第13話「自由人と森の再会」
寝付きは早かったが、この身に染みついた4時間睡眠のせいで、深夜とも早朝とも言えない時間に起きだしてしまった。
軽く汗でも流すかと、ファンタジーなエルフ宅を出ると、カンカンとリズミカルな音がする。
「これは」
音に導かれて村の外れにいくと、何人かのエルフに囲まれたハッグが、赤熱する鉄をハンマーで打っているところだった。
「よう。早いな」
「お主こそ早いでは無いか」
「目が覚めちまったんだよ」
「そうか」
「んで、ハッグは何をやってるんだ?」
「んむ? こやつらの武具の欠けがちと気になっての」
「なんだ。エルフって武器の手入れが雑なのか?」
「なんだと!? 我らは戦士だぞ!?」
「手入れはちゃんとしておったよ。物理的な欠けなんかがあっただけじゃ」
「なるほど」
「ふん」
しかし、エルフとドワーフってのは仲が悪いんじゃないのか?
「ロハで直してやるなんて、随分親切だな」
「誰がタダだと言うたか。ちゃんと対価はいただいちょるよ」
ハッグが親指をぐいと指した先に並んでいたのは、ガラス瓶。どうやらワインらしい。
「ふん。エルフ共は鉄の事はからっきしじゃが、酒造りだけは一人前じゃからの」
「はっ! ドワーフこそ鉄の事以外は何もできないだろう!」
エルフの戦士が腕を組んでハッグを見下ろした。
「が……、鉄の事だけは流石だな。俺のレイピアが新品の……いや、買った時以上だ」
ハッグも、ワイン瓶をぐびりとあおると、ぷはーと一息。
「ふん。エルフ共の作る酒だけは一級品じゃな。まったく止まらんわい」
……。
お前らほんとは仲良いだろ。
「あんた! うちの鍋も見ておくれよ! 自慢の蜂蜜酒を出すからさ!」
「甘い酒より、ワインかブランデーは無いんか?」
「ブランデーを作ってるのは、蒸留器のある村だけだよ。ほらほら! 頼むよ!」
見た目はOLっぽい、細身美人のエルフが、おっかさん言葉でハッグに絡んでいる。
「わーったわーった。その辺に置いとけぃ」
「やー! ありがとね! あんたも素直にお礼くらい言ったらどうだい!」
「む……しかし……」
「まったく。ドワーフがー、とか言ってるのなんて一部のエルフだけだっていうのに」
「そうなのか?」
「ああ、あんたヤラライの仲間の人族だね。自称戦士なんてのたまわっている時代錯誤はそんなもんさ」
「時代錯誤……」
戦士の一人が悲しそうに肩を落とす。
「それに比べてラライラちゃんは偉いよ! 人間の理術の学校で偉い人になったんだってね! 緑園之森一番の良い子だね!」
「そ、それは……」
「あんたもいつまでも戦士だなんだ言ってないで、お金になる仕事でもしたらどうだい?」
「お、俺たちは出来る事をやれる奴がやって、支え合って……」
「森の中央ならいざしらず、ここは森の外縁だよ? 金がないとやってけないんだ! いつまでもトンチキなこと言ってんじゃ無いよ!」
「だが……」
「戦士が必要なのはわかってるさ。でもね。何事もバランスってもんがあるだろう!」
「うう……」
なんだこりゃ。妙にアットホームな雰囲気につい苦笑してしまう。
くえー。と興味深そうにグリフォンのクックルがこっちに寄ってきた。
そうか。お前も呆れるか。
頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
しかし、なんというか、やっぱり母親は強いというか、現実を見ているというか。
むしろエルフの男共がそろってポンコツなんじゃなかろうか?
エルフたちの実態に、呆れるような、夢を壊されたような、安堵したような不思議な気持ちになってしまう。
「ま、生きてるってこったな」
「なんだって?」
「いや、何でも無い」
カンカンとエルフの村に響く槌の音。うん。悪くない。
◆
「それじゃ出発しますか」
「がはははははは! エルフの朝食は美味かったな! 馳走になったな!」
「ここから道は狭くなるから気をつけるんだよ」
「最悪は歩くさ」
「その時は、近くの村に預けるといいさ。馬車は通れる道なんだけどねぇ」
「ああ」
そんときゃ、おっさんが見てない隙に、コンテナに仕舞うけどな。
「ククク、エルフの飯は美味いのぅ」
「えへへ」
ぐるる……。
クックルがチェリナにほおずりする。
「はいはい。行きましょうかクックル」
チェリナが飛び乗ると、嬉しそうにクックルは舞い上がり、大きな円を描いて、キャンピングカーについてくる。
「それじゃまた」
「ああ、帰りに寄ってくれ」
「用事、終わったら、俺たちも、害獣退治、手伝う」
「ああ、だが無理はするなよ。俺たち戦士を信用してくれ」
「了承」
車を出すと、エルフたちが手を振って送り出してくれた。
「気の良い連中だったな」
「エルフはみんなあんな感じだよ」
「なるほどな」
ここに寄る前は、どこかエルフという生き物に、幻想的な思いを抱いていたが、等身大の人間だと確認出来たのは大きかった。
「さて、ラライラ。道案内頼むぜ」
「うん! 任せて!」
こうして俺たちは再度旅の人となった。
◆
「……」
俺はそれを見上げていた。
それは巨木だった。
いや、巨木なんて言い方ではとても語れない。軽く雲を貫き天辺が見えないのだ。
「充分ファンタジーじゃねぇか」
「え? なに? アキラさん」
「いや、てっきり遠目に山だと思ってたぜ」
「そうだね。ミダル山脈ほどじゃないけど、山と同じくらいの高さがあるからね」
あれか? 世界樹とか言われてるンか?
「よく知ってるね。エルフでは昔から世界樹って呼んでるよ」
「あー」
全くもって、納得するしか無いでかさだった。
「なあ、気のせいか、枝の一部が光ってないか?」
「うん。雲上の葉が取り込んだ太陽光が地上に降り注いでるんだよ。だから影にならずに、森が維持出来てるんだ」
「なるほど」
あんだけ巨大な物体だ。高層マンションの日陰問題など比べものにならないほど日照が無いだろうと思ったら、どうやらファンタジーな植物で解決出来ているらしい。
「アキラさん、あの大木に向かって進めば、ボクたちの生まれた村に着くよ」
「お、おう」
狭い道を数日、四苦八苦しながら進んだ甲斐があったというものだ。ようやく目的に地到着する。
そこは、やたらと幻想的だった。
「こらまた」
おっさんが簡単の声を上げた。気持ちはわかる。空中に光輝く何かがふわふわと浮いてるのだ。どこかで見た記憶があるぞ?
「光の精霊だよ。このあたりだと、精霊魔法を使わなくても見えるんだ」
「なるほど」
そうか。前に子供たちの前でラライラが出していた光の精霊か。
輝く光点に囲まれたラライラは、幻想的で美しかった。
「自動車はここに駐めておけばいいよ。エルフは勝手に盗んだり傷つけたりしないから」
「そうだな」
森なのか村なのか、境目がわからないが、所々、木に同化するような家が点在していたので、おそらくもう村の中なのだろう。
「ククク。空気が美味いの。自動車は便利じゃが、いかんせん匂いがのぅ」
「ふん。それだけは同意じゃな。しかし、ワシですら精霊が見えるとは、凄い場所じゃな」
「少し離れた場所に、お墓の森があるから、その影響もあるのかも」
「ふむ?」
「いきなりラライラの家に向かって良いのか? 先にお偉い人に挨拶とかいるか?」
「挨拶は後で良いんじゃ無いかな。その時に害獣の事も聞いてみようよ」
「わかった。それでお前の家はどこだ?」
「一番外れのあそこ」
ラライラが指した先に、洗濯物が舞っていた。
美しいエルフの後ろ姿。
「あ……」
「む」
ラライラとヤラライが同時に反応する。
「母さん!!」
彼女の声に反応した、エプロン姿のエルフが振り返る。エメラルドグリーンの髪を棚引かせながら。
「ラライラちゃん? ……あ」
少し垂れ目のエルフは、これまたとんでもない美女だった。
「お、お父さん」
「……ただい、ま」
こうして。
ラライラはしばらくぶりに、家族全員が揃う事になった。