第34話「でこぼこファミリーと奈落の商談」
そこは高級住宅街の中でも一際豪邸の並ぶ一角だった。
今日の服装はYシャツにスラックス。
目の前で偉そうに座っているのは、ハンション村村長ドドル・メッサーラ30歳(見た目50歳)だ。
昨日商談と称して訪れたときには会えなかったが、サンプルとして置いていった姿見の鏡が効いたのだろう、今日はドドルが直接出てきた。
商談はドドル様と直接でなければ行わないという一言が良かったのかも知れない。
「さて、昨日届けてもらったそれだが、一体どこでこんなシロモノを……」
身長ほどもある大きな一枚鏡。
ガラスを作ることすら難しいというのに、それが鏡だ。ドドルが指を震わせて姿見をなで回すのも仕方が無いだろう。
「ドドル様なら私どもが乗っていた馬車の事をご存じなのでは?」
「なるほど……西の果てで発掘されたというわけか」
ドドルが着ている服は、以前チェリナにプレゼントしてもらったテッサの民族衣装をSHOPでコピーしたシロモノだ。おそらく着ているだろうと思い、今日はYシャツで訪問している。
「それで、これはいかほどで売ってもらえるのだ?」
さすが商売ベタだった。。金銭感覚が抜群だった執事もハンションに置きっ放しだからだろう、話を続けるのは楽だった。
「その話なのですが……実は当方、そちらの鏡を複数準備しております」
「な……なに!? この国宝級のシロモノをか!?」
「ええ。信じられないのも当然ですが、実物を用意して見せれば納得していただけるかと」
「おお……本当に……複数……していくつ所持しておるのだ?」
「それなのですが……」
俺は勿体ぶって言葉を切った。大げさに首を左右に振る。
「なんだ? やはり複数所持しているというのは嘘か?」
急に不機嫌になるドドル。本当にこいつは商人としては下の下だな。話の途中で嘘だとか言うか普通。
「いえいえ、実は……逆なのですよ」
「逆?」
芝居っ気たっぷりに首を振るが、それをどう取ったのか眉をしかめて首をかしげた。
「つまり、相当数の貴重品を所持していると言う事なのですよ」
「なに? それはこの鏡の事か!?」
「ええ。運が良かったのでしょう。遺跡から大量に発掘いたしまして」
「ほ……ほう!」
目の色を変えるドドル。そりゃあ下手な宝石よりも高価な巨大鏡が大量に見つかったなどと聞けば、色々と欲が出るだろうさ。
「……率直に言いますと、それで少々困っておりまして」
「困るだと? どうしてだ? 儲かって良いことでは無いか」
「メッサーラ様。商売という物は時に儲かりすぎる商談というのは成立しないものなのですよ」
「なに……? 意味がわからんが……」
まぁお前の頭じゃわからんだろうともよ。
それじゃあわかりやすく説明してやろう。わかりやすくな。
「単純な話です。大量過ぎて額が莫大になり、購入してもらえないのですよ」
「ぬ……それほどの数か……」
「ええ。小さな商会であれば手も足も出ないでしょう」
「勿体ない話だな。購入出来れば確実に儲かろうに」
「ええ全くです」
全く市場を理解していない馬鹿発見。
仕入れた物が確実に売れるとは限らないだろうに……。
「そこでですね……メッサーラ様、商会の代わりに鏡を仕入れてみませんか?」
「なん……だと?」
ドドルが困惑の声を漏らすが、間髪容れずに続けた。
こういう時、冷静に考えさせたらダメだ。
「噂でお聞きしたのですが、メッサーラ様はご親戚にグラハ商会という市民議会や三老会に顔の利く商会会長がいると」
「よく知っているな。兄のベル・グラハの商会だ」
この辺は下調べ済みだ。ドドルの兄ベルは、グラハ家に婿入りする形で商会を継いだらしい。実はドドルの父親がこの国の政治機関、三老会の重鎮なのだ。なるほど、好きかってやれるわけだ。知ったときは怒りが抑えられなかった。
「ならば話は簡単です、メッサーラ様が鏡を仕入れて、グラハ商会に捌いてもらえば良いのですよ。メッサーラ様もベル・グラハ様も儲かり、全員が幸せになれます」
「ほ、ほう……」
「私としましても、いつまでも大量の鏡を持ち歩くより、とっとと現金に出来れば有り難いのですよ」
「な、なるほどな」
「そこで!」
「ぅお!?」
急な大声でドドルがビクリと身体を震わせた。
「ある条件を飲んでいただければ……ドドル様には値段を勉強させていただきましょう」
「条件だと?」
商人風情に条件を突きつけられるのが不快なのだろう。眉間に皺を寄せた。
「ええ……。私の所持する全ての鏡を購入していただきたい。これが条件です」
「なに? 全てだと?」
「はい」
「ぬぬ……一体何枚の鏡があるというのだ?」
「三百枚」
数秒、ドドルは瞬きを繰り返し、首をかしげて俺の言葉を反芻する。そして……。
「なんだと!? 三百枚!?」
「はい。きっかり三百枚です」
「こ……この国宝が……さ……三百!?」
「はい」
絶句。驚愕。
ドドルの間抜け面に脂汗が大量に流れ出す。さすがの馬鹿と言えどその意味が少しはわかるのだろう。
国宝が三百枚。尋常な事態ではないのだ。
「いや……しかし……三百!? 一体全体いくらになるというのだ……?」
余りの事態に間抜けなセリフを零す。それを今から決めるのが仕事だろう?
もっともこいつにそんな機微がわかるわけもないが。
だから俺が決めれば良いのだ。
「本来であれば……」
ゆっくりと、語るようにゆっくりと、ハッキリと。少々偉そうに腰に手を当てて、諭すように続けた。
「これほどの鏡であれば、まぁ400万円はくだらない……というのは理解していますか?」
「ぬ……ぬう……まぁ……しかし……」
「はい。しかしグラハ商会であれば、一枚500万円で販売することなど簡単なのでは? ドドル様も目の前の鏡を見たらそのくらい出してしまうのでは?」
「ぬ……そう……かもしれぬが……」
「であれば、400万で仕入れたとすれば、少なくともグラハ商会様の利益で1億円と言う事になりますね。素晴らしい!」
「り……利益が……1億だと!?」
「はい一億円です」
まったく……全て仮定の前提っていう話で進めてるのに、よく驚いてくれる。もしこれがお芝居だったら俺の完敗だな。
「い……一億……」
「ええ。素晴らしい利益です」
「う……うむ」
「いかがでしょう? 儲けてみませんか?」
「ぬ……いや、しかし……なぜその話を私に持ってきたのだ?」
お、少しだけ冷静になったか?
だがその程度は想定済みだ。
「理由があります」
「ほう?」
「今閣下は大金を必要としていますから」
「ぬ?」
「ええ。ハンション村の復旧に必要でしょう? 早急な大金が」
「ん? ……お、おお! も、もちろんだ! そうだ。復旧には金が必要だな。ははは!」
……ぶち殺してやりてえ。今の今まで米の一粒ほども覚えてなかっただろうが。
だからこそ遠慮無くやれるというものだ。
「ですのでお手伝いする意味でも、他の方へ話を持っていく事など考えてもみなかったのですよ」
「おお……そうかそうか。なるほど、善意でな。素晴らしいことだ」
冷静を装って額の汗を拭うドドルに殺意が隠せそうに無い。
ギロとクラリと約束したのだ。こいつを死よりも辛い目にあわせると。それは復讐の約束だ。俺は復讐の代理人。こいつを地獄に墜とすのに躊躇は無い。
「それでは……ハンション村の為に、商談を進めましょう」
きっと俺の笑顔は闇のように暗かっただろう。