第31話「でこぼこファミリーとシマウマ軍団」
偶然東スラムで再開したワンパクボウズのストッドと友好を深めたいところなのだが、どうも向こうにその気は無いらしい。
「てめぇ! ウチらのシマぁ無断で入り込んで無事で済むと思ってんのかああ!?」
「なんだよ。名前教えたんだから、アキラって呼んでくれよ」
「てめぇだって俺を名前で呼ばねぇじゃねぇか!」
「シマウマのシマってギャグなのか?」
組織名なのかなんなのか知らんが<新月を駈けるシマウマ>は酷い。あとシマウマのシマ模様ってわりとギャグだよな。
「ふざけんな! ウチを馬鹿にして無事で帰った奴ぁいねぇんだぞ!? つーかてめぇーはボコる! ぜってーにだ!」
「なあヤラライ、例の奴はこの組織の人間か?」
「たぶん」
「いきなり無視してんじゃねぇのこのクソ野郎が!!!」
「意外とでかい組織なんかね?」
「わから、ん。潰すか?」
「なんでそうなる」
「無視するんじゃねえええええええ!!!」
なぜかずっとご立腹のストッドである。解せぬ。
「うーん。今日は様子見のつもりだったが……」
俺とヤラライの目が細まった。
「てめぇいい加減に俺の話を……?」
そこでようやくストッドはまわりの変化に気付いたらしい。遅いっての。
「おいストッド、なんだこいつらは」
「キュライスさん……」
俺たちを取り囲んできた男の一人がストッドに声を掛ける。髭面の強面だ。
そう、俺たちは今スラムの男たちに囲まれているのだ。ゆっくりと近寄ってきた彼らに気付かず大声をあげていたストッドが少々面白かった。
「こいつらは西のスラムに流れ着いてきた商人だよ」
「ああ? 前言ってたエルフ連れの? ……男のエルフじゃねぇか」
「いや! こいつは知らないけど俺が見たのは女のエルフだったよ!」
「……ふん。まあいい。あんたらここがどんな場所かわかって来たんだろうな?」
凄みを効かせて顔を近づけてきたが辞めて欲しい。口臭が酷かった。
「いや、ただの観光だ。適当に歩いてたらここに来ただけだ」
「観光……ねぇ?」
胡散臭そうに俺を睨め上げてくる髭面。まぁ嘘なんだけどな。
「ああ。商人の好奇心って奴かね?」
「ふん。好奇心猫を殺すって知らねぇのか?」
「キュライスさん、それなんです?」
どうやら本当に知らなかったらしいストッドが口を挟んできた。うん。空気を読めないって怖いね。
キュライスに睨まれて二歩下がり俺を睨み付けてきた。……俺関係ねぇだろ。
「まぁいい、とりあえず身ぐるみ置いてってもらおうか?」
「うーん。俺には野郎にストリップする趣味は無いんだがな」
「てめぇ……わかってて言ってんだろうな?」
「お前こそ横に立ってるエルフ見て言ってんの?」
さっきから俺に成り行きを任せっぱなしのヤラライがチラリとこちらを見た。なんで交渉事は全部俺の仕事になってんのよ。
「はっ! 精霊使いなんぞこの距離でどうしようもねぇだろ! 無知なやろうだ!」
ああ、精霊理術は精霊使いって扱いでいいのね。魔法とは言わないのに区別がむずかしい。
「あー、確かに俺は無知かも知れんが、お前らは目が悪いらしいな」
「だとぉ!?」
どっからどう見ても肉弾派だろこのネイティブアメリカン装束のエルフさんは……。
「ヤラライどうする? あんなこと言われてるが?」
「たまには、運動も、いい」
金髪ドレッドエルフは背中に担いでいた巨大なエストック、黒針を俺に放って寄越した。
「殺すなよ?」
「善処、する」
「いや、守ってくれ」
俺らの軽口がシマウマの連中に火を点けてしまったらしい、彼らはぞろぞろと集まると、ヤラライに集中攻撃を始めた。
「死ねやごらぁ!!」
「地獄に堕ちろやぁ!!」
「二度と立てないようにしてやらぁ!」
「このクソイケメンがぁ! 爆発しやがれぇ!」
「うほっいい男」
「腕の二本で許したらぁ!」
「顔だ! 顔を攻撃しろぉ!」
なんか一人頬を赤らめている奴がいたような気がするが気のせいだろう。俺は木の棒を拾ってヤラライに突っ込もうとしていたストッドの襟首を掴んで後方に引っ張った。
ついでに俺も壁際に避難する。
「てめぇ! 何しやがる!?」
「アホ、怪我するぞ」
「はぁ!? 何言ってんだてめぇは! あいつをやったら次は……」
ストッドがヤラライを指して視線をやって、そのまま言葉尻がすぼまっていく。
「……へ?」
すでに、6人の男が地面に転がっているのだ。そりゃあ驚くだろう。ヤラライならすでに全滅させていてもおかしくないのだが、あえて向かってきた奴だけ相手にしているらしい。
俺は高みの見物とばかりに、タバコを一本取り出して火を点けると、いつの間にかヤラライが目の前にいた。
「もらう」
「おい」
火を点けたばかりのタバコを奪うと、ヤラライはわざわざ敵の真ん中に戻っていった。……囲まれているのにどうやって出てきたんだよ。
新しいタバコを咥え直して、お手並みを拝見する。ストッドを抑えるのが大変だった。
ヤラライに同時に襲いかかれるのは3人から6人くらいだ。それが見るのが困難なスピードで繰り出される手刀でばたばたと倒れていくのだ。実力を見せつけるためか、身体はその場で回転する以外一切動いていない。
いや、一度タバコ取りに来たけどよ。
この辺で戦意が喪失しそうなものだが、荒れ事になれているのかむしろ敵意を剥き出しにして波状攻撃を仕掛けるが、そのことごとくが打ち倒されていく。足下に気絶した男が積み上がり、それが邪魔になるとヤラライが移動するという完全に相手をコケにした戦法だった。
始まって10分も経つと100人近い野郎が転がってて地獄絵図であった。そしてようやくシマウマの皆さんは撤退することにしたようだ。
「覚えてやがれこの長耳野郎が!」
「ぜってぇ手首もいでやるからな!」
「ああそのお耳にしゃぶりつきたかった……」
「あいつら悪魔だ!」
「頭に怒られる……」
「いいからもう逃げやしょう!」
「あいつらどうするんです!?」
「ほっとけ!」
「月の無い夜は背中に気をつけるんだな!」
面白いほど三下なセリフを投げ捨てて近くの建物に引っ込んでいくシマウマ軍団たち。
「あ……あ……」
がくがくと震えているのはストッドである。
「ああそうだ。お前シマウマの誰かが盗んできたでかい鏡の行方知らないか?」
「……え? かが……み?」
「鏡知らねぇか? 自分の姿とかが反射して映り込む板なんだが」
「それは……」
「知ってるんだな。教えてくれるよな?」
俺が営業スマイルを浮かべるとなぜかストッドがさらに恐怖した。解せぬ。
ストッドの指した建物にヤラライと二人で乗り込んでいく。先ほどシマウマの連中が逃げ込んだ建物の一つでもある。
「てっ! てめぇ! まだやるってのか!?」
向こうからしたら悪魔が乗り込んできたようにしか感じられないだろう。中で悲鳴を上げたのはキュライスだった。……てかあんた無事だったのかよ。
「あー、悪いんだけどよ、ここに鏡あるだろ? あれウチのもんなんで返してくれ」
「かっ鏡!?」
「ああ」
別に放って置いても良いのだが、単価が単価だ。計画以外で流れるのは避けたいのだ。相場をきっちりとコントロールしておきたいからな。
「あれは……」
ずどん!
キュライスが口淀んだ瞬間、ヤラライが黒針で近くの壁を貫いた。わざわざ一番硬そうな石の部分をだ。綺麗に丸く貫通したそれを見てキュライスが震え上がる。
「そ! そこだ! その中だ! だがもう割れちまって……!」
「あー、どうでもいいよそんなのは」
物があればいいのだ。小部屋の中に立てかけられていた鏡は斜めにヒビが入っていたが、気にせずにコンテナへ放り込んだ。後でロットンにでもやろう。
「んじゃお暇するか」
「ああ」
こうして俺とヤラライは何事も無く東スラムを去った。
え? このくらいはトラブルの内にはいらねぇっての。
求む平和な時間。
すっかり日は暮れていた。
新連載始めました!
『魔導戦闘空母アマテラス』
よろしくお願いします!!