第42話「でこぼこファミリーと神官来訪」
おそくなりました。
ちょっと長いです。
その日の夜。俺はいつもの全員を集めてキャンピングカーの影に車座になった。
俺、酒樽ドワーフのハッグ。細マッチョネイティブアメリカン装束のヤラライ。精霊使いにして理術士でもあるエメラルドグリーンのショートカットエルフであるラライラ。そして謎の種族で額に二つの小さな角を持つ褐色ロリばば……年齢不詳のファルナ・マルズこと、愛称ファフの五人だ。
「みんなの協力のおかげで、とうとう依り代の治療薬が承認された」
「え! 本当!?」
「ああ、ラライラには特に苦労を掛けたな」
「そんなこと無いよ。アキラさんの忙しさに比べたら何てことないさ!」
「そう言ってもらえると助かる。だがありがとうな」
「えへへ……」
実際、ラライラにかかる負担は相当だったはずだ。
11人もの依り代の面倒をほとんど任せてしまっていたのだ。未亡人になってしまったビオラさんの協力があったとはいえ、相当苦労していたはずだ。
ラライラに対する礼はいずれ何かを考えるとして、先に決めなければならないことがあった。
「先に報告だな。依り代の治療薬だが、1つ320万円ほどする」
SHOPのリストに追加されたのは以下の品物だった。
【依り代治療薬=320万円】
残金はまだ4000万円近くあるので、全員分購入する事は可能だ。
「皆、クエストの内容を覚えているかわからないが、100人に例の聖印……シンボルを配る毎に、1つ無料でもらえるとなっている。知っての通り、自治会の印としてばら撒いてたわけだが、その数は1000以上になっている」
「ふむ」
「コンテナを確認してみたところ、なぜか一つだけ依り代の治療薬が手に入っていた」
「数が合わんの」
「それに関してだが、クエストの一文に”信頼を勝ち取ったと思う住民に、メルヘスのシンボルを渡すこと”というのがあった。恐らくその辺の事情がからんでいると思われる」
「また曖昧な基準じゃな」
「全くだ。とりあえず重要な事は、現時点で薬が一つ存在するという事実と、予想だがこのままここでスラム復興を手伝っていればいずれ無料で必要数が手に入る可能性があるという事だ」
「アキラさん。それボクたちに聞くまでも無いんじゃ無いかな?」
「なんだって?」
ラライラが晴れやかな笑顔で小さく首を傾げた。
「うむ。金は足りるんじゃろう? ならば全員分の薬を購入すればええ」
「ああ、俺たち、気を遣う、いらない」
「ククク……酒代が残れば充分じゃな」
「……そうか。わかった。俺の考えたプランはこうだ。今日はもう遅いから、明日の朝一で、まず一番年配と見られる女性に治療薬を使う」
「なぜ、一人、なんだ?」
ヤラライの疑問はもっともだ。
「治療して、例の出来事を思い出したら、発狂しかねん……全員いっぺんにパニックになられたら対処が出来ないというのが一点だ」
「ふむ。なるほど道理じゃな」
「他に理由があるの?」
「ああ。まずはとにかく一人から事情を聞きたい。どんな状況でゴブリン共に襲われたのかなんかだな」
「それ、聞く意味、あるか?」
「依り代たちなんだが、ハンション村の住民で無い事はほぼ間違い無い。覚えているか? 自警団団長のウィストン・ガレットに確認してもらったが村人では無いと言っていた」
「名前までは覚えておらんが、責任感の強そうな男じゃったな」
「ああ。さらにセビテスの警護本部に問い合わせた感触でも、それらしい行方不明者はいなかった」
「単純に警護本部が把握していない可能性もあろう」
「その通りだ。だからこそ、先にその辺の事情を知っておきたい」
「意味があるのか?」
「これは……俺の勘だが、どうにもきな臭さを感じる」
「ふむ……」
「ボクはそれでいいと思うよ。単純に考えても、いっぺんにやるのは危険だと思うし」
「うむ」
「決まりだな。……そうだ。自治会にはもう知らせてあるんだが、明日からの炊き出しは無くなった」
「え? そうなの?」
「正確には俺たちの手を離れる。炊き出しは自治会費から捻出されることになった」
「あ、自治会費の徴収を始めたんだね」
「まとめ役のデパスに任せてたんだが、上手くやってるらしい」
「良かった」
「と言うわけで、明日の朝食後に実行予定だ」
「了解じゃ」
「うん。わかったよ!」
「よし、なら、二人で、訓練、始めよう」
「……ヤラライ、そういう流れだったか?」
「訓練、毎日やる。大事」
「おうのう……」
その夜はコロッケで盛り上がっている食堂で夕食を済ませてから、街の外へ訓練しに行った。
なんやかやと金を使って、残金は以下の通りだ。
残金402万2135円。
ちなみに訓練の内容なのだが、前回は200m離れた状態からの仕合だったのだが、今回300mまで引き離された。
だが……。
「そ……そのドリルっていう槍! 反則だよ!」
「お、おう……」
俺の新しい武器、螺旋竜槍グングニールなのだが、こいつが想像以上のシロモノだった。
ラライラの繰り出す大抵の精霊理術、及び空想理術を、正面からぶち破るのだ。
ラライラが足止めに使う土砂を噴き上げる精霊理術に、螺旋をイメージして一突きすれば、真っ二つに土砂が割れ、撃ち出された火球や光剣も、竜槍の一凪で消し飛ぶのだ。
そりゃあラライラだって反則と叫びたくなる。
「ふむ。なかなか良い出来じゃな」
「ククク……神器と言っても良い出来じゃろうよ」
「ふん。ワシの最高傑作の一つになったのは間違い無いわな」
ファフとハッグが訓練中そんな会話を交わしていた。そんな武器を俺に押しつけんなよ……、いや気持ちは有り難いがよ。
仕合の後はヤラライと螺旋竜槍に特化した槍術の研究をしてその夜はようやく終わってくれた。
連続で理術の復習をやらされていたラライラもご苦労さんだぜ……。
◆
次の日、自治会の好意で炊き出しを分けてもらい、足りない分だけ追加で朝食を取った。
ハッグとファフがカツサンドを一パックとインスタントコーヒー。
丁度無くなったので珈琲や砂糖なども買い足した。
カツサンド代379円✕2+タバコ代4600円+インスタントコーヒー代1000円。それとキャンピングカーに水を20リットルばかり足して2円。それと熱湯で1円。合計6361円。
残金401万5774円。
さて、依り代を預かってもらっている部屋に行こうとしたら、タイミング悪く客が来てしまった。
「こんにちはしと……いえ、アキラ様。ご無沙汰しておりました」
「あんたはえーっと」
まん丸顔の中年で、どっかで見た覚えがあった。身なりから神官。
思い出した。テルアミス教の神官だ。
ヘオリス教の四角い顔の神官と対照的だったので印象に残っていたのだ。そういえば、名前を聞いてなかったな。
「テルアミス教の神官でモモークリと申します」
「ああ、久しぶりだな。そういや定期的にそっちに足を運ぶとか言っといて、全然行ってなかったな」
「いえいえ。アキラ様がこのスラムで何か大きな商売をやられているという事は伝え聞いておりましたので、邪魔にならないようにしばらく訪問は控えておりました」
「気を遣わせたみたいだな」
「とんでもありません。しと……アキラ様の用事が最優先でしょう」
なんかこいつも俺の事を使徒とかと勘違いしてるくさいな。面倒な。
「まぁなんだ。話があるならどこかでお茶でも飲みながらにするか?」
「そうですね……いえ。それには及びません。今回はテルアミス教の本山よりの返答をお伝えに来ただけですから」
「ああ。奉納の件な」
この様子じゃ、このまま渡して終わりって感じじゃ無さそうだな。
「はい。アキラ様よりの手紙を届けたところ、ぜひ本山にお招きして詳しくお話をお伺いしたいとのこと」
「話って……こないだ説明した以上でも以下でもないんだがな」
「たとえそれだけでも、本山として伺いたいのでしょう」
「面倒な……おっと失礼」
「いえ。本山が遠いのはこちらも承知しておりますので」
そういう意味じゃなかったが、この場合は勘違いしてもらった方が良いか。
「テルアミス教の本山ってのはどこなんだ?」
「大陸を分けるミダル山脈の反対側、カルマン帝国と鉄槌王国ドワイルの間にあります、アルミネス王国にございます」
「……遠そうだな」
「はい。難所であるミダル山脈を横断しなければなりませぬゆえ」
「そうか」
まぁ楽な旅になるとは思ってなかったがよ。
「しかしご安心下さい。アルミネス王国まで、我々一同責任を持って送り届けさせていただきます」
「なんだって?」
「教会の所有する馬車と、えり抜きの神官騎士の護衛でもって、安全確実にお送りさせていだきます」
ちょっと待て。
それはキャラバン的な隊列でもって一緒に行きましょうって事なのか?
俺たちは車で移動するんだ。正直ありがた迷惑にしかならん。
「いや、気持ちは有り難いが……」
「もちろん旅費の心配など無用です。どうしても野営しなければならない場面はありますでしょうが、可能な限り宿場町に寄りますゆえ、不自由させないと約束……」
「いやいや、そうじゃない。俺たちは——」
「そうです。しと……アキラ様は私どもが責任持ってお送りしますゆえ!」
「「え?」」
唐突に俺たちの会話に割って入ってきたのは、四角い顔の神官だった。
「ご無沙汰しております。ヘオリス教のカキウスです。ご壮健のようで何よりです」
「あ……ああ」
「このところアキラ様はお忙しいようでしたのでご訪問は控えさせていただいておりましたが……今日は総本山よりのお知らせをお伝えしに来た所存です」
なんかさっきも似たような言葉を聞いたぞ?
「ぜひアキラ様にはヘオリス教本部へとお越しくださるよう言いつかっております。もちろんテルアミス教の様な貧弱な馬車などではなく、上位の神官が乗車する最上級の馬車を用意しております。まずはヘオリス教へと——」
「待った待った待った!」
俺は淀み無く話し続けるカキウスの言葉を遮った。
「どっちの本部にも伺わせてもらうが、こっちの事情もある。順番に回らせてもらうよ」
「それでは、ぜひヘオリス教を最初に……」
「いえ! こちらの方が早く来たのです! ぜひテルアミス教へと……!」
「あー。気持ちはわからんでも無いが、最初はアイガス教へ寄らせてもらう予定なんだ。その後エルフの里だか国だかに寄らなくちゃならねぇんだ」
「そんな……」
「たしかにアイガス教はレイクレルにあるわけですが……」
「すまないな。だが必ずどっちも寄らせてもらうから、それで許してくれ」
「そうですか……無理強いするわけにもいきませんが……ならばレイクレルから真輝皇国アトランディアのシフトルームをお使いくだされ! ヘオリス教の本部はアトランディアの首都にありますゆえ!」
「いえいえ! レイクレルから鉄槌王国ドワイルへのシフトルームの利用権を用意してあります! もちろんドワイルからアルミネス王国までの足も用意出来るよう手配しますゆえぜひテルアミス教へ……!」
おいおい、なんか安っぽい勧誘みたいになってんぞ……。
「えーっと、シフトルームってのは、たしか瞬間移動装置の事だっけか」
「瞬間移動装置……なるほど一言でまとめられるとは流石です。そのとおりで、遠く離れた二つの部屋の中身を瞬時に入れ替える特別な空理具の事です」
「まぁカズムス教の秘法というのが……いえ。他の宗派の方に思う事は何もありませんが」
思いっきり張り合ってね?
「まぁとにかく、そのシフトルームの利用料は高い上に何日も待たされるのが通例ですが、私どもが用意した特権があれば……」
「もちろん私どもが用意した書状があれば利用は優遇され……!」
「あー! わかったわかった! 二人の気持ちはよくわかった!」
「「それでは!」」
「今どっちかからそれを受け取ったら不公平になるだろ! だからどちらの好意もお断りする!」
「なんですと!?」
「そっちには悪いが、こっちは急ぎの旅じゃ無いんだ。用事を済ませつつ、観光がてら向かうから、予定なんてあって無いようなもんなんだ。だからそんな特権受取れねぇよ」
「そこは気にしないでいただければ……」
なおも食い下がろうとする二人と俺の間に、すっとファフが立ち塞がった。
「ククク……。そこな神官よ。これ以上無理強いすればそこの男は機嫌を悪くするぞ? こやつこう見えて意外と頑固じゃ。無理を通そうとしたらその分後回しにされかねんと思うがのう? どうじゃ?」
「そ、それは……」
「た、たしかに少し冷静さを欠いていたようです」
おお、めずらしくファフが役に立っている!
「ククク……ヌシよ。今失礼な事を考えておったじゃろ?」
「ノー、マム」
「ククク……まぁええわ。後で酒じゃぞ」
「わかったわかった」
安いんだか高いんだか……。
「せめて金子だけでも受け取ってもらえないだろうか?」
「それも遠慮しておくよ。それほど金には困ってないからな。それにさっきも言ったろ? 観光がてら向かうような旅だ。悪いが受け取れねぇよ」
「そうですか……」
二人の神官は肩をがっくりと落としてうな垂れた。
「まぁ時間は掛かるがちゃんと向かうからよ」
「わかりました。なにかありましたら当教会へお越しいただけたら可能な限りの支援をお約束させていただきます」
「もちろん当教会も同じです」
丸顔の神官と、四角顔の神官がわずかに睨み合った。
さすがにいい大人だけあって、すぐにお互い相好を崩したが。
「今から用事もあるからこの辺にしてもらえるかい?」
「了解しました。何かあれば遠慮なく」
「アキラ様のご成功をお祈りいたしております」
二人はようやく帰ってくれた。
「まったく、朝から一騒ぎだぜ」
「いつもの事じゃろに」
「……違いないがな」
いい加減、普通の生活ってものを運んでくれないもんかね? うちの神さんは。
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