第12話「自由人とエルフの出会い」
緑園之庭——。
それはエルフが多く住む広大な森の名前である。
現在は一応国として運用されており、長老たちによる代表が政治を担っている。
「木々の密度が上がってきたな」
「うん。だいたいこのあたりから緑園之庭として認識されてるんだ。この馬車が通れる道を選ばないとね」
「その辺はラライラに任せる。なるほど、これは道案内が無いと、まともに進めないな」
「人間には難しいかもね」
なるほど、別の意味で天然の要塞なんだな。
火でもかけたら別かもしれないが、大規模山火事になるかは運だし、何よりそれをやったら、エルフが怒り狂うに違いない。
「ラライラの集落まではどのくらいだ?」
「道に倒木とかが無ければ、2〜3日くらいかなぁ?」
「倒木くらい、ハッグが蹴り出してくれるぜ?」
「あはは。それもそうだね」
「頼もしすぎるだろ、お前たち」
スポーンのおっさんが妙に感心する。
「しかし、ユーティスは一緒に来て良かったのかね?」
「用事は終わったらしいし、一緒にいたいという気持ちもボクはわかる気がするな」
「邪魔だと思って言ったんじゃないぞ?」
「わかってるよ」
ラライラが請け負ってくれる。
「今日はどこまで行くんだ?」
「外縁のエルフ集落によって、泊めてもらおうよ」
「車で寝るには、ちと人数が多いか」
男は外でも良いのだが、伝手があるなら利用すればいいか。
「じゃあそうしよう」
「うん。しばらくは道なりだよ」
「OKだ」
「うーん。ドラゴンはおらんものか」
「いたら大惨事だろうが」
「それもそうだな。わはははははは!」
今はまだ森の外側に沿って作られた街道なので、迷うことは無かった。
そんなこんなで、日が暗くなる前に、森の中に続く、細い道に入り、目的の集落へと辿り着いた。
あいかわらず車の屋根にはヤラライが座っているので、間違って攻撃されることもないだろう。
「エルフはそんな攻撃的じゃ無いよ」
「すまん。そういう意味じゃ無かったんだが」
「……父さんを見てればそう思っちゃうのかなぁ?」
「……否定はできねぇな」
二人でそろって苦笑してしまう。
別にヤラライが攻撃的というわけじゃ無いのだが、なんとなく、戦闘部族を連想させてしまうのだ。
が。
「アキラ! 止まれ!」
「ん!?」
車の上から、逆さに顔を出すヤラライ。
俺はすぐに車を止めた。
道が狭く、くねっているので、もともと速度は出していないが。
「どうした?」
俺の問いに答えずに、ヤラライが大声で暗闇に向かって吠えた。
「お前たち! なぜそんなところでこそこそしている!? 俺はエルフの戦士ヤラライだ!」
突然の流暢な言葉に一瞬焦ったが、どうもエルフ語で怒鳴ったらしい。
「ヤラライ? 聞いたことがあるぞ。エルフの若手で優秀な戦士だとか」
そして突然暗闇から、ぬっと姿を現したのは三人の武装したエルフだった。
だが、その姿はヤラライのネイティブアメリカン衣装とはほど遠い。
小説に出てきそうな美しい装飾の施された革鎧だった。
「おいおい……随分ヤラライと雰囲気が違うな」
「今時あんな恥ずかしい格好してるのは父さんくらいだよ……」
つまり古くさい格好だったと……。
気にはなるが、今はそれはいい。
「なぜ街道で武装して身を潜めていた!? まさかとは思うが良からぬ事をかんがえていたのではないだろうな!」
「戦士ヤラライよ! それは誤解だ! 俺たちは村を守っていたんだ!」
「……なに?」
「詳しい事情は村で話そう。その……妙に明るい光を放つ馬車は……、安全なのか?」
「森に誓って俺がその身を保証しよう」
「わかった。とにかく来てくれ」
話はまとまったようだが、なんか話と違うんじゃ無いか?
チラリとラライラを見ると、彼女も唖然としていた。
「アキラ、彼らの、あと、追ってくれ」
「わかったが……何があったんだ?」
「わからん。それ、今から、聞く」
「それもそうだな」
ヘッドライトの光量に驚きつつも先を早歩きするエルフたちについて、車を微速させる。
「ラライラ……すまないが、後ろの奴らに、事情を話してきてくれ。大丈夫だと思うが、少し警戒させておきたい」
「う、うん」
「疑うわけじゃないんだが……」
「大丈夫わかってるよ。でも何か理由があるんだと思う」
「俺もそう思う。ただ、どのみち警戒は必要だろう。別にエルフに敵対するって意味じゃ無い」
「それはそうだね。伝えてくるね」
ラライラは操縦席とリビングをつなぐちいさなドアから、後ろに抜け、説明を開始した。
もっともドアの小窓は開きっぱなしだったので、後ろにも聞こえていたとは思うが。
俺はさらに空に向かって大声を上げた。
「チェリナ! 降りてきてくれ!」
すると、上空をゆっくりと飛んでいたグリフォンのクックルが、バサリと車の上に着陸した。
一瞬エルフたちが緊張したが、ヤラライが説明してすぐに収まった。
「妙にピリピリしてるなぁ」
おっさんがぼそりと零す。俺も同感だ。
とにかく事情を聞くしか無いだろう。
◆
エルフの集落は、木製の柵に囲まれた、20〜30棟の小さな村だった。
建築様式はかなり素晴らしいと言っても良い。
暖かみすら感じられる、自然と調和した美しい建物ばかりだった。
ほとんどの家はそれなりの年月が経っているのだろう、森の一部と一体化したような、歴史すら感じさせる風格があった。
それと反比例して、真新しい木材で作られた、木製の防御作が村を囲んでいるのだ。もともと村にあっただろう、普通の立て板の塀の外に、丸太を尖らせた防御柵が並んでいるのだ。
なにか異常があったのは一目でわかる。
まぁ予想はついてるんだけどな。
「失礼、私はこの集落をまとめている、ブーガガと申します」
干し草で編まれた座布団に、あぐらで挨拶をする、エルフの戦士。
三人の武装エルフのうち、二人はすぐに見廻りに戻っていった。
元々、キャンピングカーとグリフォンに気付いたので三人で出てきたのだという。
俺たちは村の一軒家に案内され、迎えられた。
(ラライラ、今ブーガガが喋っているのはミダル語か? エルフ語か?)
(ミダル語だよ)
(おおう……流暢じゃねーか)
ヤラライのやつ、ミダル語は得意とか言ってたくせに。ラライラは学者だから上手いのかとも思ってたが、これ、ヤラライが……いや。言わないでおこう。
「ブーガガ、何、あった?」
「最近森の外周で、正体不明の生き物が目撃されている。ウチの集落ではまだ見ていないが、実はすでに2つの集落が滅んでいる」
「なん、だと?」
「それは……なんというか」
集落って、ここくらいの規模だと考えたら、とんでもない被害だぞ?
「敵、なんだ?」
「すまない。不明だ。ただ、ちょっと妙な噂が広がっていて、ドラゴンを見たという人間がいるらしい」
「人間?」
「人間の住まいは、エルフの生活圏より外側だろう? 人間の集落もいくつか似たような被害に遭っているようだ」
「場所、どこだ?」
「緑園之庭でも、最外縁で、ミダル山脈方面だな。人間の集落もそちら側に被害が集中している」
「ここ、少し、離れている」
「ああ。だから、集落の戦士の大半はミダル山脈側の集落へ応援に向かった」
「他に、わかってること、あるか?」
「滅んだ集落を調べたエルフによると、知らない生き物の足跡だったそうだ。大きさもかなりありそうだという話だ。ミダル山脈と離れた集落は、ウチのように柵を増やし、防衛をしている」
「詳細。感謝、する」
なるほど、エルフ達がピリピリしてるわけだ。
「アキラ」
「わかってる。手助けしたいんだろ? 力になるかわからんが、俺も協力させてくれ」
命の恩人に、借りを返すチャンスだ。
もっともどれだけ力になれるかは不明だが。
「感謝、する」
「だが、一つ意見させてくれ」
「なんだ?」
「先に、嫁さんのところに寄っていけ」
「それは……」
「エルフの戦士たちが動いてるんだろう? すぐにどうにかなるとは思わないんだが」
「ふむ。ヤラライは寄るところがあるのだな。大丈夫だ。貴殿達の援軍はありがたいが、我らエルフの戦士。仮に援軍がなくとも、解決できるとも」
「……わかった。アキラに、任せる」
「決まりだ」
「ふん。エルフなぞどうでもいいが、謎の生き物は気になるからの。ワシも協力してやろうぞ」
「ドワーフ?」
「わははははは! もちろん我が輩も協力させてもらおう!」
「感謝する」
こうして俺たちは、エルフに協力する事が決まった。
とりあえず先に、ラライラの母親に合流だな。
「今夜は我らの集落に泊まっていくが良かろう」
「感謝、する」
用意してもらった草のベッドは、やたら寝心地が良かった。
ポケットから聖印を取り出して指で弄ぶ。
「まったく。あんた商売じゃなくてトラブルの神だろ」
疲れていたのか、その日はあっと言う間に眠りについた。
更新遅れてすみません(´д`)
風邪と3巻作業で一杯一杯でして……
なんとかペース戻したいところです、はい。