第7話「自由人と黄昏時」
「——というわけで、いずれそちらの総本山って場所に行くつもりなんだ。それでいいか?」
妖艶な妙齢美女が神官服を着ると、清楚なはずの神官服が妙にエロく感じるな。
まてチェリナ。冷たい視線を向けるな。あくまで一般的な感想だ。
「はい。そうしていただけると大変に助かります」
本当は聖印を渡してしまおうとも思ったのだが、どうせ前二つと同じ結果になるだろうと、いずれお邪魔する旨だけを伝えた。
「当方、いつでも使徒様を歓迎いたしますので、お気軽にお越しくださいまし」
「あ、ああ。助かるよ」
なんかキャバクラで指名してくれって言われてる感覚があるのはなんでだ。
無駄に痛いチェリナの視線を受けつつ、ようやく開放されると、外で大きく空気を吸い込んだ。
「なんだか、妙に疲れたぜ」
「トラブルにならなくて良かったですね」
「お前は俺の事をなんだと思ってるんだ」
「……トラブルメーカー……ですか?」
「否定は出来ないな」
決して俺が喜んで問題を引き起こしているわけじゃないからな!
無意識に取り出していたタバコを肺の中に目一杯吸い込むと、少しだけ落ち着いた気分になれた。
ただのニコチン中毒だなこりゃ。
紫煙をため息と共に吐き出すと、世の中の大抵のことは解決した気分に浸れる。
「現実逃避も良いところだな。さて宿に戻るか」
「そうしましょう。活動一日目から信じられない密度でしたし」
「確かにてんこ盛りだったな」
しつこい商会長に追い回され、三大神全ての教会にお邪魔して、そこの最高責任者に謁見したのだ。
謁見多すぎだろ。
「……そんで明日は国王陛下と謁見か。げんなりだな」
「普通は喜ぶべきところなのでは……」
「チェリナの仕事の件が無かったら、会いたいとも思わんね。……ん? もしかして謁見はチェリナだけか?」
「いえ、わたくしとアキラ様の二人ですよ。アイガス教の方が気を利かせてくれました」
「まぁ一人で謁見とか疲れるわな」
なぜかチェリナとユーティスが苦笑し、ファフがくぐもった笑いを零した。
解せぬ。
いつの間にやら夕方で、湖沿いに作られた水と緑の都は、この国の象徴である小麦のように黄金に輝いていた。
山と湖の国レイクレル……だったか。
なるほど美しい国だな。
電気の明かりのない夕闇に、夕餉の準備だろうか、幾筋もの煙が夜空に昇っていく。
どこかノスタルジックを思い起こさせる風景だった。
「……悪くないな」
「そうですね。やはり食糧が潤沢であることと、国の豊かさは直結するのでしょう」
「来る途中も広大な小麦畑があったな」
「ええ。この国はすでにこの大陸有数の食料庫ですよ」
「まぁ納得だな」
観光と考えたら最高のロケーションだな。
「ククク……。可愛いおなごを三人も侍らしておるしの」
「心を読むなよ……」
顔に出てたかね?
あとそこに自分を含めるのは凄いな。
なんとなく和んだところで、宿に戻るとアッガイが待ち構えていた。
おうのう。
「いやいや、君はいったい何者なんだい? 三大神全ての教会に呼ばれるとは。貴族……だったら私が知らないはずがないしなぁ。まぁいい。とりあえず掛けたまえ」
「遠慮しておくぜ」
「ではこちらに……なに?」
「何度も言ったが、馬車を売る気も、商売する気もない」
「なんだって? 私はあのアラバント商会のレイクレル支店長だぞ?」
「らしいな」
「アキラは商人じゃないのかい?」
「旅の商人……ではあるな」
最近どうもバイオレンス寄りの事件が多かったが、どうせなら慎ましく商売でもして、街の隅で生きたい。
本当に、毎日飯が食べられるだけ稼げればいいんだ。
……そう思ってたはずなんだけどな。
俺はチラリとチェリナに視線を移した。
紅い髪、端正な顔立ち、この時代の人間とは思えない程なめらかな肌、グラビアモデルもびっくりなスタイル。
大人になってから、初めて欲を持っちまったかもしれないな。
……そうだな。
少しは生き方を変えても良いかもしれないな。
「あー、アッガイさん。俺はこの街でやることがあって、それが終わったらすぐに旅立つ予定なんだ」
「そうか、予定があったのか」
「ああ。その用事にしばらくあちらこちらと飛び回る予定だが、そうだな。またこの街に寄った時、改めて話をさせてもらうっていうのじゃダメか?」
誤魔化したわけでは無く、本気で言った。
そうだ。大陸イチの商会と懇意になれる機会を手放すことも無い。
一人きりで生きるのであれば、ちょいと大きすぎて手にしたくない物だったろう。
チェリナが少し驚いたようにこちらを見ていた。
「ふーむ。この街にいる間に少しでも商談出来ないものかね?」
「あの馬車は移動に必要なんだ。だから商談の対象にならないし、他の商品と言っても、今はほとんど手持ちがないんだ」
「なるほど……それならばいたしかたなしか……」
「ああ。声を掛けてくれたことはありがたく思っているよ。何か良い商品を手に入れたら、改めてアラバント商会を訪れさせてもらうよ」
「そうか……そういう事情であれば諦めるしか無い。ふむ。ではこれを渡しておこう」
手渡されたのは、木製の割り符だった。
「これは?」
「アラバント商会のレイクレル本店を訪れて、私がいなかった時の保険だ。残念ながら招かれざる客が名指しでやって来ることが多くてね。私の客である証明だと思ってくれたまえ」
「なるほど。……ならこちらも」
俺はポケット経由で、コンテナから聖印を取り出し、手渡した。
「木彫りの彫刻かね?」
「それは商売の神の印だ」
今度こそ、チェリナが俺を凝視した。
ファフも面白そうにくぐもった笑いを漏らしている。
ユーティスは二人の態度にキョトンとしていた。
今まで聖印を大量にばらまいていたが……商売の神の印と明言したのはこれが初めてだったからだ。
いつもは適当に誤魔化して配っていたのだ。
「ほう? 地方の神かね?」
「ま、そんなもんだ」
「商売の神とは縁起が良い。ありがたく頂こう。それでは遠く無い未来に再会できるよう祈っているよ」
「ああ。またな」
アッガイと握手を交わすと、彼はその場を立ち去った。
なるほど、無下にするより、取り込んだ方が楽なタイプだったのか。
「アキラ様?」
「なんだチェリナ」
「いえ、あの聖印を神のみしるしとして扱うことを嫌がっていたように思えたので」
「ああ……。まぁ流石に三大神全部にある程度事情が知れたしな。それに、チェリナとしては……ヴェリエーロ商会としては繋ぎを取っておきたい商会だろ?」
「え、ええ。それはもう。……わたくしの為に?」
「まぁ……そうかな」
「そう、ですか」
う……そこで妙に色気のある笑みを向けないでください。ちょっと母親に似てきて無いか?
「ふぐぅ……」
突然入り口から聞こえてきた謎の奇声は、エルフの娘ラライラのものだった。
「ううう……わかってるけどさ……わかってるけどさ……」
「お帰りなさい、ラライラさん。あんまりいじめないでくださいな」
「ううう……当人は余裕だよね……」
なんだか最近二人の会話を聞きたくないんだが。
「あー、それで用事は終わったのか?」
「うん。お墓参りもしたし、大学にも寄って来れたよ」
「それは良かった」
「ラライラ、エルフの誇り」
「大げさだよ……」
言葉の割りにまんざらでもなさそうだな。
「がははははは! こいつが美味い飯と酒を喰わせる商人よ!」
さらに騒がしいのが帰ってきたぞおい。
鍛冶仲間なのか、大量のドワーフと筋肉ダルマを連れてきやがった。
「おうアキラ! 酒じゃ! 例の美味い酒と、あととんかつじゃ!」
「……金はそいつらから出るんだろうな?」
「ぐわははは! 賭けておるから! 今までで一番美味い飯と酒だったらこいつらの奢りよ!」
「それ、負けたらどうするんだよ」
「大丈夫じゃ! はよ作れぃ!」
「へいへい……」
俺は宿の主に、台所を借りると、次々ととんかつを揚げていった。
気がついたらとんかつパーティーになっていた。
……うん。
やっぱり欲が出てるな。
俺はこの騒がしい空気を、無くしたくないと、思うようになっていた。