第24話「でこぼこファミリーと夜の再戦」
鍛冶ギルドでの技術指導は大変な熱を持って迎え入れた。
初めて見るミシンの構造だけでなく、歪みの無いシャフトに至るまで、その設計と技術だけで彼らにとっては宝の山だったらしい。
日が沈むまでハッグは質問攻めに遭っていた。
ギルドからの帰りがけ聞いた話だが、歪みの無い鉄の棒というのは作るのが大変に難しく、技術のいるものらしい。ハッグは楽々と作っていたので、てっきりドワーフなら楽勝だと思ってたぜ。
だが実際にはギルドのドワーフ達が尽きっきりで技術指導を受けていたので、よほど難しい技術だったらしい。
「なあハッグ、もしかしてあの技術は、お前の秘伝の技術だったりしたんじゃないのか?」
「ぬ? そこまででは無いが、ドワーフでもアレを確実に作る技術を持つ者は少ないじゃろうな」
「今更だが、それを教えて良かったのか?」
「ふん。まさに今更じゃな。ええわい。そうそうあのギルド外に流出する事も無いじゃろうし、そもそも依り代の嬢ちゃんたちを目の当たりにして、無視できるほど達観もしておらんわ」
「そう言ってくれると助かる」
「それにあれを一人で作れるのは結局ワシくらいじゃろうしな」
「やはりそれほど難しいのか」
「ワシの腕が他人より数段上なだけじゃ」
むん、と腕の筋肉を盛り上げるハッグ。俺は良い友人を持ったらしい。
「はやく元に戻してやりてぇな」
「そうじゃな……む?」
「どうした?」
「ワシらのねどこがちと騒がしいようじゃな」
「なんだって?」
西スラムの一番奥、俺たちがキャンピングカーを中心に小屋を作って基地として使っている場所に、確かに人だかりが出来ていた。
最初は炊き出しに集まってきた人間だと思っていたが、どうやら様子が違う。そもそも炊き出しには時間が遅すぎる。
俺たちは人垣をかき分けて進むと、そこには武装した人間が大挙していた。20人はいるだろうか?
「——だからな。私の元に来る事は……」
そこに居たのは場違い貴族のデジオン・サンデルだった。貴族じゃ無くて都市議会議員だったか。どうやら今日も懲りずにラライラへ求婚しに来ているようだ。
しつこい男は嫌われるぜ?
「おいお前らまた来たのかよ」
ファフは何してるんだと探してみたら、ちゃんとラライラの横でニヤニヤと笑みを浮かべて立っていた。
ふと波動に反応を感じた。気配のした方を見ると、建物の上でヤラライがライフルを伏せ撃ちの状態で構えていた。どうやら俺に居場所を教えるために気配をハッキリさせたらしい。
だが兵士たちには気づかれていないので、どうやら俺の方が波動の扱いは上のようだ。もっともそんなのは見ればすぐわかる程度にはなっている訳だが。
「ぬ……貴様は」
サンデルが偉そうに俺へ振り向く。貴族とは違うみたいだが、想像する貴族の態度その物だよな。
「ようサンデルさん」
俺が気安く声を掛けると、取り巻き立ちがざわめいた。兵士たちも俺とハッグに注意を向ける。当のハッグはつまらなそうにアクビをしながらキャンピングカーの方へ向かった。どうやら俺に全部任せるようだ。まったく。
「前回は世話になったな」
サンデルが嫌味たっぷりに腕を組んだ。
「ああ全くだ」
俺の嫌味返しに取り巻きどもが何やら文句を叫んだがサンデルに制止させられる。
「前回は慌ただしく、聞きそびれたのだが、貴殿はラライラ殿とどういった関係なのだ?」
「……ツレだって言ったはずだぜ?」
そこで全力の波動を展開する。兵士に混ざる波動使いは俺の波動を感じ取り半歩後退った。なるほど波動を使える兵士は11人か。
今の俺なら全滅出来そうだぜ……。
「ツレ……とはどういう意味だ? まさかエルフと恋仲という訳でもあるまい」
「友だちで、旅の共で、親友の娘だ」
「ふむ……では夫などでは無いのだな?」
「ちげーよ」
「ならば貴様が口を出す権利はあるまい?」
「……は?」
「家族でも無い人間が口を挟む問題では無いと言っているのだ」
何言ってんのこいつ? 親友なら口出しくらいするだろう。
「婚姻は家の問題ぞ。部外者が口を挟むものでは無い!」
ぴしゃりと言い切られた。もしかしてこの世界ではそれが常識なのだろうか?
だが……。
「知らねーよ。俺の生まれ故郷じゃ、困ってる親友を助けるのに理由なんていらねえんだよ。ラライラが困ってる。俺はそれだけで助ける理由がある」
「ふん。貴様はもう一つ間違っている」
「何をだ?」
「さっきから助ける助けると言っておるが、そもそもラライラ殿は助けなど求めて居ないでは無いか。さらに誤解を解いてやれば、私は彼女に良い話を持ってきたのだ」
「何?」
求婚しに来たわけじゃ無いのか?
「ラライラ殿は私の元に来たら酷い扱いを受けると思っているのだろう。それが誤解である事を伝えに来たのだ」
「……は?」
余りの斜め上な発言に固まってしまった間に、サンデルは片膝をついてラライラの手を取った。当の本人は目を丸くして「え? え?」と繰り返すばかりだ。
「ラライラ殿。そなたの美しさはこのセビテスに並ぶもの無し。そなたの可憐さはこの大地の花々にも並ぶ物なし。そなたの立ち振る舞いは天上の天使すら敵うまい。私は貴殿を正式な第二婦人として迎え、生涯大切に愛し続けることを誓おう」
俺は砂を吐くようなセリフにあんぐりと口を開けるしか無かった。
「衣食住に不自由なく、望む贅沢を約束し、全ての外敵から身を守り、私の死後は正当な分配で財産を渡すことを誓う」
おい。
「……どうだろう? これで私が本気である事をわかっていただけただろうか? もちろん全ての文言は証書に残し複写しお互い保有——」
「……おい、おっさん」
ざわり。と取り巻きの表情が険しくなった。
「ラライラはてめぇと添い遂げるつもりなんて欠片もねぇよ。今すぐその汚ぇ手を離してご立派なお屋敷に戻りな。さもないと……」
無意識に波動が螺旋を描き全身の筋肉に絡みつく。練り込まれた波動を見抜いた一部の兵士が怯え気味にこちらに槍を向けた。
「貴様は……話を聞いていなかったのか? これは私とラライラ嬢の……」
「うるせえよ! ラライラの返事なんざ聞かなくてもわかってんだよ! 今すぐ消えろこのクソ野郎が!」
すると取り巻きの一人がずいと前に出てきた。
「きさまぁ! 先ほどから黙っていれば無礼の数々! 前回は手加減してやったが今回は許さんぞ! 構わん! 殺せ!!」
「アキラさん!!」
「……下がってろ」
俺はラライラの正面に立ち、チラリとファフを見るが、ニヤリと笑みを返されただけだった。ハッグを見ればキャンピングカーから取り出した食事を抱えて、特等席に座り込んでいた。
はいはい。俺一人でやれってのね……。
「一応言っておくが、引く気は無いんだな?」
「武器一つ無い人間が何を! 瞬殺してくれるわ! かかれぃ!」
俺が構えると、ファフがいきなり長い棒を投げつけてきた。
「おい!?」
「ククク……ちょうど良いのじゃ、槍の練習をしておくんじゃな」
「いや待て! まだまともに使え……クソ!」
護衛から突き出された槍先を俺はギリギリで避けた。話が終わるまで待ってろ馬鹿共が!
「ククク……無手ではすぐに勝負がついてしまうじゃろうが。ちょうどいいハンデじゃ。それでいくのじゃな」
「ええいクソが!」
俺は覚えたての槍の構えを取った。多方面から突き入れられる槍の一つにカウンターで突き返す。今まで腕に纏わせていた螺旋の波動を、槍に突き出すように放出した。
「ぶげらぁ!?」
槍先の無い木の棒だというのに、胸を突かれた兵士がもんどり打って吹っ飛んでいった。
……なんだ? これ?
「ククク……」
それを見て怯んだ兵士の隙を見逃さずに、もう一度突き入れると、同じように奇妙な悲鳴と共に吹っ飛んでいった。
そこで確信した。螺旋の波動と槍という武器の相性を。