18トンものジャガイモを用意することなど……」
「チェリナ」
「はい」
「約束しろ、これからやることは絶対に他言無用にすると」
「……」
おい、そこで黙るな。嘘でも約束してもらわないと困るんだよ。
「もしかして、神の力を使っていただけるのですか?」
「!!!!」
俺は絶句した。
思考も止まるほど。
なんでだ?!
ペットボトルだけでそこに辿り着いたのか?!
「すみません。実は昨日アキラ様の事を監視させていただきました」
なん……だと?
「安心してくださいませ、使った影はわたくしに絶対の忠誠を尽くしている人間で、その影と私以外にその事を知るものはおりません」
全然安心できねーよ。一番知られたくないのがお前だったっつーの!
「提出された報告書をにわかには信じることは出来ませんでした。何かのトリックだろうと……」
普通そうだわな。
「しかしそれと同時に納得出来ることも多いのです。アキラ様が使徒様であるのならばと」
「使徒?」
「神の使いです。本当の意味での。各宗派の法皇が使徒と言われていますが実際はかなり怪しいと思いますわ」
俺は元の世界の宗教事情すら疎いんだ、この世界の事なんてまったくわからん。
「報告書をもらったのは昨日の夜です。私と商談をした後ですね」
そりゃそうだろう。
「商談をしている時にも思いました。アキラ様は私どもを卓越した先見性がある御方だと」
「偶然だ」
「そうでしょうか? だとしても浮世離れした思考に思います。まるで別の世界の人間でもあるように」
ギクリとした。表情に出たかもしれない。
「そしてわたくしをここに連れ出していただいたのは、助けていただけるため……ですよね?」
真っ直ぐな瞳が痛い。
さっきのチェリナと豚王との会話中こっそり確認した作戦がうまく行きそうだから手伝おうと思っただけだ。ダメなら速攻で逃げてたさ。
「……俺が使徒とかいうのかどうかはわからない。だがお前を助けられそうな能力があるのは本当だ」
「それでは……!」
「貸しは高いぞ」
「もちろんです」
まぁあの豚野郎の慰み者になる事を想像するとちょいと不快だしな。
「ならやるぞ」




