第47話「でこぼこファミリーと全員集合」
遅くなりました
「チェリナ……」
俺は夢でも見ているのか?
月明かりに浮かぶ、翼を持った獣にまたがっているのは、確かによく知った紅髪の女性であった。
グリフォンと呼ばれる、空飛ぶ獣がゆっくりと地面に着地をすると、その月光を反射する美しい髪を翻して、チェリナ・ヴェリエーロは獣の背から降り立った。
俺は自然と、彼女に近づいていく。
そして。
「うう……気持ち悪いですわ……」
チェリナは近くの幹によりかかり、嗚咽した。
……。
台無しだった。
「まったく……どうしてこうも乗心地が悪いのでしょう……ううう……色々、台無しですわ……」
それは俺のセリフだと言いたかったが、現状それどころでは無い事を思い出す。
一瞬でも大事な事を忘れていた自分を蹴飛ばしたい。
「チェリナ、お前どうして」
「うう……詳しい説明は後にしましょう。その様子ではヤラライ様の娘という方は見つかっていないようですね?」
「あ、ああ……。この辺りに連れられてきたのは間違い無さそうなんだが、見ての通りの惨状だ」
俺は死体が転がるその一体を目で示す。
「ゴブリンっていう害獣に、ラライラ……ヤラライの娘が連れ去られた可能性が高い」
「なるほど……それではわたくしとアキラ様は空から、ハッグ様とヤラライ様は地上を探しましょう」
「頼む」
「了解じゃ」
「ただしアキラ様、乗心地は……最悪ですよ?」
「わかった」
「二人乗りは長時間は無理です。……もう少し頑張って下さいねクックル」
チェリナがグリフォンの首筋を撫でると、クケーと大きく鳴いた。
「さあアキラ様、お乗り下さい!」
「あ、ああ」
まだ何か、こう、頭の整理が追っ着かないが、今はとにかくラライラの救出が先だった。
グリフォンの背には、大きな鞍があり、俺はチェリナの前に座らされた。
「いきますわ」
チェリナが手綱を一振りすると、グリフォンが大きく羽根を広げ、ばっさばさと垂直に飛びたった。
「うをっ!?」
上昇しつつも、羽根の羽ばたきに合わせて、大きく上下するグリフォン。
一瞬でこの乗心地が最悪なものと理解する。
「……そうか、波動!」
俺は螺旋の波動を纏うと、大分マシになった。
「アキラ様……その波動は、この短い間になにがあったのですか?」
「ん? ああ、まぁ実戦経験……か?」
チェリナ自身も波動の使い手だ。俺の波動が一緒にいた時と比較にならないほど洗練されているのに気付いたのだろう。
それにしても、グリフォンの乗心地は最悪だった。
空を飛べる動物がいるのに、あまり見なかったのは、繁殖の問題より、乗り手の問題なのでは無かろうか?
「まず、辺りを旋回しますが……闇が深いので、わたくしにはあまり良くわかりません」
「わかった。任せろ」
俺は螺旋竜槍グングニールに使っていた、照明を一度消し、もう一度カードで明かりを灯す。
イメージは強力なサーチライト。
ドリルの穂先から、強烈な光の柱が、森の一部をクッキリと浮かび上がらせる。
「チェリナ! さっきの死体はまだ新しかった! 広場を中心に旋回してくれ!」
「わかりましたわ! クックル!」
グリフォンは大きくクケーと答え、ゆっくりと暗闇の森を旋回し始めた。
聞きたい事は沢山あったし、話したいことも沢山あるような気がする。
だが、今優先すべきは、ラライラだ。
全ての感情を横に置き、俺は漆黒の森に光を当てて、何一つ見落とさないように、波動による暗視と聴力強化を駆使して、気配を探った。
「……あそこ!」
「どこですか!?」
俺の指す方向、光の柱が浮かび上がらせたのは10匹ほどのゴブリンの一団だった。
そして奴らが担いでいるもの、全身縛り上げられ、猿ぐつわまでされた、美しきエルフの娘であった。
「行きます!」
「速度は落とすな! このまま!」
「はい!」
手綱を一閃。グリフォンがぐんと速度を上げた。
強烈な明かりに照らされたゴブリンどもは、当然こちらに気付き、慌てて騒ぎ出した。が。
「遅い!」
俺はまだ大木よりも高い位置から、躊躇無く飛び降りた。
波動を信じろ!
「アキラ様!?」
「うをおおおおお!!」
凄まじい速度で落下する途中、コンテナから、光剣の空理具を取り出し、ラライラから離れていた奴らに、光の剣を浴びせかけた。
マシンガンをイメージした、その光の弾丸で、7匹ほどが一瞬ではじけ飛んだ。
「んんーーー!!!!」
身体を激しく振って、俺を見やるラライラを確認。
良かったぜ。生きてる!
着地と同時に、ラライラを担ぐ残りの3匹に接近。
驚愕の表情で吠えるゴブリンどもから、片手でラライラを取り戻し、抱きかかえた。
「大丈夫か!?」
「んんーー! んんんーーー!!」
見た感じでは怪我は無い。俺はラライラを抱えたまま、螺旋竜槍グングニールをひと薙ぎ。
高速回転するドリルで、その3匹はバラバラに吹き飛んだ。
辺りを確認。
別の敵はいないようだ。
すぐにラライラの拘束を解くと、彼女は俺に抱きついてきた。
「あ……アキラさん! アキラさん! アキラさーん!!」
泣きながら抱きついてくる彼女の背中を、俺は優しくさすってやった。
「もう大丈夫だ」
「うわあーん! 怖かったよぅ! 死んじゃうかと思ったよぉ!!」
緊張の糸がほどけたのか、ラライラは外聞も気にせず、大声で泣きわめいた。
「ラライラ!」
「ぬ! おお、アキラ間に合ったか」
「ククク……」
一拍遅れて、ヤラライ、ハッグ、ファフの三人も姿を見せた。
バサリと、グリフォンも降り立つ。
その背から、チェリナも飛び降りて、こちらを見た。
……ジト目だった。
ん?
「チェリナ。お前のおかげで……」
「アキラ様。これはどういう事でしょうか?」
「え? だからラライラが攫われて、ゴブリンに捕まって……」
「そういう事を聞いているのではありません」
「あー、えっと、……え?」
「ククク……」
きつく抱きつきながら泣きじゃくるラライラと、なぜか冷めた目で俺を見下ろすチェリナ。
久々の再会にしては……なんか変じゃね?
「ククク……修羅場よのぅ」
「アキラ。感謝」
「まったく……ヒューマンというやつは……」
えーと。
どうすりゃええの?
ラライラが落ち着くまで、理不尽な針のむしろに座らされ続けるのであった。
解せぬ……。
◆
「そうですか。貴女がヤラライ様の娘なのですね」
「はい! この度はボクを……私を助けていただきありがとうございました!」
「いえ。気にしないでくださいな」
俺たちは、ゴブリンに襲われた一団の死体を一通り調べた後、森を出て、キャンピングカーで休んでいた。
残念ながら、死体からわかった情報は無い。
夜も遅いので、今日はこのままここで一泊することにする。
外では俺が出した生の豚肉を、グリフォンのクックルが美味そうにがっついているはずだ。
チェリナと同じく、ラライラの恩人だからな。
ロース豚肉を600gほどお礼しておいた。1560円なり。
残金391万4214円。
「それではアキラ様、色々と説明してもらいましょうか?」
「こっちもツッコミ所満載なんだけどな」
「何か言いまして?」
「なんでもねぇ」
なぜだ……素直に再会を喜べないのは。
俺の隣に座るラライラと、俺に対して、交互に冷たい視線を飛ばしてくるチェリナに、何も言えそうに無かった。
2巻発売中です。
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