第40話「でこぼこファミリーと新名物」
セビテスのスラムに居座ってかなりの時間が経った。
ドドルの奴へのお仕置きも終わり、俺に日常が戻ったかと言えばさにあらず、そもそもセビテスでやるべき事は別なのだ。あくまでドドルへの仕打ちはついでというやつだ。
ではセビテスでやることとは?
「アキラさん、依り代の人たちはビオラさんに任せてきたよ」
「おう、お疲れ。戻って来て早々悪いんだが、向こうの食堂の手伝いを頼む」
「わかったよ!」
筋肉エルフ、ヤラライの娘である、金髪少女のラライラが元気に仮設食堂へと飛んでいった。
高校生前後くらいにしか見えないが、あれでも俺より大分年上らしい。異世界ってのは不思議なところだぜ。
俺たちが日々忙しく走り回っているのは、俺の持つ能力の一つ、SHOPという何も無いところから買い物出来る能力から派生した、クエストというシステムのせいだ。
本来であれば、自称神さまのおつかいなんぞ無視したいところではあるのだが、今回ばかりはやるしか無い。
ゴブリンハザードという災害で、精神に重篤な症状を持ってしまった女性たち……ここでは依り代と呼ばれる状態の彼女たちを救うために、このクエストのクリアーが必須となってしまったのだ。
クエストの内容は、メルヘス神のシンボルを100人単位で配ること。
そこには信頼を勝ち取ったら配れと明記してあったが、そんな判断こちらから出来る訳も無いので、今回ばらまき戦法を取ることにした。
今まで朝夕とやっていた炊き出しは朝のみに変更、それも西スラムが中心になって作った自治会に入会した者のみとなっている。
入会の印に、メルヘス神の木彫りを配る事にしたのだ。
シンボルが特に宗教関係だという事は伝えていないので、みんな基本的には自治会のマークだと思っている。
だが、ギロとクラリが気を利かせて、俺が配っている物だと吹聴しているらしく、なんだか商売の縁起物みたいな扱いもされているらしい。
なんとなく誰かの術中に嵌まっている気がするがそこは気にしないことにしよう。
現在、縫製工房の横に、仮設で大きな食堂が作られている。これは俺が作製したスラム自立支援プログラムの一環だ。
まず、ミシンを使った縫製工房への雇用。これは巨乳服飾ギルド長のフェリシア・モールレッドとの約束なので比較的すんなりと事が運んだ。
既にミシンは30台を越えて稼働しているらしい。
元の予算からは考えられない台数だが、アデール商会のテコ入れによって、巨大な工房になったのだ。
もちろんミシンだけで全てが縫えるわけでも無いので、縫い子の数も相当数入れている。
半分は服飾ギルド員から。半分はスラムから。そのスラムの人間も真面目に1年仕事をすれば晴れてギルド員になれる事となっている。
ミシン1台の単価も若干下がったらしく、現在ミシンの製作を一手に引き受けている鍛冶ギルドもフル回転らしい。
秘密を守るために、各工房に部品を一つずつ作らせる方式をとることによって、生産数を一気に引き上げた。
これは俺が提案した。
日本の自動車製造などで使われる、かんばん方式を簡略化して採用した。
秘密保持に若干不安が残ったが、特に重要な部品などは、初めの工房に集中させることでそのリスクを減らすことにした。
そもそも鍛冶ギルドが自信満々に、秘密保持は工房ごとに厳しく見ていると豪語するので、それを信用したという事もある。
そして数百人規模の縫製工房となった従業員の腹を満たすために、計画食堂をあらかじめ作らせたわけだ。
残念ながら大規模な工房と言えど、スラムの人間全員を雇うほどのキャパはない。
そこで少しでも職を増やすために作ってもらったのだ。
現在は仮設だが、現在きちんとした食堂を建設中だ。
メニューの作製にも参加した。
利益の出る定食と、薄利多売の料理とに分ける作戦だ。
幸いこの世界の調味料の知識などは、元ピラタス、現テッサでかなり身についていたので、割と楽だった。
とにかく安くて美味い物!
それを目指して作った料理だ。
現在の主力はコロッケである!
ここセビテスは、テッサに比べてジャガイモの流通量がかなり豊富だった。
これは農業が盛んだというレイクレルとの流通がかなり盛んだかららしい。
比較的安価で手に入る品物だ。
だが、コロッケを初めとした揚げ物をメニューに載せられるようになったのには別の理由がある。
それが油だ。
とうぜん食用油など、あっても高価なこの世界だ。
そこをクリアーしたのが、なんとはぐれバッファローだった。
それは町で買い物しているときの事だった。
◆
「アキラさん、やっぱりセビテスの露店は賑わってるね!」
「ああ。活気があって何よりだ」
俺とラライラが、何か料理のネタになりそうな物が無いかと露天通りをうろついている時の話だ。
「やあ! そこのべっぴんさん……お!? エルフ!? エルフの彼女持ちの彼氏さん!」
「え!? え!?」
「慌てるな、ただの客引きだよ」
「たはー! 人生の勝者は余裕だねぇ!」
「ツレは友人の娘だよ。それより何か面白い物でもあるのか?」
……なんでラライラは急に表情を暗くしたんだ? まあいいか。
普通、こういう呼び込みをしている店は、日本であればあまり信用しなかった。
だがこの世界は違う。単純に呼び込みは手法であり、品物の質とは比例しないことが多い。もちろんピンキリではあるが。
自分の目で確かめなければいけないのは、良し悪しと言ったところか。
「そりゃもう! 兄さん見事な艶の黒髪だね! 滅多に見ないよ!」
「そりゃどうも」
調子の良い露店を覗いてみると、土の瓶にぎっしりと白い物が詰まっていた。
「なんだこりゃ?」
「おや? お客さん知らないのかい? てっきりその艶はこれで出してるんだと思ったんだが」
「艶出し?」
ワックスみたいなもんか?
「ああ! 鮮度抜群! はぐれバッファローの脂さ! これで髪型を決めればそっちのエルフさんだって惚れ直すこと——」
「……ああああ! これ! ラードか!?」
つい店員の声を遮って叫んでしまった。
正確には豚の脂の事をラードと呼ぶらしいのだが、謎翻訳さんは、普通に通じてくれた。
「え? あ、ああ、最高級のラードだぜ? 特にバッファローの脂は変質しにくく……」
「その瓶一つでいくらだ?」
「瓶? 貝殻ひとすくいの値段じゃなくてか?」
「ああ、瓶の値段が知りたい」
「あー……そうだぁ……まとめ買いしてくれるんなら……特別に銀貨十枚でいいですぜ?」
「一万円か。よし。ここに出てる全部の瓶を買おう」
「ええ!? 十瓶もあるぞ!?」
「構わない。それより頼みがあるんだ」
「な、なんだ?」
「あんたがマージンを取って構わないから、大量購入出来るようにして欲しい」
「はぁ!?」
「……えっと、アキラさん? そんなに髪が気になってたの?」
ラライラが妙なことを言い出した。
いや、彼女がそういう疑問を持つという事は、この世界でのラードの使い道はほとんど整髪剤なのだろう。
「違う違う。ラードって奴は、整髪以外にももっと良い使い方があるんだよ。まずは問屋から、衛生状態の確認だな」
「え……兄さんどいういう……?」
「ほら、十万円だ。悪いが急ぎで仕入れ先に案内してくれ。ああ、ちゃんとアンタの取り分は保証する」
俺が金貨を十枚手渡すと、目を丸くして絶句する露天商。
「え? え?」
「商人だろう? 口より足を動かせよ」
「あ、ああ。お、俺の取り分は保証してくれるんだよな?」
「それが嫌なら最初から無言で立ち去って、自力で問屋を探すつーの」
「それもそうか。……わかったこっちだ。ついてきてくれ」
案内された問屋で、早速細かい決め事と契約を交わした。
「はー……まさか熱を通すと油になるとはなぁ。たまげたぜ」
「気がつかなきゃ気がつかないもんだ。あんたたちが油として販売するのは構わないが、契約通り、今決めた値段でこっちには卸してくれよ?」
「ちゃっかりしてやがる、と言いたいが、こりゃあこっちが儲けさせてもらえるからな」
「なに、お互い様だ。よろしく頼むぜ」
「おう!」
そんな感じで、俺は大量のラードを手に入れる事に成功したのだ。
そして、そのラードを使って揚げたコロッケは……。
「うめぇええええええ!!! なんだこれ! めっちゃ美味いよアキラ兄ちゃん!」
「美味しいです!」
「こ……これはまたとんでもなく味が良い。ジャガイモの食べ方など茹でるくらいしかないと思っていましたが……」
試食に付き合ってもらったのはギロとクラリ、それとロットンだ。
ロットンはしきりに片眼鏡の位置を指で直していた。それほど衝撃的だったのだろう。
「まぁある程度手間は掛かるが、それは逆に人手が必要になるだろ? 単価は安いから薄利多売が基本になるがな」
「いえいえ。これは売れるでしょう。しかも比較的簡単に大量に作れるのも良いかと」
「あんたが売れるって言うなら、間違い無いだろうな」
「先に飲食ギルドを巻き込んでおいて良かったですよ。全く。先手を打っていなかったらギルドの強権で料理法だけ取り上げられて、商売出来ないところでしたよ」
「いやいや、食堂の建設はあんたのおかげだぜ」
「ははは、それなりの利益は見込んでいますから」
「この辺の建築資材の大部分がアデール商会だって聞いたぜ?」
「良い物を卸させていただいています」
「ははは」
「ふふふ」
俺とロットンがにこやかに笑い合っていると、ギロが眉根をしかめてぼそりと言った。
「……なんかおっちゃんと兄ちゃん怖えよ」
「ギロ……二人は大人なのよ」
「大人こええな」
成長したまえ、少年少女よ。
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来月、6月17日となります。
お手にとっていただけたら幸いです!!