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第8話「自由人と国王陛下」


 その日のチェリナは気合いが入っていた。

 胸元が大胆に開いた、燃えるような紅いドレス。

 化粧もバッチリ。

 まさに女の戦場着だろう。


 普段は動きやすい革鎧装束の彼女が、どうしてこんな格好をしているかといえば……。


「面を上げよ!」


 そこはレイクレルの城奥深くの謁見室であった。

 白を基調とした石造りの空間は広く、精鋭らしき兵士が柱に沿って左右に並んでいた。


 どう考えても、まともなアポも無い一介の商人が迎えられる状況では無かった。


「これが教会の力か……」


 俺は独りごちた。

 流石本拠地を構える世界のトップ3に入る宗教の最高責任者の紹介だ。まさかの国王と次の日に謁見など、この世界事情に疎い俺でも異常だとわかる。


 顔を上げると、無駄に巨大な椅子に、つまらなそうに肘を立てていた国王陛下が目に入った。

 壮年の男性だったが、目つきは鋭かった。


「おぬしらがダマグレウスが言っていた者たちか」


 複数形の割りに、国王の視線は俺にのみ注がれていた。そりゃあ使徒だなんだのって話も行ってるよなぁ。

 自分ではそんなつもりは無いが……神さんの声を聞き、手紙をもらい、特殊な能力までもらってるんだ。違いますと言ったところで誰も納得しないわな。


「わたくしはチェリナ・ヴェリエーロと申します。この度は陛下との御拝謁……」


 しばらく打ち合わせ通りにチェリナの定型挨拶が続く。

 そのまましばらくは、シナリオ通りに話が進んでいく。


「……ですので、シフトルームの設置許可をお願いしたくまいりました」


 面倒なお約束を終え、ようやく本題を切り出すチェリナ。

 彼女の予測では、教皇の推薦があるので、設置許可は下りるだろうが、当然費用は経済自由都市国家テッサ持ちになるだろうとの事だ。

 さらに、設置の順番待ちになるだろうから、早くても数年は着工を待たされるだろうと予想している。

 テッサで政治一切を任されている、ブロウ・ソーアの苦笑が目に浮かぶぜ。


「……実はダマグレウスより前に、カズムス教より使者が来てな」


 国王はため息交じりに語り出した。

 それってアイガス教の教皇に会う前の話じゃないか?


「もし、西の果ての国より、シフトルームの設置を求められたら、優遇して欲しいと言ってきおった。基本滅多に願い事をしてこない、あのカズムス教がだ」


 どういう事だ?


「理由に関しては、何も言わなかったが、カズムス教には借りもある。そしてお前たちが来たのだが……、お前たちは一体何者なのだ?」


 また答えにくい事を……。


「まあいい。シフトルームの設置は許可してやろう。レイクレル側の費用は国が出す。すでに設置のためにカズムス教の神官が待機している。すでに設置場所の確保も終わっている。あとはカズムス教と詳細を詰めるが良かろう」


 おいおいおい、どういう事だよ?

 チェリナの予想とえらいかけ離れてるぞ。


「謁見はこれにて終了! 両者下がるが良い!」


 有無を言わせぬ流れで、俺たちはそのまま退出する事になった。

 控え室でチェリナと顔を見合わせる。


「どういう事でしょう?」

「チェリナがわからないのに、俺がわかるわけないだろ?」

「いえ、もしかしたら、私と会う前に国王陛下のお命を偶然救っていたとか……」

「お前……自分すら騙せて無いぞ」

「そうですね。やはり使徒であるアキラ様に考慮したと言うことでしょうか?」

「うーん。可能性は高いと思うが、その割に態度がなぁ」


 どちらかというと、俺を使徒だと信じ込んでいるアイガス教に考慮した……。

 その方がしっくりくる。


「なるほど。陛下としては、使徒云々の話を信用していないと」

「ああ、ただの行商人風情が使徒なんて、国王の立場からすればただ胡散臭いだけだろうよ」

「確かに、普通に考えれば使徒であるならば、大々的に喧伝するでしょうしね」

「たぶんそうなんだろうな」


 などと二人で取り留めなく話していると、控え室にノックの音が響いた。


「どうぞ」

「失礼します」


 入ってきたのはこれまた神官服の男性だったが、今まで見てきた物とは随分と印象の違う服装だった。


「初めまして。私はカズムス教のトキ・ジンカと申します。国王陛下のご配慮でお時間と場所を提供いただきました。あなたがアキラ様でしょうか?」


 白地の動きやすそうな神官服の胸には黒い正円が染め抜かれていた。

 おそらくそれがカズムス教のシンボルなのだろう。


「ああ、俺がアキラだ。なんだか今回随分世話になったみたいだな」

「いえとんでもありません。使徒さまのお力になれたのであれば、それは望外の喜びです」


 また使徒か。


「それでは都市国家テッサとの交渉はアキラ様が?」

「いや、それはこっちのチェリナの領分だな」

「わかりました。早速ですが事務的なお話をしても?」

「ええ。よろしくお願いします」


 その後、夕方近くまでかけて、細かい打ち合わせをしていく二人。

 聞いてるだけの俺は退屈だったが、中座するわけにもいかず、無言で付き合った。なに、サラリーマン時代にはもっと辛い状況はいくらでもあったさ。


 大まかな内容としては、数ヶ月以内にテッサからやってくる、シフトルーム設置の為の専門チームに任せることになるが、先行でレイクレル側のシフトルームの建設に入る件などを、確かめていった。

 どうやらこれを機に、テッサの外交官的な施設を設置する予定らしい。

 さらにヴェリエーロ商会の支店も合わせて設置することで、経済と情報の統括をスムーズにする手順らしい。


 本来の予定であれば、それらの人材が到着するまでに、シフトルームの設置許可が下りれば御の字だろうと考えられていたので、後発との合流に間が開いてしまったのだ。

 もっとも、グリフォンのクックルと、馬車の一団では一緒にする方が問題だが。


「アキラ様、今後の予定はどうなっていますか?」

「レイクレルでやることは終わったからな。早い内に緑園之庭に発ちたい所だが……」


 チェリナはどうするんだと聞く前に、彼女は答えた。


「ならば、明日中に引継ぎの人間を見つけますので、テッサからの本隊が到着するまで、お待ちいただく形で良いでしょうか?」

「私どもはかまいませんよ。もしかしたらその方たちの到着前にシフトルームが完成してしまうかもしれませんが」

「それは……」

「いえいえ。嫌味では無いのですよ。こちらは全く問題ありません。予定はチェリナ様に合わせられるという事です」

「ご配慮有り難く思います」

「チェリナ。代理の人間ってそう簡単には見つからないだろ?」

「それなのですが、一つ当てがあります。それでは今日は失礼しますが、明日以降はどこに行けば良いでしょうか?」

「シフトルームの設置場所に来ていただければ、私たちはおります」

「わかりました。可能であれば明日中にお伺いします」

「心得ました」


 そんな感じで城の外に出ると、昨日と同じく夕暮れ時になっていた。


「当てってのは?」

「ヴェリエーロの商隊の一つがこの時期は滞在しているはずなのです。商隊長は知っている人間ですので、彼に残ってもらいましょう」

「ああ、なるほど」

「小麦はちょうど収穫期に入るところですから、それらの買い付けを終えるまでは滞在しているはずです。馬車宿街で聞き込みしてみましょう」

「わかった。場所はわかるか?」

「うろ覚えですね。その辺で聞いていきましょう」


 大通りに出て、馬車宿街を聞いて、そちらに向かう途中の路地裏の事だった。


「うぉぉぉぉおおお! まちやがれぇ!!」


 見るからにコソドロといった風体の男が、カバンを抱きしめてこちらにかけてきた。

 そして、なかなか派手なおっさんが、そのコソドロを追って走っていた。

 どう見てもスリかひったくりだろう。


「てめぇ! どけ!」


 コソドロが俺に向かって叫んだ。

 ああなるほど。俺は狭い路地裏の真ん中に突っ立ってるからな。 


 俺は壁沿いに避けるフリをして……足を引っかけてやった。

 波動全開で固定したから、コソドロからしたらコンクリの壁にスネを思いっきり叩きつけたようなもんだろう。


「ごばらぁあああああ!?」


 自らの勢いで10回ほど地面を転がり、弁慶を押さえて動かなくなった。

 痛すぎて声も出ないのだろう。


 派手な緑の服と、それに合わせた緑の羽根帽子を纏った、派手はおっさんが荷物を取り返すと、コソドロに蹴りを一発。

 その後、俺に向かって振り向いた。


「助かったぞ兄弟!」


 お前みたいな兄を持った覚えはねぇよ。

 面倒くさい事にその緑のおっさんは俺に抱きついてきた。

 やめてくれ……。


 トラブルの匂いしかしねぇよ、まったく……。



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― 新着の感想 ―
[一言] 急にトントン拍子で話が進み出しましね
[一言] 派手はおっさんが荷物を取り返すと、 →派手なおっさんが荷物を取り返すと、
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