第9話「自由人と冒険者」
ややボリュームのある筋肉質の50代で、センスのある洒落た服装と相まって、伊達者というのが俺の第一印象だった。
ソシャゲなんかに出てくる、細身の剣で戦うスピード重視の職業、フェンサーの服装が一番イメージが近いか。
緑を基調とした、大きな革靴と手袋。飾りの多い派手な服装。それに巨大なツバのついた羽根帽子だ。
この世界に来てそれなりの時間が経つが、このおっさんは間違い無く派手な部類だろう。
「助かったぞ兄弟!」
そしてフェンサー装束のおっさんは、力の限り俺に抱きついてきたのだ。
ちょっと汗くせぇ。
「あー、別に大したことはしてねぇよ。足を引っかけただけだ」
「いやいや。タイミングと良い、波動といい、なかなかの腕前! 我が輩、感服いたした!」
へぇ、あの一瞬、あの距離で波動を見抜いたのか。
「いやぁ我が輩の波動はパワー一辺倒でな! 足は遅いのだよ! はっはっは!」
「まぁ、とっ捕まって良かった。あいつは衛兵あたりに突き出すのか?」
「裏路地の盗人なんぞ、いちいちまともに相手をしていたら面倒だろう。先ほど制裁はいれたからな! あれで手打ちだ! わははははは!」
言いながら俺の肩をばっしんばっしん叩いてくるおっさん。
微妙に波動纏ってねぇか?
「さて! 大事なモノを取り戻してもらった礼をせねばな! 安くて美味い飯を出す店がある! 馳走させてくれ!」
「あー。悪いがちょっと用事があってな」
「こんな時間からか?」
「人捜し……みたいなもんだ」
「ほう! 誰を探している? このあたりには土地勘がある! 言って見ろ!」
チェリナに視線を向けると、ため息交じりに頷いた。
きっと一秒に満たないこの時間で、様々な葛藤があったに違いない。
「あー。ヴェリエーロ商会の商隊を探しているんだ。恐らくまだこの国にいると思うんだが」
「ふむ……我が輩は知らんが……情報通がおる! 来るが良い!」
「お、おい」
俺の返事を待たずに、ずんずんと進んでいる緑のフェンサーおっさん。
チェリナは再びため息。
俺たちは揃ってため息を吐き出した後、おっさんのあとについていった。
◆
「冒険……ギルド?」
ゲームとかに良くある冒険者ギルドみたいなもんか?
掲げられた看板を読んで、俺は眉を顰めた。
おっさんに促され、見るからにボロっちい建物に入ると、やはり中もボロかった。
ただ、広さはあるようだった。
丸テーブルが並び、そこに個性的な面々が座っていた。
ドワーフにエルフに犬獣人に人間……全員武装していて、腕も立ちそうな気配だった。
「ようお前ら、ちょいと聞きたいんだが、えーと何商会だったか?」
「ヴェリエーロ商会」
「おう、それそれ、その商会がこの街にいるらしいんだが、誰か知ってるか?」
「ヴェリエーロ? ちょっと待ってろ」
片目の犬獣人がサッと外に飛び出すと、五分ほどで戻って来た。
「小麦の買い出しで走り回ってるらしいぞ。宿はペリカンの羽亭だとよ」
「おおそうか! 助かる! 今度酒を奢ろう」
「おう」
片目の犬獣人は元の席に戻ると、仲間たちとの談笑に戻っていった。
「ペリカンの羽亭まで案内しよう!」
「それはありがたいんだが」
「だが?」
「いや、ここはなんだと思ってな。ハンターのたまり場か何かか?」
商業ギルドから依頼される狩りなどで生計を立てる人間たちを、俗にハンターなどと言うらしい。
ヤラライも広義ではハンターに類するらしいが、とくに資格が必要な訳では無く、根無し草とかわらない生き方らしい。
俺が知っている冒険者の生き方は、むしろそっちだろう。
だからこの冒険者……じゃない、冒険ギルドというのがちょっと引っかかったのだ。
「ん? 冒険ギルドの仕事は冒険だ」
「「……」」
俺とチェリナは二人して黙り込んでしまった。
「人類がまだ見ぬ生き物や植物。踏破不能と呼ばれる土地に赴くこともある。冒険! それは漢のロマン!!」
「おいスポーン。ここに女もいるんだがな」
先ほどの片目犬獣人の仲間の一人が不満そうに声を上げた。
ボディービルのCMに出てきそうな肉体をしていらっしゃた。
「うはははは! お前を女と思うのはこの国で一人しかいねぇよ!」
「うるさいね!」
笑い声がギルドの建物を包んだ。
そういえば、おっさんの名前を聞いてなかったが、スポーンっていうのか。
「あんたら、こんな話を知っているか?」
「なんだ?」
「国の領土を主張する時、基本的には国旗を立てることで主張出来るんだが、山なんかはちょっと事情が違ってな。その山頂てっぺんに国旗を立てなきゃ領土を認められねぇのよ」
「へぇ」
「そこで俺たち冒険者の出番よ! 国から依頼された場所に赴き、誰もたどり着けなかった場所に預かった大切な国旗をおっ立てる! どうだ! ロマンだろう!?」
「まぁ……わからなくは無いな」
自分でやろうとは思わんが。
「まぁさっきその国旗をひったくられたわけだがな! わはははははは!」
それは笑い事ではすまないだろ。
「とにかく珍しい土地や動物を求めて歩き回るのが俺たちの仕事って訳よ!」
そう言えば、昔ハッグが冒険者は変わり者の集団とか言っていた気がするな。
うん。
理解したぜ。
「よし! ペリカンの羽亭まで案内しよう! こっちだ!」
またもや俺たちの返事を聞かずに歩き出すスポーン。
横から深いため息が聞こえてきた。
俺は気がついたらタバコの煙を吐いていた。
◆
スポーンの案内で、無事にヴェリエーロ商会のキャラバンを見つけることが出来た。
20人ほどの中規模キャラバンで、その責任者の事をチェリナが信頼しているらしい。
もちろんキャラバンのメンバーは全員チェリナを知っていた。むしろ崇め奉る勢いだ。
「まさかこんな場所でお嬢にお会い出来るとは!」
「え!? シフトルームの設置!?」
「は!? 国が変わった!!??」
再会の喜びに沸く彼ら。
「アキラ様、すみませんが、わたくしはこのまましばらく仕事の話をしたいのですが」
「それは構わねぇよ」
「ならば我が輩と一緒にそこの酒場で待てば良いでは無いか!」
スポーンが、がはがはと笑いながら俺の背中を殴りつけてくる。
うん。一般人だとその張り手ですっ飛ぶぞ。
「それでも良いかもしれませんね。おそらく2時間ほどで終わると思いますが」
「久々に会ったんだろ? もっとゆっくりしても良いんだぞ」
「深夜になってしまいますし、親友というわけではありませんからね」
「わかった。じゃあ適当に時間を潰してる」
「はい。何かあればそこの宿に」
そんなわけで俺たちは酒場に繰り出すことになった。
「わははははは! 乾杯!」
「何に対してだよ」
「無事探し人が見つかったじゃなぁないか!」
「はぁ……」
「おっと! 自己紹介がまだだったな! 我が輩はスポーン・シャトランジ。冒険者である!」
「何度も聞いたよ。俺はアキラだ」
「アキラか! 面白い名だな! がはは!」
「なんでも良いけどな」
「それでアキラは商人の護衛なのか? 格好だけ見たら商人そのものだが……」
「あー、まぁ半々かな」
「あのべっぴんはこれか?」
「どうだろうな?」
肯定するのも否定するのも出来ねぇっつの。
「わははは! 若いな! まぁいい飲め! 今日は奢りだ!」
「んじゃ遠慮無く……お代わり!」
「おお!? アキラは見た目と違って酒に強いのだな」
「まぁ色々あってな」
今ならパワハラで訴えられそうな案件ばっかりだったんだぜ。
イッキとか絶対やめた方が良い。
俺は運も良かったのかもな。
「さて、我が輩の輝かしい冒険譚を聞かせてやるから、アキラも話を聞かせるのだ!」
「へいへい……あ、お代わり頼む」
そんな感じでおっさん二人でだべりながら、チェリナを待つことになった。
ま、たまにはこんなのも悪くない。