第19話「荒野の初めての空理具」
(長いです)
店は思ったより狭かった。
入り口近くに小さめのカウンターがあり、その奥に二人がけのソファーを挟んで小さめのテーブルが一つ。あとは奥に続く扉があるだけだ。
店といえばガラス張りのショーウィンドに品物が並べられている印象が強いので、どこにも商品が並んでいないと覿面に不安になる。
「おや、チェリナお嬢様お忘れ物ですか?」
ちょうど奥の扉に引っ込みかけていた初老の男性が振り返る。
服装はやはり民族衣装だが、商会にいた商人達より飾りは少なくシンプルな作りで、全然違うのになぜか執事っぽい印象を受けた。
いやリアル執事なんて見たことねぇけどよ。
「違いますわ、ウチで懇意にさせていただいているお方がこちらに用があるというので少々口添えをさせていただこうかと思いまして」
え、そんな理由で一緒に来たのかよ。頼んでねーぞ。
「ほほう、お嬢様が直々にですか……それでどのような御用でしょうか?」
なんだか俺の意思とは関係なく話が進んでいくな。まあいいか。
「いや期待させて申し訳ないんですが、お手頃な空理具を拝見させていただこうかと寄らせていただいただけですよ」
「お手頃な、ですね。とりあえずそちらのお席にどうぞ、いまお茶をお持ちいたします」
そう言い残して執事は……じゃない店主は奥に引っ込んでしまった。
俺は二人がけのソファーの真ん中に座ろうとしたら、やはりなぜかチェリナが一緒に座ろうとするのでしかたなくズレて一緒のソファーに腰掛けた。
どうしてこうなった?
「アキラ様はどのような空理具をお求めになるのですか?」
彼女は距離感が気にならないのか、ごく当たり前に話しかけてくる。
「値段に合えば掃除の空理具ですね、他に便利そうで手に入るものなら購入したいところですが、そこまで予算が潤沢ではないですからね」
手の内を明かすのはどうだろうと思いつつ、絶対に手に入れたい物でもないので口が軽かった。
「今までに空理具の商いは?」
「商いどころか見て使ったのが今日が初めてですよ。あまりの衝撃にこちらに直行してしまった次第です」
見たのは昨日だが細かい話はどうでもいいだろう。
「そうなのですか……」
チェリナ嬢は視線を落としてしばし黙考していた。
「アイテムバッグをお使いではありませんか?」
「そういえばこれも空理具なのですね」
「はい」
「すいません、これは最近手に入れたばかりで……」
「そういう事もありますよね」
「はい……ははは……」
笑って誤魔化そう。
すると良いタイミングで執事が戻ってきた。
「お待たせしました。さきほどとは別のお茶をご用意しました。紅茶です」
「ありがとうございます。……この香りはレイクレル産ですね」
「さすがチェリナお嬢様です」
速攻で蚊帳の外だったが、逆に助かった。
「とりあえず幾つか見繕ってきました。ほとんど真輝大金貨でお釣りが出るものですね」
おいコラ! 真輝大金貨って10万だろ。予算オーバー過ぎるわ!
「こちらは定番の照明ですね、それに清掃。今日お嬢様から仕入れたばかりの風の空理具と火の空理具もありますよ。本来どちらも大金貨では足りないのですが特別です」
おいおい……、てか結構種類があるんだな。
「それとこちらはもう少しお代をいただきますが、久々の入荷となりました光剣です。どれも「お手頃」な空理具です」
店主は年齢相応のやわらかい笑みで説明してくれた。まぁこの年まで商人で店持ち。物の怪の類だろうからその笑顔を信用してはいけない。
「あら、それではほとんど利益がないのではないですか?」
チェリナが不思議そうな顔を浮かべた。
「お嬢様のお得意様であるのなら、近いうちにいくつも買いに来ていただけるでしょう」
「あら、そんなにわたくしの事を信用して良いのですか?」
「この国一番のヴェリエーロ商会が懇意にしている方です、たとえ赤字になっても顔を覚えていただきたいのですよ」
「あら、懇意というのが商人としてではなく想い人という意味でしたらどうするのですか?」
チェリナ女史が俺に身体を寄せてくる。見せびらかすようにその豊満な胸を押しつけながら。
おいおい勘弁してくれ。
「ならば尚の事、でしょう」
ふたりして静かに笑い合う。おーい、そろそろ俺を混ぜてくれー。
っていうかお嬢いらねぇ、帰れ。
「さて、遅くなりましたが私はハロゲンと申します。末永くよろしくお願いします」
激しく突っ込みたい。ランプと結婚するつもりは無いぞ。
「いえ、こちらこそ礼を欠いていましたね。私はアキラと申します。しがない旅の商人なので短い間ですがよろしくお願いします」
老商人は一瞬視線をチェリナに向けたが、それを感じさせずにお願いしますと手を伸ばしてきたので握り返しておいた。
「それでは御覧ください」
アタッシュケース型の木箱には5つの空理具が大切に収められていた。
しかし見た目はどれもまったく同じだったので、どうぞと言われても非常に困る。
「すみません、どれがどれなのか判別しかねます……これは全て別の物なのですか?」
もしかしたらこれはただの見本で、本物を後から持ってくる方式なのかもしれない。
「アキラ様から見て左から、照明、清掃、風、火、光剣、になります」
さっぱりわからん。
「お手数ですがそれぞれの効果と……値段を教えて下さい」
「わかりました、まずは照明。これは空理具でもっとも生産されているものですね、空理具そのものを光らせる事も出来ますし、空理具で触れた対象を光らせる事もできます。ただし金属だけですね、木材や生物には効果がありません。商人の方ですとナイフを光らせる事が多いかと。お値段は……そうですね1万円でかまいません」
丁寧な説明だった。
もっとこう、こんなの常識だろうって目で見られることも覚悟していたので大変ありがたい。もしかしたらチェリナ嬢パワーかもしれないが。
「次が清掃の空理具です、こちらは近くにある物を綺麗にする効果があります。この土地ではわかりづらいですが、油や泥などの水分も含めて、汚れが砂として浮き出します、砂は再付着することはないので、はたけば落ちます。こちらは3万円になります」
おや、たしか宿の幼女ナルニアは金貨で5枚くらいとかいってたのでかなり安くなっているのではないか?
「次が風です。こちらはそよ風から、もう少し強い風を起こせるのですが、その強さは人によってかなり差があります。皆さまが思うより需要が多いので普段はかなりお高くなっているのですが本日は8万円でかまいません」
風が起こせる……か、たしかに上手く使えば便利だろう。フイゴの代わりに竈へ風を送るとか、家の換気とか、小さな竜巻みたいなのが起こせれば掃除機の代わりになるかもな。まさにサイクロン。
「こちらが火になります。これは火打ち石の代わりになるだけではなく、人によっては火弾を飛ばせることもあるとか。ちなみに火弾の空理具は別に存在いたします。当店では取り扱いがありませんが。こちらは10万円になります」
オイルの尽きないライターと考えればそんなに悪い価格じゃないのかもしれないが、俺はライターが100円で手に入るんだよね。まったく必要ない。
それよりも火弾って翻訳が間違ってないよな?
火の玉を飛ばすって意味だよな?
そんな危ないものはいりません。おっかない。
「最後が光剣。こちらは大変人気がある品物です。この地域では入荷すること自体が珍しい品物です。今日仕入れたばかりの一品ですよ。せっかくですので見ていただこうかと思い、お出ししてみました。こちらは光の剣を何本か生み出し敵に向けて射出する純粋な攻撃理術です。威力と本数はやはり個人差がありますが、最低でも1本は生み出すことができますし、威力も慣れれば一般人を殺害するのに十分な威力があります。こちらは35万円になります」
こええよ!
殺害するに十分って超いらねーわ!
殺人者になるつもりはねーよ!
「せ、説明ありがとうございます。興味があるのはやはり清掃の空理具ですね、風も興味があるのですが今日はちょっと……」
照明に関してはまったく興味が無い、おそらくだが懐中電灯や、LEDランタンくらいならすぐ買える気がするし……。
いやまて、電池代がかからないなら悪くないのか?
随分値引きしてくれてるみたいだから、思い切って両方買っちゃおうかな?
風も欲しいけどさすがに値段が厳しい。
俺は照明と清掃の空理具を手にとってまじまじと見比べる。
「しかし、見た目が同じというのは困りますね。区別がつきません」
「それはそうでしょう、一目見てどんな空理具かわかってしまったら、敵に対応されてしまうかもしれません」
さっきから出てくる敵ってなんだよ……、それに相手にばれない方法ならいくらでもあんだろ。
「これはこの形以外にはできないのですか?」
「出来ない訳ではありませんが……それが?」
「これはどのような仕組みで作られているのでしょうかね?」
とたんに店主が渋い表情をする。
当たり前か。日本だと結構店員が答えてくれたりするんだが、やはり異世界では通じないらしい。
「ハロゲン様、一般的に知られているお話ならよろしいのではなくて? 調べればすぐにわかる事ですわ」
今まで沈黙していたお嬢さんが急に口を挟んできた、援護はありがたいが、無理に聞き出すつもりはないぞ。雑談の延長程度のつもりで聞いてみただけだし。
「そうですね、基本的な作りとしましてはまず中心に理力石を設置します、術にあった純度と大きさのものです。空理具に使われる物はよほどの物で無い限り小さく純度の低い物が使用されます。まれに巨大で純度の高い理力石が見つかりますが空理具には使われません」
ふむふむ。
理力石という不思議物体が必要なのか。
「加工された理力石を中心に、陣を書きます。理力石に正しい理力を通すための物です。この先端の球体に折りたたむように描かれております。そこに理力を流し込めば術が発動いたします」
「へえ……理力石ってどのくらいの大きさなのですか?」
ハロゲンはチェリナに視線を移すと、お嬢は小さく頷いた。店主はため息混じりに教えてくれた。
「これが理力石でございます」
ポケットから小さく透明な石を取り出してくれた、見た目は水晶っぽい感じだが大きさは想像以上に小さく、米粒より小さいくらいだった。
「随分小さいのですね」
「大きく、純度が高くなるほど高価になりますから」
俺が言いたいのはこんなに小さいのに、あんな魔法が発動するんだなって意味だったんだが、どうでもいいか。
だが、これだけ小さいんならもっと別の形でいいんじゃないか?。
俺が指に乗せてマジマジと見ているとチェリナが声を掛けてきた。
「アキラ様。何かあるのですか?」
「いや、ちょっと思ったことがあったんですが……」
「よろしければ聞かせていただけませんか?」
うーん。話す価値があるのだろうか。
「いえ、理力石がこれほど小さいなら、空理具をカード型に出来ないものかと思いまして」
「カード型……ですか?」
「そうです」
俺は考えるように目を瞑ると「トランプ」と思考する。
【承認いたしました。SHOPの商品が増えました】
確認すると【トランプ=560円】が追加されていたので購入する。ちょっと無駄遣いになってしまったが、ここまで話して「やっぱ何でもないです」とは言いづらかった。
残金17万8169円。
トランプを取り出してテーブルの上に何枚か並べる。
「さすがに1枚の厚さには無理だと思いますので、こんな感じで厚みをつくります。陣という回路がどのような作りかわかりませんが、このように複数枚重ねるようにしたら作成できませんかね」
質問したつもりだったがお嬢もハロゲンも無言でトランプを凝視していた。一つため息を吐き出して続ける。
「重ねれば厚みが出るので一番上と一番下のカードを除いて真ん中に穴を開けて理力石をはめ込めば良いかと」
6枚ほど重ねたトランプを見せた。
「そ、それの利点は?」
「まず表をこんな風に全部同じ柄にするんです。そして裏に何の理術か書いておきます。文字が読めないならマークとかでもいいんじゃないでしょうか? こんな風に」
取り出したのはクラブのエースだ。
「こんな風に持てば向かいの人間には同じ柄しか見えませんから、何を使っているかわかりません。それに扇みたいに開いて持てば複数枚を使えますね」
「アキラ様、空理具は同時に複数は使えません。肌に直接接触して発動させなければなりませんが、それは一つだけです、もちろん誤動作防止の機能は内蔵されておりますが、場合によっては複数を同時に扱おうとして暴走する可能性もあります」
今までの興奮が見る間に落ちていくのが目に見える。
「じゃあ、接触で反応するのをカードの中央だけとかに出来ないですかね?」
「それは?」
「カードの上下左右に触れても大丈夫ならこうやって持てますよね?」
ポーカーでもやる感じで片手でカードを5枚開いて見せた。
「そっちからは同じ柄しか見えません。私はどんな内容のカードを持ってるかわかります。これを一枚引き出しこう持ちます」
一枚引き出して、右手で持つ。中央に親指が触れるようにだ。
「……!」
店主のハロゲンとチェリナ嬢が絶句している。それなりに驚いてもらえたようだ。
「そういう作りなら便利だなって思ったんですが……ああ、言われてもいきなりは作れませんよね、とりあえず清掃の……」
「アキラ様!」
チェリナが硬直状態から急に大声を上げた。
「は、はい?」
「アキラ様……そのお話、どこかでされたことがありますか?」
食い殺されそうな距離に詰め寄られる。
「い、いえ、空理具ってのをまともに見たの自体が今日初めてでしたから……」
「アキラ様……そのアイディア、わたくしに売ってもらえませんか?」
「はい?」
「気がついておられないと思いますが、アキラ様のそのアイディア、間違いなく空理具の革命になります」
「そうなんですか?」
簡単に辿り着きそうな話だけどな。
少しでも使い勝手を良くしようと思えばだけど。
「はい。アキラ様には十分なお礼をお渡ししますので、絶対にここだけのお話にしていただきたのです」
「それはかまいませんが……出来るなら一つお願いが」
「はい、なんでしょう」
「カード型の空理具が完成したら最初に売っていただきたい……もちろん特価で」
「もちろんです。それでは「商談」に入りましょう」
チェリナはゆっくりと微笑んだ。




