第43話「でこぼこファミリーと依り代の娘たち」
遅くなりました、すみません
朝っぱらから訪れていた、テルアミス教とヘオリス教の神官二人と入れ替わるように細身のマラソンランナー体型の女性、ユーティスがこちらに向かってくるのに気がついた。
「おはようございますアキラさん」
「ん? よお、おはようさん。今日は早いな。服飾ギルド関係の話か?」
「いえ。今日はお休みになったので、ラライラさんのお手伝いをしようかと」
「それは有り難いが、せっかくの休みなんだろ? ゆっくりしたらどうだ?」
「少しくらいは恩人のお二人に恩返しをさせてくださいよ」
「もう十分過ぎるほど協力してもらってるんだがなぁ……」
「アキラさん。普通命の対価はそれほど安くありませんよ。下手な傭兵なんかに助けてもらっていたら、いったいどれだけ要求される事か想像も出来ませんよ」
「まぁ……確かに恩人には何か返したいと思うのは人の道理か」
「はい。その通りですよ」
俺としてもハッグとヤラライには返しきれんほどの恩があるが、彼らはそれを受け取ろうとはしない。
たまに酒をねだられる程度の話だ。
俺からしたら一生の恩でも、二人にしたら、大した話では無いのかも知れない。
同じ様に俺もラライラも、ユーティスに対して特段恩を売る気は無い。
それに服飾ギルドへ繋ぎを取ってくれただけで十分だというのに、現在はミシン関連の仕事で忙しくしてもらっている。これ以上何かを求める気はない。
だが……。
たしかに俺がハッグとヤラライに感じているような恩義をユーティスが感じているのであれば、邪険にするのも逆に悪いかも知れない。
「じゃあ悪いがラライラを手伝ってやってくれ……いや」
「どうしました?」
「実はある事情で依り代の治療薬が手に入ったんだ」
「先ほどすれ違ったのはテルアミス教とヘオリス教の神官でしたね……」
「ん? ああ覚えてたか。あんときゃ付き合ってもらって助かった」
「いえいえ。なるほど……治療薬ですか……」
「ククク……」
なぜそこで笑う、ファフよ。
ユーティスには詳細を話していないからな。勘違いしてもらってた方が楽と言えば楽か。
「ま、色々あって手には入ったが……ちゃんと効くのかどうかをこれから試すところだ」
「今まで依り代を治療出来た薬というのは聞いた事がありませんが……神威法術を使っていただくという事では無いんですよね?」
「ん? それは理術とは違うのか?」
「はい。一部の神官のみが使える神の奇跡です」
昔聞いたような聞かなかったような……。
(アキラさん。理術の一種なのは間違い無いんだ。でもたしかに神さまの影響らしき力が働いてるんだけど、教会は研究にはあんまり協力的じゃ無いから詳しくはわかってないんだよ)
ラライラがこそりと耳打ちしてくれた。
つまり理術ではあるが、崇める神さまの影響は間違い無くあると。
まぁ俺ですら神さまとやらの力を使えるんだから、敬虔な信徒であれば普通の事なのだろう。
「いや、その神威なんとかじゃなくて、薬だな」
「一体どこでそんなものが……」
「入手先は……まぁ想像に任せる。それより移動しよう」
「そうだね」
答えたラライラを先頭に、依り代たちを預かってもらっている建物に向かう。
取り壊し予定の建物の一つだ。
「ラライラ、前言った条件に合う人を選んでくれ」
「それなら、この人かな」
ラライラが選んだのはなるほど、11人の依り代で一番年長に見える女性だった。
年長といっても、おそらく30歳前後だろう。
虚ろな目つきで、あーうーと呻いている姿はそれだけでこちらも苦しくなるほどだった。
早く直してやらんとな。
これがテレビの向こうの出来事だったら、他人事と流していたのだろうが、直接関わってしまったのだ。とても放置して旅立てる心境にはならなかった。
幸い仲間たちも同じ気持ちだったらしく、厳しいクエスト条件にも関わらず、皆が頑張ってくれた。
もっとも流石に直す手立てがまるでなければ、ハンション村に預けて旅立つしか無かったのだろうが。
「よし。薬を飲ませてくれ」
「うん」
俺が飲ませると言いたかったが、彼女たちはうまく食事を取れないのだ。
その点ラライラは看病していたので、上手く口に含ませて飲み込ませていた。
秘薬は小瓶に入った液体で、いかにも魔法の薬といった見た目だった。
ユーティスも興味深げにそれを見ていた。
ハッグとヤラライ、それにファフは一歩退いたところで一連の行動を黙って見守っていた。
薬を飲ませて数分。
変化が無く、もしかして効いていないのではないかと不安になり始めた所で、依り代の女性の動きに変化が出てきた。
「う……」
今まで虚ろだった目つきに、ゆっくりと光が戻るような、開いていた瞳孔が、ゆっくりと焦点を合わせていくような。ふらふらとしていた身体に、力が戻って、動きに張りが出てきた。
「う……?」
女性は意識が覚醒しだしたのか、片手で自分の額を押さえる。
意志のある動きを見せたのはこれが初めてだった。
「あ……れ?」
ゆっくりと頭を振り、回りを見回してキョトンとする彼女。
「えっと……俺たちの言葉は理解出来るか?」
「え……? ええ……」
彼女が明確な意志を持って返答したのを聞き、全員が僅かに安堵の様子を見せた。
「まずは落ち着いてくれ」
「あたたかいお茶です。どうぞ」
「あ、はい……ありがとう……」
状況を良く飲み込めていないようだ。薬の影響かまだかなりぼーっとしている。だが、依り代のような意識の飛び方ではない。
三口もお茶を啜ると、そのあたたかさから体温も戻っていったのか、少しずつ肌色が良くなっていく。
「あの……すいません。私ちょっと昨日の事が思い出せないんですけれど、ここはどこで、何が起きているのでしょう?」
「あー……慌てないで聞いて欲しい。もう危険は去っている。辛かったら言ってくれ。すぐにやめる」
「はあ……」
「実は、あんたは、そのゴブリンの巣で見つかったんだ」
「ゴブリン?」
「ああ。ちょっとした理由で、ゴブリン退治をやってたんだが、その際あんたたちを見つけて救出したんだ」
「……」
「今、この部屋にはあんた一人だが、他にも何人か見つかった」
さて何と言って伝えればいいのか。
「ククク……そなた、ゴブリンハザードに巻き込まれておったのよ。依り代として生きながらえておったのじゃよ」
「ファフ!」
「え?」
繊細な話をこいつわ!
「あ……そうだ……霞がかかったように、詳細は思い出せないんですが……私たち……さらわれて……」
もしかして、精神的にきつい場面だけ思い出せないようになってるのか?
だとしたらメルヘス神も少しはやるじゃないか。
「やっぱりゴブリンにさらわれてたのか」
俺は頷きかけて、彼女の次の言葉で呆気に取られる事になった。
「いえ……人間の……盗賊団だと思います」
俺たちは言葉を続けられなかった。
◆
「私、栄養のあるもの買ってきます!」
「じゃあこれを持ってけ」
飛び出そうとするラライラを呼び止めて10万円分の硬貨を渡した。
残金391万5774円。
現在全員の依り代を治療して、事情をある程度説明した後、休んでもらっている。
薬の影響か、まだ全員の意識があやふやだった。
ラライラの診察によると、依り代として作り替えられていた身体が、猛スピードで元に戻っている影響かも知れないと予想していた。
そうすると食べる物も変わるという事で、ラライラが買いだしに出てくれたのだ。
SHOPの栄養ドリンクを飲ませる事も考えたが、栄養があり過ぎて逆に良くない可能性を考慮し、薬草などにも詳しいラライラに任せた。
「まったく……頼りっきりだぜ」
「ラライラ、あれ、喜んで、やってる、気に、するな」
「そうか」
たしかに全員の意識が戻ったときなど涙ぐんで喜んでいたラライラだ。ずっと面倒を見てきたのだ。感動もひとしおだろう。
そのあいだに体調の良さそうな女性から、事情を確認しよう。
「……なるほど、じゃああんたたちは、人さらいに捕まっていた訳か」
「はい。ここにいる全員がしばらく盗賊のアジトに捕まっていました」
どうりで若い女が多いと思ったぜ。
「全員同じ場所で捕まったのか?」
「いえ、別の場所で捕まって、一人、一人と増えていったと思います」
「名前と生まれは覚えているか?」
「私はレイシェル。セビテスとレイクレルをつなぐ街道沿いの、宿場町に住んでいました」
「さらわれたのもその町か?」
「はい」
話を聞き進めると、全員似たような感じだった。
どうもその街道を中心に拉致が行われていたらしい。
「ある日、全員が馬車に乗せられて……荒野を何日も移動したと思います。盗賊たちは出荷とか言っていたような気がします」
「……」
許せねぇな。
暴力は趣味じゃ無いが……、ちょっと見つけて地獄をみせてやりたい気分だ。
それでその出荷の途中にゴブリンどもに襲われた訳か。
「いえ……それが……」
「ん?」
「馬車は、古い露天掘りの廃坑そばに放置されたんです」
「な……に?」
「しばらくすると気がついたゴブリンたちに……うっ……」
「もういい、無理させて悪かった。今は休んでくれ。水だ」
俺は水を飲ませながら、どうにも嫌な予感って奴が膨らんでいくのを感じていた。
くそったれな事に、俺が今までこの手の予感を感じて、外れたことは無い。
初めから、ゴブリンハザードを引き起こすために、集められた??
俺の胸くそは最高に焼け焦げていた。
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