第46話「でこぼこファミリーと月光の再会」
道案内として紹介された人物は、全身ローブの男で、見た瞬間に思い出した。
ヤラライと東スラムを訪れたときに見た、デジオンの三下だ。
なるほど、話の人材斡旋業者とやらとは、ずっと懇意なのだろう。
男は無言で歩き出したので、合流したハッグ、ヤラライ、ファフと一緒に後に続く。
小走りの男の遅さがじれったい。
やはりと言うべきか、東スラムに足を向けたローブ男。
バラックや古い建物の並ぶ一角、迷路の様な裏道を抜け、これまた古い建物に案内された。
ローブ男が、視線でここだと訴える。
「開けさせろ」
俺たちは少し下がって隠れる。
ローブ男は、小さくため息を吐いた後、崩れそうな扉に、妙なリズムでノックを繰り返した。
しばらくすると、その扉がわずかに開かれ、隙間から視線だけを覗かせた。
「ヤラライ」
「おう」
俺が頼むなり、瞬間移動でもしたのではないかという速度で、ヤラライがその扉を蹴り開けていた。
俺たちも続けて雪崩れ込む。
サンデルの体面など知ったことか!
中にいた全員を一瞬で押さえつける。
ヤラライとハッグの手際が良すぎるが、悲しいことに俺の手際もかなり良かっただろう。
中には五人の男がいたのだが、その一人を踏みつけ、螺旋竜槍グングニールの穂先を突きつける。
「おい、ラライラ……エルフの娘はどこだ?」
「てめぇら……!」
「裏は取れてるんだよ。余計な事は聞きたくない」
嘘だけどな。
「しらねぇな!」
「だから誤魔化しは良いんだよ。悪いが今の俺は相当どたまに来てる。腕の一本や二本、いただくぞ?」
「へっ! そんな脅しには……ぎゃああああああ!」
俺は波動を乗せたドリルを、回転はさせずに、男の腕に突き立てた。
骨が砕けたのは確実だろう。
命を奪う気は無いが、悪党だ。この程度は自業自得だ。
俺はその男を壁に蹴飛ばして意識を奪うと、ヤラライが押さえていた別の男に近づいた。
「エルフの娘はどこだ?」
「……っく! てめえら! そうか! あのエルフのツレか!」
はい。確定。
これで遠慮する理由は無くなったな。してねぇけど。
「素直に吐けよ。最悪、情報源なんて、一人でも困らねぇんだぜ?」
「お! 俺たちは真っ当な人材斡旋業者で……ぐぎゃああああああ!」
左足の弁慶に思いっきり、ドリルを突き立ててやった。複雑骨折だな。白い砕けた骨が、皮膚を突き破っていた。
感情が、どす黒くなりすぎないよう注意しつつも、同情の余地は無かった。
今度はハッグが押さえている男に、ドリルを向けた。
「そろそろ喋ってくんねぇかな?」
「お……俺たちは、合法的に、仕入れた商品を売って……紹介してるだけだ」
「俺たち、商品、違う」
ヤラライの殺気が部屋を満たす。
殴っても良いぞ。
だがその前に。
「なら、その仕入れ先を教えてもらおうか?」
「……」
「そのまま無言を通すなら、そこのエルフが暴走するぞ?」
「ぐ……、エルフはもう……仕入れた後だ……」
ざわり。ヤラライの殺気が膨張する。
ちょっとだけ押さえてくれ。こいつは情報を吐きそうだ。
「仕入れた後ね……。それで、エルフはどうした? まさかもうサンデルに売ったのか?」
「……違う。今回の客は……」
そこで男は言い淀む。だが、ドリルの先端が額に当たると、憎し気に吐き出した。
「客は、<新月を駈けるシマウマ>だ……」
◆
俺たちは夜の荒野を、キャンピングカーで疾走していた。
向かっているのはリベリ河の上流にあるという、漆黒の森だ。
こんな荒野に森と聞いて、変に思うかもしれないが、セビテスより東は、急激に植生が変わるらしい。
リベリ河沿いに広がる、広大な森。植生が深く、昼でも暗い事から、漆黒の森と呼ばれ恐れられているらしい。
フォレストウルフという、厄介な動物が多数生息しているらしく、普段足を踏み入れる人間は少ないそうだ。
そんな場所での取引。まったく厄介な事だ。
その森は、確かに漆黒の森と呼ばれておかしくない雰囲気をしていた。
荒野が唐突に途切れ、大木の集合体になっている風景は、恐ろしくもある。
森と荒野の境目に、車を止めると、ヤラライが飛び降りた。
「……ここ、人が、大勢最近通った、跡」
「良くわかるな」
「俺、精霊に頼らない、追跡術、持ってる」
ヤラライすげぇ。いつも以上に頼もしく見えるぜ。
俺はキャンピングカーをコンテナに仕舞うと、すでに歩き出したヤラライについていった。
森は深く、夜という事もあり、真っ暗だった。
ゴブリンハザードの時に教わった、暗視能力が上がる波動を纏うも、さすがにほとんど焼け石に水だった。
さすがに、これだけ障害物があったら役に立たない。
「……俺にこの闇を歩くのは無理だ。すまんが明かりを出すぞ」
「敵、近づいたら、教える」
「頼む」
照明の空理カードで、ドリル部分を光らせる。光量は足下が判別出来るギリギリだ。
空理カードは、ハッグが改良した空理具だ。
わずかでも明かりがあれば、あとは暗視強化で補えるというものだ。
暗闇の森の中をひたすらに進む。
よく迷わず進めるものだと感心してしまう。
一時間ほど進んだだろうか、ヤラライが明かりを消すように指示してきた。
「……変じゃな」
「変、だ」
ハッグとヤラライが眉を顰める(気配がした)。
「何がだ?」
「人の気配、しない」
「どういう事だ?」
「待って、ろ」
ヤラライはそのまま闇にすっと消える。
気配の察知は、相当鍛えられてるはずなのだが、一瞬でヤラライの気配を見失った。
やっぱとんでもないな。
奥からヤラライが呼ぶ声がする。
「アキラ、明かり、点けて、くれ」
「ああ」
言われるまま、再び空理カードで、ドリルに明かりを灯す。今度はしっかり明るくした。
そこは広場になっていた。
その一角だけ、木々が切り倒され、小さな空間が空いていた。
月明かりと、照明に照らされた広場には、死体が転がっていた。
それも一つや二つではない。二十近い死体の数だった。
「なんだ? 仲間割れか?」
「……違う、これ、ゴブリンに、やられた、痕だ」
「なんだって? いや、それよりもラライラはどこだ!?」
「……気配、無い」
「クソ!」
「良いんか悪いんか、死体の中に嬢ちゃんは無いの」
「逃げ出せたのか?」
「わからんが、それなら理術の痕くらい残ってると思うんじゃがな」
「確かに……」
「ククク。エルフの娘じゃろ? ゴブリンが見つけたら、やることなど決まっておるじゃろ」
「……依り代!?」
「ククク……」
そうだ。エルフとドワーフは、特に依り代になりやすいんだった!
「クソが! じゃあラライラはゴブリン野郎どもに攫われたってのか!?」
「……その可能性は高いじゃろうな」
「っ!」
ヤラライが険しい表情で、辺りを探索するも、何か発見出来た様子が無い。
「落ち着け! ゴブリンが移動した道を見つけるんだ!」
「わかって、いる!」
気持ちはわかるが、落ち着いてくれ!
その時だった。
月明かりが遮られたのは。
雲でも流れたのだろうと思ったが、すぐにこの地方に雲はほとんど発生しないことに気がついた。
全員が同時に空を見上げる。
月光を遮っていたのは、巨大な羽根を生やした生物だった。
「グリフォンじゃと?」
ハッグが呟く。
言われて気がついた。確かに何度か、セビテスの空を飛んでいるのを見たことがあった。
しかしそれがなんでこんな所に?
野生のグリフォンか?
いや。背中に誰か乗っている。グリフォン便?
乗騎している人物は逆光で良く見えない。
長い髪が風で空中に踊った。
それは月光を反射してなお、紅く輝いていた。
「貴方は何をやっているのですか!?」
それは。凜として、鈴のような響きだった。
「まったく! 常にトラブルに巻き込まれていなければ、気が済まないのですか!?」
それは。女神と見紛う、美しいスタイルの女であった。
「事情はデジオン・サンデル様にお聞きしました。ヤラライさんの娘というのは見つかったのですか!?」
それは。俺の心に刻み込まれた、紅だった。
それは。荒野の西の果て、海運都市一の大商会。
ヴェリエーロ商会の遣り手商人。
紅き麗人、チェリナ・ヴェリエーロだった。
「……チェリナ」
月光の彼女は、凜々しくも美しかった。
おかげさまで、神さまSHOPの2巻、発売いたしました。
皆様の応援のおかげです!
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イラスト最高ですぜ(´ω`)