第29話「でこぼこファミリーと四角い神官」
すいません、金曜と木曜完全に勘違いしてました……orz
「メルヘス……ですか?」
「ええ。商売神メルヘスです。あ、女神になるのかもしれませんね」
四角い顔の男性神官が少し困った表情を浮かべた。
「私は長く教会に関わってきましたので、現存する宗教はもとより、すでに信仰する者の無い古き神の名まで知っていますが、その中にメルヘスという名の神はおられません」
そうでしょうとも。さてどう説明したものか。チラリとユーティスを見やるが、彼女も興味がある様子である。そりゃ当たり前か……。
「あー、出来れば内密にしていただきたいのですが、実はですね、メルヘス神というは最近誕生いたしまして……」
「……」
今までなんとか苦笑といえど笑顔を維持していた神官がとうとうその表情を険しくした。
「いきなりこんな話をしても信じられないとは思うのですが――」
あれ? ピラタスでは割とあっさり受け入れられたから、今回も大丈夫だと思い込んでいたが、俺のやってる事ってお寺に新興宗教を布教しに行くのと変わらねんじゃね?
「あーそのですね……」
口調が焦りでしどろもどろとなった時、脳内にいつもの声が響き渡った。
【支援クエストが発生しました。ヘオリス教の神官へ手紙を渡してください。コンテナにアイテムを追加しました】
なん……だと?
片目を擦るフリをして、メニューを表示させるとコンテナリストに【メルヘスの手紙】が追加されていた。なおSHOPリストに商品は追加されていなかった。
いつまでも目を擦っている訳にもいかないので、懐から取り出す体でその【メルヘスの手紙】を取り出し、神官へ差し出した。
「これを」
どう言って良いものかわからず、それだけを添えた。
「これは……?」
真っ白な飾りの入った贅沢な封筒で、いつものふざけた女の子封筒とは別物だった。つーかこんな貴族にでも出せそうな封筒があるなら普段も使えよ……。
「羊皮紙の……特別版だと思ってください。開けましょう」
「ええ……」
いまいち事態のわかっていない神官の目の前で封筒を丁寧に開き、中から折りたたまれた厚手の紙を取り出した。結婚式の招待状のような飾り縁の入った豪勢な手紙だったが、なぜかその文字を俺は読むことが出来なかった。いつもの謎翻訳が働いていない?
「これは……!?」
手紙を手にした神官の細い目がカッと見開かれた。
「まさか……そんな……馬鹿な……しかしこの書式は……」
震える両手で手紙を掴んで食い入るように読みあさる神官の目は血走っていた。若干狂気すら感じる態度の変容だ。
何度も何度も読み直してからようやくこちらに顔を上げた神官の表情は疲れ切り、10歳は老けたようにも感じた。
「こ……これは……と、当教会では受け取れません。すぐに本神殿へご連絡しますので、し……いえ、アキラ様にはどうかお待ちいただけたらと心から願う次第でございます」
地面に額がつきそうなほど平身低頭して許しを請う四角い顔の神官。今、使徒って言いかけただろ畜生何書いたんだあのロクデナシ神は……。
「あー、待つのは構いませんが……期間などわかりますか?」
「へオリス教の本神殿は真輝皇国アトランディアにあるため、早くても一ヶ月ほどは……」
マジか……。
「えー、噂に聞くグリフォン便というのを使ってもそれだけかかるのですか?」
なんなら費用はこっちで持っても良い。
「いえ、もっと早い手段を使いますが、そのくらいかかります」
空を飛ぶより早く手紙を届ける手段があるのか?
「……わかりました。もともと長期滞在になりそうだったので待とうと思いますが、こちらの都合もあるので場合によっては旅立ってしまうかも知れません」
「可能であるのなら、全ての滞在費用を持ちますので、お待ちいただけたら嬉しいのですが……ああ! もちろん貴族にも劣らぬ待遇を約束させていただきます!」
妙に必死に引き留めようとする角顔神官。
「いえ、こちらにもやることがありますので。現在は西スラム街に借宿をしている状態です」
「なんですと? それはいけません。今すぐにでもこの教会に移るべきでしょう。もしお連れがいるのであれば、五〇人までは受け入れ可能です」
なんだ五〇人って。どこのキャラバンだよ。まぁ、やってることは似たようなもんかもしれんが。
「お心遣いは嬉しいのですが、私にはやることがあるので謹んでご辞退申し上げます」
「使徒様のやらなければならぬ事ですか? よろしければ当教会が全力でサポートいたします!」
おいこら、今ハッキリ使徒とか言いやがったな畜生! 俺はそんな変なもんじゃねぇよ!
「いえ、色々事情がありまして、しばらくはこちらのみで活動してみようかと……ああいや……」
まてよ、縋れるものなら、一つ頼みたいことがあったな。
「それではお言葉に甘えて一つ伺っても?」
「ええもちろん。なんでもおっしゃってください。当教会の全勢力を上げて協力する事を約束いたします」
大げさだとは思うが、これに関しては解決出来るのであれば、少しでも早く進めたいので悪くない。
「実は……今私たちは依り代になった女性の戻し方を探しているのですが、何かご存じありませんか?」
「依り代……ですと? それはもしかして」
「ええ、ゴブリンによって身体を変化させられてしまった女性の事です」
「ぬう……」
神官はしばらく黙した後、ゆっくりと口を開いた。
「あまり公にしていただきたくないのですが……」
「教会の秘密ですか? 漏れないよう約束しますが?」
「いえ、可能な限りで構いません。ご存じの方はすでに知りうる情報ですので」
手に入りにくい情報と言う事か。
「実は教会の総本山でのみ作られる秘薬が存在しまして、その秘薬であればあるいは……」
なんだと!
「その秘薬を手に入れることは出来ますか?」
「申し訳ありません。まず治癒出来るかどうかをお約束出来ませんし、手に入れる事は大変に難しくなっております」
「……そうですか」
「い、いえ! 今回の連絡と共に秘薬が依り代に効くものなのか、こちらに送ってもらえるのかきっちりと添えさせていただきますので!」
慌てて代案を出してくれたが、おそらくそれでは難しいだろう。どうも何十個も手に入れられる雰囲気では無い。
「あー、いえ、それではまず秘薬と言うのが依り代に効果があるかどうかだけ問い合わせていただけませんか? こちらにも少々当てがありますので」
「当て……ですか?」
しまった。情報を出し過ぎたか?
「色々あるのですよ」
「色々」
ここは誤魔化す一手だな。
「わかりました。一ヶ月ほどであれば可能な限り待ちますので、連絡をお願いいたします。実はこの後レイクレルとエルフの国へ行く用事がありまして、どのみちその足で本神殿にはお伺いすることになると予想していますから」
「これは……」
「すみません。予定が詰まっていますので今日はお暇させていただきます。たまにこちらにも顔を出しますので、進捗はその時にお伺いしますね。それでは失礼します」
このままだと神殿に泊まらされそうな勢いだったので、一気にまくし立て、相手に反論する余地を与えずに立ち上がった。
「いえ! それでは! よければこちらの神官をそちらのお住まいの側に……」
「今は時期が悪いですね。それに正直に申しますと、私がやるべき事の邪魔になってしまいます。連絡は最小限にお願いいたします」
「……わかり……ました」
「それでは失礼いたします」
俺はユーティスの手を引いて半ば強引に教会の外に逃げ出した。まったく権力を持っている奴らってのは面倒だぜ……。
俺は天を仰いで息を吐いた。
「あ……あの、アキラさん……」
「ん?」
ユーティスがやや顔を赤らめて言った。
「その……そろそろ手を……」
俺とユーティスの手はがっちりと握られたままだった。
「……すまん」
間抜けにもほどがあるだろ……。