第1話「自由人と新たな冒険」
第四章開始!
セビテスを出て2ヶ月が過ぎた。
なんでそんなに時間がかかったかというと、距離があったというのもそうだが、行く先々でトラブルがあったからだ。
いつものことだな。うん。
「あれがマズル湖か……。海じゃ無いよな?」
「間違い無く湖ですよ。飲んでみたらわかりますよ」
「流石に煮沸してない水は怖いが……うん、確かに淡水だな」
目の前に広がる光景は圧巻だった。
どこまでも広がる凪いだ水面が、太陽光を反射し輝きの粒を放つ。瞳が痛くなる程だ。
浮かぶ小舟が投網で漁をしている。
さらにここに来るまでに、風景も一変していた。
途中渡った大河を境に、木々と緑が増え、中東的な建築様式から、ヨーロッパ的な街並みへと変化していた。
特にレイクレルに近づくにつれ、広大な農地が出現し、マズル湖沿いには黄金に実った小麦が地平線の先まで広がっていた。
「羨ましい限りです。もっともテッサは今、キャッサバとトウモロコシの増産に励んでいますけれどね」
「上手くいってるのか?」
「ヤラライ様に育て方を教わりましたからね。土地に合った育ちをしていますよ」
「それは良かった」
金色の草原とまではいかないだろうが、緑の大地に変貌する事を祈るしかない。
そして顔を上げた先に見えるのは、湖沿いに建てられた巨大な城である。
まだ距離があるので、米粒程度の大きさであるが、ここからでもその規模が想像出来るというものだ。
「今までの城とは規模が違うな」
「ええ。ミダル山脈より西の国家としては、間違い無く最大ですからね。面積だけでいえば、エルフの緑園之庭が大きいのですが、国家と言うには少し語弊がありますから」
「ああ、なんか広大な森に住んでるんだっけ」
「そうらしいです」
ラライラにも聞いたので、その辺は間違いがないだろう。
レイクレルでの用事が終わったら、その森に行って、ヤラライの奥さんに会わせてやらないとな。
予定より遅くなったが、それでも徒歩の旅よりは随分速かったらしい。
ふと横を見ると、グリフォンのクックルが嬉しそうに水浴びをしていた。
でかい図体だが、割と若いグリフォンらしい。
今は鞍も外されていて、とても楽しそうだ。
そこに角娘のファフが近づいていくと、クックルがビクリと身を震わせて、動きを止める。
ファフがニヤリと笑ってその場を去ると、クックルは安堵したように緊張を解いた。
「……動物にはファフの強さがわかるのかね?」
「本当にあの方はそんなに強いのですか?」
「ヤラライとハッグを二人相手に手玉に取るんだぞ。ちょっと洒落にならん」
「ちょっと信じられませんね」
「気持ちはわかる」
基本的にファフは戦いに参加しないからな。
俺だって三人の争いを見てなかったら、いまだに信じられないだろう。
「レイクレルには、エルフの植物知識が流れ込んでいて、農業が急速に発展していると聞きました。実際小麦の生産は毎年倍増しているらしく、この大陸の食料庫となっているようですね。その関係から、各国へのシフトルームの設置が早まったとも言われています」
「なるほどな。それでシフトルームの利便性に、各国が気付いたわけだ」
「はい。現在では小麦などの運搬に限り、利用料も下がっていると噂に聞きました」
「他の国の食料事情はどうなっているんだ?」
「もちろんどの国でも、小麦などは育てていますが、レイクレル産は安くて高品質ですからね。広まるのは当たり前かと。昔は重税を課して流入を防いでいたようですが、どの国も人口が増えていく傾向にありますので」
「農家の保護と天秤に掛けるってのは、難しいんだろうな」
なんでもかんでも輸入すればいいわけでも無いが、住民からしたら、安くて美味いもんが手に入るのは嬉しい事なんだよな。
日本でも様々な保護政策があるが、きっとどれも難しい問題なのだろう。
「さて、休憩はこのくらいにして、そろそろ行くか」
「そうしましょう。……クックル!」
グリフォンが顔を起こして、チェリナに近寄ってくる。
「慣れてるな」
「良い子ですよ。さあ、鞍と、旗を付けましょう」
クックルはひと鳴きすると、大人しく、鞍を付けられていた。
「その旗はなんなんだ?」
「これは、野生ではなく、飼っていることを示すものですね。飼い主の印でもあります」
「ああ、なるほどな」
普通に害獣がうろつく世界だからな。
ちゃんとしておかないと退治されちまうのか。
クックルがチェリナに擦り寄って、乗れ乗れと催促している。
どうもこいつはチェリナに乗ってもらうのが嬉しいようなのだ。
「はいはい。それでは行きましょうか」
チェリナがひらりと鞍にまたがると、出発の合図だ。
ハッグが運転席に乗り込んでいたので、俺は助手席に座る。
助手席にはラライラも座っていた。
「アキラさんって、チェリナさんと仲いいよね」
「ん? ああ……まぁこっちの世界に来てから長いしな」
「えっと……今までずっと聞かなかったんだけど……」
「ん?」
「その……二人って……その……あの……」
「あー、まぁそうだな。うん」
「そうなんだ……ふぐぅ……」
最後のなに?
うーん。この2ヶ月、そんなあからさまだったか?
自らの行いを思い返すが、人前でくっついてた覚えはないんだがな。
まぁ、人前ではあんまりくっつかない方がいいな。
そんなにあからさまな態度は取ってないと思うのだが、注意しよう。
たまに夜こっそり二人になってた程度だよな?
大人だからな。あからさまに子供の前で変な事はしてないぞ?
……いや、ラライラは俺より年上か。
あんまりそんな感じはしないが。
◆
貿易が盛んな都市だけあって、街道はとても広く整備されていた。
そういえば、途中の川では沢山の水車があったな。
きっと粉挽きの為の物だったのだろう。
大型小型を問わず、どの馬車も、小麦をぱんぱんに詰めた麻袋で一杯だった。
ちょうど収穫の時期なのだろう。
そんな馬車を横目に疾走する俺たちのキャンピングカーと、その頭上を飛んで付いてくるグリフォン。
相変わらず目立つな。今更だが。
街道は混雑していたが、幸いかなり幅があるおかげで、抜いていくのは簡単だった。
とはいえ、流石に町に入るには列になっているな。
「しまったな。途中で車を仕舞って、徒歩ではいるんだったぜ」
「今からそうするか?」
ハッグがハンドルをちょんちょんと突く。
「ここまで来たら、逆に目立ちそうだな……」
「たしかにここで、街道から外れた方に走り出したら、衛兵に余計な疑心をあたえかねんのぅ」
「今はカーゴトレーラーを仕舞ってあるからな。入っちまえばそこまで時間は取られないだろ」
「うん。それに、列自体は結構進んでるよ」
その時、ドンと車が揺れた。
恐らくクックルが車の上に降りてきたのだろう。
「ううう……何度乗っても慣れません……」
顔を青くしたチェリナが助手席に無理矢理乗り込んできた。
「水飲め」
「はい……んぐんぐ」
「チェリナさん、狭いよ……後ろに乗ればいいのに」
ラライラがぼそりと呟いたが、チェリナには聞こえなかったようだ。
ベースがアメ車仕様じゃなかったら、とても乗れなかったな。
「いっそ、普段は車に乗ったらどうだ?」
「こっちでも酔いますし、クックルのあの目で見られると……」
「ああ……」
うん。あの無邪気な目を見ちゃったらな。
「ま、まぁそのうち慣れるだろ」
「そう願いたい物ですね」
水を飲んで少し落ち着いたようだ。
「アキラ、番が来たぞい」
「おう」
キャンピングカーを降りると、顔を歪めた衛兵と、役人が車を見上げていた。
「なんだこれは……」
「馬がいないのに動いたぞ?」
この反応もだいぶ慣れたな。
「えっとですね、これは西の果てで発掘されたアーティファクトですよ」
「アーティファクトだと? この時代にまだ出てくるのか」
「運が良かったんですよ」
「トレジャーハンターなのか?」
「いえ、旅の商人ですよ」
「商人ねぇ……まぁいい。積み荷はなんだ?」
「今はありません。人を送り届けに来たんですよ。折角ですから小麦でも仕入れられればとは思っていますが」
「上に乗っているグリフォンは?」
「その届け人の所有しているものですよ」
「なんでグリフォンがいるのに、わざわざ馬車で?」
「この馬車は特別製で、かなり速度がでますからね」
「ふむ……まあいい、中を改めさせてもらうぞ」
「どうぞ」
その後、税金を払って、町中に入ろうとした時だった。
「君ぃいいいいいい! その馬車! 売ってくれたまえぇええええええええ!!!」
見るからに良い仕立ての服を纏った、20代ほどの男性が、俺にへばりついてきた。
何だこいつ。
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