第10話「自由人と冒険譚」
偶然出会った冒険者のスポーンに、コソドロから荷物を取り返した縁で酒と飯をご馳走になっていた。
盗まれたのは大事な国旗だったらしく、なかなか良い飯を沢山注文してくれた。
もっともスポーンもこれ幸いと食らいついているが。
「なるほどなぁ。それは随分と波瀾万丈な人生だったな」
「まぁな」
もちろん使徒だの、異世界転移だのという話は伏せて、西の果てから旅してきた話を、若干のサービス精神で聞かせてやった。
事実よりだいぶ控えめに語ってやったのだが、スポーンからはそれでも大げさに聞こえたようだ。
まぁわからなくも無い。
「クーデターに巻き込まれ、ゴブリンハザードに巻き込まれ、エルフやドワーフと出会うとは、冒険譚が書けそうなレベルでは無いか」
「かもしれねぇな」
まぁ、俺の人生を書き起こすだけで、結構ハードな小説になりそうな気はするが。もちろん日本での話だけでもだ。
なお、スポーンの話も結構面白かった。
前人未踏の森に踏み入ったら、見たことの無い害獣に襲われて這々の体で逃げ帰ったなど、リアリティに溢れているでは無いか。
そこで倒して名声を得たとかではないのだ。地に足のついた冒険譚に聞こえた。
「それで今度は緑園之庭に向かうと」
「その予定だ」
チェリナが同行するかにも寄るが……まぁその為に動いてるよな、これ。
「ふぅむ。ちょっと気になるのう」
「何がだ?」
「うむ。緑園之庭は明確な国境線は無いが、森の端でドラゴンを見たという話が出ていてな」
「ドラゴン?」
ドラゴンってあれか? 巨大な爬虫類で羽が生えてて、炎をまき散らす奴。
「それは伝承に聞くドラゴンだな。いずれこの目で見てみたいが、存在は疑問視されている。ミダル山脈の最も高き頂に、それはいると言われているが……まぁ眉唾だな」
「ふぅん? じゃあここで言うドラゴンってのは?」
「ふむ。地竜などと呼ばれる、巨大な肉食のなにかだ」
「曖昧だな」
「よくわからんから、ドラゴンなどと言われているのだろう」
「ああ、なるほど」
この世界でもドラゴンって生き物は、ちょっと特別扱いっぽいな。
害獣……ゴブリンのようなファンタジー生物だとは思うが。
グリフォンなんて生き物が普通に生息しているのだ、いても不思議はないだろう。
「ふぅむ……そうだ。出来れば我が輩も緑園之庭まで一緒させてもらえんか?」
「ん? 国旗をどっかに突き刺すって話はどうするんだ?」
「そっちはどのみち時間が掛かる。恐らく準備だけでも1年はかかるだろうよ。わははははは!」
あれか?
エベレスト登山並みの準備が必要って事か?
「仲間にも聞いてみないとわからないが、緑園之庭って場所が、よそ者お断りってんじゃなきゃ構わねぇよ」
俺はこういうおっさんを嫌いではないからな。
自分でやろうとは思わないが、ロマンを追い求める生き方には、ちょいとばかり憧れる。
「それはありがたい! 運良くドラゴンの正体がわかれば、久々に大金になりそうだ! がはは!」
「ドラゴンね」
なんとなく、ハッグとヤラライが興味を持ちそうな話でもあるなぁと、酒をがぶ飲みしながら、タバコを吸った。
「それにしてもアキラよ……」
「ん? どうした?」
「おぬし、実はドワーフとかではないよな?」
「なんでだ?」
スポーンは答えずに、テーブルの上に散乱している大量の小型樽を指さした。
そういえば、何も考えずに頼みまくってたな。
「なんだ、いくらでも飲めって言ったのはおっさんだぞ?」
「う……まぁ、そうなんだが……ザルにも程があるだろう……」
ハッグにも似たようなことを言われたな。
「ま、これ以上飲むと酔うかもしれないからやめとくか」
「……まだ酔っても無いのかよ」
「このくらいは序の口だな」
考えてみるとハッグと飲み明かせるってのは、結構なザルなのかもしれない。
「俺は……限界だ……」
「なんだ、弱いな」
「いや、かなり強い方……いや、なんでもない」
「情けねぇな」
そう言えば、ハッグ以外でまともに飲みに付き合えた奴はいないな。ヤラライも轟沈したしな。
取り留めなく雑談しながら飲み食いしてると、チェリナが飲み屋にやって来た。
「これはまた……」
「よう。話は終わったのか?」
「ええ。事後引継ぎは滞りなく。それにしても、これは全部アキラ様が?」
「まさか、何割かはおっさんだよ」
「い……一割あるかどうかだぞ……」
「楽しまれたようでなりよりです。そろそろ宿に戻ろうと思うのですが」
「ああそうか、おっさん。もし一緒に来るなら、明日俺たちの宿まで来てくれ。それまでに事情は話しておく。仲間が嫌がったらその時は……」
「わかってる……うう……とにかく今日は寝て酒を抜かなければ……」
「んじゃ行くか」
チェリナと一緒に宿に戻る途中の事だ。
「アキラ様はお酒も強いのですね」
「ん? まぁハッグには負けると思うが」
「人間がドワーフと張り合える時点で異常ですよ。それも神から授かった能力でしょうか?」
「うんにゃ。これは仕事の付き合いで鍛えられた。下手したら死んでたな」
「……貴方の故郷は凄いのか酷いのかいまだにわかりませんわ」
「俺もだ」
すっかり日も落ちて、外は暗闇に包まれていたが、街のあちこちから炎の明かりが漏れていて、歩ける程度には明るかった。
「やはり人口が多いと、夜でも賑わっていますね」
「そうだな。それにここの飯は結構美味い」
「この国は食糧事情が良いですからね。農法の一部はエルフから伝授されたものと聞いています」
「へえ」
どっかで聞いたような気もするが、なるほど街道沿いの広大な農園はそういう理由もあるのだろう。
ヤラライもキャッサバやトウモロコシの育て方を、隠さずに教えてくれたしな。緑が広がるのは嬉しいらしい。
宿に戻ると、みんなにスポーンのおっさんの事を相談した。
「クク……ドラゴンじゃと?」
どこか不機嫌そうにファフが片眉を持ち上げた。
「ふむ。伝承に聞くドラゴン……というわけでは無さそうじゃが、面白そうじゃな」
「強い害獣、楽しみ」
「なんで倒す方向になってるんだよ」
「襲われたら倒すだけじゃ」
「襲われたらな」
そんなこんなで、おっさんの同行は問題無くなったので、明日来たら教えてやろう。
「それでアキラよ、いつ向かうんじゃ?」
「正直、この国に長居していると、宗教関係者が次から次にやってくる予感がするんだよな。可能なら明日にでも出発したいところだ」
「ふむ」
「みんな予定はどうだ?」
「ボクは問題無いよ。もう大学も行ってきたしね」
「ワシはむしろ早くそのドラゴンとやらに会ってみたいもんじゃ」
他のメンバーも似たり寄ったりの返答だったので、おっさんの都合が合えば、明日にでも出発することになった。
「チェリナ。お前は残ってなくて良いのか?」
「……アキラ様は時々残酷なことを言いますよね」
「すまん。そういうつもりじゃなかった」
「わかっています……が」
「が?」
「ククク。乙女心がわかっておらんと言いたいのよ。なあ? 紅いの」
「う」
その呻きが自分の物だったのか、チェリナの物だったのか、ラライラの物だったのかは、自分でも良くわからなかった。
◆
「我が輩は冒険者のスポーン・シャトランジだ! よろしく頼むぞ! それにしてもべっぴんが多いな! わははははは!」
「セクハラしたら蹴り出すぞ」
「わかっておるよ! ただ、気分は良いだろ!」
「ま、そこは否定しねぇよ」
たしかに美人ばっかりなんだよな、この集まりは。
チェリナ、ラライラは言わずもがな、ファフとユーティスも相当だ。
もっとも、頼もしい護衛もいるので、大きなトラブルは無かったがな。
「アキラ様が起こすトラブルが多すぎるだけですよ」
おうのう。