第25話「でこぼこファミリーとクエストクリアー」
相手は殺す気で来ているというのに、俺はそれをまるで怖いと思わなかった。まず根本的に当たる気がしない。最初の一撃目こそ慌てたが、それ以降は道ばたの小石を避けるのとさして変わらない。
ゆるゆると突き出される槍や剣撃をぬるりと躱しつつ、確かめるように槍代わりの棒を突き入れる。細い木の軸に波動が巻き付き、穂先から突き抜けていくこの感覚。
軸に螺旋に巻き付いた波動が、敵の剣を絡め取る。鉄の剣が木の棒に当たった瞬間、相手の腕を巻き込んで一回転し、剣は弾かれ腕は棒に極められるのだ。相手からしたら悪夢であろう。
棒一本で打ち、突き、払い、薙ぎ、止め、さらには関節まで極められるのだ。兵士たちの士気が見る間に落ちていくのがわかる。
俺だって逆の立場なら一瞬で戦意喪失する。雇われであればなおさらだろう。
また渡された武器が本物の槍ではなく、棒であることも良かった。これなら相手を殺さずに無力化出来る。もっとも今の俺ならば無手でも出来るとは思う。悔しいがファフの思惑が嵌まってしまっていた。
気がつけば15人近くの兵士が地面で呻く、地獄絵図と化していた。残りの奴は……うん。完全に戦意喪失だわ。
棒をくるりと回して、地面に打ち付ける。たっぷりと波動の乗ったそれは、大地をドンと揺るがした。
「ぬ……ぐ……」
兵士たちの情けない姿を目の当たりにして、サンデルが唸った。
「サンデル様ここは……」
側近の一人が素早く耳打ちすると、忌々しそうに頷き、それに合わせて兵士をかき集めた。
「今日の無礼は忘れぬからな!」
「無礼なのはどっちかよく考えてから喋れよ? なんなら全員まとめて……」
「……っく! 良いだろう! 今日の所は引いてやる! だがラライラ嬢の幸せの事を良く考えるのだな!」
そう言い残して彼らは逃げ去っていったのだが……。
「よくあの状況で強がれるな……」
「貴族とはそうしたもんなんじゃろ」
あくび混じりにドワーフのハッグが寄ってきた。貴族じゃないらしいぞハッグ。
「お主もはよ飯を食ってこんか。訓練があるぞ」
「……今のは訓練じゃねーのか?」
「実戦経験が積めてよかったではないか」
「へいへい……」
ハッグの物言いにため息しか出ねぇぜ。
「あの……アキラさん」
「災難だったなラライラ。とりあえず休むといいぜ」
「はい」
俺はキャンピングカーの方へ向かったのだが、ファフが背後のラライラを見て、不敵な笑いを強めていた。言いたいことがあるならハッキリ言えよな。
その後は槍の訓練と言う事で、棒を使っての模擬戦だった。ハッグさんもうちょっと手加減してください……。
◆
次の朝は特に問題は起きなかった。それが普通だと思うが、このところ何かと問題ばかりだったので、少し安心する。ハッグには今日も鍛冶ギルドへ指導をお願いしておいた。
ヤラライには残ってもらう事にした。ファフがいれば十分だろうが、デジオンの野郎がまた来たら面倒だからな。
基地に炊き出しセット(2万4867円)と、タバコ(4600円)を購入。
それと昨夜のウチに補充しておいた鏡代64万2000円がクエスト財布から引かれている。
残金158万6055円。
クエスト438万9010円。
すでに2往復終わらせていた鏡の荷運び人たちが休憩がてら炊き出しを食べていたので、終わるのを待って一緒にアデール商会に向かった。ついでに給料を渡しておく。
残金158万6055円。
クエスト437万9010円。
「やあアキラさん。お待ちしていましたよ」
アデール商会で待っていたのは片眼鏡がトレードマークのロットン・マグーワだ。
「おはようございますロットンさん」
「とりあえず中へどうぞ、お茶を煎れますよ」
「ありがとうございます。……じゃあみんなは引き続きよろしく」
スキンヘッドの荷運び人が返事をして、彼を先頭に引き返していく。ギロとクラリもうまくやっているようで何よりだ。
「それでは今日の分です」
ロットンの差し出す真輝大金貨を受け取って、仕舞うフリをしてコンテナに突っ込んだ。
残金158万6055円。
クエスト737万9010円。
同時に例の声が頭の中に響いてきた。
【神格レベルが12に上がりました】
【コンテナ容量が65個になりました】
【クエストクリアーを確認いたしました。SHOPの商品が増えました】
【金銭コンテナを統合しました】
残金896万5065円。
おっと一気に来たな。新商品の確認は後回しで良いだろう。クエスト用に儲けた金は消えることも考えていたのだが、普通に収入になったな。これは助かる。
「しかしこれだけの鏡が揃うと壮観ですね。そうだ、貴族向けの枠を作ったのですが見てみますか?」
「ええ。しかし早いですね。あのような工芸品は時間がかかると思っていましたよ」
「腕の良い木工工房と丸ごと契約しましたからね。ああ、もちろん鏡は現物を見せてはいませんよ。同じサイズと厚さの銅板を渡して作製させています」
「流石ですね」
「例の件も水面下で進めていますからご安心ください」
「全て任せてしまってすみませんね」
「いえいえ、当商会の得る利益を考えればこの程度苦労の内にも入りませんよ」
穏やかに微笑むロットン。
「それではそろそろ実行可能ですか?」
「お望みであればいつでも」
「心強いです」
服飾ギルドとはスラムの改善。それではアデール商会との密約とは?
それはギロとクラリ、その家族を苦しめたドドル・メッサーラを地獄に落とす作戦であった。
◆
計画の進行具合などを聞いた後、昼飯をご馳走になってから、俺はアデール商会をお暇した。
その足で大通りの酒場に足を運ぶ。前にも寄った『麗しき水瓶亭』だ。カウンターの奥に席を取ると、適当に酒を注文する。なんで酒かというと、果実酒なんかよりも安いからだ。つまみの豆と合わせて700円。
途中おっぱい給仕が擦り寄ってきたが追い返した。ゆっくりさせてくれ。
残金896万4365円。
俺は一人酒を飲む体で、目をつぶって新しい商品を確認した。
【ロッククリスタル(1kg)=4万3000円】
【ローズクォーツ(200g)=8万6400円】
【アメジスト(1kg)=8万8700円】
【タンジェリンクォーツ(1kg)=2万8500円】
……なんだこれ?
クリスタル、クォーツ……ああ水晶の事か。なんで水晶??
意味がわからない。水晶なんて山ほど取れる鉱物だろ? そういや会社に行く途中の駅の中に水晶のブレスレットとかクラスターを売っている店があったなぁ。幸運になれるとか欠片も信じられなかったので、買う気はまったくおきなかったが。
このタイミングで承認された意味がさっぱりわからない。
これなら用心して一人で確認した意味は無かったな。また銃器でも承認されたら、場合によっては一人でこっそり試す予定だったのだが拍子抜けだ。
さして美味くも無い酒をあおってから、俺はスラムの基地に戻ることにした。
◆
「……という訳で水晶が承認されたんだ」
夜、食事と訓練を終わらせたあと、みんなに事情を説明した。
「水晶……ですか?」
「ああ、意味わかんねぇよな」
「えっと、水晶って何かな?」
「え? 知らない? 他のみんなはどうだ?」
「ククク……初耳じゃな」
「聞いた事が無いの」
「知らぬ」
そうか、この世界では水晶は流通していないのか。それなら宝石としての価値があるかもしれない。
「うーん。そしたら現物を見てもらうか。売れそうなら好事家に売りつけてもいいな」
もっとも今はやる事だらけなので後回しだが。
「ククク……今は予算に余裕があるんじゃろ? 購入して見せてみよ」
「それしか無いか」
ロッククリスタルってのが一般的な奴だろうと当たりを付けて、購入してみる。ロッククリスタル(1kg)=4万3000円。
残金892万1365円。
出てきたのは透明な水晶のクラスター。つまり結晶の塊だ。たき火の前にそれを置くと、全員が絶句して黙り込んだ。
なんとあのファフまでだ。
え? なんか問題あったか?
(めいっぱい計算ミスをしていました。訂正いたしました)