第35話「でこぼこファミリーと詐欺師の手法」
明日用事のため、1日早く投稿しました。
ハンション村村長ドドル・メッサーラの豪邸。
それは豪勢な邸宅である。村長という肩書きからは立派すぎる建物だ。分不相応という言葉がぴったりだろう。
何よりその建物がある場所がハンション村ではなく、都市国家セビテスの中にあった。村長という肩書きすら分不相応だろう。現在ハンション村は、ゴブリンハザードの復旧で忙しいはずだ。
どうしてその村長が別の町にいるというのだ。
俺はにこやかにドドルに提案した。
「メッサーラ村長様には、この国宝級である姿見の鏡……三百枚を購入いただき、ぜひその利益をハンション村の復旧に充てて欲しいのです」
「な……なるほど」
名誉職である村長という部分を強調することによって、商談から逃げられないようにする。いや、もはやこれは商談ですらない。そう、これは復旧のための金策なのだ。
だから俺という商人は、村長に対して利益を強調出来る。
これが商談であれば相手に利益を強調するなどあり得ない。普通に考えたらただの詐欺だろう。
普通に考えたらばだ。
「いかがでしょう? だからこそ、一括取引を提案しております」
「まぁ……そうだな……」
村長という顔が、この商談を別の形に変えていく。だが本人はそれに全く気がついていない。
「もし……もし決めていただけるのであれば……断腸の思いで……鏡の単価を350万にお引きしましょう」
「……なに?」
「見てください、この立派な姿見の鏡を! 歪み一つ無く、曇り一つ無い! 今までこれほどの鏡を見たことがありますか!?」
「い、いや……」
「そう! この王侯貴族すら持つ者はいないこの! 素晴らしき鏡を! たったの350万で! お売りしようと言うのです!」
俺の大仰な仕草は目に入らないらしく、俺からしたら量販店に良くある普通の姿見を凝視するドドル。自分の間抜け面なんぞ見つめた所で答えなんて無いだろうに。
「そう……そうすればグラハ商会の利益は1億5千万円! 村の復旧に大きく貢献できるのではないでしょうか?」
「あ? ああ……うむ。そうだな」
はんっ! あんた顔に書いてあるぜ? 1円すら村に渡す気は無いってな!
「利益が……1億……5千万円……」
「ええ。いかがでしょう?」
「そ……そうだな……村の為……うむ。村の為にそのくらいの金はあってもいいかもしれんな……」
必死に冷静を保とうとするが、全くもって成功していない。引き攣った表情が俺を苛立たせる。
「はい。それではお話を進めましょう」
「う……うむ」
「それでは鏡の価格を350万として……」
「いや、ちょっと待て」
脂汗を流しながら、顔を上げるドドル。
「一体いくらになるのだ?」
暗算くらいできねぇのかよ……。
「……10億と5000万円ですね」
「なっ!? なんっ!? 10億!?」
「10億と5000万円です」
あえてしっかりと繰り返す。まるで当たり前だというツラで。
「馬鹿か!? 10億など用意出来る金額なわけなかろう! 大商会とてそんな額は扱わんわ!」
まぁそうだろうな。
チェリナん所のヴェリエーロ商会とて、ひとつの取引で10億なんて商談はさすがに無いだろう。
「何をおっしゃっているんです? 鏡の単価が400万円であれば、12億円だったのですよ? 1億5000万円も安くなったのですよ? ハンション村の事がなければ、1億5000万円も値引いたりしません……それとも1億5000万も値引きしてまだご不満ですと?」
「いや……それは……しかし!」
単価で言えば50万の値引き。だが総計なれば1億5000万円という単位になる。相手に提示する単位を切り替えることによって、相手にとんでもない値引きだと錯覚させるテクニック。
詐欺師がローンを組ませるのに、一日コーヒー一杯分ですよと耳元で囁くのに似ている。
「結果的にグラハ商会が手にする利益は膨大なものになるでしょう。先ほどは500万で売れば良いと言いましたが、それ以上で売ることも可能では? つまり仕入れ値の倍値で売ることも可能かと」
「ば……倍? 10億の……倍?」
もはや顔面を蒼白にして呟くドドル。どうせこいつの中では「じゃあ一枚600万で売れたら……だいたい倍?」とかどんぶり勘定してるんだろうな。
勝手に妄想してもらうのが最適である。夢を見れば見るほど抜け出せない。
そもそも村の復旧の為と言って、グラハ商会の利益、と言い直してドドルの心に突き刺しているのだ。奴の中に全額が手に入る想像を誘導したのだ。
……本当にゴミだな、こいつ。
「ええ。グラハ商会はこの国の上流階級に顔が利くだけでなく、近隣諸国の王侯貴族とも取引があるとか。これほどの品です。一体どれだけの利益になるでしょうね?」
俺が言っていることに嘘はない。
調べた限り、グラハ商会の取引先を考えたら、この世界のオーパーツ。700万円で取引することすら可能だろう。
そう——それが1枚であればだ。
いや、もしかしたら百枚であっても、大きな利益をあげられるかもしれない。だがドドルはわかっていない。レア製品というのは数がないからこそ、価値があるものなのだ。
それでも世界で三百枚であるのならば、充分にレアリティーは高いだろう。ソシャゲであればレジェンダリーとかSSRとか虹色に光るレベルだろう。
そしてグラハ商会という商会が、三百枚の激レアを激レアのまま捌ける商会であるというのが落とし穴なのだ。
「……し……しかし……なるほど……、復旧のために……だが……いくらなんでも現金が無い。あるわけが無い……」
「ええ。そうでしょうね」
「……なんだって?」
俺の冷静な返答に、顔を歪めて視線を向けてきた。
「もし、全ての金額を借りられると言ったらどうします?」
「な……なんだと?」
「10億と5000万円を即金で借りられるとしたら、どうしますか?」
「は……はは……ありえん……ありえんよ。下手をすれば国家予算と言っても良い金額を、現金で?」
「正確には現金のやり取りはありません」
「……なに?」
「ある商会と証文を組んでいただきます。名目としては10億と5000万円の借り入れです」
「だから、そんな現金は……」
「その証文を組んでいただいた時点で、鏡は全てメッサーラ村長様に納品いたします」
「……なんだと?」
「ただしその証文の現金の受け渡し人は私にしていただきます」
「待て、どういう事だ?」
「現金のやり取りは私と商会で行うのですよ。メッサーラ様にお手間はおかけしません」
「それでは私は何のために借り入れをするというのだ!」
「ああ、ご心配なく。借り入れの書類作成時に、鏡の取引証書も作成いたします」
「まてまて、話が見えん」
頭悪いなこいつ。
「取引を私、メッサーラ様、商会の三つで同時に行うのですよ」
「どういうことだ?」
「私とメッサーラ様の取引は、鏡を三百枚納品と引き換えに現金をいただく事ですが、メッサーラ様は現金がありません」
「う、うむ。無いというわけでは無いが……」
俺はそれを無視して続ける。あんたの見栄なんぞどうでもいい。
「そこでメッサーラ様と商会で現金の借り入れを行います。そこで商会はメッサーラ様への貸し付け証書を作成します。ここまではわかりますか?」
「ぬ……わ、わかるぞ」
話の流れが確定されていることにも気がつかずに必死に見栄を張る村長。騙しやすい奴だぜ。
「そこで私が三百枚の鏡をメッサーラ様に納品すると同時に、今度は私が商会と貸し付け証書を作成するのです」
「……なに?」
「私が商会に対して貸し付け証書を発行するわけです。メッサーラ様の代わりに商会が鏡代を支払うという形ですね」
「ぬ……? つ、つまり?」
「鏡代の貸し付けを商会にすると言う事は、つまり鏡代を私が受け取るのと同じ意味なのですよ」
「う……う?」
どうも良くわかってないらしい。
まぁしょうがないか……。
「それらの取引は全てこの国の公正取引所にて行いましょう。取引に矛盾が無いかは、そこの職員に確認していただいても良いかと」
「な、なるほど」
「私は鏡の代金を商会に、商会はメッサーラ様に貸し付け証書を作成。そしてメッサーラ様の手元には三百枚の姿見の鏡が納品されます」
「おおお! ようやくわかったぞ! だから現金が必要無いと!」
「さすがですメッサーラ様」
「……しかしそれではお主が儲からぬのでは?」
「何を言ってるのですか、商会に対する貸し付けを、公正取引所で交わすのですよ? 少しずつ返してもらえば良いのですよ。村長様と違って今すぐ現金が必要なわけでは無いですからね」
「なるほど……」
「商会もハンション村の復旧をお手伝い出来るならと、低金利を提案しております」
「なに……?」
「信じられないかも知れませんが、年で5%で良いと言っております」
「なんだとぉ!?」
「全て公正取引所にて契約しますので、嘘偽りはありません」
「おお……」
「もちろん、鏡が直ぐに売れて、返却が早くなれば、その分金利は安くなります」
「ほ、本当なのか?」
「ええ。神に誓って……ただし」
「ん?」
「今日中の契約が条件になります」
さて、締めにかかろうか。