第41話「でこぼこファミリーと行列グルメ」
コロッケは売れた。
売れに売れた。
売れて売れて、大変な騒ぎになるほどだ。
しかも売値は銅貨十枚。つまり100円だ。
なぜかこの世界、100円に相当する硬貨が流通していないので、銅貨だらけになる……と思ったら。
「こっち! コロッケ10個!」
「おい横入りすんなよ! こっちコロッケ20個!」
「ふざけんなこっちが先だろう! コロッケ10個!」
こんな調子である。
どうやらお得であることに加えて、共同購入者まで増えているらしい。銀貨だらけになっているらしい。
それほど連日の行列なのだ。
食堂の一部に、コロッケ専用のカウンターを作って対処しているほどだ。
コロッケはそれほど難しい料理では無い。
作り方を知っていればだ。
だからすぐに真似されると思っていたのだが、これがまったく上手くいっていないようだった。
一つは脂である。
ラードの納入は可能な限り秘密にやっているので、まずこの情報が漏れるのに時間が掛かった。
もちろん調理している人間が大量にいるのだ。それもスラムで暮らしていた人間だ。
情報自体が漏れるのは覚悟していた。
だが、情報が漏れた後も、一向にラード油が流行っている様子が見られない。
そこでロットンに頼んで調査してもらうと、単純な事実がわかった。
この国でラードを扱う権利を持つ商会が、実は一カ所しか無かったのだ。
俺はそんな所と安価に卸してもらう契約をしてきたのだ。
当然ラードが油として利用可能だとわかった時点で、ラードの値段は跳ね上がった。
つまり、後追いの飲食店が同じようにラードを仕入れても、食用油よりちょっと安い程度の値段でしか手に入らないのだ。
そりゃあ、後追いも増えないだろう。
もう一つコロッケの製法が広がらなかった理由がある。
それがパン粉だ。
飲食ギルドに特注したパン粉。
わざわざ乾燥したパンを細かくするという発想が無かったらしい。これはテッサのヴェリエーロ商会ですら気がつかなかった方法なのであたりまえとも言える。
驚いたのは納品されたパン粉を見て、元がパンだったと気が付く人間がほとんどいなかった事だ。
もちろん信頼出来る料理長だけは知っているが、わざわざ周りに教えることも無い。
実際にはもう少しコロッケを販売する店が増えてくれた方が、逆に人を呼び込めるのだが、現状では都市伝説のレベルまで国中に噂が広がり、とにかく毎日長蛇の列が出来ている。
そしてコロッケの購入待ちを狙った、軽食の露店が乱立するという訳のわからない状況まで出来てしまった。
とにかく元スラム周辺の景気は天井知らずに上がっていった。
持ち帰り専用のカウンターは、仮設に仮設を重ね、増築しまくっている。
すでにコロッケを食べる事がセビテスの流行の一端になるほどだ。
「ははは! コロッケを食べたこと無いって!? キミは本当にセビテス国民かい!?」
こんな自慢が飛び交うレベルである。
しまいには転売屋まで現れた。
……お前ら食い物まで転売すんなよ。
とも思ったが、一人の購入数を十個に制限することで、ある程度は抑える事に成功した。
ほぼ全員が十個買っていくので、硬貨のやり取りも楽になった。
まぁ最初の頃は文句も出たが、そういう輩の大半は転売屋だったので、ヤラライの一睨みでお帰りいただいた。
流石最強のセ○ムだぜ。
ちなみに転売価格の最高値は三千円だったらしい。
ぼりすぎだと思ったが、買う奴もどうかと思うぞ?
食堂の経営者からは値上げ要求を再三受けたが、全て却下した。
コロッケは原価が上がらない限りこの価格でやるんだよ。
ロットンの説得も無かったら、勝手に値上げしていたかも知れない。
この世界で売れたら値上げは普通の事なのだ。
だからこそ、値段を守る事によって、顧客の数を増やせるのだ。
薄利多売……。いや、実際にはかなりの利益が出ているが、さすがにそれは今だけだろう。それは経営者もわかっているらしい。だからこそ値上げしたかったみたいだが、狙いはそこでは無いのだ。
持ち帰りカウンターは存在するが、メインは食堂である。当然テーブルで酒と料理を出すのが本分である。
そこで食堂のキラーコンテンツとして提供したメニューが……。
「とんかつ定食三つ!」
「こっちはとんかつ追加!」
「とんかつ定食まだぁ!?」
そう。ドワーフいちころのとんかつだ。
数は少ないが豚肉が流通していたので、利益商品としてメニューに提供したのだ。
すると、豚肉の流通価格が上がるほど人気になってしまった。
さすがにこっちは値上げするなとは言えず、日に日に値段が上がっているのだが、一部の小金持ちで話題になっているらしく、こちらも盛況であった。
人気の理由がもう一つある。
それはとんかつ定食にはコロッケが一つ付くのだ。
行列が嫌なグルメどもは、結構な値段まで上がってしまったとんかつ定食を、最初はコロッケ目当てで注文したのだが、当然口にするとんかつにひっくり返ることになった。
コロッケで小金持ちを釣る。
まさに大漁であった。
アデール商会が品質の良いバッファロージャーキーを喜んでいたことから、グルメは相当数いると踏んでいたが、想像以上だった。
仮設食堂は連日の大賑わいであった。
だがな、ハッグ。
最近俺が夕飯を作れないからって入り浸るのはどうかと思うぞ?
ラードのとんかつ美味しいよな……。
関係者特権で並ばずに食堂に入れるのを良いことに、毎日とんかつ喰っては、出来について語ってるんだもんな、そりゃ日ごとに味も上がるってもんだ。
回りからは、特別アドバイザーだと思われてるのが救いだった。
そもそもこの世界、特別扱いがいることに対してさして抵抗感が無い。
より金を払う者、権力がある者が優遇される生活感なのだ。
だから、購入制限に関しては文句を言っても、高い金を払ってコロッケを食べる人間に文句を言う人間はいない。
酒も提供する食堂なので夜も営業しているのだが、少々笑ったのはミシン工房の職人ドワーフたちが入り浸っていたことだ。
ハッグにでもとんかつの話を聞いたのだろ。連日パンも食わずに酒ととんかつを大量に消費していく。
ミシンで生まれた雇用が新たな雇用を生む。
まさに経済循環だ。
初めは昼から営業していたのだが、現在では朝の炊き出しが終わったら、すぐにコロッケの販売を開始せざるを得ない状況だ。
そういえばこの国は割と景気が良いのだ。格差があるだけで。
おかげで、西スラム周辺はすでに人手が足りないような状況になりつつあり、すでにスラムとは言えない状況まで良くなっていた。
日ごとに新たな建物が建築され、道が舗装され、それまで放置されていた危険物件が取り壊されていくのだ。
幸い金と人手は十分だ。
ピラミッドでも作るのかというほどの人海戦術で、あれよあれよと言う間にスラムは、立派な工房区画へと生まれ変わっていた。
特に通り沿いはコロッケの食堂からあぶれた客を狙う飲食店も乱立し、底値だった地価も、今やセビテスでも一、二を争う人気物件と化していた。
最近では東スラムの人間もかなりの数、職についているという。
そりゃこんだけ突貫工事の嵐じゃな。
忙しくも順調な日々が過ぎていったある日の事だ。
とうとう例の声が頭の中に流れ出した。
【クエストクリアーを確認いたしました。SHOPの商品が増えました】
ようやく。
待ちに待っていた、依り代の治療薬が承認されたのだった。
長かったぜ……。
2巻6/17発売です