第15話「自由人と大宴会」
「お久しぶりだねぇ! ヤラライ!」
「うむ」
森の奥からやって来たのは、周りの美女エルフと一線を画する、恰幅の良い女性エルフだった。
あだ名を付けるとしたら「おっかさん」が最有力と言えば、わかってもらえるか。
エルフらしからぬ、豊かな腹を揺らして、ヤラライの肩をばしばしと叩いている。
「長老から差し入れだよ! みんなで食べなってさ!」
どん! とテーブルに置かれたのは、大きな燻製肉だった。
途端に周りのエルフたちが歓喜の声を上げる。ヤラライも口元を歪めた。
「ありがたい。長老に、礼を、頼む」
「ああ。明日伝えておくよ。今日はとにかく喰って飲みな! 酒ももらってきたよ!」
よく見れば、おっかさんは小さな荷車を引いており、そこに大きな瓶が乗っていた。
男のエルフたちが歓声を上げながら、瓶から酒を注いでいたが、俺はそれよりも、大きな燻製肉から目が離せなかった。
「今、開けるからね!」
近くの包丁を手に取り、燻製肉を覆っていた半透明のシロモノを破ろうとするおっかさん。
「ちょっ! ちょっと待ってくれ!」
「なんだい? 客人は肉が苦手かい?」
「いや、そうじゃないんだ。この、肉を覆っている半透明のって、ビニールか?」
「びに……、なんだって?」
「アキラ、それが、パルペレ」
「え?」
ああそうだ、ビニールそっくりの樹液がエルフの里にはあるって、何度もヤラライが言ってたじゃないか。
それにしても、本当にビニールにしか見えない!
ほんの少し乳白色が混ざっている感じだが、真空パック詰めしたビニールとしか思えない物だった。
「ああ、人族には珍しいよね。うちらエルフでも、パルペレはそんなに沢山は使わないからね」
「へえ。原料があんまり取れないのか?」
「あー、そういうわけじゃ、無くてね……」
なんだ?
言い難そうだな?
「アキラさん、パルペレの樹木はね、エルフのお墓として植えられるんだよ」
「墓?」
母親との再会が一段落したのか、寄ってきたラライラが教えてくれる。
「うん。ヒューマンと違って、エルフの死は未来永劫残す事は無いんだ。じゃないと、お墓ばっかりになっちゃうからね」
そう言えば、日本でもお墓の土地は随分と大変な事になっていると聞いたな。
「それでも、やっぱり死者を悼む気持ちはなかなか無くならないからね。自然にパルペレの森は、より大切にされているし、神聖視されているんだ」
「なるほどな……それにしちゃ、樹液は使ってるみたいだな」
「慣例になっちゃってるけど、長老が定期的に指示を出して、集めてるからね」
「ふむ」
エルフとしては、死んだら自然に帰るもの。そう考えているのだろう。
だが、それとは別に、悼む心はあるだろうから、お墓代わりのパルペレが大切にされている。
そのパルペレからは便利な樹液が取れるが、長老に指示されない限り、なかなか手が出せない。
こんな感じか。
「気持ちの、問題か」
「そうだね。別に不可侵とかそういう訳じゃないんだけどね」
「そういう事もあるだろうよ」
ビニールと同じで、保存なんかに向いてそうなんだがな。
俺が理解したと頷くと、おっかさんはそのパルペレを破いて、燻製肉を取り出した。
「ちょうど3年寝かした、最高の燻製肉だよ! ああ! 少し残しておきな! 見張りの戦士の分だよ!」
「はーい」
エルフの女性たちが、薄切りにして周りへと配り歩く。
俺も頂いたが、猛烈に美味かった。
これ、日本に持って行ったら、取り合いが起こるぞ。
「よお! あんたヤラライの親友なんだって?」
新たに現れたのは、見た目大学生くらいの青年だった。だがきっと年上だろう。
「ああ、ヤラライには良くしてもらってるぜ」
「へえ! まぁなんでもいいや! 俺の自慢の酒を飲んでくれよ!」
言って渡されたのは、最上質のルビーもかくやという深みと透明度を併せ持つ、赤ワインだった。
入れ物も、俺だけ特別なのか、ガラス製のグラスに注いでくれた。
他の人は木製のカップだ。ヤラライの親友と言う事で、特別扱いなのかもしれない。
「こいつは……良い色だなぁ」
「だろ? エレガントでバランスが良く、ここ50年で最高の出来映えだよ!」
「あ? ああ」
なんか、どっかで聞いたようなあれだったが、気にしないでおこう。
まず、香りが素晴らしい。どっしりとした赤ワインの芳香だ。
一口啜ると、しっかりとしたアルコール分と、ボディがクッキリと立った、素晴らしいワインだ。
上司の付き合いで、高級ワインを飲んだ事があるが、それに匹敵……いや、間違い無くエルフのワインの方が上だ。
これも日本にあったら、そうだな、世界でもトップクラスの金持ちがオークションで取り合うようなシロモノになる。間違い無い。
脳みそが恍惚を覚え、ただただ、その深みに落ちていく。
地球上最高のワインを飲んでいる……そういう妙な優越感があった。
至福の余韻を楽しんでいると、奥から野太い感嘆が上がった。
「ぬほおおおおお! こ! これは! ええいまったく! エルフどもは本当に酒作りだけは認めねばならんのぅ!」
「ククク、これは良いワインじゃの。褒めてつかわそう」
「がははははは! 我が輩までご馳走になってすまないな! こんな物を飲んでしまったら、もう並みのワインを酒とは呼べぬなぁ!」
なんでファフは偉そうなんだよ。そんでハッグはツンデレか?
あと、おっさん馴染んでやがるなぁ。
冒険家なんてそんなもんか?
「ふう……果実汁のおかげで大分楽になりましたわ」
復活して料理をちまちま食べ始めたのはチェリナだった。
ラライラが気を遣って料理を運んだりしているのだが、なんか従者みたいになってんな。
本人は気にしてないんだろうが。
チェリナも割とナチュラルに人を使うタイプだからなぁ。大商会の責任者なんてやってたんだから、しょうがないのかもしれんが。
「ラライラ。お前も給仕ばっかりやってないで、少しは楽しめ。母親と会うのは久しぶりだろ?」
「え? でも今は父さんと一緒だしね」
いつの間にやらヤラライとルルイルが隣り合って座り、ヤラライがぼそぼそと話を振って、ルルイルが眠たくなるような笑みのまま、何度も頷いている姿が見えた。
仲良き事は美しきかな。
「なるほど、あれは邪魔できないな」
「うん。それにボクは割と最近まで一緒にいたから」
「そんなこと言ってたな」
確かラライラは、人族の学校で勉強して、偉い人になって、その関係で長い事里帰りしてなかったが、最近里に戻ったとかなんとか。
そこで父の不在を知り、探しに旅立った訳だ。
エルフの感覚的には、かなり早くヤラライを見つけたらしい。
「なら、旧友と話でもしたらどうだ? チェリナは俺が見てる」
「うーん……でも」
いかにも心配そうにチェリナを気遣うラライラ。ほんとええ子やで。
「大丈夫ですよラライラさん。もう落ち着きましたから」
「そう? じゃあちょっと一回りしてくるね。無理しちゃだめだよ?」
「はい」
「チェリナ、食欲は戻ったのか?」
「量は食べられませんが、味見はしたいところですね」
貴重なエルフのご馳走を口にする機会は、逃したくないってか?
ほんと、根っからの商人だよな。こいつは。
「わかった、全部の料理を少しずつもらってこよう」
「ありがとうございます」
しかし、クックルの乗心地はなんとかならんもんかね?
キャンピングカーでも酔うから、ちょっと困るところだな。
酒と料理をチェリナと評価しながら食べていると、引っ切りなしに色んなエルフが挨拶にやって来た。
すまん。流石に誰が誰だか覚えられねぇよ。
その辺は向こうもわかってるのだろう、軽く自己紹介だけしてどんどん入れ替わっていく。
「あー、そろそろ見張り交代の時間だな」
「やべ、急ごう。グーグロウ団長に怒られちまう」
「え? 団長戻って来てるのか?」
「ああ、報告をかねて戻って来たって」
「伝令じゃなく、本人が直接?」
「謎生物の探索はそんなに難航してるのか」
「俺も今すぐ現地に行って手伝いたい所だ」
「里を守るのも俺たちの仕事だろ? 中央で待機組は、即応隊としても期待されてるんだぞ」
「わかってる。それより急ごう」
「そうだな」
近くで燻製肉を囓っていた数名のエルフ戦士が、そんな会話をしながら、森の奥へと消えていくと、しばらくして、別のエルフたちが戻って来た。
「聞いたぞ! ヤラライが戻って来ているらしいな!」
まだ距離があるというのに、なんという声量!
波動の肉体強化を視力に振り分けて、新たなるエルフに視線をやると、何と言う事だ!
増えた!
増えたよ!
え、何がって?
「グーグロウ! 久し、ぶりだ。壮健、か?」
「当然だ! 相変わらずミダル語は下手なままか! ははは!」
「俺、ミダル語、流暢」
「単語だけはな!」
「ぬう……」
ヤラライとがっしり握手した人物は、小麦色に焼けた筋肉が篝火の明かりを跳ね返す、筋肉エルフだった。
そして服装はヤラライと同じ様なネイティブアメリカン装束だった。
増えたよ、マッチョエルフ!