第26話「でこぼこファミリーとクリスタル」
すいません、更新遅れてしまいました。
「……俺、辺り、警戒する」
ヤラライが厳しい顔で立ち上がると、キャンピングカーの上に飛び乗った。ドラグノフSVDまで取り出してだ。
いつも全てを悟っていますという体でくぐもった笑いを絶やさないファフまでもが厳しい目つきでそれを睨み付けていた。
それ……つまり1kgの水晶の塊だ。
ラライラなど両手を口の前に当てたまま硬直していた。
「ぬう……まさか……本物じゃよな?」
ハッグが恐る恐る水晶を手に取ると、確かめるように時間をかけて覗き込む。
「おい、ハッグ。水晶がいったいどうしたってんだよ」
「ククク……ヌシの国では水晶のいうのじゃな」
「あ、ああ……」
他にもクリスタルとかクォーツとか言い方もあるが、謎翻訳さんがその程度のニュアンスを伝えられていないとは思えない。きっと根本的に違う何かとして認識されている。
「アキラ。これは……理力石じゃわい」
「理力石?」
どこかで聞いた覚えがあるな。……そうだ。空理具の工房で聞いたんだ。空理具の中に米粒ほどの理力石を埋め込むんだったな。実物も見せてもらったが、言われてみると小さな水晶にも見えた。
「こ……こんな……こんな巨大な理力石なんて……そんな……」
顔面を青くしながら、震える声でラライラが呟いた。
「珍しいのか?」
「ククク……珍しいなんてものではないの。こんなものが知れたら戦争が起きるかもしれんな」
「マジかよ……」
「アキラ、とりあえず仕舞っておくんじゃ」
「あ、ああわかった」
俺はハッグから受け取った水晶をコンテナに放り込む。その途端、皆から安堵のため息が漏れた。ファフですら小さく息を吐いたほどだ。
「いや待てアキラ、一欠片で良い、少し分けてもらえんか?」
「構わねーよ? 全員の共有財産だしな」
もう一度コンテナから取り出してハッグに渡すと、慎重にライターほどの塊をハンマーで外して仕舞い込んだ。
「それだけで良いのか?」
「今のでも国宝級の大きさじゃ。問題無いわい」
「そうか」
残りのクリスタルをもう一度コンテナに仕舞い込むと、ヤラライが上から戻って来た。
「キモが、冷えた」
「ボクもだよ……」
「なんかすまんかった」
悪いのは神さんだな。うん。
「まあ、よほどの事が無い限り封印かね」
「それが良いじゃろ」
まったく一体どういう了見でこんな物を承認したのか……。金に困ったら砕いて売ろう。最終手段ではあるが。
丸ごと出したらこの世界経済にヒビを入れそうだからな。
「そうじゃアキラ、ミシンの話じゃがおそらく単価は800万円くらいになるとの事じゃ」
「……高いな」
「腕利きの職人が寄ってたかって作っておるからの、工房一つ賄える金額ということじゃろう」
一瞬高いと思ったが、人件費を考えるとそんなものかもしれない。もっとも電子器機と違って、一度購入すれば事実上ずっと使えるものだからな。減価償却的に考えたらむしろコストパフォーマンスは良いのかも知れない。
「月産ペースは?」
「こなれて週一くらいじゃろうな」
「なるほど、わかった。それで進めてくれ」
「うむ」
これでミシンの方は任せてしまって問題無いだろう。むしろ問題はその単価の物を服飾ギルドが購入出来る体力があるかどうかだ。
10台買いそろえるとしても8000万円だからな。
まぁ10台あれば利益も跳ね上がるはずだから、数年で取り戻せるだろう。その辺は魔女の手腕に期待しよう。チェリナなら速攻で30台くらい注文しそうだ。あいつは先見の明があるからな。
手紙でも書いて送るかね?
確か馬便とかいう宅配に似たサービスがあるようだから、あとで調べてみるのも良いかもしれない。幸い予算は大分余裕が出たからな。
「そうだ。予算に余裕が出来たから、みんなに小遣いを渡しておこう」
「まだ全然減ってないよ?」
「まぁ持ってて困るもんでも無いだろ」
「俺、この間、預かった金の、残りある。それでいい」
「ああ、仕事を頼んだ時の余りか。じゃあ他のヤツに5万ずつ渡そう」
「それで、良い」
「ククク……どうせなら」
「ファフだけ無しにするぞ」
するとファフはわざとらしく肩をすくめて見せた。わかっててやってるんだからムカつくという物だ。
ヤラライを除いたハッグ、ラライラ、ファフの3人に5万ずつ渡した。
残金941万3365円。
「アキラ、例の酒を二瓶くれい。あとタバコじゃ」
「ああわかった」
こないだファフが飲んでたから欲しくなっちゃったのね。二瓶で6万近いが、前回の分を使っていないのだろう金を受け取って商品を渡した。
「俺も、タバコ、二箱、頼む」
「へいへい」
ヤラライもタバコを購入して鞄にしまった。まだ残ってるが俺も買っておくか。
残金940万8765円。
ヤラライの横で一緒にタバコを吹かしていると、ラライラがクスリと笑った。なんだよ……。
空理具で全員の身体を綺麗にしてから、キャンピングカーのベッドに潜り込む。
神さんよ、あまり意味のわからねぇ事はやめてくれ……。
すぐに俺の意識は泥のように闇に沈んだ。
◆
朝の訓練時間。ヤラライと模擬戦をしている最中だった。遠巻きに見ている観客の中に見知った顔を見つけた。
「ユーティス? ……ぐはぁ!」
「アキラ、よそ見、ダメだ」
「ぐぉぉ……おま……手加減くらい……しろよ……」
肋骨が折れないぎりぎりで攻撃しやがってクソが!
「す、すまんユーティス、終わるまで待っててくれ」
「はい。……あの大丈夫ですか?」
「心配するならしばらく見学しててくれ」
「あ、はい」
知り合いに声掛けるくらい見逃せよな畜生が!
槍に見立てた長い棒をヤラライに突き出すが、子供の手首ほどの太さもある黒いエストックで簡単に捌かれる。むかつく、一発くらい当てたいぜ!
少しくらい驚かせてやりたくて、高速で突きを連打した後、唐突に螺旋を槍では無く身体全体に切り替える。今までの突きから唐突に身体を一周させての横薙ぎ攻撃!
「ぬ」
点の攻撃から急に線の攻撃へ移り、さすがのヤラライもこれは躱しきれない! という希望は、ぬるりとした手触りと共に消え去った。
視界がぐるりと一周して地面に叩きつけられた。
「がはっ!」
「今の、良い攻撃。変化大事。今朝は、ここまで」
「……少しは手加減しろよな……ちくしょう」
実際は十分過ぎるほど手加減されているのはわかっているが、どうしても悪態が出てしまう。呼吸を整えて立ち上がるとラライラが濡れたタオルを持ってきてくれた。
「サンキュ」
火照った顔が水分で冷やされると上がっていたテンションも下がってくる。
「こんにちはユーティスさん」
「おはようございますラライラさん。お元気でしたか?」
「はい。ユーティスさんは?」
「おかげさまで仕事に忙しい毎日ですよ。少しアキラさんをお借りしても良いですか?」
「えへへ、お借りするって変な感じだね」
二人のほのぼのとした会話を聞きながら、俺は一度キャンピングカーに引っ込んでから、いつもの服装に着替える。訓練中は米軍服なのだ。
「いい加減目立たない服装を考えないとなぁ」
今更感は強いが、せっかく服飾ギルドと縁が出来たのだから、相談してみるのも良いかも知れない。
「それで、ユーティスは遊びに来たのか?」
談笑する二人に割って入る。
「いえ、例の件でお話がありまして。見て頂きたい物があるのですが、お時間はありますか?」
「ああ大丈夫だ。ちょっと寄るところがあるが大丈夫か?」
「問題ありません」
「んじゃ行くか。その前に飯だな……。ユーティスも食べてけ」
「しかしそれでは……」
「そうだよ! もうちょっとお話しようよ! ユーティスさん!」
ラライラの笑顔に負けたユーティスが遠慮がちに頷いた。
炊き出しセット2万4867円とうちらの分の朝食、カツサンド4、トマトサンド4。合計で2万7523円。
それと鏡100枚分の64万2000円と合わせて66万9523円だ。
残金825万1842円。
全員(ファフを除く)で炊き出しをしてから、おのおの仕事に向かった。いい加減ラライラの負担を減らしてやりたい。