第18話「荒野のしょんぼり幼女」
「一ヶ月か……」
ある程度の滞在は覚悟していたが一ヶ月とはさすがに想定外だ。
短期滞在を見越した商談をしたのは失敗だったかもしれない。
いやヴェリエーロ商会意外に行けばいいだけの事か。
最初は商売も慎重に行う予定だったが、だんだん面倒になってきたので、SHOPパワー全開で稼いじゃおうかな、なんて路線変更を考えていた。
とりあえずやることが無くなったので宿に戻る。
「あれ、お客さん?」
部屋に入るとナルニア女史がいた。今度はパンツ一丁ではなかった。
もっとも幼女の裸に何の感慨もないのでどうでもいいが。
「ただいま。……掃除中か?」
「はい掃除ですよ。この部屋が最後です」
「そいつはお疲れさん」
邪魔しないように廊下に出ていると、ナルニアは例の棒付き飴玉に見えるヤツを取り出して「綺麗になれー」と呟いた。部屋が一瞬光る様は相変わらず不思議現象だ。
ナルニアはベッドのシーツを整えて、掃き掃除をして「終了!」と元気よく宣言した。
「シーツは交換しないのか?」
「今空理具で綺麗にしたじゃないですか」
彼女は不思議な事を言ったが、むしろ彼女は俺が不思議な事を言ったと顔に出していた。
「それを使えば布類も綺麗になるのか?」
「そうですよ、トイレだって綺麗になりますし、道の馬糞跡なんかもこれで綺麗にしてますから、大通りは汚れてなかったでしょ」
「ほう」
どうやら掃除の空理具というのは俺が考える以上に優秀なシロモノのようだ。
「なあ、それちょっと貸してくれないか?」
「え? それはちょっと……」
「少し試してみたいことがあるんだ。ああそうだ、これをやるよ。俺は飴玉を二つ取り出してナルニアに渡した。
「なんですかこれ?」
「飴だよ、食べたことないか?」
「食べ物なんですか? これ?」
ビニールパッケージされた半透明の色つきあめ玉をしげしげと矯めつ眇めつする少女。
「ああ、でも噛んじゃダメだぞ、口の中で溶かすんだ」
「はぁ、では……」
「待った! 袋は食べられないから! 中身だけだ!」
ナルニアが袋のまま口に放り込もうとしていた飴玉を咄嗟に掴む。
「この透明の袋は食べられないから、ほら、口を開けろ」
俺は袋から取り出して飴玉をナルニアの口に放り込んだ。
「はむっ……ん……んんん!」
彼女は最初怪訝な顔をしていたのだが、次第にその表情があめ玉のように溶けていく。両手を頬に当てて飛び上がりながら叫んだ。
「あま~い! おいし~い!」
幼女が表情を崩して一心に飴玉を頬張る姿はほっこりするね。嫌な女性に育たないで欲しいものだ。
夢中で舐め回しているので、俺は邪魔をせずに待つことにした。
「あああ……無くなっちゃった……」
しばし後に口内から消えてしまったのか、しょんぼり幼女が誕生した。
「さっきの、空理具ってのを使わせてくれたらもう一個やるよ」
「ほんと!? うう……盗って逃げない?」
「それを警戒してたのかよ! そんな非道な事はしねぇよ! 俺も使えるなら買おうかと思ったんだよ!」
「なんだ、始めから言ってくださいよー。じゃあはい」
「おう……」
手渡された金属の棒付き飴玉風味な謎物体をじっと見る。思ったより重くはなかった。
手に持っただけではどういう動きをするものかさっぱりわからない、何かスイッチでも付いているのかと思っていたが、それらしい物もない。
「で、どうやって使うんだ?」
「綺麗にしたいものを想像して、きれいになれーって言うんだよ」
飴玉のせいで距離感が縮まったのかナルニアの言葉使いがだんだんラフになっている。もちろん特に気にならない。
俺はシャツを脱いで手に持った、何日も着替えられずに汗を吸いまくり埃をかぶって大分汚れが目立つYシャツだ。こんなので商談に行ってしまってよく話が進められたものだ。
そこで躊躇する。
綺麗になれーと宣言するのってえらく恥ずかしいんですが……。思うだけじゃダメなのか?
ダメ元でYシャツが真っ白になってパリッと糊付けされたクリーニング上がりのシャツをイメージして空理具を近づけた。
すると空理具に「何か」がちょっとだけ流れこむ感覚と共にシャツが一瞬光る。
するとイメージしていたクリーニングシャツそのものへと姿を変えていた、ただ表面には少々の砂が乗っている。
やはり完全に綺麗になるわけではないようだと、嬉しさ半分でシャツを見ていると、ナルニアがその砂を軽くはたいた。
すると砂は簡単に地面に落ちシャツは綺麗に変化していた。
「おお」
「お客さん、汚れはみんな砂になるんだよ、だから叩けば大丈夫。洗濯屋さんで追加料金を払ってもやってくれるけどね」
「ふーん、追加料金を払わないとどうなるんだ?」
「普通に足踏みの洗濯だよ。川の水で」
「なるほど」
どうせなら全部この空理具を使えば環境にも優しそうだけどな。商売的な観点でそうなっているのだろう。
「ありがとう、じゃあ約束の飴だ、さっきと味が違うぞ」
空理具を返して飴玉を口の中に放り込んでやった。さっきはイチゴ味。今度はレモン味だ。
「んんん~」
一心不乱に飴玉を溶かし始めた。
この子へのチップは銅貨よりこっちのほうが良さそうだな。
「空理具か……なあ、これを売ってる店はどこにある? 出来ればボッたくられない店がいいんだが」
「……んん~」
幼女がもの凄く悲しそうな瞳で俺を見上げた。
「舐め終わってからでいいから……」
数分椅子で待っていると、悲しい表情になったナルニア。舐め終わったらしい。
「それなら広場近くの大通りだよ、ここから大通りを真っ直ぐ広場に進んで広場手前の左側だよ。看板は黒地に白い3本線だよ」
「それなら見た覚えがあるな、わかった。行ってみる」
「いってらっしゃーい」
一瞬チップにあめ玉でもやろうかと思ったが虫歯になってもやだからな、このくらいにしておこう。
俺はそのまま部屋を出た。
しばらく歩くとお目当ての黒地に白の3本線が描かれた木製の四角い看板が吊るされた店の前につく。
よく見ると宿で使われていたような握りこぶし大のガラスがレンガの代わりにいくつも埋め込まれていて、他の店と比べるとかなり高級感があった。
ただガラスはすりガラスなのか濁っていて中の様子は伺えない。明かり取りなのだろう。
さて中に入ろうかとドアに手を伸ばしかけたところで、内側からそのドアは開かれた。
「……あれ? チェリナ……おっと失礼いたしました奇遇ですねヴェリエーロさん」
出てきたのは誰であろう、鮮やかな紅につつまれた巨乳お嬢さんチェリナ・ヴェリエーロ嬢その人であった。
「あら、アキラ様ではありませんか、こんにちは。それと私のことはチェリナと呼んでいただいて構いませんわ」
「いえいえ、とっさの事で失礼いたしました。根が田舎者なもので」
軽く頭を下げると微笑まれた。
「それでアキラ様はこちらに商談にいらしたのですか?」
若干チェリナの瞳が鋭くなった気がする。
「商談とは違いますね、普通に買い物です。こちらで空理具という便利な物が売っているらしいので拝見させてもらおうと」
「そうですか、ここの空理具のいくつかは私どもの商会が卸させていただいているので品質は確かですよ」
「それは素晴らしいですね、それならば……」
「ただし私どもが商いは、仕入れて卸す、です。ですから小売はいたしませんわよ?」
言いたい事を先読まれコロコロと笑われてしまった。やっぱり女は油断できん。
「それではこちらで拝見させてもらうことにしますね」
俺はそう言って店に入ったのだが、なぜかチェリナ嬢も店の中についてきた。