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プロローグ―後―


 どこにでもあるビジネスホテルの一室だった。


 当たり外れの激しいジャンルではあるが、今日のホテルは随分と年季の入った部屋であった。


 まずもって壁のシミ、水漏れ、異臭、妙な漏れるような雑音もするし薄暗い部屋の隅は埃が溜まってる。さらに部屋の構造そのものが柱や配管スペースのせいで凹凸になっており酷く狭い。


 まぁそんなのはいいんだけどな、何よりも許せない事がある。それはベッド横に申し訳程度に作られたテーブルの上にある見慣れたシンボルマーク。


『禁煙 No smoking』


 そんなふざけた印である。

 くっそ。


 こんなゴミみたいな部屋なんだからタバコくらい良いじゃねぇか。ってかこの部屋タバコより臭えんじゃねぇか?!


 ……うん。臭いな。うん臭い。つまりここでちょっと一本くらい吸ったところで誰もわからんよな? よし吸おう。


 俺はキャリーバッグから新品のタバコを一箱取り出してビニールを剥ぎ取る。銀紙をめくると独特の香りが鼻を打つ。


 うむ。やっぱり仕事が終わったらこれが無いとな。


 携帯灰皿とライターも取り出して準備万端。


 一本咥えて火を点けようとしたその瞬間、いつもの日課を思い出し、キャリーバッグから小さな木彫の彫刻を取り出した。


 漢字の土の字と円形を組み合わせたような粗末な作り。漢字の「画」にも見える。まるで小学生が工作で作ったようなシロモノだが、ソレもそのはず俺が小学生の時に工作の時間で作ったもんだ。


 なんでこんな物を持っているかと言うと、工作の時間にコレを彫り終わった時に先生に質問されたのが原因だ。


「これは何を作ったのかな?」


 言われてから気づく。これは何だろうと。なんとなく何も考えずに彫刻刀の赴くままに出来上がった謎シンボル。


 困った、非常に困った。今考えるときっとあの教師の質問そのものには意味が無かったのだろう。それこそ特に意味もなく会話の一つとして聞いただけなのだろう。


 だが当時どんなことでも真面目に考えすぎる良い子……というかむしろ馬鹿であったため、それは何かでないといけないと思ったのだ。だから……


「ふう……今日もクソ碌でもない仕事の出張が無事に終わってありがとさん」


 小学生作、謎の神さまにいつもの生存報告を行った。


 あの日以来の癖みたいなもんだ。たまに愚痴にも付き合ってもらってる。オリジナル神さま。ふん笑えば笑え。精神安定にはそれなりに役にたっているのだ。


 今日は碌でもない上司の顔も、見下すような視線を向けてくる女同僚も、小馬鹿にしてくる同期もいない。それだけで幸せな一日と言えるだろう。


 それはそれとしてウチの総務部には何度言ったら喫煙室を予約してくれるんだ??

 あいつら本当に記憶力ねぇのな。そのくせ経費はケチるし……。


 まあいいや、それこそ考え過ぎたら疲れるだけだ。世界をまともに相手していたら疲れるだけってのはとっくに学んだろ?


 ふと咥えたままのたばこの存在を思い出した。


 そうそう、こいつに火を入れれば世は全て事もなし。そうだろ?


 ベッドの縁に腰を下ろしてキャリーバッグに片足を乗せる。

 その格好でライターの火打ち石に指を掛ける。


 もしかしたら。

 この時もっとよく周りを注意していたら。

 いくら場末の激安ビジネスホテルといえど。

 あの玉ねぎの腐ったような異臭と。

 空気が漏れるような音。


 もしかしたら。

 くだらない会議で一刻もはやく部屋で一服したいと焦っていなかったら。


 もしかしたら。

 それは起きなかったかもしれない。


 ライターの火打ち石が小気味よい音を放った瞬間。


 世界は爆発した。



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― 新着の感想 ―
[一言] 火気厳禁って書いとけよ。 いや、てか火気厳禁なホテルって何だそれ。
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