第52話「でこぼこファミリーと最後の祭り」
マラソンランナー体質の、服飾ギルド所属のユーティスが慌てて立ち上がった。
なんで彼女が一緒に来たがるんだ?
「実は、ギルドでレイクレルへ人を出す用事がありまして、現在その人選中なのです」
「へえ。いや待て、もともとユーティスは西に用事があったんじゃ無かったのか?」
たしか西に向かう途中、ゴブリンに襲われている所を助けたはずなんだが。
「そちらの用事は、他の方の担当になりましたので」
「ああ、なるほど」
「私はまだ何もアキラさんたちへお返し出来ていません! せめて一緒に行くことで何か一つでもお返し出来たらと!」
「前も言ったが、恩に着せるつもりなんてねーよ」
俺の言葉にヤラライも頷いた。
「そうですね……それでは、レイクレルまで一緒に行っていただけたら、とても安全です。これほどお強い方が揃っているのですから」
ユーティスが順に目をやったのは、俺、ヤラライ、ハッグ、そしてグリフォンのクックルだ。
なるほど。護衛と考えたら最強だな。
根本的にハッグかヤラライだけで事足りるレベルだ。
「それにこの不思議な馬車であれば、きっとレイクレルまでの旅路もあっと言う間でしょう」
「そりゃそうだな」
「もちろん! 乗車賃もお支払いしますし、可能な限りやれるお手伝いもいたしますから!」
懇願してくるユーティス。
断る理由は……あまりないんだよな。
「俺は良いんだが、どうする?」
ヤラライは問題無いと小さく頷き、ハッグも「好きにせい」と興味なさげだ。
ラライラはしばし黙考したあと「ユーティスさんなら一緒にいて楽しいからいいよ」と答えた。
「わたくしは、意見を言える立場では無いような気もしますが」
「何言ってんだ。これから一緒に旅する仲間だろう? 遠慮するなよ」
「ならば、アキラ様にお任せしますわ」
「一任かよ……」
まぁ合流したてだからしゃーないか。
「ファフは?」
「ククク……ワレは構わんが……」
ファフは耳に口を寄せてきた。
「ククク……例の能力の事は話しておらんのじゃろ? その辺どうするのじゃ?」
「適当に誤魔化すさ。最悪は教える」
「ククク……ならばええ」
ファフはそのまま、何故かおれのあぐらの上に座った。
……重ぇよ。
「あの、アキラさん。依り代だった人たちはどうするの?」
「それなんだが……」
「ああ、それであれば、我がアデール商会が請け負う約束になっています」
「え? いつの間に?」
「アキラ様から内々に相談されていたのですよ。重要な記憶はハッキリしておりますし、商会の馬車でご自宅までお送りいたします」
「そうなんだ。良かった」
にぱーっと笑みを浮かべるラライラ。
本当に根の優しい娘だな。
「これで話合う事は全部か?」
「いつ出る予定じゃ?」
「旅の準備もあるだろう? そうだな、三日後でどうだ?」
「問題無い」
「よし、それでいこう。なにかあったら伸ばせば良いだけだからな。そうだ、みんなに小遣いを配っておこう」
「小遣い……ですか?」
チェリナが不思議そうに尋ねてきた。
「ああ、何故か全員の金を俺が管理する事になってな」
「だってボクたちは家族だから!」
「!?」
「ククク……ワレらの金を、全てアキラに預けたのよ」
「そっ! それならば! 私の分もお渡しします!」
「おいおい……」
「それとも! 彼女たちのお金は受け取れて! わたくしのお金は預かれないとでも!?」
「い……いや。うん。わかった。預かるぜ……」
有無を言わせない迫力に、俺は頷くしか無かった。
受け取った革袋はぎっしりと重く、仕舞うフリをしてコンテナに放り込むと139万2101円も入っていた。
残金308万7025円。
「取りあえず、全員に5万ずつ渡しておく、足りないようなら相談してくれ」
ヤラライ、ハッグ、ラライラ、ファフ、チェリナに5万ずつ配る。チェリナに渡すのはなんとなく違和感があるな。
残金283万7025円。
「んじゃ、みんな適当に準備して、車に積んでおいてくれ。チェリナとユーティスは、ラライラと相談して寝る場所を決めておいてくれよ」
「わかりました」
そうして俺たちは、この国を出る準備を始めた。
◆
「いやあ。残念だよ。アキラにはぜひこの国に残って欲しかった」
目の前にいるのは、チェリナをさらに上回る爆乳妖艶美女で、服飾ギルド長のフェリシア・モールレッドだ。
今日はチェリナも一緒にいる。
理由は簡単で、ミシン作成の条件として出した、ヴェリエーロ商会との特約を、この場で組んでしまうためだ。
もっともそちらの契約は既にすみ、お暇するところである。
「評価してもらえるのは嬉しいが、こっちにも色々と用事があるからな」
「それにしても噂のチェリナ女史と会えるとは思わなかったよ」
「ふふふ。こちらもです。母からフェリシア様の事はお伺いしておりました」
「ははは。碌な噂じゃないだろう!」
「有能な商人と聞いておりますよ」
「そういう事にしておこうか」
「ふふふ」
「ははは」
……なんか微妙におっかねぇよ。
詳しくは見ていないが、チェリナとフェリシアで、様々な契約書を交わした。チェリナはヴェリエーロ商会と懇意の商会を通して、本国にそれを送るらしい。
急ぎでは無いが、どうやらミシンのサンプルの発送だけ優先しているようだ。
流石チェリナである。ミシンを少し見ただけでその有用性に気付いたようだ。
これで安価な服が出回るのも、そう遠い話では無いだろう。
とにかく、後回しになるはずだった、ヴェリエーロ商会との契約が終わって良かったぜ。
その後もミシン工房や、アデール商会。
食堂など回り、引継ぎを終わらせてきた。ハッグも工房を回ってくれていたらしい。
そんな感じで二日間はあっと今に過ぎていった。
◆
さて、旅立ちの日だという朝、ギロとクラリがニコニコと笑顔でやって来た。
いつものように朝飯をたかりに来たのかと思ったのだが、逆だった。
「アキラ兄ちゃん! みんなも! 食堂に来てくれよ!」
「食堂? レストランか?」
「そうだよ! 早く!」
準備もそこそこに、全員で食堂に行くと、そこには沢山の人間が集まっていた。
「なんだこりゃ」
「アキラさんが来たぞ!」
「英雄のお出ましだ!」
「ご馳走を用意しました! 皆様沢山食べてください!」
元スラムの人間たちが集まって、どうやらお見送り会をやってくれるらしい。さすがに……驚いたぜ。
「ほほう。酒はあるんか?」
「もちろんですよ! ハッグさんどうぞ!」
「おいおい、朝っぱらから酒かよ」
「ふん。ドワーフにとって酒は水みたいなもんじゃわい!」
早速樽から酒をかっくらい始めるハッグ。
どうもミシン工房の奴らも集まっているらしく、歓声が上がった。
そうして済し崩し的に宴会が始まってしまったのだ。
「これは……」
チェリナが困惑気味に果実酒を受け取っていた。
「恩を売るつもりじゃなかったんだけどな」
「アキラ様は相変わらずですね」
「なに、成り行きだ」
ふと視線を移していたら、店の入り口に見慣れた顔を見つけた。
「よう、クードにストッドじゃねぇか」
「おっ! お前!」
「こ、こんにちは」
シマウマの下っ端少年二人組だ。
だがもうシマウマは崩壊したんだったな。
「そんなところで何やってんだ?」
「べっ! 別に何もしてねぇよ!」
「その……僕たちお腹減ってて……良い匂いがしたから……」
「なに正直に言ってんだお前は!」
なるほど……。
「いいから入ってこい。何でも喰え」
「そっ……!」
「いいの?」
「腹減ってんだろ? 好きに食えよ。ほら、コロッケもあるぞ?」
コロッケ。
すっかりセビテスの名物料理になってしまった、芋料理である。
「コロッケ!? あの高級料理か!?」
「別に高級ってほどでは無いけど……そうか」
これを高級って位置づけするほど困窮してるのか。
「まぁとにかく喰え!」
「う……」
「い、いただきます……お、美味しい! 美味いよ! 兄貴!」
「う……くそっ! 喰ってやる!」
かっ込むように次々と平らげていく二人。
「美味いか?」
「あ……ああ……ま、まぁまぁだな……」
「俺、こんなうまいもん喰ったことねぇよ……」
「よし、お前ら、今日から自治会に入れ」
「へ?」
「は?」
「おう! デパスさん! 今日からこいつらも頼む」
「……相変わらずむちゃばっかり押しつけてくるな、あんたは」
「西スラムはもう消えるだろ? このまま東スラムも頼むぜ」
「あっちは……」
「大丈夫だ。大半のマフィア組織は潰れてる」
「はぁ。その理由を聞くのが怖い」
「聞かなくても問題無いだろ?」
「わかったわかった。何とかする」
「頼むぜ」
これで東スラムも徐々に良くなっていくことだろう。
「おっ! おい! 俺たちはまだその変な組織に入るなんて……!」
「入会特典は、雑魚寝部屋だが家と職だぞ?」
「なっ!?」
「なぁデパスさん、まだまだ人は足りないんだろ?」
「ああ、流石にもう服飾系には紹介出来んが、露店の手伝いなど、仕事はいくらでもある」
「良かったな。仕事あるらしいぜ?」
「ま……マジか?」
「自治会に入ればな」
「兄貴……」
「ぐ……わっわかった! 入ってやる! だが感謝なんてしねぇんだからな!?」
「いらねーよ。しっかり働けよ!」
「うるせぇ!」
俺は軽く手を振って、その場を離れた。
「今のは?」
「こないだ潰したシマウマの末端だよ。あんなのがまだまだいるんだろうな」
「スラムの撲滅というのは、どの国でも大きな問題になっています。このような解決案があるとは……」
「まぁ今回は、ミシンっていうでっかい餌があったからな」
「職を与える事が、これほど効果があるとは思いませんでした」
「公共事業ってな、橋とか作ってそういう連中に仕事を与えたりするんだよ」
「なるほど。良い事を聞きました」
「これで少しは良くなるといいんだがな」
「なると思いますよ。この辺りも元々スラムだったそうですが、とてもそうは思えませんし」
「だといいな」
俺は集まってきた住民に、進められるがまま酒をあおった。
「ぬしゃあ、ワシらドワーフ並みに酒を飲むのぅ」
「上司の飲み会で、散々一気とかさせられたからな」
「ふん。良くない飲み方じゃな」
「急性アルコール中毒で死ななくて良かったぜ」
「どうもお主の人生は紙一重じゃな。平和な世界ではなかったんかい」
「俺以外はな」
俺はため息交じりに肩をすくめた。
こうして。
俺たちは大勢の人間に見送られて、セビテスを旅立った。
……そういえば、ユーティスにレイクレルに向かっている事は話してたっけか?
ありがとうございました!
これで第3章は終わりです!
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